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第七十四話〜三度の結婚式は殺人的でした〜

「ウオアアァァァァァァッ!」


 正に閃光のような鋭い剣閃を魔力を篭めた晶芯刃銀剣で弾き、受け流す。

 一撃一撃に篭められた想いは明らかな殺意と憎悪。人の命をただ刈り取るためだけに振るわれた凶刃が俺に襲い掛かってくる。


「ちょっ、おまっ、このっ、手加減しろっ!?」

「やはりあの時亡き者にしておくべきだったああァァァァーーーッ!!」

「タイシさん、がんばれー!」

「タイシ様、負けないでください!」


 正に戦鬼といった形相で俺に凶刃を叩きつけているのはエルヴィン=ブラン=ミスクロニアその人だ。マールとティナの実父であり、俺の義父である。結婚翌日に早速義父に殺されかけている俺に何か一言。


「キィエアァァーーーーー!」


 大振りの一撃を躱すと、その剣の軌跡の直線状に地面が裂けた。本当に殺す気満々じゃねぇかこのオッサン。

 朝起きて食堂に向かうと、ちょっと面を貸せと言われて訓練場のような場所に連れてこられた。そして特に説明の言葉も無くいきなり斬りかかってきやがった。


「貴様に娘二人を同時に嫁にやる父親の気持ちがわかるか!? ヌアアァァァァァッ!」


 そしてこの有様である。


「わかる気がしないでもないが、マールとティナは俺が貰い受ける!」

「上等だクソガキがぁぁぁぁっ!」


 おっさんの剣戟を魔力を篭めた拳で弾き、渾身の斬撃を浴びせる。俺の攻撃がまともに入るかと思いきやおっさんは弾かれた方とは逆の手でダガーを抜き、俺の斬撃を受け流した。

 そして今度は右手に長剣、左手にダガーというスタイルで攻めてくる。

 技術は向こうの方が格段に上だが、パワーとスピードと耐久力は俺が遥かに上だ。というか、このスペック差を詰めてくるこのおっさんの技量が化物過ぎる。


「ざっけんなおらあぁぁぁっ!」

「すっぞおらあぁぁぁぁっ!」

「似た者同士なのではなくて?」

「近親憎悪というやつかもしれませんね」


 おっさんが長剣とダガーで攻めてくるなら、こっちは剣と格闘と圧倒的な肉体的スペックの差でぶっ飛ばしてやる。


「剣を素手で受け止めるなっ! 非常識な奴め!」

「真剣で娘の伴侶に斬りかかるやつが常識を語るなボケェ!」


 外野はのほほんとした会話をしているが、俺は必死である。どう考えても加減をする気が感じられない刃が迫ってきているのだ。篭められた魔力も、剣に乗った殺気も本物である。


「ふはははははっ! 見える、見えるぞ! おっさんの剣閃が俺にも見える!」

「おう止めてみろやぁ!」


 次第に俺の目がおっさんの剣の速度に慣れてきた。

 パワーとスピードは俺が圧倒的に有利。ならば取る手はこれだ。


「グッ!? おォッ!」


 向かってくる剣をひたすら、全力で迎撃する。お互いに魔力撃を使うことによって剣を保護してはいるが、魔力の出力も剣の性能もパワーも俺の方が遥かに上だ。まともに打ち合いさえすれば先に音を上げるのはあちらの剣か、肉体である。


「卑怯とは言わないよな?」

「クッ……!」


 おっさんの剣速が更に一段回上がるが、もはや決着が着くのは時間の問題だ。それを悟ったのか、おっさんは俺と距離を空けた。


「貴様は大した男だ。娘を預けるに値するんだろう」

「おお、パパがついにタイシさんを認めましたよ」

「父様……」


 マールが両手をぐっと握り、ティナは祈るように胸の前で両手を組み合わせる。


「だがっ! 俺も剣の勇者と呼ばれた男! 安々と負けを認めるわけにはいかんっ! この俺の秘奥義をその身に刻め! それでもなお立っていられるならば認めようではないか!」


 おっさんはダガーを腰の鞘に収め、長剣を両手で構えた。今までに見たことのない構えだ。大きく右足を引き、柄を頭の上まで持ち上げて剣先をこちらに向ける。

 俺とおっさんとの距離は10m以上は離れているんだが……?


「あの構えは……! タイシさん、逃げて!」

「タイシ様!」


 おっさんの構えを見たマールとティナが慌て始める。魔力眼では特に変わった兆候は見られないが。ここは警告に従って逃げた方が良いか?


「――ッ!?」


 危険察知が今までで最大級の警告を発してきた。いかん、転移が間に合いそうにない。

 上下前後左右あらゆる方向からの脅威を感じ、身構える。


「――斬るっ!」


 おっさんがその場で長剣を振るった。

 その瞬間、


「ぐはっ!? 痛っ!?」


 突如無数の斬撃が俺を斬り刻んだ。全身から血が噴き出し、周囲の地面を赤く染める。発生が早い上に攻撃範囲が広すぎて回避の余地もない。なんだこれは。


「え、えぇー……?」

「痛っ、って……それで済むんですか?」


 うん。確かに全身斬り刻まれたけど、重症ではない。物理耐性が利いたんだろうけど、血がちょっと派手に出る程度の傷が全身にできただけだ。めっちゃ痛いけど。なんなのこれ。


「……お前本当に人間か? ドラゴンもバラバラになる一撃なんだが」

「そんなもん人に向けんなアホかっ!」


 物理耐性じゃなくてギャグ補正で助かったとかじゃないよね?

 しれっと爆弾発言をするおっさんに爆裂光弾を放つ。目標はおっさんより手前の地面だ。光弾そのものをおっさんに飛ばすと斬って無効化するから、おっさんに対しては爆発の範囲ダメージを当てるのが正しい。


「ぬわーッ!」


 おっさんが爆風に煽られてゴロゴロと転がる。そして転がった先には。


「おはようございます。あなた」

「イ、イルオーネ!?」

「うふふ……随分と情熱的に愛してくれたと思ったら、こんなことをするためだったのね?」


 イルさんの肌がツヤツヤしている。ほう。


「こればかりは父としてやらねばならんことだったのだ……許してくれ、イルオーネ」

「そうね……心配よね。わかったわ、私は許しましょう」

「イ、イルオーネ……!」

「でもあの子達が許すかしら?」


 イルさんの視線の先にはマールとティナがいた。


『……』


 マールは笑顔で親指を地に向け、ティナは無言でゆっくりと首を振った。おっさんの顔が笑顔のまま青褪める。


「タイシちゃん、ごめんね? この人のことは私がよーく躾けておくから許してくれないかしら」

「よく調教しておいてください」

「わかったわ。ちゃんとお注射しておくわね」

「や、やめろぉ! やめてくれ! おちゅうしゃはいやだぁー!」


 おっさんが笑顔のイルさんにずるずると引きずられていく。お注射ってなんだろう……よくわからないけどこわい。近づかんどこ。


「大丈夫ですか? 血が……」

「結構痛い」


 回復魔法で傷を塞ぎ、浄化で血を清める。ああ、クスハに織ってもらった服がボロボロに……おっさんめ、イルさんに滅茶苦茶調教されちまえ。


「先程のエルヴィン王の一撃、あれは恐らく噂に名高い百閃ですわ」

「びゃくせん?」

「一振りで百の斬撃を放つという絶技です。剣の勇者として名高いエルヴィン王の必殺の一撃と言われています」


 必殺の一撃か。

 確かに、ドラゴンを細切れにするってのが本当なら必殺の名に恥じない一撃だろう。普通の人間が耐えられるはずがない。俺を殺せなかったから必殺技(笑)に成り下がったけどな。ざまぁみろ。


「フラム姉様、ネーラ姉様、あとは私にお任せください。タイシ様は私が」


 俺の側にティナが寄り添い、フラムとネーラにそう告げる。ああ、今日はティナの日だもんな。ティナに導かれるままに訓練場を後にする。


「この城って結構作りが複雑だよなぁ」

「王族の居住区画はそうでもないんですけど、こっちの区画はそういう作りになっていますね。なんでも攻め入られた時に足止めをするためだとか」

「なるほどねぇ。うちもそういうの意識したほうがいいのかな」

「うーん、クローバーはちょっと特殊な街ですからね」


 そんなことを話し合いながら場内を進む。どこに向かっているんだろうか?


「その、タイシ様は私の事を……本当は疎ましく思っていたりはしませんか?」

「いきなり何を言い出すんだ、ティナは。そう思っていたら結婚なんてしないよ」

「責任を感じて、とかでは……」

「うーん。まぁびっくりはしたし、最初から欠片ほどもそういうことを思っていなかったと言えば嘘になる。でも、ティナと一緒に過ごして色々なティナを知るうちに本当にティナのことが好きになった。頑張り屋なところとか、実は結構気の強いところとかね」


 気が強いというか、思い切りが良いんだよな。

 マールはあれで慎重なところがある。一か八かの勝負に出るよりは確実に取れる所を取って勝利につなげていくような感じだ。対してティナはここぞという時に勝負に出る根性がある。多分、おっさんの気質を色濃く受け継いでいるんだろうな。


「そう、ですか。嬉しいです」


 横を歩くティナが微笑む。


「今日は私の後悔を晴らして欲しいんです」


 そう言ってティナがとある部屋の前で足を止め、扉を開く。どこか見覚えのある内装の客室だった。


「……あの日と同じ部屋です」


 振り向くと、ティナが顔を真っ赤にして俯いていた。耳まで真っ赤だ。


「……あの日の、やり直しをしてください」


 そう言って顔を上げ、真っ赤な顔のまま俺を見つめてくる。

 そんな可愛いことを言われたら答えは一つしか無いよな。俺もあの日のことは負い目に感じていたんだから。


「喜んで」


 そして俺とティナはあの夜をやり直すことにした。じっくりと、たっぷりと。今度はしっかりと記憶に留められるように。


 ☆★☆


「つらい」

「情けないことを言ってないで頑張りなさい」

「もう少しですから」


 翌日、地獄の結婚式が再び開催された。堅苦しい衣装を着ての地獄の頷きタイムである。首が疲れたよう。

 折角のウェディングドレス姿をじっくり見る暇もない。マール達はミスクロニア王国で結婚式をした時とはまた違ったドレスを着ているのだ。

 最初は純白のドレスを着用するというのは変わらないが、お色直しした後のドレスはミスクロニア王国では淡い色のドレスを着用したのに対し、カレンディル王国では原色に近い豪奢なドレスを着用している。

 淡い色のドレスも可愛かったが、こっちの豪奢なドレスも良い。特にフラムとネーラはスタイルが良いのもあってか物凄くゴージャスでエレガントな印象だ。

 フラムはミステリアスな蒼いドレス、ネーラは情熱的な紅いドレスを着ており、どちらも大輪の薔薇のような美しさだ。

 カレンディル王国の王様も愛娘の晴れ姿に咽び泣いている。


「よくぞカリュネーラを救い出してくれた。よくぞ娶ってくれた、タイシ殿」

「いえその、光栄です」

「あれは良い娘なのだ。言動がキツいせいで誤解されやすいが、身近な者のために悪評すら厭わず、自分を犠牲にしてでも行動できる子なのだ。何かした時はよくあの子のことを見てやってくれ、頼む」

「……ええ、わかりました。必ず」


 王様はゲッペルス王国に居たカリュネーラ王女を随分と心配していたそうだ。しかし俺の実力を身に沁みて理解している上、国民感情も考慮すればゲッペルス王国の要請に従うなどできるはずもない。

 血の涙を流す思いでゲッペルス王国の要請を突っぱね、胃の痛くなるような日々を送っていたところ、ひょっこりとネーラ本人とその侍女ステラが戻ってきた。飛び上がって喜び、涙を流したという。しかも俺が救い出したというおまけつきだ。


「実のところ、お前とカリュネーラ王女の結婚は内々に決まってたんだがな」

「そうか」

「なんだ、驚かないんだな」


 動じない俺にゾンタークのおっさんが驚いたような顔をする。いや、もう義父上と呼んだほうがいいのかな? 鳥肌が立ちそうだ。


「ゲッペルス王国でネーラから色々と話を聞いた時にな、なんとなく察した。それにあれだけ嫌がってたマールがいざ嫁にするって話をした時にあっさり認めたからな」


 水面下でどういう話があったのかはわからないけどな。あまり気にしないことにしている。マールが俺に話さないということは聞く必要のない情報だと判断しているからだろうと思うし。俺に知ってほしいならあいつはちゃんと言うしな。

 先日のミスクロニア王国での式よりも多い来客に辟易しながらもなんとか式を終えた。

 式を終えたら? そう、お楽しみの時間である。ご褒美タイムである。

「何故ステラがいる」

「その、一人は怖くて……」


 うん、目を逸らして両手の指先をツンツンするのはあざとかわいいけどね。


「私のことはお気になさらず。犬猫か置物か何かとお思い下さい」

「いやいやいや……流石に嫁ならともかく、そうじゃない人に見られながらは俺もちょっと」


 そっちが指先ツンツンでくるならこっちは両手でバッテンである。いくら俺でも当事者でもない第三者に見られて喜ぶような趣味は持ち合わせていない。


「そこをなんとか……なりませんの?」

「なりませんの。というか、お前は平気なのか」

「今更ステラに見られて恥ずかしいところなんてありませんの」


 ドヤ顔で何を言うんだこのお馬鹿は。やっぱりこの子変な子だよ!


「お前は大丈夫でも俺は大丈夫じゃないから」

「わかりました。では私も当事者になれば問題ないということですね。私も一緒にお召し上がりください」

「えー……」


 なんか面倒くさくなってきた。だがここは譲れない。俺としては初夜は二人だけの思い出にしたい。


「いいや、だめだ。俺はネーラと二人だけの思い出にしたい。俺はこれで結構ロマンチストなんだ。諦めてくれ」

「ネーラ様……」


 ステラが流石にこれは俺が折れそうにないと思ったのか、ネーラに視線を向ける。

 少し心が揺れ動きはしたが、俺はNOと言える男になりたい。宙ぶらりんのステラには申し訳ないが、初めてくらいは二人きりで過ごすべきだ。


「わ、わかりましたわ……あ、あの、優しくしてくださいませ、ね?」

「うん、善処する」


 初めてだからね、優しく致しますとも。


 ☆★☆


 翌日の朝、目を覚ました俺は隣に温かな体温を感じる。


「んー……」


 すやすやと穏やかな表情でネーラが眠っていた。

 昨夜は……うん、素敵な思い出になったと思う。

 ネーラは怖がりで痛がりで最初は少し大変だったが、回復魔法と始原魔法と培ったテクニックを駆使してなんとか上手くできたと思う。特に回復魔法は偉大だな。痛みを最小限にしてあげられたと思う。

 ネーラの寝顔を眺める。うーん、まつげまで金色なんだな。ネーラの長くて綺麗な髪の毛を一房取って鼻先をくすぐってやると、むずがるようにネーラが顔をそらす。可愛い。寝てる間に俺達の身体とベッドの浄化をしておこう。


「ううん……」


 ネーラが目を覚ます。ぱちくりと瞬きを何度か。


「――ッ!」


 ネーラの顔がみるみるうちに真っ赤になる。


「おはよう」

「お、おはよう」


 子犬のようにプルプル震えるネーラを抱きしめる。こんなに可愛いとどうにかなってしまいそうだ。ネーラは身体全体を強張らせていたが、そのままじっとしているうちに身体から力が抜けて向こうからも弱々しく抱きついてきた。


「大切にするよ」

「……はい」


 そしてベッドの中で昼までイチャイチャした。


 ☆★☆


 ネーラといちゃついた俺は夕方頃にカレンディル王国の首都、アルフェンにある屋敷へと戻ってきた。フラムがお城じゃなくてこっちの屋敷の方が落ち着くと言ったのだ。確かに俺もこっちの方が落ち着くんだよね。


「なんだか後回しみたいな感じになって申し訳ないな」

「いえ……仕方ないかと」


 ホールで出迎えてくれたフラムはそう言って少し寂しそうな笑みを浮かべた。


「俺のお嫁さんになったら身分とかもう関係ないから。もう少しフラムには我儘を言ってもらいたいかな」

「我儘、ですか」

「そう、我儘だ。フラムは自己主張をあまりしないよな。俺にしてほしいことがあったら遠慮なく言って欲しい」


 なんだかんだで皆は俺に甘えてくれるし、たまに我儘も言ってくれる。フラムとデボラはそういう意味でちょっと押しが弱いんだよな。そういう性分なのかもしれないけど。


「私は今のままで十分幸せです。さぁ、夕飯にしましょう? 今日は私が全部作ったんですよ」


 フラムに手を引かれて食堂まで移動する。促されるままに席について少し待つと、フラムが料理を運んできた。別に豪華な料理ではない。普通の料理だ。

 少しスパイスの利いた野菜のスープに、茹でたウィンナーや焼いたベーコン。何の変哲もないサラダに、カリカリに焼いてチーズを載せたパン。どれも普通の料理なのに、なんだかとても美味しく感じる。


「スープのお代わりは要りますか?」

「うん、頼む」


 城で出るような豪華なディナーとは違う、素朴な味が身体に沁み渡る気がする。なんだか凄く落ち着くな。


「私は、幸せですよ」


 お代わりのスープを俺の前に置き、フラムは自分の席に腰掛けてからそう言って微笑んだ。


「あなたがいて、私がいて、皆がいる。お腹いっぱいご飯が食べられて、寒さに震えることもなく、たまにあなたと睦み合うことができて、そして皆で笑って明日を迎えられる。それだけで私は幸せです。勿論、毎日あなたと一緒にずっと過ごせればそれはそれで幸せでしょうけど、私は今の生活がとても幸せです」

「そっか」

「はい」


 それからは特にこれといった会話も無く食事を進めた。会話はないが、たまに目が合って互いに微笑み合ったりして、なんだか凄く心地良い時間だ。

 食後は膝枕をしてもらいながら耳かきをしてもらったり、一緒にお風呂に入ってイチャイチャしたり、寝室でイチャイチャしたりして過ごした。甘えさせるつもりが、甘えさせられてしまった。

 フラムが寝静まった後に、メニューを開く。今日も応答はない。


 ☆★☆


「かんぱーい!」

『かんぱーい!』


 ミスクロニア王国とカレンディル王国での苦行を終え、ついにホームに帰ってきた。そしてホームに帰ってきたらまた結婚式である。


「いやぁ、メシが美味い」


 しかし我がホームでの結婚式はお祭りみたいなもんである。面倒なスピーチはなし。お嫁さんを披露して、結婚します宣言して、後はかんぱーいで終わりである。そうしたら後はただの宴会だ。ご馳走と酒を俺持ちで沢山振る舞い、皆で食って飲んで騒ぐ。


「しかしあれじゃの。これじゃただの馬鹿騒ぎじゃの」

「それでいいだろ。人間の結婚式はあれはあれで格調高くて良いものなのかもしれんが、かたっ苦しくていかんと思うよ」

「こんなご馳走を前にして我慢しなきゃならない結婚式なんてやーよ。はい、タイシあーんして」


 俺の横に陣取っているクスハと、べったりとくっついてくるメルキナがそれぞれの意見を言いながら俺に酒を注ぎ、口元に料理を運んでくる。


「いや、しかし二人共本当に綺麗だ。やっぱり着物は良いな」

「当然じゃ。妾達が丹精込めて織り上げたのだからの」

「着付けがちょっと大変だけどね」


 クスハとメルキナが来ているのは見事な白無垢だ。特にクスハの白無垢は見事な大きさで、すっぽりと巨大な蜘蛛の下半身を覆い隠してしまう。こうして座っていると人間と何ら変わらない。


「ほれ、主殿はデボラやお子様達のところにも行ってやるが良い。妾達はここで待っているからの」

「はいよ。また後でな」


 俺にくっついてこようとするメルキナをクスハに任せて俺は席を立って移動することにした。

 移動している間に住人達の獣人達には肉料理を振る舞われ、アルケニア達からは祝福の言葉をかけられ、鬼人族に酒を振る舞われ、川の民達からは魚料理を、妖精族達には果物を振る舞われと皆に何かしら声をかけられたり振る舞われたりしながらデボラ達を探す。


「みつけた」

「タイシ様ぁー」


 そうしていると華やかな民族衣装のようなものを着た三人娘に襲撃された。


「おおう」


 どすどすどすと突撃してきたカレン、シェリー、シータンを受け止めて纏めて抱きしめる。腰に抱きついてこちらの顔を見上げてくるカレンとシェリーは薄く化粧もしているようだ。三人共素朴な作りの装飾品も一緒に身に着けており、非常に可愛らしい。


「みて」


 カレンがその場でくるりと回って花嫁衣装姿を見せつけてくる。シェリーとシータンも同じようにその場でくるりと回る。可愛い。


「三人とも可愛いよ。立派なお嫁さんだな」

「じゃあ今夜は初夜を」

「わふぅ……」

「はぅ……」

「いや……どうだろう」


 流石にそれはどうかな? 他の嫁達の話では確かにみんな子供が作れる身体にはなっているらしいし、獣人は身体が丈夫だ。回復魔法や魔法薬の類も充実しているし滅多なことは無いと思うが。


「獣人としては私達はもう立派な大人。結婚もしたし、子供も作れる」

「お嫁さん……」

「ダメ、ですか?」


 六つの瞳が俺をじっと見つめてくる。


「わかった。でも今日明日明後日は無理だ。その後だ」

「ん、わかった」


 カレンは納得してくれたようだ。シェリーとシータンも頷いてくれた。これはいよいよ覚悟を決めなければならないだろう。大丈夫、合法。この世界では合法。

 三人娘と分かれてデボラを探す。しかしこれが中々見つからない。どこに隠れているんだ……?


「おう、大将」

「ソーンか。デボラを見ていないか?」

「ああ……あいつなら」


 そう言ってソーンが指差す先には大量の料理を作り続ける調理場があった。隠形を発動しながらその場に忍び寄ると、花嫁衣装から普通の衣装に着替えてせっせと調理に励んでいるデボラの姿があった。

 俺は姿を隠したままデボラの背後に近寄り、火や刃物を扱っていないタイミングで後ろから羽交い締めにした。


「ひゃあっ!?」


 デボラが可愛い声を上げて身を竦ませる。気を抜くとこういう可愛らしい声を出すんだよな、デボラは。


「主役の花嫁が裏方に回ってるとか許されざる」

「ちょちょちょ、どこ揉んで……あんっ!」


 おいおいそういうのは寝室でやっておくれよ! と周りの女衆から声が上がり、辺りに笑いが広がる。デボラが暴れるが、いくら体格が俺より上でも身体能力で俺を圧倒することなど不可能だ。


「はっはっは、こいつは貰っていくぜぇ」

「ちょっ、タイシッ! 離しなさい! 自分で! 自分で歩くからぁ!」


 暴れるデボラを無視していわゆるお姫様抱っこの形で抱き上げ、宴の中を練り歩いてやる。周りから祝福と口笛と軽口を浴びせられているうちにデボラは自分の顔を隠して俺の腕の中で固まってしまった。


「もぅ……おろしてぇ」

「だがことわる」


 歩いて行く先はクスハとメルキナが待っている席である。そのまま向かっていくと、元の席で大人しく待っていたクスハとメルキナがデボラを抱えたままの俺を出迎えた。


「なにやってんのそれずるい」

「それが聞いてくれよ。こいつ花嫁衣装すら着替えて裏で料理作ってたんだぜ」

「えぇ……いくらなんでもそれはないでしょう、デボラ」

「そうじゃぞ、晴れの舞台くらいしっかりと務めんか」


 もう衣装だけはどうしようもないので、俺の隣に座らせる。メルキナに対するデボラシールドだ。いくらなんでもああまでくっつかれたら色々とな。


「わ、わたしなんてこんな……む、むりだよ」

「相変わらず自己評価が低いわねぇ、アンタは。あんたは強くて美しいわよ? 料理も得意で気が利くし、私なんかよりも良い嫁になるわよ」

「お主は料理がからきしだからのう……」

「うっさいわね。食べれればいいじゃない」


 メルキナがぶーたれながら香辛料たっぷりの肉料理にかぶりつく。メルキナの料理はあれだからね。血抜きした獲物に塩振って焼くだけの男料理より雑な何かだからね。

 嫁を料理が得意な順に並べると、一番がデボラ、次いで意外なことにネーラ。フラム、クスハ、シータンが同じくらい。ここまでが料理上手なレベル。まだ修行中なマール、ティナ、シェリーが俺と同レベルくらい。まぁ普通に食えるレベル。メルキナは今言ったような感じ。

 カレン? カレンのあれは名状し難き料理のような何かだよ。暗黒料理とかそういう類だ、あれは。味覚音痴ってわけじゃないんだが、料理のような何かを作り出すんだよな。同じ材料で同じ手順で同じものを作るはずなのに暗黒物質めいた何かが出来上がるんだ。

 何故か俺の毒耐性すら貫いてくるマールのヤバいクスリと同じ属性の何かだよあれ。


「ところで聞いてくれ」

「なんじゃ?」

「三人娘に初夜の履行を迫られた。たすけて」

「諦めろ」

「諦めなさい」

「結婚したらもう大人だから」

「救いはなかった! これで俺も不治の病罹患者のレッテルを貼られるのか……」


 口々にとどめを刺されてテーブルに突っ伏す。どうやら覚悟を決めなければならないならしい。OKOK、俺も男だ。嫁にするって言った以上それが修羅の道だとしても覚悟を決めようじゃないか。


「で、順番は……?」

「妾は最後が良いじゃろうな。その、色々とやってしまうであろうし」


 バツが悪そうにクスハが苦笑いをする。うん、クスハはね。噛んだり巻いたり引っ掻いたりちょっと情熱的だからね。生傷が絶えない寝室になっちゃうからね。


「アンタはもう少し大人しく抱かれなさいよね……私は最初じゃなくても良いわよ? じゃあ今日はデボラね」

「ごふっ!? げほっ! わ、わたし?」


 丁度蜂蜜酒を口に含んだところだったデボラが咽る。蜂蜜酒ブシャーはせずに済んだようだ。デボラは蜂蜜酒を好んでよく飲む。クマさんだからだろうか?


「そうなるな」

「いやいやいやいや! 私が最初なんてそんな!?」

「じゃあデボラ、私、カレン、シェリー、シータン、クスハの順番ね」

「聞いて!?」


 デボラの慌てようを見てメルキナがニヤニヤと笑う。俺の口元もニヤついているに違いない。いつもはどこか姉御肌で頼れる雰囲気のデボラだが、こういう話になると途端に乙女なところが出てくる。これがまたかわいいんだよな。

 それが二人きりになって済ませることを済ませると途端に母性が出てくる。根っこは母性が強くて優しい性格なんだけど、普段は姉御肌を演じているせいでそれを崩されるのを極端に恥ずかしがるんだよな。


「じゃあそういうことで」

「励めよ」

「頑張りなさい」

「ちょぉっ!? 待って待って自分で歩くから降ろしてぇ!」


 話が決まったので俺はデボラを再び抱き上げて領主館へと向かった。勿論口笛や祝福の声に囃し立てられた。俺は気にしない。


「もうおそとあるけない……」


 デボラはそれから一週間、領主館から一歩も外に足を踏み出さなかった。

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