第六十七話〜平和的に話し合いをしました〜
「おーっほっほっほ! 大! 勝! 利! ですわ!」
「騒々しい小娘じゃのう」
「キャラ被りしないように必死なんですよ」
「ちょっとマーリエル、メタはNGですわよ」
「貴女がそれを言いますか!?」
「ああ怖い、女怖い……」
念仏のように女怖いと呟きながら隠形を発動して王城内を往く。俺の呟き声を聞いたメイドとか見回りの兵士がなんか顔を青ざめさせて足早に走り去っていくのは何でなんだぜ?
王城内に新たな怪談を築き上げてしまった気がするが、まぁいいか。
カリュネーラ王女と侍女のステラはとりあえずクローバーまでボッシュート……じゃなくて転移門で送っておいた。ちょっとしたお茶目で恐らく法整備作業が行われているであろう領主館の会議室に放り出しておいた。
二人の私物らしきものは殆ど無かった。いきなり逗留先のお姉さんの家から連行されて、必要な品は全て城側で用意していたらしい。もっとも、身の回りの重要な品は侍女のステラが習得しているトレジャーボックスの中に入れてあったらしいが。
服だけは置いてあるのが何着かあるという話だったのでクローゼットの中身は丸ごとストレージに入れておいた。派手な見た目の割に下着は地味だった。後で返そう。
「ここかな」
そろそろ王太子は『食後の運動』を終えてこの執務室にいるはずだが、どうかな?
部屋の外から気配察知をしてみるが、気配は無い。少し早かったか? 周りに誰もいないことを確認してからそっと開いた扉の中に身体を滑り込ませる。
「……何者だ?」
「うおっ!?」
予想外に声をかけられて思わずビクリと身を震わせる。恐る恐る部屋の中を振り返ってみると、そこには怜悧な表情を浮かべた一人の美丈夫がいた。氷の刃のように冷たく、鋭い視線でこちらを睨み、更に拳銃をこちらに向けている男だ。
拳銃は銃身を四本束ねた多銃身拳銃で、美しい装飾が施されている逸品だ。やっぱり銃を実用化していたか。四本の銃身はピッタリとこちらの胴体のど真ん中をポインティングしている。下手に頭を狙わないのは正解だな。
しかし何故気配察知に引っかからなかったんだ? この部屋に気配察知を誤魔化す仕掛けでもあるんだろうか? 今気配察知すると、ちゃんと目の前の男の気配を察知できる。
ううむ、やはりスキルも万能ではないということか。
「俺がお前に向けているのは致命的な殺傷力を持つ魔道具だ。妙な真似をすればその胴体に風穴が空くと思え」
「そりゃ怖い。ところで、あんたがこの国の王太子殿下か?」
多銃身拳銃を構えた美丈夫は表情を動かさず、そして何も答えることもなくただジッとこちらを睨みつけてきている。んだよ、答えるくらいしろよ。いや、こっちが先に名乗るべきか? その前に鑑定眼で見てみよう。かっこつけて名乗って別人だったら寒すぎる。
名前:メルキス=グロウ=ゲッペルス
レベル:17
スキル:剣術2 射撃術2 水魔法3 風魔法2 闇魔法3 精神魔法3 始原魔法2 騎乗2 礼儀作法3 交渉術3 支配の魔眼 王族のカリスマ(畏)
称号:支配者 剣士 闇魔法士 水魔法士 氷の王子 冷血漢 美丈夫 鉄面皮 絶倫 無慈悲 革新者 ゲッペルス王国王太子
賞罰:なし
はい大当たり……なんだけどこいつやべぇ。なんだ支配の魔眼って、ヤバい匂いがプンプンしやがるんですがこれは。あと闇魔法とか精神魔法持ってるやつ初めて見たわ。
それとこっそり絶倫が入ってるのね。お盛んなんですね、わかります。私もお盛んです、はい。
「俺の名はタイシ=ミツバだ。この名前に覚えはあるよな?」
メルキスは俺の名乗りを受けてスッと目を細め、俺の顔をジッと凝視してきた。やめろよ、男に見つめられて喜ぶ趣味は無いんだ。いや、魔眼を試しているのか? 効かないってことはPOWで抵抗できるのかね。
メルキスは暫く俺を睨みつけていたが、やがて拳銃を高級そうな机の上に放り出し、座り心地の良さそうな椅子の背もたれに身を預けて目を閉じた。諦めた――? いや、違うな。
メルキスが座っている椅子からメルキスを守るように魔力の障壁が展開されているのが魔力眼で見て取れる。どうやらあの豪華な椅子は防御障壁を展開する機能を持っている魔導具らしい。なるほどねぇ。
「何をしに来た? 俺を暗殺したところで何も終わらんぞ」
「そりゃどうかな。でもまぁ確かに、このタイミングであんたが変死したり行方不明になったりしたら、俺が疑われるかもな」
「ふん、それでどうする?」
「どうする、か……」
メルキスの言葉に腕を組んで考え込む。
この対話が多くの犠牲を未然に防げるかどうかの重要な鍵となる。選択肢を間違えてはいけない。俺は少し考えてから口を開いた。
「男の嫉妬はみっともないと思うんだ」
「よし、貴様は死刑だ」
どうやら選択肢を間違えたらしい。こういう手合いは迂遠に言うよりもストレートに言った方が良いと思ったんだけどな。
「まぁ待て兄者、時に落ち着けって」
「誰が貴様の兄か!」
メルキスが額に青筋を立てて椅子の肘掛けに拳を振り下ろす。お客様、当店では台パンは禁止させていただいております。
「いや、真面目な話な、俺はあんたの真意が知りたい。あまりにも得るものが少なく、失うものが多いはずだろ」
仮に本当に出兵するとして、その原因が王太子と俺による女の取り合いだなんて話が広がったら士気なんて壊滅するだろう。しかも大樹海に攻め込むとなれば、激しい消耗は必至だ。昼夜問わず大量の強力な魔物に襲われ続けて士気を維持できるわけがない。兵站も確保できないだろうしな。
兵站が維持できず、士気も崩壊した軍隊なんてそりゃ悲惨だぞ。
「もし、あんたが机の上に放り出した『ソレ』を頼みの綱にしてるなら止した方がいい。そんなもので突破できるほど大樹海の環境は甘くないし、それが何万丁あっても俺は殺せない」
遮蔽物の少ない平原で、しかも前からしか魔物が来ないなら銃という武器はそりゃ強いだろう。隊列を組んで一斉射撃すればその火力は目を瞠るものに違いない。
しかし銃という武器に限らず、弓矢やクロスボウといった射撃武器は遮蔽物の多い大樹海のような密林ではその特性を活かしにくい。うちの可愛い駄エルフことメルキナとか森林戦に特化したアルケニア達みたいに木から木へと飛び移りながら正確に射撃を行えるというのであれば話は変わるだろうけど。
森林でエルフやアルケニアとはまともに戦わない方がいい。マジで。最後はもう辺りの樹木を根こそぎ薙ぎ払うという力技に走ってしまった。パワープレイ最高。
「俺も貴様の意図が見えんな。貴様こそ何がしたい? 俺を説き伏せてどうしたい?」
「戦争だなんてめんどくさい事がしたくないでござる。ついでに言えば戦争になれば一方的な虐殺になるから寝覚めが悪いでござる。兵にだって家族や伴侶や恋人がいるんだぞ兄者」
「まずその巫山戯た口調を正せ。あと俺を兄者と呼ぶな、身の毛がよだつ」
メルキスは心底嫌そうな顔でそう言い、気怠げな様子で椅子に深く腰をかける。
「国境付近の貴族どもの尻に火をつけたのはお前達だろう。自分達の利権が脅かされれば無能な豚でも必死になるものだ」
利権ねぇ。国境付近の貴族の利権ってことは隊商の通行税とか交易の利権か? ということは、俺が大樹海を貫く道を造っているって話は少なくとも交易商人には浸透していて、そちらを経由してゲッペルス王国の貴族にも伝わっているというわけだ。ゲッペルス王国の貴族に伝わっているならミスクロニア王国やカレンディル王国の貴族にも伝わっていると考えて良さそうだな。
「ふむ……しかし、まるで他人事じゃないか?」
「躍起になっているのは奴らだからな。俺は名前を使うことを許し、奴らの望むものを与えているだけだ。奴らが勝手に貴様と戦い、俺は自分の懐を痛めることなく新型兵器の実戦データを得られる。ついでに地方貴族の力も削ぐことができて一石三鳥というわけだ」
酷薄な笑みを浮かべながらメルキスが語る。
「そうだとしても原因が女の取り合いじゃ――」
「戦の原因は貴様が我が国の名誉と国益を毀損し、我が軍の兵を殺し、敵対関係にあったケンタウロスどもを匿い、魔境で魔物どもを従えて王となろうとしているからだ。我々は叡智を持って魔王である貴様を討滅する神聖なる戦を行う――というわけだな」
俺の言葉に被せるようにしてメルキスが朗々と語る。酷薄な笑みを浮かべたまま。
「あー……なるほどなぁ。イルさんが魔王の定義について微妙に言葉を濁してた理由が今理解できた気がするぞ。こうして魔王は生まれるわけだ」
なんと言えば良いのか――そう、諦念する、と表現するのが一番正しいように思う。
どう足掻いても魔王と呼ばれることになるだろうと、そう確信した瞬間に『なんとしてもそうなるわけにはいかない』と思うか『めんどくせぇからもうそれで良いや』と思うかどうかが『勇者や英雄』と『魔王』とが分かれる境界なんじゃないだろうか。
俺は勿論後者だね。わざわざ訂正して回るのも面倒臭いし、言いたいなら好きに言えば良い。攻撃してくるなら容赦はしないし、友好的に付き合ってくれるならこちらもそうする。シンプルで良い。
「まぁ、良いだろう。そっちがその気ならこっちもそれなりの態度を取るとしようじゃないか。どちらにせよ俺じゃあお前を説き伏せられそうに無いしな。粗雑な手口の方が俺には向いてる。ところで、王太子殿下? さっきの発言は俺に対する宣戦布告として受け取って良いんだよな?」
「……そうなるだろうな」
「本当に良いんだな?」
「くどい」
はい、宣言いただきました。
OK、それじゃあ俺も覚悟を決めよう。平和な時間は、終わりだ。
「そうですか、ありがとう。ところで……お前の座ってるその椅子の防御力とドラゴンの頭蓋骨、どっちが堅いと思う?」
「何――ッ!?」
俺の質問に訝しげな表情を見せるメルキスを無視して一歩踏み出し、多銃身拳銃ごと豪華な執務机をストレージに回収する。メルキスと俺との間を遮る障害物はこれで椅子から発生している障壁だけだ。メルキスが目を見開き、驚いた表情を見せる。いいぞ、その鉄面皮をもっと歪めて見せろ。
もう一歩踏み出す。既にメルキスは目の前、格闘戦の間合いだ。右手に魔力を集中し、貫手の形でメルキスの首へと手を伸ばす。メルキスの口元が嘲るように歪んだ――が、次の瞬間その顔が驚愕に歪む。
「馬鹿なッ!?」
俺の鋭い貫手は何の問題もなく障壁を貫通した。障壁は一瞬だけ青く輝いたが、最初から何も無かったかのように消え去った。過剰出力で壊れたかな?
メルキスは俺の手を避けようと身じろぎをしかけたが、もう遅い。そのままメルキスの首を狙い、鷲掴みにして持ち上げる。誤って縊り殺したりしてはいけないので力加減が難しい。
「がっ!? ハッ――!? ば、化け物め……!」
「化け物とは失礼な。俺はれっきとした人間だぞ、一応。それにしても少々不用心が過ぎやしないか? この程度の障壁で俺を止められると思ったのかよ、ええ?」
首を絞める俺の腕を振り解こうとメルキスが手足を使って抵抗するが、レベル17程度の抵抗では俺の身体は揺るぎもしない。でもまぁゲシゲシ蹴られるのも業腹なので、適当に放り投げる。殺さないようにソフトに、優しくね! いやぁ、基本的に石材だから手加減が大変だなぁ!
「ぐあっ!? き、さまぁ……」
「いやー、しかし残念だなぁ。できるだけお行儀良く、話し合いで解決したかったんだけどなー。でもまぁ、その気が全くない相手に話が通じるわけがないよなー。うん、仕方ない仕方ない」
「この狂人が……ッ! 構わん、やれっ!」
「お?」
部屋全体で魔力が高まり始める。メルキスは自分の体を氷で覆ったようだが……ふむ、何かの罠かな?
そんな事を考えている間に視界が眩い光に覆われた。音も凄いな、耳が変になりそうだ。この肌を焼くようなビリビリとした感じ、電撃か?
放電が終わると同時に重厚な扉が勢い良く開き、数人の鎧姿の騎士が突入してくる。
「はいご苦労さん」
「んなっ!?」
多少ビリビリしたが流石俺だ、なんともないぜ。恐らく俺の強靭なPOW抵抗を抜けてないんだろうなぁ、これは。単純にVITが高すぎるのかもしれんけど。
ピンピンしている俺を見て驚いている先頭の騎士に軽く前蹴りをして一緒に飛び込んできた他の騎士諸共部屋の外に蹴り出す。キラッキラに輝く鎧が俺の靴跡の形に思いっきり凹んでたけど、死んでないかな? まぁ抜き身の剣を引っ提げて来てたんだから文句は言うなって感じだが。
「気配を遮断する部屋、自分を守る椅子、それに部屋ごと痺れさせる電撃の罠か。俺が相手でなければ有効だったろうになぁ」
氷では電撃を防ぎきれなかったのか、気絶しているメルキスを見下ろして呟く。
まぁ、いい。王太子殿下直々に宣戦布告を頂いたからにはこちらも遠慮なくやらせてもらおう。俺を敵に回すということに対する対価を払ってもらおうじゃないか。
☆★☆
「や、やめろ、やめるんだ! それを置け! 仕舞え!」
追い詰められた獲物が武器を放り出し、手を前に出して必死に命乞いをする。その視線は俺が手のひらの上で弄んでいる物体に固定されており、流れる脂汗が目に入る事も気にしていない。
「ほう、止めて欲しいか。こいつを食らいたくないか? ん?」
「お、俺には恋人がいるんだ! 他の奴にだって家族がいる! それにここには兵だけじゃなく戦う力すらない侍女もいるんだ! なんとか見逃し――」
「だが断る。ここに逃げ込んだお前らが悪い。どーん!」
周りにいる仲間や侍女を指差し、必死に懇願する男に向かって俺は弄んでいた木製の小樽を投擲した。小樽は男の煌びやかな鎧に当たって砕け散り、その中に封印されていた混沌が溢れ出す。
濁った汁と発酵が進みすぎて既に骨だけになっている魚、そして強烈という言葉を通り越し、もはや痛みすら感じる臭気。勢いよく叩きつけられたがためにその汁は部屋中に飛散し、いかにも高価そうな絨毯やソファなどの家具に降り注ぐ。
無慈悲な一撃は戦闘員、非戦闘員、老若男女の区別もしない。気品のあるおじ様や美しい貴婦人や純朴そうな侍女や朴訥そうな下男にも等しく降り注ぐ。
「ぎゃああっ!? うぼぇっ!? かひゅっ――」
「きゃああっ! うぇっ、臭っ……」
「がふぅっ……」
うん、『また』なんだ。済まない。謝って許してもらおうとも思っていない。まだ二回目だしね。このシュールストレミング攻撃を見たとき、君は、きっと「またかよ」と思ったと思う。殺伐としたこの世界で、その流儀に則って敵を皆殺しにするのはそれはそれで負けだと思うんだ。実際できてしまうだけにね。
だからと言って毎度毎度シュールストレミングというのもどうかと思うかもしれないが、実際問題こういった臭気弾、悪臭弾というのは非致死性兵器として有効なんだよね。元の世界でも暴徒鎮圧の最新兵器としてゴム弾とか催涙弾より有効とされていたくらいだ。
毒ガスなんかと同じで無差別かつ広範囲に被害が出るけど、まぁ臭いだけだから許して欲しい。失神するくらい臭いし、なかなか臭いが取れないし、場合によっては吐瀉物で窒息死するかもしれないけど皆殺しよりはマシだろう。
ちなみに引きずって歩いているメルキスはさっき一回目を覚ましたが頭からBUKKAKEてやったら大人しくなった。今は穏やかな表情で眠ってるよ。若干白目気味だけどな! HAHAHA!
「おい、王はどこにいる?」
「そ、そんな事を貴様のような奴におしえられるわけがないだろう!」
阿鼻叫喚の地獄と化した城の一室から退出し、遭遇したいかにも偉そうなおっさんに絡む。親父狩りとか言ってはいけない。これは情報収集活動なのだ。
「ん? 直撃したい?」
「ここをまっすぐ行って大きめの廊下を左折して真っ直ぐ行くと謁見の間です!」
「ご苦労。では褒美を受け取るが良い」
「ちょっ、やめっ……ぐばあああああっ!?」
高そうな服を着たおっさんに褒美の小樽を直撃させておく。主君を売るとか許されないけど、役に立ってくれたから褒美に小樽をプレゼントだ。
ああ、俺は無事なのかって? 俺は強力な浄化と消臭の高価がある首飾りをつけてるからな。とはいえ、いつぞやの試作型魔導砲四発分くらいのそこそこ強力な魔核を使っても効果時間は二時間くらいだ。
シュールストレミングの悪臭を無効化するためにはそれくらいの出力が必要だったのだ。しかも使い捨てである。悪臭兵器半端ねぇ。
気絶した貴族っぽいおっさんを放置してメルキスを引きずりながら歩き続けること数分。途中で貴族っぽいのとか侍女とかを脅して王の居場所の情報を聞き出しながら進んだ先に荘厳な雰囲気漂うホールが見えてきた。
しかし、ホールへと続く広い廊下にはズラリと兵が並んでいた。
重厚な鎧を着込んだ重装の騎士を前面に、その後ろには槍兵や杖を構えた魔法兵、クロスボウを構えた射手も居る。総力戦の構えである。
ならばこちらも全力を出さねばなるまい。俺はシュールストレミング満載の大樽をストレージから取り出し、俺の横にズドンと置いた。人ひとりが十分入る大きさのものだ。
「全員武器を捨てて道を開けろ! さもなくば王太子をこの大樽に漬け込むぞ!」
「くっ、卑怯な!」
「こちらの要求は王との対談だ。この要求が受け入れられない場合……この城と王都中の食料庫にこの大樽をぶちまける!」
「「「「悪魔かッ!?」」」」
なんとでも言うが良い。卑怯と言われようが悪魔と罵られようが俺は一向に構わん。
結局メルキスの膝くらいまで樽の中に漬け込んだところで向こうが折れた。漬け込み始めたところでメルキスが起きたけど、樽から立ち昇る臭気の真っ只中だったから速攻でまた沈没した。これが決め手だったね。
殺気立つ兵達が空けた道をメルキスを引きずりながら進むと、微妙に向かい風を感じる。何かと思えば玉座に座る王様らしきおっさんの後ろに何人もの魔法兵が待機しており、その魔法兵達が風魔法で微風を流し続けているようだ。臭いがこないようにしてるのね。
「我がゲッペルス王国の王、レニエード=グロウ=ゲッペルスである。そちが行なった此度の狼藉、まことに許し難……わかった、話を聞こう。だからその小樽を構えるのを止めるが良い」
「結構。実に賢明な判断だ。俺が何者かは説明が要るかな?」
「貴様! 一国の王相手に不敬であろう! 跪かんか!」
「あ?」
「止めよ! デニデルスも下がるが良い。この者はあの大樹海を切り拓き、カレンディル王国とミスクロニア王国に認められて国を打ち立てんとする者だ。いわば一国一城の主よ。我の臣下でも無い。我に跪く謂れなどあるまいて」
青筋を立てて喚くおっさんがいたので、魔力を全開にして威圧したら王様が仲裁してくれた。ほう、なかなか話のわかる王様じゃないか。
「して、此度の騒ぎの目的は何か? 申してみよ」
「戦争なんて御免なんでね。なんとか話し合いで解決できないもんかと思ったんだが、魔王呼ばわりされて宣戦布告までされたんで、俺と戦争するってのがどういうことなのか少しばかりわからせてやろうかと思った。ついカッとなってやった。反省はしていない」
「……なるほど、つまり其方は争いを止めるために来たのだな。だが、その其方がこの城で暴れては元も子もないのではないかな。話の通じぬ相手だ、やはり倒さねばならぬと判断せざるを得なくなるとは思わぬか?」
なるほど、なかなか理知的な人間であるらしい。しかも俺のフリも完全にスルーである。侮れない。
だが、そもそもの大前提が間違っている。全くの的外れだ。俺はチッチッチと指を振りながら笑みを浮かべてみせる。
「まず一つ、理解してもらおうか。俺は、俺の身を守るためにここにいるんじゃない。俺は、あんた達自身からあんた達自身を守るためにここにいるんだ。俺の言っている意味がわかるかな?」
俺の言葉にレニエード王をはじめとして謁見の間に居る人間達は一様にわけがわからないといった顔をした。こいつは一体なにを言っているんだ、とそう顔に書いてある。
「刃物で遊ぶ赤ん坊に、馬車が走る道へと前も見ずに走っていく子供に、実力も弁えず冒険に赴こうとする若人に、うまい話に騙されようとしている大人に、歳も考えず無理をしようとする老人に、あんた達はこう声をかけるだろう? そんな危ないことはお止めなさい、ってね。つまりはそういうことだよ。俺はあんた達にそう言いに来たわけだ。そんな危ないことはお止めなさい、ってね」
ここまで言われて俺の言葉の真意を理解できない人間はこの謁見の間にはいなかったらしい。ある者は顔を赤くして怒りを、ある者は顔を青ざめさせて恐怖を抱いているようだ。
その中でレニエード王は顔色をさして変えることもなく俺の顔をじっと見据えてきていた。俺の実力を計ろうとしているのかもしれない。
「なかなか大きく出たな。我ら自身から我らを守るために、か。なるほど。つまり其方にとって我が国など取るに足らない存在だと、蹂躙することなど容易いのだとそう言いたいのだな?」
「ええ、お試しになられますか? ご所望であればこの謁見の間にいる陛下と王太子殿下以外の全ての人間を皆殺しにしてお見せしますが。後ろの兵達や覗き見している連中も含めてね」
おどけた態度でそう言って一礼をして見せると謁見の間がシン、と静まり返る。
ごちゃごちゃと言っていた王の側近らしき者達もまさか矛先が自分達に向かってくるとは思っていなかったのか、ギクリとした表情で固まっていた。
俺とレニエード王が睨み合い――先に折れたのはレニエード王だった。
「やめておこう、其方があのタイシ=ミツバなのであればこの場に抗せる者などおらん。ここに居るのは我が国の中枢を担う重要な者達だ、代わりが務まる者などそうそうおらんのでな」
「そうかい、賢明だ。俺も無駄な手間が省けて嬉しいよ。じゃあ話を進めようか」
「そうだな。其方の要求は紛争の停止だったか。我としてもそうしたいところではあるが、ここまで虚仮にされて女々しく泣き寝入りしてしまっては我が王国の権威が失墜してしまうのでな、なかなか難しい」
「そうかい。じゃあ仕方ないな、手始めにこの城を中の人間ごと更地にしていくか」
翳した手のひらの上に魔力を集中し、爆裂光弾を発生させる。
「そんな横暴が許されると? 力さえあれば何をしても良いと言うのかね?」
「王であるあんたがそんな弱者の理論を振りかざすとは驚きだ。力でケンタウロス達を弾圧したあんたがそれを言うのはいかにも滑稽だよな?」
「そんな小さな話をしているのではない。其方の武力に物を言わせて要求を通すような真似をすれば、我が国だけでなく他国の信用も失うということだ。其方の国は気に入らないことがあれば武力を背景に脅しにかかってくる、ならず者のような国だとな」
「はっはっは、あまり面白いことを言わないでくれよ。最初に力を背景に俺の首を要求してきたのはそっちだろうが? 俺は相応の対応をしているだけだ。さて、そろそろ問答も飽きてきたな」
俺は爆裂光弾を謁見の間の天井に向かって発射した。
直後、眩い光と派手な炸裂音が響き、豪奢な謁見の間の天井に大穴が空く。そして間髪入れずに後方の入り口を固めている魔法兵や王の側に控えていたローブ姿の人物、それと魔法兵達から俺に向かって一斉に攻撃魔法が放たれた。
俺は全身に魔力を漲らせながら即座に伸縮自在剣を抜き、石や粘土、氷の弾丸だけを迎撃する。俺の強大なPOWの前では大概の魔法はレジストされて効果を現さない。純粋魔法や火魔法、風魔法は即座に霧散するし、水魔法もただの水になる。ただし、水魔法の氷の弾丸や土魔法の石や粘土の弾丸は実体があるために完全に霧散する前に俺の身体に到達してダメージを与える。
まぁVITが高いから少々衝撃を感じたり、小突かれた程度の痛さで済んだりすることが多いんだけど、痛いのは嫌だし石弾や粘土弾は服が汚れるのであまり受けたくはないのだ。
何発、何十発の魔法が俺に着弾しただろうか? 時間としては精々十秒前後くらいのものだろう。霧散した石弾や粘土が粉となって舞い、視界が悪い。仕方がないので風魔法で天井の穴に向かって粉塵を追い出す。シュールストレミング対策の首飾りのおかげで俺の服には汚れ一つない。狙ったわけじゃないけど結果的に助かったな。
「なかなか面白い余興だったな。ああ、これはお返ししておこうか。足元に置いておくのも邪魔だし」
俺は努めてにこやかな笑みを浮かべながらメルキスの襟首を掴んで王の側に控えているローブ姿の人物に投げつけた。避けるべきかどうか逡巡したかはわからないが、ローブ姿の人物は命中したメルキスごと玉座の後ろの方に吹っ飛んで行った。まぁ死にはしないだろ、多分。
「どうしたよ、急に黙りこくって。おお、そうかそうか、剣が怖いんだな? わかったわかった、じゃあ剣はしまうよ。ほら、これで怖くないだろう? 一回くらいは誤射かもしれないからな。一回は許すよ。俺は心が広いんだ。さぁ、余興はこれくらいにして話し合いを続けようか」
レニエード王を始めとして、謁見の間にいる俺以外の人物は完全に言葉を失ってしまったらしい。呆然とした表情で固まる者、腰を抜かしてへたり込む者、何やらブツブツと呟いて首を振り続ける者、跪いて祈る者、実に様々な様子である。
レニエード王も流石に動揺を隠せない様子だ。額にはじっとりと汗が浮かんでいる。
「……何が目的だ。その力で何を為すのだ、其方は」
「目下のところ、国造りだな。生まれに関わらず平等にチャンスがあって、人間も、獣人も、その他の種族も互いに互いを尊重して思いやりを持って暮らしていけるような国ってのが理想だ。理想を達成するためにはまず全員が食っていける国にしなきゃならんから、農業やら生産やら交易やらの整備に力を入れているところでな、正直戦争なんてしている場合じゃないんだ」
「それだけの力があれば他の国を滅ぼして支配することもできよう」
「滅ぼすだけなら容易だろうけどな、満足に統治できるかと言われると首を傾げざるを得んね。何より面倒臭いし、俺はそんな器じゃない。今作ってる領都だって満足に治められるか不安なくらいだ。他所は他所でよろしくやってもらって、交易の相手になってもらった方が良いね」
両手を広げてそう言い、一歩踏み込む。それだけで空気がざわりとどよめいた。俺は歯を剥き出し、声音を低くして言葉を続ける。
「だがな、弓に矢を番え、杖を構えて魔法を詠唱し、剣を抜いて向かってくるならその時は仕方がない。面倒臭いことはしたくはないが、舐められちゃあ困る。あらゆる手を使って叩き潰す他ないわけだよ、こちらとしても」
「……我らはドラゴンの尾を踏んだと、そういうわけか」
レニエード王はそう言って苦り切った笑みを浮かべた。
平和的_(:3」∠)_(多分死人は出ていない