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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

傀儡の王様と仇花

仇花

作者: かんなぎ

身体を揺らす勢いに任せ、椅子から立ち上がろうとしたが、身体に力が入らず結局椅子に崩れ落ちた。

仕方なしにぐったりともたれ掛かった椅子の背がみしみしと軋む。

いっそ折れてしまえば好都合なのだが、どんなに暴れたところで折れない頑丈な椅子だ。

けれども、そもそも今の私の体力では折れないのは当たり前かもしれない。



ぼうっと虚空に視線を彷徨わせれば、遥か頭上にある窓から差し込む光が埃にきらきらと反射しているのが見えた。

この薄暗い場所でこんなに綺麗なものを見れるなんてと感動し、ふと、今日は晴れている事に思い至った。





もう、この椅子に鎖を繋がれて何日が経ったのだったか。

食べる事も水を飲む事も、随分前に拒否した。

時折無理矢理に摂取させられてはいるが、そろそろ私は死ぬのだろう。







私は王都から見れば辺境の、国境間際に拠点を構える地方豪族の長の孫娘の一人だった。

野蛮で、野心に塗れ、礼節の無い愚かな蛮人。

煌びやかな王都の住人にそんな風に評される一族。

昔はそんな一族を侮辱する評判に腹を立てたが、その一方で一族に名を連ねる事を心のどこかで恥ずかしさを感じてたりもした。

側面的にはその評判は正しいものだったから。



血を重視する一族で、戦士たる男の発言力は大きかった。

戦を好み、色を好む。

王都の男達に比べ、名誉や体面というものより原始的な欲を好む男達。

だが、血族に対しての情は厚く、誰もが手を取り合って生きていた。

その分結束は岩より堅く、一人殺されれば仇を討つ為に血族総出で敵に立ち向かった。



だが、時代は血を重んじるそれから、主従の関係を重んじるそれへと変化していた。

王国にとって、主よりも血を重んじる私達は、武力を持つ故に厄介な存在だったのだろう。

次第に、一族の戦士達は戦の度に最前線へと派遣させられるようになった。

誰よりも傷付き、けれども誰よりも助け合って敵に立ち向かう戦士達を、一族は皆誇りに思っていた。



けれど、ある日。

一族の殆どの戦士達は、戦場で死んだ。

正しくは、戦場近くで罠に嵌められ、味方である王国騎士に殺されたのだ。

ある一人の戦士が死の間際にどうにか伝書鳥に託した手紙には、罠に嵌められた事、女達に強く生きて欲しいという事、帰れない事を詫びる旨が書かれていた。

背後から信頼していた味方に殺された彼等の無念を考えると、彼等の死を誇るよりも悼む気持ちと憎しみばかりが心に積もった。



守りを無くした城塞の女達は、非戦闘員の男達に幼い子供達を託し地下通路から逃した。

そして、一人でも多くの子供達を生かすべく、時間稼ぎの為に城塞から必死で迫りくる騎士達に火矢を撃った。

私も胸元に兄からの最期の手紙を忍ばせ、弓を構え、何人もの騎士に泣きながら火矢を撃ち込んだ。

人を殺したのはあれが初めてだった。



戦士達が用意しておいてくれた緊急時の為の備えは沢山あり、この調子ならば二日は持つだろうと考えられた。

次代を担う幼い子供達さえ生き延びてくれるなら、と考えると死ぬのは怖くなかった。

守るものがある、というだけでこれから待ち受けるだろう地獄に対する恐怖は和らいだ。




けれど。そんな心の支えは簡単に折れた。

騎士達は、地下通路から城塞内に現れた。

あの、子供達を逃がしたはずの通路から。

きっと。あの子達は。

私達に縋り、離れたく無いと泣いたあの子達は。

もう、どこにも、居ない。




城塞内に侵入した騎士達は、戦の作法を無視し女達を弄んだ。

ささやかな希望を砕かれた女達は、嬲られ、嬲られ、嬲られ、自刃すら許されず惨めに殺された。

手を縛られ、殴られ、汚らしい手で撫でられ、嘲笑われ、揺さぶられ、殴られ、揺さぶられ、揺さぶられ。

そうして、一族は蹂躙された。



城塞内で永遠とも思える屈辱の時間を味わい、後に、正門を突破した本隊により騎士達の凶行は止められた。

倒れ伏し、惨めな格好にされた女達の中から“長の直系"である私を引きずり出した自らを将軍と名乗る男は、自身の外套を私の身体に巻くと、すまない、と小さな声で囁いた。



謝れば、この凶行は許されるのか。

謝れば、あの子達は生き返るのか。

謝れば、私の家族は生き返るのか。



一瞬、怒りで感情が焼き切れそうになったが、最早私達の一族は終わったのだ。

その事実に、怒りは涙に変わり、私は意識を失った。






そして。

捕虜として、私はたった一人、王都に連れて行かれた。

処刑の為にある地下牢獄に入れられるかと考えていたが、実際には将軍ーー男により古塔の中に入れられた。

古塔の中は拘束具も、拷問具も無く、既に私を捕虜として捕らえてる意味すら軽いのだと言外に伝えていた。

もう、一族自体が存在しないのだから、私に情報を吐かせる意味すら無い。



日に二食、質素な室内用のドレス、二日に一度湯が与えられた。

戦に破れた捕虜に与える待遇としては格別なものなのだと思う。

けれど。どんなに待遇はよくとも、やはり牢獄は牢獄だった。

光の入る窓は遥か高くにあり、脱走は困難。

鋭利な物、紐状の物は全て取り除かれた無機質な牢屋だった。

死を選択する自由は、ここには無かった。



男は、夜な夜な見舞いの花を携え、牢屋を訪れ、一言も語らずただ私を見つめていた。

私が喚き、泣き叫び、花を千切り、呪詛を吐きながら罵っても、ただただ静かに私を見詰めていた。

私の支離滅裂な言葉をただ受け入れるだけで、何の反論もしない男の瞳の静けさは、私を更に追い詰めた。



男が去った後には、いつも悪夢を見た。

火矢を打ち込まれた騎士達の歪んだ顔、揺れる自分の白い脚、様々な場所であがる悲鳴、赦しを請う泣き声、身も裂けるような痛み、誰も救えなかった喪失感。

助けて、嫌だ、と悲鳴をあげながら目を開け、涙に暮れる日々を繰り返した。

助けを呼んでも、もう何処にも、誰にも届かない。

それでもまだ期待するのなら、それは誰に向けたものだったのだろうか。

ここには私しか居ないのに。



次第に私は、男に憎しみをぶつける虚しさを覚え始め、変わりにぽつりぽつりと短い言葉を交わすようになった。

それは、自分の家族の事だったり、好きな食べ物だったり、嫌いな動物だったりと、本当に他愛のない言葉だった。

けれども男は、私の発する言葉は一言一句逃さず聞き、どんな言葉にも考え考え相槌を打った。

私の感情の波は激しく、罵った次の瞬間には昔よく口ずさんだ歌を歌ったり、まるで山の天気であるかのように移ろったが、男はただ静かな瞳で私を見詰めていた。



記憶に苛まれ、自堕落に感情の波に揺蕩う無気力な日々の中で、私は驚愕の事実に気付いてしまった。

王国は私から全てを奪い取りながら、まだ汚名を被せようというのか。

まだ、まだ、私を貶めようというのか。

これ以上の辱めを受けるくらいならばと爪が割れて血だらけになるのも構わず、壁をよじ登り、十分な高さから飛び降りて首の骨を折ろうとした。

しかし、昼にも関わらず何故か現れた男に見つかり、以降は夜は寝台に、昼は椅子に足枷を繋がれ、それすら叶わなくなった。

自発的に死ぬ為の手立ては全て取り上げられた。

ならば、私が取るべき方法は一つだけ。

苦しむ時間は長引くが、私にはもう、死んだ一族の者に対してそれ以外の償い方を知らない。



あの凶行に及んだ騎士達により、女達の多くは致命傷を負い、死んだ。

そうではない、片手で数えられる程しかいない軽症で済んだ女達の行方を私は知らない。

けれども彼女達は、私よりも年長で、戦士である夫に誇りを抱いていた女達だ。

きっと、もう、生きては居ない。

私が一族最後の女だ。

一族最後の女に、なるのだ。





塞ぎ込み、突然食を拒否しだした私に最初こそ困ったようにしていたが、何故生きようとしないのだ、と男はらしくもなく激しく怒り、私の口に水差しを無理矢理差した。

そして自分の口にパンを含み、咀嚼し、口移しで私に無理矢理飲み込ませた。

そこまでされても、私は夜が白む頃には吐き気に任せて全て戻すのだから、次第に痩せ細って行った。



ある日、男は頑なに食を拒む私の頬を叩き、胸ぐらを掴み、何が望みだ、と叫んだ。

飢えのあまり、機能しなくなっていたぼんやりとした視界が男に焦点を合わせた。

彼の瞳はいつもの静かな水面の色ではなく、焦りと怒りに染まっていた。

それは、夢で見た、一族の皆が私を責める瞳に良く似ていた。





死にたい。

腹の子と共に。





随分と久しぶりに彼に言葉をかけた気がする

渇いた口から出た声は弱々しく、小さかったけれど、確かに男の耳に届いた。

男は目を見開いて呆然として、まさか、と呟き冷たい石床に膝を着いた。





あの凶行の中で、私は誰の子とも分からぬ子を授かっていた。

腹に宿ったこの子に罪は無い。

だが、王国内では母たる私は罪人な上、私自身もまた憎き男達の子を自分の子と認められるとは到底思えなかった。

きっと私はこの子を憎むだろう。

きっと国はこの子を蔑むだろう。

それでも、確かにこの子は一族の血を引いた、私の血を引いた子なのだ。

誇り高き一族の血を引く子を、獣にも劣る穢れた血を引く子を、一人この世に置いて行けない。

この子を最後の一人になど、させたくない。





その子供を産みたくないのであれば、医師を手配する。

全てを忘れて新しき生を手に入れれば良い、妻としてお前を迎えたい。

どうか私を憎んでくれ、どうか死なないでくれ。





極限の飢えのせいで朦朧とする意識のどこかで、私の手を握り、私に何事かを叫ぶ男の必死な声音を聞いた。

妻、迎える、死なないで。

その言葉を鈍重にしか働かない頭で整理し、理解すると渇いた身体の何処から出るのか、次々と涙が目から溢れた。



嬉しい。そう、私は嬉しかった。

私はいつしか、一族を皆殺しにしたこの男に恋情を抱いていたのだ。

私を生かそうと怒る姿も、私を見舞おうと自分で摘んだという野の花も、私の他愛のない話を寂しげに聞く横顔も、私の憎しみ悲しみをぶつけられても受け入れる姿勢も。

男の私に対する思いやりが重なりあって、私の憎悪で凝り固まった頑なな心を溶かしていた。



だけど。

男の優しさなどでは、到底溶けはしない心もある。

私を妻にと請うこの男も、仇に恋情を抱く自分も、許せない。

一族全てを無くしたにも関わらず、仇を取ることの出来ない私が、生き残るなど許されるはずがない。

一族の仇である男を幸せになどさせないし、私はこの男と幸せになどなりたくもない。




ああ、お父様、お母様、お兄様、お姉様。

見ててください。

弱く泣き虫で意気地なしな私では、この憎い王国に一矢報いる事は出来なかったけれど、この男だけには。

一族の仇であるこの男だけには、一生消えない傷を。







「愛しています、将軍様」







泣きそうに歪んだ彼の顔に、心からの幸せを感じて微笑む。

白い花が男の手から零れ落ち、冷たい床に散った。









あだ‐ばな 【▽徒花】

咲いても実を結ばずに散る花。転じて、(じつ)を伴わない物事。むだ花。


大辞泉より引用


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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白かったです!!! いつかは将軍視点も読みたいなぁと希望してみたり・・・w 検討して頂ければ幸いです^^
[一言] 悲しい、切ない、苦しい、寂しい、というような感情ばかりが溢れてきて、どうしようもない気持ちになりました。 短編なのに、と言うよりも短編だからこそと言うのでしょうか。一度読んで、ページを閉じて…
[一言] なんか鳥肌たちました。 短編でここまで心にくるものがあるとは…… すごく良かったです。
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