第152話
久しぶりの投稿になります。
お待たせして申し訳ありません。
その日は朝から霧が出ていてほとんど前が見えないような状況だった。
いつもなら集団の少し先を『天龍』が先導してくれているのだが、今日はこの霧で未だに『天龍』を一度も拝んでいない。
それでも彼らは歩き続けていた。まだ見ぬ新天地を求めて。
「・・・おい、なにか聞こえないか?」
最初に気がついたのは人間よりも五感の鋭い獣人たちの中でも特に耳の良い者達だった。
「ああ、聞こえる。これは、歌か?」
釣られて周りの者達も耳をすませ始めた。
「ラ、ラ~♪」
不思議な事にその歌は、一度意識してしまえば聞き漏らす事は無くいつまでも胸に残る。
「これは、まさか人魚の歌か!?」
人魚、という言葉に周りの者から動揺が走る。
彼らの中には海に出て魚を取る『漁師』だったものが多い。
それゆえ、こんな霧の深い日に聞こえる『人魚の歌』の恐ろしさは骨身に染みているのだ。
『人魚の歌』を聞いた漁師は二度と陸に戻ってこれない。
彼らはそう聞いて育ってきたのだ。
しかし、
「でも、この歌。聞いた事があるよ?」
そう言いだしたのは猫獣人の子供だった。
他の者たちも心当たりがあったようでお互いの顔を見合わせている。
「『奇跡の家』の曲だ」
初めて『天龍』を見たあの日から忽然と姿を消してしまった『奇跡の家』。
今聞こえてきている曲は、演奏日にいつも『奇跡の家』から流れていた旋律と同じものだ。
「歌っているのは、誰なんだ!?」
真実を知るために数人の若者が我先に声のする方へと駆け出していった。
「おい!!危ないぞ!!」
それを追ってさらに数人の者が歩みを速める。
残った者達は後ろから来る者達に事情を説明する為にその場で足を止めた。
後ろには『巫女』達もいる。彼女たちなら何か知っているかもしれないと考えたのだろう。
少しして最後尾の信者たちが先頭に追いついた。
しかし、未だに歌のする方へ向かった者たちは誰も戻って来ていない。
ガヤガヤと騒ぎ始めた彼らに『巫女』からお言葉が告げられる。
「皆さん、何も恐れる事はありません。さぁ、前を見るのです」
微笑みを浮かべた巫女の言葉と同時に目の前に広がっていた濃霧が左右に分かれて霧散していく。
すると、そこには大きく広がる開けた土地とその中心に存在する信者たちには見慣れた建物があった。
「・・・『奇跡の家』だ」
霧が晴れた為だろうか、今まで微かにしか聞こえていなかった歌がはっきりと聞こえている。
その歌の発信源はあの日突然姿を消した『奇跡の家』だ。
聞き慣れた演奏に乗せて気持ちよさそうに歌っているのは『奇跡の家』の周辺に流れる河から顔を出してる多くの『人魚』達だ。
よく見れば『人魚』に混じって駆け出していった若者たちもそこにいた。
信者たちは目の前の光景を処理しきれずに固まってしまう。
なにせ、目の間の光景はそれほどありえないものだ。
モンスターを配下にする『冒険者』ならともかく、一般のそれも『漁師』であった彼らにとって『人魚』は恐怖の対象だ。
そんな人魚が、自分たちが探し求めていた新天地で楽しそうに歌っている。
これは一体、どんな状況だというのだろうか。
「大丈夫です。彼らは私たちの友人ですから」
そんな『巫女』の言葉を聞いても信者たちは動けない。
そもそも彼らは全ての『人魚』をモンスターとして扱っている。それが彼らを未だ縛り付けている大きな理由だ。
『よく来たな。先に来た者たちには既にくつろいでいてもらったぞ』
河から上半身を出した状態で理解できない言葉で声を掛けてきた『人魚』にミラはニッコリと笑顔で返答した。
『ありがとうございます。とても綺麗な歌声ですね。おかげで迷わずに済みました』
『そうか、そろそろ着くころだと聞いていたのでな。我々なりに歓迎を示したのだが』
『はい、すごく嬉しいです』
信者たちは目の前の光景に言葉を失った。
「『人魚』と会話してる?」
自分たちの敬愛する『巫女』が『人魚』と談笑を交わしている。
これは海辺に住んでいた彼らでも、いや、海辺に住んでいたからこそ理解できない光景なのだ。
そもそも『人魚』を見分けられない最大の理由は『言語』の違いだ。
大陸を一つの国家が支配するこの世界では、異国人への耐性が非常に低い。
別の言語が分からないのではなく『自らと異なる言語』の存在を理解できない者が大多数を占める。
もちろん、王族や貴族などの中には『エルフ語』の存在を知る者も多く『エルフ語』の研究や使いこなす者もいる。
しかし、エルフとマトモに触れ合ったことの無い人間にとっては『エルフ』すらモンスター扱いの事も多いのだ。
『亜人街』でエルフであるビルギットが簡単に受け入れられたのは『音楽』によるものが大きい。
『フキさん、申し訳ありませんがアレを使っていただけますか?皆さんが驚いていますので』
『あぁ、そうだったな。歌を歌う時には邪魔になるので外していたのを忘れていた』
そういって男性の『人魚』がイヤリングを取り付け、ミラの後ろで固まっている信者たちに話しかけ始めた。
「ようこそ、新たな隣人たちよ。我々は君たちを対等な存在として見ている。君たちはどうか?」
信者たちからどよめきが起こる。
まさか、『人魚』の口から自分たちの言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう。
『人魚語』を話すミラ。
『人間語』を話すフキ。
もちろん、この数日で猛勉強をして他言語をマスターしてもらったのではない。
カラクリはミラとフキの付けているイヤリングにある。
「なんとか上手く接触できたみたいだな」
俺達は今、信者たちに見つからないようにグリフォンに乗って上空から見守っている。
今朝はこの演出の為にまだ日もあけていないうちから大忙しだった。
まず【水魔法】で濃霧を作り、信者たちに『歌』を意識させる。
全員の到着までの間に先行していた獣人達をこの日のために選んだ『美女』達の前に誘導した。
酒と美女でデレデレにさせてすっかり仲良くなった頃に『美女』が『美人魚』であることをバラしてみたが全員それほど抵抗なく受け入れてくれた。
やはり全員が若い男であったのが良かったようだ。
次は『巫女』の合図で濃霧を【風魔法】で吹き飛ばして『奇跡の家』と『人魚』の登場を演出する。
最後に『巫女』と『人魚』との談笑を信者たちに見せて警戒心を下げ『人魚』に『人間語』を喋って貰えば信者たちの中にあった『人魚』のイメージはかなり変わるはずだ。
「まぁ、奴らはすでにヴァンパイアやゴブリン、ハーピーと受入れておるからな。それほど難しくはないじゃろ?」
「どちらかと言うと『人魚』さんの方が大変でした」
エミィがやや疲れた顔で呟く。
エミィには今日の人魚との出会いの為の下準備をお願いしたのだが相当大変だったらしい。
彼らから見れば人間は『いきなり攻撃を受けたり、捕獲されたりする言葉の通じない相手』だ。
今更ながらフキとの出会いを思い出せば、かなり攻撃的に見えたフキだったがあれでもかなり友好的に接していたのだろう。
「これが無ければ交渉は不可能でした」
エミィが右耳に取り付けた『操音のイヤリング(人魚)』を指でいじりながら笑顔で答えてくれる。
『操音のイヤリング』は名前の通り【音魔法】を込めたイヤリングだ。
俺がエルフのビルギットや人魚のセレナと会話が出来たのは【音魔法】のおかげだ。
これからこの土地で生活していく上で『人魚』達との交流は必要になってくるが一々俺が翻訳するのは非効率的だ。
なにかいい方法は無いか、と考えていた時にビルギットとセレナがお互いの言葉で会話をしているのを見かけた。
『ヒビキったら最近、私のことをずっと放っておくのよ?』
『あぁ、そうね。彼は良くも悪くも私たちを特別扱いしないから』
なかなか胃の痛くなる会話をしているが、ここは興味の方が強かったので思い切って会話に参加した。
「お前ら、なんでそれで会話になってるんだ?」
ビルギットはエルフ語、セレンは人魚語で会話していた。
ちなみに俺は、俺の世界の言葉で話している、はずだ。
『なに?ビルギットとお話しちゃいけないの?』
『いくら、ヒビキの事を話されるのが嫌だからってそれはひどいわよ』
違う風に取られてしまったようでそこからかなり時間を取られたが、どうやら会話をする両方が【音魔法】を使えれば特に意識せずに会話できるようだ。
俺はビルギットと出会った頃には【音魔法】は持っていなかったがどういうことだ?
問題を一つ解決して新たな疑問が浮かんでしまったが、まぁ俺の事は後回しで構わないか。
そのあとすぐにエミィと『操音のイヤリング』を試作したが、どうしても万能な翻訳機は完成しなかった。
二言語《人⇔エルフ人⇔人魚》までの翻訳が限界だった。
とは言え、身近なエルフであるビルギットは『人間語』を話すことができるので今のところは『人魚語』さえ理解できれば問題ない。
早速エミィに装備してもらい人魚たちとの会話を試させた。
エミィには『松明水晶』の件でフキ達と絡んでもらうつもりだったのでちょうど良かった。
「おぉ、主よ。なにやら動きがあるぞ」
ジルの言葉で地上の様子を確認すると巫女たちに促された信者たちがフキを含む『人間語』を話せる『人魚』達と会話を始めていた。
さて、どうなるだろう。