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第七十二話〜神との邂逅を果たしました〜

新章はしばらく隔日更新にします!_(:3」∠)_

 俺によるゲッペルス王国襲撃の報は一週間程で大陸中を駆け巡った。ミスクロニア王国で報告したらイルさんに笑顔でアイアンクローされ、マールとティナの親父さんであるエルヴィン王には珍しくよくやったと背中を叩かれた。王太子をシュールストレミング先輩に漬け込んでやった話をしたら義兄のアルバート王太子に握手すら求められた。どんだけあんたらあの皇太子の事嫌ってるんだよ。

 反対にカレンディル王国のゾンタークに話したら一気に顔が真っ青になって倒れた。どうやらカリュネーラ王女の事を心配するあまりだったようだが、俺が救出したことを伝えるといきなり飛び上がって歓喜の声を上げやがった。

 カレンディル王には直接は会わなかったが、ゾンタークのオッサンと似たような反応だったらしい。


「よォ、悪逆非道の悪臭魔王」

「その俺が悪臭の発生源みたいな言い方やめよう?」

「事実だろ。なんでもまだ臭いが取れてないらしいぞ、あの城」

「人道的だろ? 爆裂光弾じゃなくて食べ物をプレゼントするなんて」

「あれは食い物じゃねぇ。馬車で運ぶと衝撃で中身漏れて商品を根こそぎダメにしちまうんだぞ」


 カレンディル王国東部の辺境の街クロスロード。俺にとってはじまりの街であるこの街で、俺は商業ギルドの俺担当ことヒューイとお茶をしていた。今日は嫁達をミスクロニア王国とカレンディル王国にそれぞれ分散して送ってからは自由時間なのだ。結婚式の準備にね。

 俺? 俺はね、皆を現地に送り迎えしたりお金を出すのが仕事なのさ。式のことについては嫁達に任せてます。式の主役は女性陣だからね。俺は皆と結婚できるだけでいいのさ。


「で、商業ギルドの方はどうなん?」

「俺がここにいるってことから察しろ。もうとっくにヒトとモノが集まりつつある。そっちこそどうなんだ?」

「道はもう通った。今は荷を積んだ馬車を使って試験走行してんのと、休憩地点の開拓中だ。何回か走らせてみたんだが、荷物満載の馬車で四日、軽めで急げば三日ってとこだな」

「首都から国境まで馬車で一週間、ゲッペルス王国を横断するのに二週間。それが約一週間でそっちの首都まで行けると行程が三分の一か」


 いけるな、とヒューイが悪い顔をする。距離が短いということは輸送費が安くなる。つまり安く仕入れられる。同じ値段で売っても今までよりもずっと儲けられるってわけだ。まぁ、それもうちがどれだけ税をかけるかって話ではあるんだが。


「うちからミスクロニア王国までどれだけかかるかまだわからんがな」

「うん? どういうことだ?」

「ミスクロニア王国側の街道がでかい湿地に当たってな。とりあえず湿地帯は埋め立てて道を作った。その先にまだ道を伸ばしてる途中なんだ。多分一ヶ月もあれば開通するんじゃないかな」

「お前と話してると頭がおかしくなりそうだ。普通湿地の埋め立てとか何十年ってかかる大事業だろう」


 普通にやればそうだろうけど、俺には馬鹿高い魔力を使った力技があるからな。土壁の魔法でズビャーっと直線に道作って硬化させて出来上がりだ。何箇所か穴開けて水は通るようになってるから大丈夫だろ。不具合があれば調整するし。


「ちょっと、天下の魔王様がお茶一杯で粘らないでよね」


 俺とヒューイが互いに黙って思索に耽っていると、横から明るい声で文句を叩きつけられた。灼熱の金床亭のメインシェフ兼女将のピニャさんだ。酒場のマスター兼大将である旦那さんはいつもと変わらぬニコニコ笑顔でグラスを拭いている。


「えー……だってここデザートとかないじゃないか」

「ありますぅー。私が自ら剥いた果物とか」

「それはデザートじゃないだろ。デザートってのはもっとこう、砂糖とかミルクとか卵を使ったスウィーツな物体だろ」

「美人シェフが剥けばただの果物も高級デザートになるんだよ」

「美人シェフ(笑)」

「何笑ってんだ殺すぞ」

「すいませんでした高級デザートください」


 包丁を持った女性に逆らってはいけない。古事記にもそう書いてある。

 そして無駄に綺麗に皮を剥かれた『いたって普通』の果物一皿で銅貨四枚も取られた。酷いよ。こんなのって無いよ。


「魔物対策はどうなってるんだ? 大樹海の魔物は凶悪だって言うが」

「方法は企業秘密だが、対策済みだ」


 通行証代わりにするミスリルプレートにそこそこ強力な魔物除けの結界が付与してあるのと、宿場にはクローバーと同等で更に強力なの魔物除けの結界が張られる予定だ。大樹海の入り口に関所を設けて、そこで通行証を発行する。関所を通らず街道を使えば魔物にお掃除されるという寸法だ。


「数日でこっちにうちの渉外担当が来る予定だから、詳細はそっちと詰めてくれ」

「ヤマトっていう馬獣人だったよな」

「ああ、できる馬だぞ」


 昨日、樹海産の魔物素材や樹海各地の集落で作られた特産品をケンタウロスの牽く馬車に積んだヤマトがクロスロードに向けて発っている。多分明後日か明々後日にはこちらに着くはずだ。

 ところでケンタウロスが牽く馬車は馬車と言って良いのだろうか? 馬扱いすると怒るんだよな、あいつら。ケンタウロス車? 人馬車? ケンタ便でいいか。ケンタ便は馬車より早いのだ。魔力を使って身体強化しているのか、同じ重さの荷を牽いても普通の馬車の二倍近いスピードで走る。しかも万一魔物に襲われても自衛までできる。

 そんな人材が沢山居るので、大樹海内外でケンタ便を運用するのもありかもしれない。とりあえずは大樹海外縁部とクローバーを繋ぐ高速便かな。


「とりあえず初動はクローバーからモノを持ってきて売るって形になるだろう。クロスロードからクローバーへの便はまだ少し先だろうな。関所や宿場の造成が済み次第だ」

「そうだな。ま、どんなものが来るか楽しみだ」

「多分腰抜かすと思うぞ?」


 大樹海の素材を用いた武器防具やアルケニアの糸を使った織物や弓、鬼人族の作った陶器に酒、アンティール族が採掘した宝石類や、川の民や妖精族が集めた大樹海の果物や薬草などの珍品だ。クローバーで雑貨店を営むベンジャーノの話ではどれも見たことのない品ばかりだそうで、結構強気な値段をつけていた。

 俺的に一押しなのはアルケニアの糸を使った製品類だな。アルケニアの糸は強靭で魔力の親和性も抜群だ。弓は軽く強力で、織物は美しく頑丈だ。なんせ服に魔力を流して強化するだけで下手な金属鎧よりも防御力高くなるからな。その上肌触りも良い。

 鬼人族の作ったウォッカもオススメだな。鬼人族の里で栽培しているイモ類を原料として作られた蒸留酒で、彼らの大好物だ。ただ、鬼人族の里では穀物類を栽培していないので、穀物や里で得られない果物で作った酒と交換できれば万々歳という話だ。

 鬼人族のウォッカは度数が高いのに柔らかい口当たりで非常に飲みやすい。クローバーでも大人気の逸品である。

 ヒューイとある程度情報交換してから別れた。数日中にヤマトがクロスロードに着くということで、色々と根回しやらなにやらがあるらしい。


「時間はまだあるな……さて」


 灼熱の金床亭を出てブラブラと適当に歩きだす。今の時刻は昼過ぎ。そろそろおやつを食べる時間くらいだ。

 マールとメルキナと三人娘はミスクロニア王国に、フラムとティナとカリュネーラとステラはカレンディル王国に、クスハとデボラはクローバーにいる。それぞれ結婚式の準備や細々とした連絡、業務などをこなしているのだ。

 俺は俺で俺にしかやれないことをするべきだ。

 一つ、大樹海の探索。

 大樹海には人跡未踏の地がまだまだ沢山ある。大樹海に暮らしていたアルケニアや鬼人族達も足を踏み入れていない秘境が沢山あるのだ。未探索の遺跡も多いと考えられている。未探索の遺跡には今の技術では再現できない古代の物品や、手付かずの財宝などが眠っていることも多いので、これらの探索をするのも俺にしかこなせない一つの仕事だ。

 二つ、首都クローバー周辺や街道沿いの大規模な開発、資材調達。

 短時間で広範囲の開拓を行えるのは俺を置いて他にはいない。資材に関しても木材はともかく、石材を大規模に用意するには俺の地魔法が必要だ。何故なら大樹海には大量の石材を手に入れられるような場所がないからだ。俺にしかできないという意味では大樹海の探索よりも優先度は高いかもしれない。

 三つ、魔導具の開発。

 精神耐性魔導具の開発は急務だ。精神を操る類の魔法を防ぐための装備は勿論のこと、既にかかってしまっている精神魔法の類を解除する道具の開発も必要だろう。宿場町に設置する魔物除けの魔導具や、通行証に組み込む魔物除けの魔導具も要る。これらは俺にしか作れない。

 四つ、神と勇者、大氾濫に関する調査。

 これは嫁の誰にも話していないことだが、どうにもこの世界の『神』って存在がどうも胡散臭い。この前行ったモリビトシリーズが言っていた偽神連合と、モリビトシリーズが言っていた対抗手段ってのが気にかかって仕方がない。

 あの異次元空間で育てた生体兵器を相手の中枢に送り込んで被害を与えるとかいう対抗手段ってのは、大氾濫で俺が暴れた時に出てきた黒い空間のことじゃないだろうか?

 俺が大いに暴れて死者が極端に少なかった戦場にのみあの黒い空間は現れていた。そしてあの黒い空間から出てきた黒い獣は俺の事を『予定された調和を乱すもの』と言っていた。誰が予定していたものかは知らんが、つまり予定された調和というのは一定以上の人が死ぬということを指していたんだろうと思っている。

 『予定通り』に訪れた大氾濫で予定通りに人が死なず、それを正すためにあの黒い空間は訪れた。こう考えると何があの大氾濫を起こしたのか、という予想は簡単につく。

 大氾濫を起こしたのは神なのではないだろうか?

 大氾濫は定期的に訪れる災害などでなく、魔物を利用した神による人間の間引きなのでは?

 よくよく思い出してみれば、あの自称神様も怪しげな言動を何度かしていたように思う。首都クローバーの建設地に居たのSAN値ピンチなキモい魔物の事を『予備プラン』とか言っていた気がする。あんな生き物を殺すことに特化したような存在が予備プランとか嫌な予感しかしない。

 ではあの自称神が俺の敵なのか、というとそれは違う気がする。

 もし俺の力が強くなりすぎていてあいつの計画の邪魔になっているのならば、俺の力を奪うなり何なりどうとでもできるはずだし、何かしら言ってくることだろう。だがあいつの態度は一貫して俺を見て楽しんでいるような感じだった。

 もし大氾濫が神によって起こされているものだとするならば、あいつと大氾濫を起こしている神は別の思惑を持っていると考えて良いと思う。多分だが、あいつは俺の味方だろう。少なくとも、俺があいつを楽しませている限りは。

 考えながら歩いていると、クロスロードの街の端の方まで歩いてきてしまったようだ。

 どうやらこの辺りは神殿関係の施設が多いようだ。神様のことを考えながら歩いてきたからこんなところに来てしまったのだろうか? 考えてることは割と不遜な感じだった筈なんだけどな。

 しかし場違い感が凄い。

 周りを歩いている人は神殿関係者らしい白や灰などシックな色合いの僧衣の人が多い。

 対して俺の服装はクスハの糸で織ってもらった黒いスラックスに黒いシャツ、その上にヒドラレザージャケットという黒と銀な出で立ちな上に、腰にはドラゴンレザーの無骨な剣帯、それに神銀自在剣を差している。

 見るからにザ・物騒な人物だ。心なしか周りの視線が痛い気がする。


「――♪」

「ん?」


 街の中心部に戻ろうかと踵を返した所で歌が聞こえてきた。聞いたことのない歌なのだが、何故か懐かしい感じがする。何となく気になった俺は足をその歌が聞こえる方に向けた。

 歌が聞こえてくるのは大きな礼拝堂のようだった。扉は開かれており、誰でも入れるようであるので、歌に誘われるまま足を向ける。


「おぉ……」


 礼拝堂の入り口から中の様子を見た俺は思わず声を上げる。

 礼拝堂で歌っているのは少年少女達だった。

 皆揃いの白い僧衣のようなものを身に纏い、声高らかに歌っている。途中からなので歌全体の意味は理解しかねるが、どうやら賛美歌の類であるようだった。ステンドグラスの光の下で歌う彼らの姿はどこか神々しさすら感じる。

 礼拝堂には長椅子が多数設置されていたので、俺は一番後ろの席に陣取って少年少女達の歌に耳を傾けることにした。前方の席は結構人が座っているが、入口近くの席はガラガラだったのだ。俺は信心深いわけでもないし、入口近くのこのあたりの席がお似合いだろう。剣帯から神銀自在剣を鞘ごと引き抜き、席に着いてから立てかける。

 この賛美歌は地母神ガイナを讃える歌であるようだ。

 秩序と裁きの神ヴォールトの妻で、ヴォールトと共に様々な神を生み出した地母神。全ての生きとし生けるものを生み出した母。彼女はつまりこのエリアルドの大地そのものであり、日々生きるための糧を与えてくださる慈愛の女神である。金髪碧眼、豊満な身体の女神らしい。

 一方彼女の怒りに触れるとで疫病や飢饉を引き起こすという。何事も表裏一体ということか。

 少年少女達が歌うのは彼女を賛美する言葉。カレンディル王国は肥沃な地に恵まれ、その長い歴史の中で飢饉に苦しんだ年は数えるほどだという。地母神の祝福が在る地、それがカレンディル王国だと少年少女達が歌い終えた後に老齢の僧侶はそう言った。


「ふーむ……」


 礼拝が終わったのかゾロゾロと礼拝堂から退出していく人々を横目に俺は考える。

 神々が人々を間引きしているとして、その目的は一体なんなのだろうか?

 人間の個体数が増えすぎると不都合があるか、あるいは人間を殺すことそのものが目的かのどちらかだろうか。

 人間の個体数が増えて困るとするとその内容は? うーん……俺に思いつくのは人間同士での争いが起こる、とかかね。人が増えればその生存圏は拡大する。そうすれば人同士が争う可能性は高くなる。人間の歴史とはつまり闘争の歴史だ。それは前の世界の歴史から考えれば明らかだ。

 定期的に魔物を使って人間を間引きし、人間の共通の敵としての魔物を常に意識させ続ける。うん、侵略戦争による人間同士の争いを抑止する効果はあるんじゃないだろうか? まったくの荒唐無稽な説でもないと思う。

 もう一つは殺害そのものが目的の場合だ。

 これは例えば人間を殺す事によってその魂を集め、その力を得るというような話になるのだろう。実際、多くの人間の魂を食らったあの気色悪い化物からは魂魄結晶という尋常ではない力を持つ物体が手に入った。あれと同じようなものを神も定期的に得ようとしているとか? これもまたあり得ない話ではないだろう。もしかしたらそれが神の力の根源なのかもしれない。


「こんにちは。礼拝ですか?」

「ん?」


 席に着いたまま深く考え込んでいると声をかけられた。

 美人さんである。金髪碧眼に修道女の服よりも少し豪華な感じの服、整った顔立ち、着痩せしてそうなボディ。ううむ、うちの嫁達で美人さんは見慣れている筈なんだが、居るところには居るものだな。


「いや、考え事をしながら歩いていたら綺麗な歌声が聞こえてきて。興味を惹かれて聞き入っていたんです。その後は考え事の続きをしてました。すいません、勝手に入ってきちゃって。お邪魔でしたかね」

「いいえ、大丈夫ですよ。随分と真剣に考え込んでいらっしゃったようですが、何か悩みごとですか? 私でよろしければ、お聞きいたしますよ。どんな悩みも、人に話すだけで少しは楽になるかもしれません」


 そう言って彼女がふわりと微笑む。うん、この母性というか包容力はうちの嫁の中にはいないタイプだな。いや、たまにデボラとシータンがこんな雰囲気を出すことがあるか。

 さて、相談してみるべきだろうか? 相手は神の使徒だ。下手なことを言うと怒られそうなんだがな。うーん、でも神様のことを聞くならその道のプロに聞くのはアリだよな。


「ではお言葉に甘えて……一応前置きとして聞いて欲しいんですが、俺はなんというかこう、言ってはなんですけど信心深い人間じゃないんです。怒られてしまいそうですが。あと、生まれてから割と最近まで人里離れた場所に引きこもっていたもんで、神様に関する知識ってのが殆ど無いんです」

「なるほど。冒険者にはそういう方も多いですから、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。私が考えていた事というのは、大氾濫についてです」


 俺が大氾濫のことについて考えていると聞いて驚いたのか、彼女の目が一瞬大きく見開かれた。何か意外だったのだろうか?

 ああ、意外か。日々の生活とかの悩みかと思いきや、大氾濫だもんな。人付き合いか職場の悩みかと思って聞いてみたら『人類の平和について考えてました』とか『戦争が何故起こるのか考えてました』とかって答えられたのと同じような感じだ。面食らうのも無理はないか。


「すみません、なんというか……こんなこと真剣に考えてるなんてまるで子供みたいですかね?」

「いいえ、そんなことはありませんよ。今回の大氾濫は勇者様によって退けられましたが、不安に思うのも無理はありません。貴方も戦ったのですね?」

「ええまぁ。最前線で、ですね」

「それは……厳しい体験をされたのですね」

「まぁそうですね、それなりには」


 馬鹿でかいドラゴンと正面衝突したり、よくわからん黒い獣に大怪我負わされたりはしたな。特にあの黒い獣は強敵だった。あれはこっちの世界に来て最大のピンチだったんじゃないだろうか。


「それで俺の考えていたことなんですが、何故神は大氾濫を起こしているのかという事ですね」

「……神が大氾濫を?」

「ええ、神は大氾濫が起こる前に神託をくれるじゃないですか。事前に察知できて且つそれを止めないということは大氾濫自体が神の起こしている事じゃないかと……流石にこれは不敬ですかね、すみません」


 目を瞑って黙り込んでしまった美人さんを前に頭を掻く。流石に神を祀る礼拝堂で聖職者相手にこの発言はまずかったか。


「いえ、お気になさらず。神殿の教えに大氾濫について言及する内容はありませんが、貴方の仰るように神の御業ではないと言い切ることもできませんね。或いは、神は我々に試練を与えているのかも」

「試練?」

「ええ。人々をより強くするための試練だと、そう考える人もいます」

「試練、試練ね……なるほど、淘汰を促していると」


 神意による淘汰という観点か。これは俺には無かった発想だな。

 鉄を鍛えて鋼にするように、人間に大氾濫という試練を与えて人間という存在をより強い種として精錬しているという考え方は確かにアリかもしれない。魔物と人間を殺し合わせる大規模な蠱毒というわけだ。


「私のように矮小な人の身では神意を慮ることなどできはしませんが、神々が人々を愛していることだけは間違いありません。もし、神々が私達を見放しておいでであるのであれば地に作物は実らず、大氾濫がいつ起こるかという託宣も賜れない筈ですから」

「ふーむ、なるほど……」


 つまりこの人はこう言っているわけだ。

 確かに大氾濫は起こり、神はそれを止めない。しかし事前にそれを教え、人に戦いに備えるための時間を与え、糧を与えている。それは人の成長を願う故の試練である、と。


「流石は神官さんだ。俺はどうにも邪推してしまいますがね」

「ふふ、人それぞれの考えがあって当たり前ですよ」


 クスクスと神官さんが笑う。

 まぁ、どの考え方も互いに共存できる考え方だ。人の数そのものを減らし、ついでに人の魂を集め、同時に淘汰を進めて人という存在の強度を上げているのかもしれない。


「あと考えられるのは神ではない何者かによる作為だった場合くらいか……うーん、いずれにせよ大氾濫そのものを無くすには一度神と直接コンタクトを取る必要が……」

「神と直接……?」

「ああいえ、こっちの話です。他愛もない話を真面目に聞いてくれてありがとうございました。失礼します」


 訝しげな表情をする美人神官さんにお礼を言って神銀自在剣を手に立ち上がる。


「お待ちなさい」


 礼拝堂から出るという所で美人神官さんに呼び止められ、振り返る。

 背筋がゾクリ、と震えた。


「貴方にとって、神とはどういう存在ですか?」


 感情の窺えない神官の碧眼が俺を射抜く。彼女から伝わってくる圧力のようなものに思わず後退りしそうになる。神銀自在剣の鞘を握る手に力がこもる。

 先程まで俺の話をにこやかに聞いていた彼女ではない。目の前に居るのは何者だ? 混乱する頭を必死に働かせて答えを探す。出てくる答えなど一つしか無かった。


「油断ならない相手、だな」

「その認識は正しい。貴方は油断すべきではない」


 彼女はにこりともせずにそう言い、目を瞑る。威圧感のようなものが一気に和らいだ。冷や汗がどっと出てくる。一体何が起こっているんだ、これは。


「備えなさい、試練の時はすぐそこです。できる限りは引き伸ばすようですが、猶予は無い」


 碧眼が再び俺を捉える。また圧力が俺を襲う。いや違う、この感覚はなんらかの魔法効果に俺のPOWが抗っている感覚だ。じりじりと余裕が無くなっている気がする。これ以上はマズい。

 胸が切なくなり、涙が溢れそうになってくる。帰りたい。帰りたい。


「ああ、母……さん」


 母さんが目を閉じる。

 母さん? 目の前の女神官が? そんな馬鹿な!


「貴方は甘えん坊なのですね」


 目を閉じた女神官がクスリと笑う。やめろよ! そういうこと言うのマジでやめろよ!

 彼女の服が一瞬で切り替わった。彼女の豊満な身体をギリギリで隠しているような薄布だ。薄すぎてその下の肌が透けて見えるほどの。

 そして彼女が目を開ける。また先程と同じ感覚。俺のPOWが何かに抗っている。気を強く持て、負けるな。負けるな! マールの顔を、皆の顔を思い出せ!


「そんなに頑なにならずとも良いのに」

「お、お断りだ。マザコンを拗らせる気はない!」

「それは残念です。では、確かに伝えましたよ? あの方の伝言を、ね」


 辺りが光りに包まれ、彼女の姿が消える。思わず膝から崩れ落ち、荒い息を吐く。今のはやばかった。マジでやばかった。神様ハンパねぇ。今の多分地母神ガイナだよな? わからないけどきっとそうだと思う。


「精神耐性魔導具の開発は急務だ……」


 俺はPOWが高いから大丈夫、なんて甘えは許されない。それにガイナは気になることも言っていた。試練の時はすぐそこ、備えろと。わざわざ神自らが警告するくらいだ、生半可な準備では乗り越えられまい。

 メニューを開き、殆ど触れたことのないボタンを押す。応答はない。

 俺は自重はしないという決意を胸に抱き、クローバーに戻ることにした。

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