モモミンと魔王と村人A
*この物語は、パロディです。
ある昼下がりのことです。
村人Aは村のお偉いさんのじさまからこう言われました。
『ちょっとモモミンを取ってきてくれ☆』
首を傾げた村人Aにじさまは微笑みました。
太陽の光がじさまの頭で反射して、村人Aは思わずうつむきました。
それを肯定ととったのでしょう。じさまはスタスタと歩き去ってしまいました。
言葉を一つ残して。
『じゃあよろしく』
それにしても、モモミンって何だろう。
村人Aは首を傾げつつ、村の生き字引のばさまに会いに行きました。
しかし、ばさまは何も言わずに笑うのみでした。
無駄にハイスペックな、若い頃は賢者として名を広めたじさま(レベル100)の言ったことです。もしかしたらばさま(レベル49)にも分からないのかもしれません。しばらく探し回った村人Aは、とある町の路地裏の露店で『捜せ♪モモミン』という巻物を見つけました。
一安心した村人Aは経過を報告しにじさまのもとに向かいます。すると、じさまは
『数年前に読んだのう』
と言ったので、村人Aは自分の物知らずさに赤面しました。
『手引きもあることじゃし、よろしくたのんだぞ』
じさまに言われた村人Aは、とにかく『捜せ♪モモミン』を読んでみました。
“七色山の麓、ルンルン滝の近くにモモミンはある”
なるほど、と村人Aは頷きました。七色山なら何度か行ったことがあります。ルンルン滝は知りませんが、きっと近くにあるのでしょう。
村人Aは一安心して一晩休みました。そして翌朝、トウモロコシの皮に黒パンを一つくるんで、水筒と草を払う木の枝を持って出かけました。
村人Aは知らなかったのです。
七色山の麓には最近、魔王が住みついたのだということを。
いつものように村近くの野原を横切ろうとした村人Aは、大地に大きな亀裂が入っていることに気づきました。
異変はそればかりではありません。七色山に行く途中いつも水を汲んでいた沢は干上がっていましたし、美味しい木の実がなるはずの木には真っ黒に光る石がなっていました。果ては、いつもは温厚なスライムまで襲いかかってくる始末です。
村に戻ろうかなと村人Aは少し考え、そして首を横に振りました。
いけません。モモミンを楽しみにしているじさまをがっかりさせることになってしまいます。
そして村人Aがなんとか野原を超え、七色山の麓にたどり着いたのは3ヶ月後のことでした。
しかし、ルンルン滝が見つかりません。
それどころか、あちこちに強そうなモンスターが行き来するのが見えます。
首を傾げながら、村人Aは思いました。
帰ろうかな、と。
しかし、振り返った村人Aの目にうつったのは、霧に霞んで獣道一つ見えない野原でした。
・・・帰れません。
村人Aは、気をとりなおしてモモミンを探しはじめました。
あれだろうか、それだろうか。
ふ、と。村人Aは気づきます。
モモミンが何なのか、知らない自分に。
こんな時こそ、手引きの出番です。
意気込んで手引きを開いた村人Aは、度肝を抜かれるような思いを味わうことになりました。
なにしろ、手引きは白紙になっていたのですから。
いったいどういうことなんだろう。分からないまま、村人Aはさまよい、そして1ヶ月が経ちました。
辺りは真っ黒にかすみ、そらには丸い月が青く浮かんでいます。
『満月、か』
村人Aは呟きます。日に日に薄暗くなっていく辺りの景色にも、密集している強そうなモンスターにも慣れてきましたが、やはり灯りがあるとほっとするものです。
その時でした。
村人Aの視界のはしっこで何かが白く揺れました。
ユメミバナが満月の夜にだけ作り出すという蜃気楼です。
『珍しい物をみたなぁ』
しみじみとこぼした村人Aは、少しだけ目を細め、そして瞠目しました。蜃気楼の中に白い看板があったからです。
看板には、こんな文字が書かれていました。
【ルンルン滝、ここから2ゼーク】
思わず、村人Aは看板に駆けより……気づけば蜃気楼の中に立っていました。
そこは、青い水底のようでも緑の草原のようでも赤い荒野のようでもありながら、そのどこでもない白い場所でした。あたりは寸分も同じ景色ではなく、常にその輪郭をうつろわせています。
その中で、看板だけが等しく、同じ形を保っていました。
看板を頼りに村人Aは歩きます。
虹色の川を石づたいに渡り、こがね色の草原をよこぎって、どこまでも、どこまでも。
けれど、どこにもたどりつけません。
いいかげん疲れてきた村人Aは足をゆるめ、後ろを振りかえり、よろめいて一歩下がりました。
その瞬間でした。
飛ぶように景色は過ぎ去り、村人Aは【こちらルンルン滝】という看板の前に立っていたのでした。
瞬きを一つして、村人Aはあたりを見回します。
まず飛び込んできたのは、不思議な音色でした。今まで聞いたどんな吟遊詩人の歌ともハープとも違う音階です。
そよぐ風のようでも、嵐のようでもあり、そしてそのどちらとも似ていない音色に、村人Aは小さく息をもらしました。
見やれば、はるか高みから七色の砂が降りそそいでいます。誰に言われるでもなく、村人Aは理解しました。
これが、ルンルン滝なのだ、と。
その証拠のように。滝に向かって歩く村人Aの木靴の底が、ルンルン、と弾むように唄います。その音色は、これまでのすべてを補ってあまりあるほど美しく、村人Aは少しだけ口角を上げました。
その視線の先、ルンルン滝の滝壺に、手のひらを広げてなお余るほどの、透明な雫が幾重にも広がっています。
『あれが、モモミン?』
口に出してから、村人Aはあわてて手引きを取り出しました。少し熱を帯びた巻物が、蜃気楼の中にひとりでにひろがり、そして今まで見たことのないような文字が浮かび上がりました。
村人Aにはその文字を読む力はありませんでしたが、なんとなく気づきました。
目の前の透明な雫こそが、モモミンであることに。
これで、じさまのミッションは達成です。
よかった、と村人Aはため息をつき、そして手を伸ばしました。
その時です。
薄い水色の、とさかがあるスライムが突然あらわれて村人Aの手をはねのけたのは。
『っ……』
茫然と、村人Aは目の前のスライムを見つめます。
確かに、毎日のようにモンスターに襲われてきました。火をはくものもいましたし、毒をもつものもいました。そのすべてから命からがら逃げ延びてきたというのに、こんなところでスライムと対峙する羽目になるなんて!
なんとか話し合いで解決できないものか、と村人Aは口を開こうとし、そして猛スピードで突撃してくるスライムに、慌てて後ずさりしました。
村人A(レベル1)は知らなかったのです。
そのスライムこそが、魔王(レベル99)だということを。
知らないまま。村人Aは奮闘します。
木の枝で。
けれど、草を払うくらいにしか使えない木の枝は、これまで逃げ回ってきたなかでずいぶんとぼろぼろになってしまっていました。
いくら魔王が遊んでいたからとはいえ、一撃でも保ったことが奇跡のようなものです。
そう、木の枝はぽっきり折れ、村人Aは徒手空拳になってしまったのでした。
その頃になると、村人Aも内心首を傾げました。
あれ? スライムってこんな感じだったっけ?
傾げながら、魔王の一撃をさけ。
村人Aは何とか逃げることを考えだします。
むしろ、悟ったというべきでしょう。
逃げなければ、命がないということを。
『!!!』
起死回生の一撃。村人Aはスライムの鼻先で大きな音を立てて両の手を打ち合わせました。
そう、ネコ騙しです。
一瞬動きが止まったスライムの横をすりぬけて、村人Aはモモミンを一枚ちぎり、そして全力で駆け出しました。後ろに向かって。
スライムはなんとか追いかけようとしているようですが、村人Aの速さについてこれていないようです。そう、スライムは前に向かって全速力で進もうとしているのです。
思った通り。数秒後には村人Aは蜃気楼を抜け、村に向かって一目散に走りつづけていました。
黒い石のなる樹や、干上がった川を通り抜け、大きな亀裂のある野原を迂回して。そうして村にたどり着くまでにだいぶかかりました。
よろよろのよれよれで村に帰り着いた村人Aは、モモミンの欠片をもってじさまの館に向かおうとし、そして盛大に執り行われている祭りに気づきました。
あちこちで、めったにお目にかかることのない白パンやワインまでもがふるまわれています。
『どういう、ことだろう』
不思議に思った村人Aは、近くを通り過ぎた隣の家の奥さんに、すみません、と声をかけました。いったい、どんな良いことがあったんですか、と。
ところが。奥さんは村人Aを見るなり、悲鳴を上げて卒倒してしまったのです。
いったい何がどうなっているのかと途方に暮れる村人Aの周りに、いつの間にか村人たちが集まっていました。一様に驚いたり喜んでいるような顔をみせる彼らは、誰もが白い服を身にまとっていました。
そう、喪服を、です。
『いったい、何があったんだ?』
たずねる村人Aに、木こりの親分が言います。
『お前さん、生きて帰って来たってのかい?』
『ああ……なんとか、だけど』
あんなことやこんなことが走馬燈のように脳裏をよぎることに苦さを覚えながら村人Aがそう言うと、木こりはますます驚いたような顔でいいました。
『なんでもスライムの形をした魔王が生息してるってことで、レベル90以上の冒険者しか入れなくなったんだぜ、七色山』
『は?』
耳を疑った村人Aの前にじさまが現れます。
『モモミン、じゃなぁ。ありがとうよ』
律儀に返事をしながら、村人Aはぐるぐると考えていました。
スライム。聞きおぼえがある名前です。
というか、つい先ほどまで闘っていたような気がします。
どういうことだろう、と遠い世界にいきかけた村人Aを引き戻したのは、じさまのひょうひょうとした声でした。
『わしの毛生え薬がこれで完成じゃ。
にしてもおぬし、よく見つけたのう。
レベル50以上の猛者でも命を落とすという噂だが』
毛生え薬……たしかにじさまの頭は太陽を反射してよく光っています。けれどそれ以上に、村人Aの頭に焼き付いたのはセリフの後半部分でした。
『レベル50以上の猛者でも……』
あたりでは、「生還おめでとうパーティー」がはじまっています。
村人Aは、それに気づきもしないまま、がくりと膝をつきました。
このまま100年ほど眠ってしまってもいいのではないか、と頭のどこかで思いながら。
fin
はじめまして。もしくはお久しぶりです。
この作品は、ナイトメアマンディがあまりにナイトメアだったのでできました。
なんでも斜めから見ると楽しくなりますね。
読んでくださってありがとうございます。