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第4話 school bought
「う…嘘だろ」
 そう言う治の声は、震えていた。帰る方法を忘れた?ということは、帰る方法が分かるまでずっとこの暴力的な女の子と一緒に暮らさなければいけないのか?冗談じゃねえ。3年か、6年か、9年か、……一生。
「俺も探すの、手伝うよ」
 手伝う。全力で手伝う。一生の苦しみを考えれば短い。
「あ…ありがとう……!」
 ハルスは涙をぼろぼろ流し、治に抱きつく。ハルスの大きな泣き声が聞こえてきた。
「うわーん……」
 泣いているハルスを見て、治は、こうやって見るとかわいいところがあるんだな、と感じた。そう考えると、ハルスの天然のかわいさが思い出される。かわいい。とてつもなく、かわいい。話の流れに乗ってハルスを強く抱きしめようと思ったが、後で殴られるのが嫌だった。
「……そういえば」
 ハルスは思い出したように言う。
「あの本には、ご飯を杖みたいなもので食べる国があって、そして奴隷は認められていないって…」
「そっか…」
「だから、わたしも、しもべ扱いするのをやめる」
 ハルスは顔を見上げ、治の顔を見る。その顔が、先ほど回想していた顔よりもかわいかったので、治は顔を真っ赤にし、それをハルスに見せまいと慌ててそっぽを向く。
「落ち込んでばっかりもいられないわね」
 ハルスは明るくそう言い、立ち上がる。
「痛っ」
 ハルスは足元を見る。左足から血が流れていた。足の裏を見ると、かかとに金色の丸いもの(画びょう)がささっていた。ハルスの顔が急に真っ赤になる。ハルスは、治の顔を、鬼に勝る怖さでにらむ。それを見て、治の顔がだんだん青くなってくる。
「隸ーーーーー!!」
「ひぃーーーー!!」
 魔法と殴打を以ての一人の少女の打擲は、日没まで延々と継続した。

 だんこぶだらけで、顔も妙に膨らんでいるその男の子がふらふらと居間に入ってきたのは、母が一人で食卓にご飯を並べ、先に食べ始めていたところであった。
「部屋には、ご主人様を先に入れるのよ!」
 治の尻を、ハルスはける。ハルスにけられ、治は転ぶ。
「まったく、いすに罠を仕掛けるなんで…」
 罠なんかじゃないのに、と治は心の中で反論するが、口に出したらまだ殴られる。というか殺される。
「あら、あなたも食べるの?」
 テレビ(のあったところ)の手前に座ってご飯を食べていた母が、向かいに立っているハルスに尋ねる。ごはんは、母と向かいの二人分しかない。
「あ、はい。……この家のお母さまですか?」
 ハルスは、母の向かいの食事の前に、正座する。治はふらふらと立ち上がり、ハルスの後ろのソファーにどさっと座る。
「はい、それが何か?」
 母はハルスの後ろのソファーの治を、心配そうにチラッと見る。
「お父さまはおられますか?」
「アメリカに出張中ですよ」
「そうですか、それでは……、一つお願いがあります」
 ハルスはうつむく。
「その…、簡単に言うと、帰る場所がないんです」
「まあ…」
「それで、それで、その……、この家に居候させてください!」
 ハルスは力強く言う。
「いいですよ」
 母は即答した。こんなものを即答するのかよ母さん、と治は思ったが、そんな治の表情を無視して母は続ける。
「名前、まだ聞いていませんでしたね」
「ハルスです」
「あら、外国人さん?自分の名前をきちんと全部いえるかしら?」
「はい、ええと、ハルス・シーラントです」
「あら、日本語がお上手ね。自分の国も言えるかしら?」
 それを聞いて、治はしまったと思った。別にハルスに居候してほしいとかそんなものではないのだが、しまったと思った。ハルスから見るとここは異世界。しかも日本以外の国名は全く言っていない。世界地図にないような国名を言われたら、話が混乱するような気がした。
「モルデス公国です」
「あら、そう」
 母があっさり流したのを見て、治はえっとなる。
「いくらでも手伝いますので、どんどんこき使ってください!」
「いいのよ。わたしもちょうど、娘がほしかったところだから」
 母はにっこりとそう言い、立ち上がる。
「ハルちゃんのごはん、用意しておかないとね」
「あ、いいです」
「え?」
「治のご飯はいりません」
「ええっ!?」
 治は、体中の痛みを押して立ち上がる。
「俺、まだご飯食べてないんですけと?」
「いらないって」
 ハルスが言うと、母はうなずく。
「そう、それじゃ二人で食べましょうね」
「おい!」
 治は突っ込むが、ぎろりとハルスが自分を見ているのに気付き、口をつぐむ。
「部屋に戻りなさい」
 ハルスが怖く言うと、治はおびえて早足で居間を出る。
「お姉さんみたいね」
 母がにっこりと言う。くすくすと笑っていた。

「やれやれ……」
 部屋に戻った治は、空っぽのおなかをさすりながら、ハルスに対する愚痴を容赦なく放っていた。
「全く…、何なんだよあの女。俺の家の前に勝手に倒れて勝手に家に入ったじゃないかよ。それが何だよ、あんな傲慢な態度は。鼻につく」
 やれやれ、とため息をついて、何かしないと腹がなくなりそうな気がしたので、ランドセルから宿題を取り出す。
「くそ・・・くそっ!」
 治が悔しそうにそう言うと同時に、ぼきっと鉛筆が折れる。
「あっ」
 治は机の奥から鉛筆削りを取り出し、鉛筆を削り始める。手動の鉛筆削りで、後ろの取っ手を回して削るタイプである。
 治はため息をつく。何年も?何年も今日みたいな生活?冗談じゃねえ。考えるだけで死にたくなる。第一あれは…あの画びょうはわざとじゃねえ。なのになんで俺の弁解を聞こうともしないんだよ。手伝いをしないのは兎も角、あんな傲慢な居候がこの世のどこに存在するのだろうか。
 宿題を終えたので、明日の準備にとりかかる。明日?という言葉が頭に浮かんだので、治の顔はばああっと輝く。そうだ、学校だ。学校まであの女はついては来ないだろう。つまり、学校は天国だ。治は、小学1年生の入学式の朝よりも小学校に期待を膨らませていた。
 その時、ドアのノックがした。
「どうそ」
 ドアをノックするという事は、少なくともハルスではない。思った通り、入ってきたのは母であった。
「母さん、ちょっとお出かけに行くからね」
「はい?」
 治は目を点にする。母のこの時間帯のお出かけは、今までで初めてなのである。
「何しに行くの?」
 治がそう尋ねると、母はふふっと笑う。
「ハルちゃんの学校の準備よ」
「はい?」
 治は悪寒がした。治の事情を全く理解していない母は、明るく続ける。
「さっき話したんだけとね、ハルちゃんがここにも学校あるのって聞くから、あるよって答えたの。それでハルちゃん、治と同じ学校に行きたいって。すっかりラブラブね、あんなかわいい女の子と」
 治は真っ青になったが、母は治の表情も見ずに続ける。
「これからランドセルやら買いに行くのよ」
「あ、でも戸籍は?」
 治は内心にやりとしながら言ったが、母は少しも慌てない。
「いいのよ、わたしの隠し子としてなら分かってくれるし」
「分かってくれるか!」
 治は突っ込む。
「第一、ハルスって何だよ?外国人だろ?」
「外国籍でも学校には入れるわよ」
「でも、モルデスって国は…」
「あるわよ、アフリカのあたりに」
「あるか!世界地図を見ろ!」
「あるわよ、とりあえず、それじゃ行ってくるね」
 母はそう明るくいい、ばたんとドアを閉める。
「あ…おい!」
 治はいすから立ち上がる。その顔は真っ青になっていた。
「い…一体これ、何がどうなっているんだよーーー!!」


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