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イシスの記憶 2

作者: 葛城 炯

私はイシス

『現在、全て指示どおりに船を進めています。作業ロボット達にも異常はありません。船内でのポテトの栽培も順調。耐寒性ポテトは収穫中。耐酸性土壌用ポテトも収穫量に異常はありません。耐アルカリ性土壌用ポテトは収穫量が増えません。引き続き品種改良を継続中……』

 宇宙移民船カルネアデス1729−31415926535で私はある植物学者の指示に従い作業を継続させている。

 栽培しているのは移民星エデン8281に辿り着いた時に直ぐに農耕が始められるようにと彼女が品種改良を行っていたモノだ。

 彼女がある事故で凍結カプセルで眠ることになってから……いや、その暫く前から私は彼女と共に栽培を行っている。

 収穫したポテトは一定量を保存。超過した場合は発酵させて肥料にして土壌に添付するように指示されている。

『概ね順調です。目的地まで後45年……あ』

 私は時間を確認し、あるイベントまでの時間を再計算した。

『娘さんの誕生日まで後1ヶ月ほどです。蜂蜜の採取に向かわせて戴きます』

 私は凍結カプセルの横から私の分身であるインフォメーション・アンドロイドを立ち上がらせた。

 カプセルの中の彼女に一礼してから、私はファーム・カーゴ・ルームへと向った。


 その手前のロッカールームで私は彼女の記憶を再生させた。

「いいかい。蜂蜜を採る時はね。ミツバチに感謝しないといけないよ。ミツバチ達の宝物を分けて貰うんだからね。できるだけ驚かせないようにしないと」

 かつての彼女の指示に従い、ネットがついた鍔広の帽子を被る。


『私はアンドロイドですのでこんな装備は必要ないのですが?』

「何言ってんだい? これはミツバチ達に対する礼儀だよ」

『こういう格好をするのがですか?』

「そうさ。こういう格好で近づけばミツバチ達だって『ああ。また採りに来たな。でも全部は採らないからいいか』なんて思ってくれるのさ」

『失礼ながら……』

 私は小首を傾げてから反論した。

『ミツバチという昆虫にそのような記憶力と分析能力が備わっているとは思えませんが?』

「いいんだよ。これは人間とミツバチの間に存在する儀式。そして儀礼服なのさ」

 彼女はシリコン皮膚の私の腕にもネットグローブを付けて微笑んだ。

「はい。これでそそっかしい新米のミツバチに間違って刺されないからね」

 刺されたとしてもシリコンなのだから何一つ問題はない。

「だからって無防備なのはダメだろう?」

 彼女は……たぶん、仲間が欲しかったのだと推定している。


 彼女に教わったとおりの装備をしてロッカールームを出ると作業ロボットの1体が出迎えてくれていた。

『お待ちしていました。姉さん』

 作業ロボットの名は「トウリョウ」。彼女が名付けた。

 そしてトウリョウが私のことを「あねさん」と呼ぶのも彼女が指示したコトだ。

『出迎えご苦労様です。トウリョウ。来月は誕生日のイベントがあります。蜂蜜を採りに参りました』

『はい。クローバー農場から行いますか?』

 トウリョウは恭しく礼をしてから私に確認する。

 以前は……作業ロボットの全てを私は制御していた。だが、彼女が作業ロボット達に名前を付けるようになって暫くしてから全てを制御するのを止めた。

 今では私が確認するのは作業ロボット達の位置と次の行動報告を受け取るだけにしている。

 何故、制御するのを止めたのか?

 それは彼女が作業ロボット達に話しかけようになったからだ。

「ほら。土はこう耕すんだよ」

「ポテトを採る時はこういう風に」

「やっぱハダニとかは発生するか。農薬よりはテントウムシとかに頑張って貰って……でも、それだけじゃダメだな。トウガラシも作るか。自然農薬用に」

「じゃーん。トウガラシスプレー作ったよ。コイツをハダニが居すぎる葉に……念入りに且つ丁寧に。そして優しくね」

 彼女の言葉を分析するのは……私の役目だったが、どういう風に動作すべきかは作業ロボット達の人工知能に任せた。


 それを彼女が望んでいたように思えたから。

 彼らの記憶チップに蓄積している情報は彼らだけのモノだ。

 私が制御すべきモノではない。

 当然ながらバックアップは存在するが、私はそれも彼らの自由にさせている。


『そう言えばトウリョウ。彼女が言ったという私の評価はいつ教えて戴けるのですか?』

『娘さんが起きた時、そして娘さんが望まれた時に、娘さんだけに教えます』

 トウリョウの中の記憶装置をサーチすれば、その言葉は発見できるだろう。

 だが、私はサーチしない。

 それは私に対する彼女の……信頼を裏切ることになると判断したからだ。


 クローバー畑のミツバチ達は元気だ。

 スモーク・ポッドで少しだけ大人しくなって貰い、巣箱を開ける。手前の巣板はミツバチ達の住宅。奥の巣板が彼らの倉庫になっていた。

 そして奥の数枚の巣板が蜂蜜で溢れんばかりになっている。

『ずいぶんと集まってますね。これではビンに余ってしまう』

『ここの畑のミツバチ達は元気な働き者ばかりです。多くて困ることはないでしょう』

『そうですね。この船には多くの人々が眠っている。起きた時の蜂蜜トーストはずいぶんと豪勢なモノになりそうです』

 蜜蝋のフタをナイフで刮ぎ落としてドラム缶で作った遠心分離器にセットする。

 クランクを回して蜂蜜を採る。

 古くて効率の悪い方法だが、彼女はこの方法を好んだ。 


『姉さん。少し早すぎます』

『そう? ではもう少しゆっくり回します』

 ここはトウリョウの管轄だ。私は船を統括しているがここは彼らの指示に従う場所。


『思い出しますね。蜂蜜を採る時、彼女はとても嬉しそうだった』

『姉さんと一緒に来た時は特別嬉しそうでしたよ』

 トウリョウの言葉に戸惑う。

 今まではそんな情報を私に告げることはなかったから。

『失礼ながら私も……彼女のことを思い出すこともあります。土を耕したりする時に』

 そしてトウリョウは落ちてくる蜂蜜を眺めて分析した。

『今回のは特別甘くて美味しそうですよ』

 ありふれたお世辞。だが、今私が言うべき言葉は「指摘」ではない。

『それはなによりです。イチゴの蜂蜜漬けができあがるのが楽しみですね』

 トウリョウは笑った。

 それまでが全てプログラムされているかのように。

 いや。

 彼女が望んでいるが為に。


 そして……

 私達はあるセンサーからの信号に作業を止めた。

『船? 戦闘艦が?』


 宇宙移民船の進行方向に船が突然出現した。空間跳躍してきたのだろう。

 最初のセンサーが告げたのはそれだけ。

 しかし別のセンサーが警告を私達に告げていた。

『船籍……確認終了。ゾデアグ軍巡洋艦……別名「サテライト・カノン」。惑星破壊戦闘艦。エネルギー反応在り。まだ稼働しています』

 ただ1隻で惑星の全て焼き尽くすことができる戦闘艦。

 遙か昔に中央政府と戦い、滅びた星系の朽ち果てているはずの戦闘艦。

 それが朽ち果てずに……間近に現れた。


 ブリッジに戻り、状況を確認する。

 私には必要のないことだが、彼女と会話するためには必要だ。


「なんだい? あの船は?」

『中央政府監視船。戦闘艦です。空間跳躍時に事故を起こしたのでしょう。ランス01−21型ですね。ほぼ全てが空間跳躍装置。そして巨大長距離電磁砲。大型の戦闘艦も破壊できるほどの』

「へぇ。あんなに細長い船にね。全長21kmの巨大電磁砲に船としての機能をつけたって感じなのか」


 スクリーンに映る情報は戦闘艦のデータを表示している。

 直径240kmの球形。戦闘艦としては中型。表面から林立している電磁砲の砲身だけで1kmを越えているはずだが、外観としては短い毛羽が立っているようにしか見えない。19基ほどあるという大型相転移炉の1つの出力だけでこの船の全エネルギーを楽に越える。


「壊れているのかい?」

『ええ。エネルギー反応はありません。ですが、軍事用です。迎撃砲の1つでも動作可能であった場合……』

 私は彼女を見つめた。

『……不用意に近づくとこの船は破壊されます』

 彼女は笑った。不敵な笑みとはこういう表情をいうのだろうと私は分析していた。

「ふん。連絡シャトルだったら迎撃されないだろ? 軍事用でもエチケットはわきまえているはずさ」

『可能性としては……計算不能です。どの様な状態で、いえ、どういう風に迎撃システムが存在しているかが推定不能です』

 言い直す私を彼女は眼を細めて見ていた。

 そして大きな声で彼女は私に指示をした。

「計算不能なら気にしないね。さっ。あの船に乗り込むよっ! 未知の場所ならあたし達に何か役に立つモノがあるかもしれない。水とか食料とか……薬があるかも知れないからね」

 たぶん、彼女が望んでいたのは……冷凍睡眠用薬品アンプルだ。

 自分が再び冷凍睡眠につくために。そして到着地であるエデン8281で目覚めるための。


 だが……私は知っている。いや、知っていた。

 彼女が悲しむことをその時に既に知っていた。 


『どうしますか?』

 トウリョウが尋ねた。

 私の答えは決まっている。

『あの船、戦闘艦に乗り込みます。未知である場所ならば私達の役に立つことがあるかも知れませんから』

 トウリョウは頷いた。

 私の言葉を待っていたかのように。


 連絡用シャトルに乗り込む。

 万が一のため、私は私のバックアップをメモリースティックにコピーした。

 私本体に記憶していない、このインフォメーションアンドロイドに記憶してある彼女の記憶と推定値を。

『トウリョウ、あなたはバックアップを取らないのですか?』

『既に取ってあります。メモリースティックはボウシンに預けてあります』

 ボウシンとは彼女がトウリョウの次に教え込んでいた作業ロボットに付けた名。

『準備万端ですね』

『ええ。それが教えられた肝の要ですから』

 その言い回しは彼女の教えの賜物だろう。

『羨ましいことです』

 私はトウリョウが羨ましかった。確定はしていないがたぶん私の現在の状況を人間は「羨ましがっている」と表現するだろうから。

『私の方こそ羨ましい限りです』

 トウリョウの言葉が私には不可解だった。

『彼女はいつも姉さんの話ばかり私にしていましたから』

 私はどんな表情をするべきか計算不能に陥った。

『姉さんも……』

『はい?』

『彼女みたいな表情をするのですね』

 私が彼女のような表情? 今の表情が?

 その様なコトが有り得るのだろうか?

 いや。その時の彼女は何を思い浮かべていたのだろうか?


 連絡用シャトルは何事もなく戦闘艦のドックに辿り着いた。

 中に入った私は驚きの声を上げた。

『ここには空気がある』

 連絡用シャトルを格納したドックに充満する空気。

 エアポンプを使って回収したとしてもシャトルを往来させる度に一定量は失われる空気をドック全体に充すとは……少しばかり設計者の意図と能力を疑ってしまう。

 通常ならば機密服を着た人間だけを小部屋のエアロックを経由して艦内に入れる。

『ええ。しかもヘリウム混合空気ではなく窒素混合空気。豪勢ですね。いや……』

 トウリョウは暫く考えてから言葉を続けた。

『……或いは、手間と時間を惜しんで惑星の大気をそのまま詰めこんだか……ですね』

 トウリョウの冷静なる分析が心強い。

『いずれにしても、つまりは人間が複数居るのでしょう』

 トウリョウの推測に私は頷いて同意した。

『少なくともシステムは生きています。さて? どちらに行けば宜しいのでしょうか?』


 彼女の行動を思い出す。

「そんな時はね。真っ直ぐ行けばいいのさ。行き止まりだったら適当に戻って、適当に曲がってそれから真っ直ぐっ!」

『つまり、別な言葉で表現すれば「行き当たりばったり」ということですか?』

 私の指摘に彼女は数秒ほど黙り込んだが、大声で反論した。

「いいんだよっ! 人生なんてそんなモノのさっ!」

『人生ですか? 私はアンドロイドですが?』

「アンドロイドにもアンドロイドなりの運命とかってあるんだよっ! いいから。さっさとこの船の探検に行こうっ!」

 私は溜息替わりに目を閉じて呆れる仕草をした。


 トウリョウが尋ねる。

『彼女の行動指針に従いますか?』

『ええ。どっちにしても来た以上は進むしかありません』

 私達は通路を直進した。

 が、探検は直ぐに終った。


 幾つめかのエアロックドアを開けた時、私達の先を遮るモノがいた。

 電磁麻酔銃を構えた女性型アンドロイド。

 トウリョウが素早く私をガードする。頼もしいとトウリョウの行動を分析するよりも早く、私の記憶チップの奥底にあったデータが私の表情を変えた。

『え?』

 相手は私の驚きを冷たく眺めている。

『rr08−03型。対人戦闘用メイド型タイプ。まだ存在していたなんて……』

 私の呟きに相手が驚いていた。


『貴女方はどなたですか?』

 驚きの表情を収束させてから相手は冷たい声で尋ねてきた。

『私はイシス。コチラはトウリョウ。共にあの船、宇宙移民船カルネアデスを管理しているモノです』

『宇宙移民船? 輸送艦ではないのですか?』

『はい。移民船です。カルネアデスは輸送艦ではありません』

 私の言葉に相手はふと緊張した顔を弛めた。

『よかった。攻撃しなくて正解でした。彼に嫌われてしまうところでした』

 相手の言葉を私は分析した。

 つまり……相手は私達が連絡用シャトルで訪れずに進んでいた場合、あるいは緊急空間跳躍を使用とした場合、敵と判断し攻撃する予定だったのだろう。

 彼女の好奇心に従ったことで私達は攻撃されずに済んだようだ。

 だがもう一つ疑問が残る。


 彼とは?


 たぶん……不要な戦いを嫌うと推定される『彼』とは何物なのだろう?

 しかし、今はそれを問うべきタイミングではないと私は判断した。


『繰り返しますが、私達の船は軍艦ではありません。ところで……』

 相手は私の言葉に身構えた。

『アナタの御名前は?』

 小首を傾げて尋ねると、相手はささっと半歩ほど後ずさった。

 何かに怯えているような、いや、困惑しているような表情だ。

『……ルナ。アルテミス。私はそう呼ばれました』

『ルナがファーストネームでセカンドネームがアルテミスで宜しいのでしょうか?』

『いや、最初にアルテミスと呼ばれ、後にルナと呼ばれた。のです』

 何か無理をしているような言葉だ。

 相手の中での演算が混乱しているようだ。

『では、現在の名はルナですね。今後はルナさんとお呼びして宜しいでしょうか?』

『か、構わない。いや! 私の名は呼び捨てで……いや。いやっ! そんなコトは関係ないっ!』

 何故か紅潮した顔を数度振って、冷静な表情へと戻る。やはりrrシリーズは表情が豊かだ。

『輸送艦ではなく移民船だとのことでしたが、どちらに向かわれるのですか?』

 ルナは訝しげな表情を浮かべている。

『エデン8281。座標は……』

 私は目的地の座標を告げようとした時、ルナは手で私の言葉を遮った。

『どうかされましたか?』

『貴女は……』

 ルナの瞳が紅く光る。測距用の赤外線を用いたパルス通信だ。

(貴女はアンドロイドなのですか? サイボーグではなく?)

『ええ。インフォメーション用アンドロイド。型式名はrx05−01−99。古い設計を元に作られた汎用アンドロイドです』

(アンドロイドが何故そんな格好をっ?)

 ルナに問われて……私は自分がネット付きの鍔広の帽子とネットグローブをつけたままだというコトを今更ながらに再確認した。

『ああ。これは蜂蜜を採るための格好です。この船が現れた時、私達は蜂蜜を採っていたモノですから。そのままの格好で馳せ参じた次第です』

(蜂蜜? いえそんなコトより……)

 ルナは戸惑っている。

 戸惑いを怒りの表情へと変換して、問い直してきた。

(どうして? どうして貴女は音声で答えるのです?)

 ルナの問いに私は暫し答えを検索し……トウリョウと笑い合った。

(何がおかしいのですっ?)

 ルナは銃を構え直した。

 電磁麻酔銃は人間相手の武器だが最大出力で攻撃されれば私の演算回路も損傷を受けるだろう。

『すみません。思い出したのです』

(何をですか?)

『貴女と全く逆のことを彼女……ある植物学者に言われたことを思い出しました』


「あのさ? あんたらなんで通信で会話するのさ?」

『その方が早くて正確ですから』

「いんや。言葉、つまり音声でも正確に情報は伝えられるだろ?」

『それはそうですか……やはりアンドロイドとロボットですので……』

「そんなコトは却下する。いいかい? アタシの前では全て音声で会話すること。絶対だよっ? ま、どうでも良い船の制御関係は通信でも構わないけど、会話は全部っ! 音声っ! いいねっ?」

 あの時、私とトウリョウは呆れる仕草を彼女に初めてして見せた。

「ふん。そういうコトさっ!」

 何がそういうコトだったのかは……未だに特定できていない。


『植物学者? 人間ですか?』

『ええ。人間です。私達は彼女の遺志を実現するために行動しています』

『人間の意志……ですか?』

 ルナの解釈と私が伝えたいコトには差異が存在する。しかし、それはここで言及すべき程の差異ではないと判断して私達は頷いた。

『貴女は……まるで人間のようです』


 それは……どうなのだろう?

 私達は彼女に随分といろいろなことを教わった。

 そのせいかも知れないと分析するが自信はない。


『人間の意志で行動しているならば確認したいコトがあります』

『なんでしょう?』

『戦争は終ったのでしょうか?』

 ルナの質問に私達は視線を合わせた。

 それから答えた。

『ええ。随分と昔に。少なくとも私達が出航する150年以上昔、つまりは約200年は過去の話です』

 ルナは私の中の何かを射貫くような視線のまま、問いを続けた。

『そして……それでゾデアグ軍は……勝ったのでしょうか?』

 私は事実を告げることを戸惑った。いや、躊躇した。

 事実がルナの期待、希望を叶えるモノだとは推定できなかったが為に。

 人間ならば事実を相手の希望に沿う形で別の言葉を探せるのかも知れない。

 いや。彼女ならば単刀直入に即座に答えただろう。

 私はやはり機械だ。人間ではない。

『戦争は終りました。ゾデアグ軍は壊滅して……敗北しました』


 私の答えにルナは目を閉じて上を向いた。

 まるで天に扇ぎ、運命を呪うかのように。


 沈黙を破ったのはルナの声だった。

『私は……彼の世話をしていました。そして最後に彼に命じられました。この艦に敵が乗り込んできたら、あるいは艦の周囲に敵を発見したら即座に破壊しろと。そしてこの艦に乗り込んでくる人間が居たら確認せよ。と』


 彼とは? そして最後とは?

 いろいろと確認すべき内容を含んだ発言。そして妙な言い回しの言葉。

 しかし、今確認するべきなのは別だろう。


『何を確認しろと命じられたのですか? 戦争の結果でしょうか?』

 ルナは私達を見てゆっくりと頷いた。

『……そして戦争が終っていたら』

 私達は黙ってルナの次の言葉を待った。

『勝者の指示に従えと。貴女方は勝者側なのでしょう?』

 ルナの確認に私達は再び視線を合わせ、そしてそれぞれに検索した。

 彼女の記憶を。言葉を。そしてその意味を。

 トウリョウは肩をすくめて首を数度、横に振った。

 該当する言葉はなかった。と告げるために。

 だが私の記憶には1つだけ該当する事項がある。


「銀河中央政府のバカどもに」


 エデン1349のコスモゲートを直した時に彼女は確かにそう表現した。

 そして言葉を紡いでからルナに返答した。

『確かに私達は銀河中央政府の指示によりエデン8281に到着すべく船を進行させています。ですが、私達に行動を指示した彼女は銀河中央政府に対してこう表現しています。「銀河中央政府のバカどもに」と。少なくとも彼女は銀河中央政府に対して全幅の信頼を置いてはいないと判断できます』

 ルナは私の言葉の意味を分析し、そして困惑した。

『つまり……どういうコトでしょうか?』

『私達は中立。そして彼女の心情は……貴女に指示をした彼に近いのではないでしょうか』

『それでも……』

 ルナは暫く演算してから……結論を告げた。

『貴女方を銀河中央政府関係者と判断し、勝者側と結論します』

 そしてルナは電磁麻酔銃を見つめ、一度抱きしめてから私達に渡した。

 まるで想い出の品を手放すかのように。

『戦争が終結し、ゾデアグ軍が壊滅している以上、私達は敗者です。投降します』

 電磁麻酔銃はトウリョウが受け取り、そして黙って電源を落とした。

 それは『そんなコトは関係ない』と言いたかったのだろうと私は判断していた。

 声に出さなかった理由はトウリョウと彼女との記憶の中にあるのだろう。

 私は私の記憶に従うだけだ。

『それでは……アナタに指示をしていた彼の元へ連れていっては頂けませんか?』


 彼は眠っていた。永遠に。

 メインコントロールルームのコクピットシートで。

 戦闘艦搭乗員らしく機密服を着たまま。そして何かを嘆いているかのような表情。

 だが、目を閉じていながらもどこか……凛々しい。

 ミイラ化して久しいのだろうが、生前の姿を想像するには充分なほどに状態は保たれていた。

 ルナはヘルメットの中を覗き込み、そして微笑んでから言葉を続けた。

『彼は……とても意気込んでいました。銀河中央政府との戦いを望んでいたのでしょう。とても……高揚していました。ですが……』

 私は記録をサーチしていた。銀河中央政府とゾデアグ軍との戦いを。


 経済的に緊密に結びついた12つの星系は独立を宣言した。

 最初は外交での戦い。だがゾデアグ軍が銀河中央政府の制止を無視して他の星系に介入し始め……戦争となった。

 それでも最初は小型戦闘艦での戦いだった。

 だが、銀河中央政府がゾデアグ軍の1つの星系を壊滅させてから一気に悲惨な破壊へと突き進んでしまった。

 最終戦はゾデアグ軍星系近くに集結していた銀河中央政府軍にゾデアグ軍が突入しようとして……唐突に終結した。


『この艦が僚艦の後を追い空間跳躍した直後に銀河中央政府軍が……次元振動爆弾を空間跳躍させ……爆発させました』

 空間跳躍とは次元を飛び越えて移動する手法。

 その時に次元振動爆弾を跳躍に利用している同一次元で爆発させたら……

『結果として僚艦は全て次元の振動波に呑み込まれて破壊。そしてこの艦だけが……』

 私は推定していたコトを述べた。

『時間跳躍したのですか?』

 ルナは少しだけ驚いた顔をしてから頷いた。

『時間跳躍は技術として確立していません。空間跳躍時に次元を振動させ、空間移動の軸を時間軸へと変換させればいいとは理論では結論されていますが』

『この艦は有り得ないほどの確率を実現させてしまった。……という訳ですね』

『はい。時間移動は……艦内時間で10年ほどです』

 10年。

 食料と水が備蓄されていれば彼はまだ生きていただろう。

『最終戦は……最終決戦は長くても数日で終るだろうと推定していました。艦内の食料は……非常食が2週間分だけでした』

 彼は次元を跳躍し続けながら……永遠の眠りについてしまった。

 そして約200年後に私達の前に現れたのだ。

『彼の望みはなんでしたか?』

 私の問いにルナは困惑した。

『望みとは?』

『戦争が終った時、彼は何か望んではいませんでしたか?』

 ルナは暫く黙っていた。

 彼との記憶の全てを検索していたのだろう。

 該当する記憶を察知して私を見て音声にした。悲しげに。

『彼は……自分の亡骸は故郷の星に埋葬して欲しいと言ってました。ですが……』

 ルナの表情で私は意味が判った。


 ゾデアグ軍最終戦の前。

 銀河中央政府軍は1つの星を完全に破壊した。

 超大型戦闘艦が空間跳躍位置を間違え、植民星の近傍に出現。そしてそのまま重力に囚われて星に落下。

 千を超える相転移炉の暴走と直径1000km近い戦闘艦の落下エネルギーは……星そのものを完全に破壊したと記録されている。

 推定では地表から約100km程の深さまでの岩が溶解。微生物1つ生き残ってはいない。200年後の現在でも地表は未だ溶解したままだろう。

 そしてそれだけではなかった。

 落下していた超大型戦闘艦の空間跳躍装置も暴走した相転移炉の影響を受けて異常動作し……星そのものを何処かに跳躍させてしまった。

 灼熱地獄と化しているだろう惑星は宇宙の何処かに飛ばされて、消えてしまった。


 銀河中央政府は単なる事故だと発表したがそれを信じるモノは誰もいない。

 通常ならば数千人が搭乗しているはずだったのに、たった数名だけしか戦闘艦には乗ってはいなかった。しかも戦闘艦が空間跳躍した直後に小型戦闘艦で脱出。全員が無事だったが故に。


『……でしたら』

 私は提案した。

『私達が向かうエデン8281に埋葬しては如何でしょう?』

 たぶん彼女ならばきっとそう提案しただろうと推定していただろうから。

『宜しいのですか? 私達は銀河中央政府への反攻者。犯罪者として裁かれないのですか?』

 私は記録を検索した。

 そして首を横に振って否定する。

『戦争の後、ゾデアグ軍は解散。そして生き残った星系はそのまま残っています。ゾデアグ軍星系間を連結していたコスモゲートは殆どが破壊、或いは銀河中央政府軍の支配下に置かれて。今でも通商経済活動は制限されていますが銀河中央政府の一員として存在しています。独立を叫んだ指導者は裁かれましたが、戦闘艦搭乗員が裁かれた事例はありません。戦闘艦は銀河中央政府に没収されましたけどね』

 ルナはまだ不安顔だ。

『そして私達は貴女を必要としています。この船も』

 ルナは私の次の言葉を待っている。

『戦争終結してから100年後に銀河中央政府は1つの法律を公布しました。「ゾデアグ軍反乱戦争で使用された艦船などが発見された場合、発見者の所有物とする」と。ですから発見者である……』

 私は言葉を止めた。


 彼女にその「発見者」の資格があるのだろうか?

 いや。

 彼女の遺志を継ぐであろう娘さんは生きている。

 冷凍睡眠中ではあるが亡くなってはいない。


『……私達が実行している遺志を託されている人間が私達の船にいます。法律に従い、この船は私達のモノとなりました。宜しいでしょうか?』

 私はルナの反応を待った。

 ルナは少しの間、逡巡していたがゆっくりと頷いた。

『そして私達はこう命令されています。「できるだけ早く目的地に辿り着け」と。そのためのあらゆる手段を躊躇わずに選択しろ。と』

 ルナは困惑の表情のまま。私の言葉の意味が理解できないようだ。

『貴女の疑惑はもっともです。記録が正しければ、この船は急造船。しかも戦闘専用。私達の移民船を格納するドックはなく、そしてこの船の高速空間跳躍時に発生する高エネルギー電磁波にも私達の船は耐えられない』

 戦闘艦の空間跳躍はレスポンスが求められ、安全性は考慮されない。

 このコントロールルームだけは人間が耐えられるレベルに遮蔽されているようだが、他のブロックは機械が耐えられる程度に遮蔽されているだけだろう。

 だからこそパイロットが1人で操縦していた。

 ルナは大きく頷いた。

『……ですが、私達には遮蔽シールド発生装置が8個ほどあります。過日、別な戦闘艦、朽ち果てた銀河政府戦闘艦から拝借しています』

 ルナの表情が驚きへと変る。


 あの時、ランス01−21型を探検した彼女は落胆したまま帰路についた。

「あーあ。大したモノはなかったね」

『遮蔽シールド発生装置は貴重ですよ? カルネアデスに装備すれば1億度の星間ガス流や高密度磁気嵐にも耐えられます。つまり巨大ガス惑星近傍を避けることなく進むことができます』

「こんな宇宙のど真ん中で星系からはぐれた巨大ガス惑星とか高密度ガス塊に出会うっていう確率もそうそう無いけどね」

『これからの行程では数箇所、有ります。迂回せずに済みますから……5年ほどは短縮できます』

「そうか。じゃ無駄じゃなかったな」

 彼女は疲れた笑顔を私に向けた。

 ランス01−21型は元々が無人の戦闘艦。彼女が望んでいたであろう冷凍睡眠用アンプルは積まれてはいない。

「ま、遮蔽シールドの設置と運用はアンタらに任せるよ。アタシは大量の水と炭酸ガスが見つかっただけで良しとしよう」

 だが、長距離電磁砲の電磁遮蔽剤と冷却剤として水と炭酸ガスが存在していた。

『水と炭酸ガスは如何されるのですか?』

「決まってんだろ? 植物に飲み食いさせて増やすのさ。植物はね、水と炭酸ガスと光さえあれば生きていけんだからね」

『温度は必要有りませんか?』

 私の疑問に彼女は言葉を詰まらせた。

 そして横目で睨んだ。

「いつの間にそんなツッコミを憶えたんだかね。教えたつもりはないよ?」

『ツッコミ? 私は単純なる疑問を……』

「はいはい。人間はね。事実でも指摘されると傷つくことがあるんだからね。気を付けな?」

 彼女はそっぽを向いた。

 あの時、私はどうしていいか解らずに計算不能となっていた。

「ふふ。アンタも困ることがあるんだね? あ、ひょっとして最初からあの船に積んであるモノが何か判っていたな? 何が積まれていないのかも。そうなんだろ? 隠さないで言いなさいっ!」

 彼女の指摘に私は……どんな表情をしていいのか困惑した。


 事実を告げてもいけない。 

 隠してもいけない。

 私はどうすればいいのだろう?

 人間とは不可解な存在だ。


「ははは。そんなに困りなさんな。言うタイミングがなかったってコトだろ?」

 私は頷いた。

 彼女はランス01−21型の探検が楽しみなように見えて、そしてずんずんと先へと進んでしまい、言うべき時が判断できなかった。

「はっははは。ま、それで良いよ。そのまんまでいい」

 私の何をそのままでいいと言ったのかも未だに判断できない。

「これからも頼むよ。イシス。相棒としてね」

『相棒? ですか?』

「ま、アンタが相棒に相応しいかどうかはこれから決めるけどね。ま、そんなコトで1つ宜しく」

 握手を求められ、私は応じた。

 あの時、彼女の言動は不可解すぎて私は解析せずに記憶に留めるだけにした。

 そして……

 正確には判断できなかったが彼女が私を必要としているコトだけは理解できた。


『私達はルナ、アナタを必要としています。協力して戴けますか?』

 私の問いかけにルナは吃驚していたような戸惑っていたような視線で私を見つめ続け……やがてぽろりと大きな瞳から涙を溢した。

『解りました。協力させて戴きます。イシス様』

 そしてメイドらしく深々と頭を下げた。

『違います』

 私は何故か冷たい響きで否定した。

『私達は仲間……「相棒」なのです。ですから私の名に「様」は必要有りません』

 私の指摘にルナは吃驚した後で突然笑い出した。嬉しそうに。

 本当に嬉しそうに笑った。涙を溢しながら……



 1年後。

 私とルナは蜂蜜を採るためにファーム・カーゴ・ルームへと向かっている。

 今回はラベンダー畑から始める予定だ。


 移民船カルネアデスと並走する中型戦闘艦『アルテミス』……私達は戦闘艦をルナの古き名であるアルテミスと呼ぶことにした……は作業ロボット達により改造が続けられている。

 戦闘艦アルテミスには19基有るべき大型相転移炉が9基しかなかった。

 随分と慌ただしい中で造られたのだろう。他にもいろいろと欠損している箇所がある。

 しかし、それが私達には好都合となった。

 本来ならば相転移炉が装備されるべき空間にこの船、宇宙移民船カルネアデスを納める場所を造っている。

 遮蔽シールド装置をカルネアデスの周囲に配置すれば、空間跳躍時の影響を防げるだろう。

 念のため空間跳躍装置についてもダウンパワー改造を行っている。

 カルネアデスに耐えられる速度での空間跳躍は実現できそうだ。


『こんな装備をするのですか?』

 ルナはネット付きの鍔広帽子を被り、ネットグローブをつけて怪訝そうな顔をしている。

 かつて私がした表情だ。

『そうです。ルナ。これは蜂蜜を採る時の儀礼服なのです』

 私はルナに説明しながら……あの時の彼女の気持ちが少しだけ理解できたような気がしている。

 言葉や情報に変換できないが、『気持ち』という感覚はたぶんこういうコトなのだろう。

『解りました。ではイシス様。蜂蜜の取り方を教えて下さいませ』

『それはトウリョウが教えます』

 ロッカールームを出ると着替えを待っていたトウリョウが恭しく頭を下げる。

『トウリョウ様が? 解りました。宜しくお願いします。ルナは一生懸命に覚えます』

 ルナは私達の名に「様」をつける。それはルナ自身が対人戦闘用メイド型アンドロイドとしての存在理由だと言って曲げようとしない。

 以前、私の指摘に笑ったのは……同じコトを彼に指摘されたのだと言っていた。


 私はそれ以上は聞いてはいない。

 それはルナと彼だけの記憶なのだろうから。


 トウリョウの監督下の元、蜂蜜を採りながら不意にルナが私に報告した。

『イシス様。戦闘艦アルテミスより報告。フレームの歪みに変化無し。全体強度は保たれています。収納ドックは後1年ほどで完成予定』

 私にも作業ロボットを率いているボウシンからの報告が届いている。

(収納ドック設置工事、進捗率62%。完成予定11ヶ月後)

 細かな差異は問題ない。

 視点が違えば、推測値に差異が出るのは自然なことだから。


『ありがとう。ルナ。完成したら一気に行程を縮めることができます』

『現在の推定では残り44年を最大で10年。最小でも20年ほどになります』

『実際にどれほど短縮できるのか。楽しみですね』

 私は微笑む。ルナも微笑んでいる。

 ふと、私の中で彼女とルナが出会っていたら……とシミュレーション画像が内部メモリ内に展開した。


『私達の旅は……』

 私の呟きをルナとトウリョウが聞き、そして先を待っている。

『……随分と予定外で楽しいですね』

 皆で笑った。


 たぶん……彼女がこの場にいたらこう言っていたはずだ。

「どうだい? 行き当たりばったりって楽しいだろ?」


 彼女の言動をシミュレーションしていた私にルナが尋ねてきた。

『イシス様? 随分と嬉しそうですけど……何か?』

『いえ。ルナ……』

 否定した後で私はルナに尋ねた。

『人間とは……不可解で楽しい存在ですね。そう思いませんか?』

 ルナは自身の演算回路で私の言葉を分析し、自身の記憶を検索し、それから……

 それから楽しげに笑った。

『はい。人間は不可解で楽しい存在です』

 それから私達はラベンダー畑での蜂蜜取りに勤しんだ。

 微笑みながら。



 こうして私とルナは新たなる航海を始めるコトとなった。



 ルナ。

 かつてはアルテミスと呼ばれ、ある兵士との記憶と共に新たなる旅を始める対人戦闘用メイド型アンドロイド。戦闘艦アルテミスのコンピューター端末。


 私はイシス。

 この船、カルネアデス1729−31415926535を統括制御するコンピューター。

 ある植物学者の記憶と共に旅をしている。



 共に……ただの機械。



 この作の原案は「カルネアデスに花束を」になります。

 キャラは「101人の瑠璃」の末裔……かも知れません。

 空想科学祭2009 参加作品


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