第六十五話〜情報収集を始めることにしました〜
「と、思うじゃん?」
昼前の会議を終えて数時間後。
ミスクロニア王国で合流した法律の専門家を転移門で領都に送り出し、俺は単身空路でゲッペルス王国の領空に侵入していた。
確かに、何から何まで俺におんぶに抱っこではそのうちあいつらは駄目になってしまうだろう。何があっても俺が助けてくれると思ってしまったら終わりだ。俺はあいつらに寄る辺を与える主ではあるが、飼い主ではない。俺のために命を投げ出す覚悟があるって言われるのは嬉しいけどね。
しかし、今回の騒動はそもそも俺個人が起こした問題だし、それに付き合わせてあいつらを死なせたり怪我をさせたりするのは駄目だろう。
というわけで、法律の専門家の彼には俺からのメッセージを託しておいた。なぁに、今日はゲッペルス王国の視察をしておくから立法の件を進めておくように、という指示書だ。
働きたくないでござる! 面倒くさい話しあいは任せるでござる! 拙者は出来上がってきた書類をチェックするだけの簡単なお仕事がしたいでござる!
とかそういう意図はない。意図はないのだ。
隠行を発動させながら主街道と思われる大きな道の上を飛ぶ。空を飛んでいるのを目撃されて騒がれるのは避けたいからな。
「とはいえあと一年……いや、半年後だったらなぁ」
今回は俺個人の不始末であるから俺が収拾をつけるのが妥当ではあるのだが、できることならそれなりの戦力を披露して今後舐められないようにしたかった。ただ、現状ではそうすることができるほどの戦力が無い。
俺一人で問題を片付けてしまうというのは、勇魔連邦が俺一人のワンマン国家であると侮られる可能性を孕んでいる。俺さえ潰せばなんとかなると思われるのは色々とうまくないんだよなぁ。
しかしまぁ今回は仕方ない。苦労はあるが、あいつらの命を天秤に載せるほどのほどのものでもない。俺個人を狙った暗殺者の類は死んだほうがマシなレベルの苦痛を味あわせて雇い主に送り返してやれば良いからな。
「第一村人ならぬ第一馬車発見。ヒャッハー! 情報収集だぁー!」
ミスクロニア王国方面から走ってきたらしい馬車を発見し、急降下する。ここはインパクト重視で進行方向にド派手に着地してやるか! やめとこう、驚いた馬が暴走して怪我とかさせたら寝覚めが悪いし。
とりあえず進行方向に着陸して道の端で手でも振って呼び止めてみるか。無視されたら止まるまで追いかけてやろう。『恐怖、馬車と同等の速度で併走するヒッチハイカー』とかそんな都市伝説ができるかもしれない。
待つこと数分。
馬車が見えてきたので大きく手を放って呼びかけると馬車は俺のかなり手前で止まった。そして
武器を携えた男が四人ほど馬車から降り、そのうち二人がこちらに向かってくる。御者台の男もクロスボウに矢を装填し、馬車に残った二人のうちの一人は弓矢を携え、矢筒から二本の矢を取り出していた。
完全に警戒されてるね! ですよね! そりゃ一人でこんな周りに何もないとこでヒッチハイクとか怪しいよね! 知ってた、うん。
「あー、盗賊にしちゃ小綺麗な小僧だな?」
「どこかの貴族の子弟に見えますね」
俺のそばまで歩いてきたのは中年のベテランっぽい冒険者風の男と駆け出しを卒業したばかりという感じの若い冒険者っぽい男だ。ベテランっぽい方は年季の入った革鎧の各所を金属で補強したものを装備しており、若い男の方はまだピカピカの皮鎧だ。防御力よりも機動性を重視しているのだろうか。
得物は二人とも短槍と小型の盾で、腰にはそれぞれ腕ほどの長さの剣を提げている。
貴族の子弟か。悪くないな、そういう方向で振る舞うか。
「やぁ、悪いが君達の雇い主に同乗させてくれないものか頼んでくれないかな。用を足している間に馬に逃げられてしまってね、この通り身一つでこんな辺鄙な場所に放り出されてしまって難儀していたんだ。最寄りの街までで良いからさ」
「そりゃまぁ言うだけならタダですがね。どうなるか保証はできませんよ」
ベテランっぽい冒険者風の男が顎をしゃくって若い冒険者風の男を馬車に走らせる。そしてまじまじと俺の顔を見つめてきた。
「なんかどっかで見たことあるような……なぁ、あんた、俺とどこかで会ったことねぇか?」
「んん……? いや、多分無いと思うが。黒髪黒目は確かに珍しいかもしれないが、いないわけでもないだろう?」
「ああ、そうかもな……」
そう言いながらも首を捻るベテラン冒険者だが、そんなことをしつつも周囲に気を配っているのがわかるし、短槍の切っ先をいつでもこちらに向けられるようにしているようだ。見た目通りベテランなんだろうな。
とはいえ、それも常識の範囲内での腕利きだろう。恐らくこのベテラン冒険者が五人同時にかかってきても今の俺ならあくびをしながら返り討ちにできると思う。
程なくして雇い主の了解が得られたようで、先ほどの若い冒険者が手で大きくマルを作って見せてきた。
「許しが出たようですな。どうぞ……あー、失礼ですが名前を伺っても? 俺はアラー、今回の護衛任務を請けた『チャンス』ってパーティのリーダーですわ」
「慣れない言葉を使わなくても良いさ、俺だって元々は大した身分じゃないからね。俺の事はクローバーと呼んでくれ」
「そうか? 悪りぃな、お上品な言葉遣いって奴は舌がつりそうになっていけねぇ。じゃあクローバーの坊ちゃん……って貫禄じゃねぇな、旦那と呼ばせて貰うぜ」
「アラーさんみたいなベテランに旦那呼ばわりは少しくすぐったいなぁ」
割と和気藹々とした雰囲気で話しながら停止した馬車に向かう。こうしている間も馬車の付近に陣取った護衛の冒険者は周囲の警戒を怠っていないようだ。感心するね。
ある程度近づいたところで馬車から恰幅の良い男性が降りてきた。こんなにしっかりと護衛をつけているから結構歳がいっているのかと思いきや、意外と若い。三十歳前後くらいだろうか。
「私はイヴァンと申します。ミスクロニア王国とゲッペルス王国を往き来する交易商人でございますが……この程は足を失ってお困りとか?」
「ああ、うん。それは嘘だ。足には困ってないんだが、情報が欲しくてね。少しばかり同乗させてもらって、話を聞かせてもらっても良いかな」
俺の嘘宣言にイヴァンと名乗った商人が目を丸くして驚き、護衛の冒険者達に緊張が走る。うん、どうせ驚かすなら空から急に飛来したほうが良かったか? いや、やっぱ事故は怖いからこれで良かっただろう。多分。
「うーん、我々に対して害意は無いのですね?」
「無い。驚かせてしまったのはすまないと思ってるよ。ただ、もしかしたらそっちにも有益な情報を与えられるかもしれない。進むか戻るかは俺の情報を聞いてから判断することをお勧めするね」
「ふむ……わかりました。コータ、馬車を道の端に寄せてください。アラーさん、少し早いですが小休止としましょう」
「わかった」
イヴァンの指示で馬車が街道の端に寄せられていく。冒険者達がめいめい小休止――昼食の準備に取り掛かり始めたようだ。干し肉や干し野菜だけになりそうなので、ストレージから大樹海産の魔物肉を提供しておく。ストレージでの表示はマッドボアだったから、確かイノシシっぽい魔物の肉だったはず。
「それで、どういった情報をお求めで? 私もゲッペルス王国の領土に入って間も無いので、鮮度の良い情報はあまり持ち合わせておりませんが」
「ああ、その鮮度の良い情報を取りに行く目的でね。ゲッペルス王国の主要な都市や軍事拠点、有名な貴族の話や王家について聞きたいんだ」
「なるほど……主要な都市や有名な貴族、一般的な王家に関する情報であればある程度はお話しできます。軍事拠点についてはかなり曖昧な情報になりますが……そちらの情報についても概要を教えていただいても?」
「俺の方は勿体振るような内容でもない。ゲッペルス王国がミスクロニア王国とカレンディル王国に対して最近大樹海に領地を持ったとある男の首を差し出せ、という要求を突きつけたという話さ。それに対して両国はその要求を拒否。首が欲しいならご自由にどうぞ、ただしうちらはゲッペルス王国とその貴族との争いには関わりません、って態度で一致した。今後ミスクロニア王国、カレンディル王国の二国とゲッペルス王国との間で緊張が高まるでしょう、って内容さ。どうだ? なかなか面白い情報だろう?」
「……大変面白いですね、頭が痛くなってきました」
力なく頭を振りながらイヴァンが苦笑いを浮かべる。うん、そうだろうな。このタイミングで何も知らずにゲッペルス王国の都市に辿り着きいて商いを始めていたら、場合によっては商売上必要な情報収集作業を諜報活動と取られて拘束されていたかもしれない。
「ところで情報の確度は……いえ、その前に貴方は何者ですか? そのような情報を一体どうやって?」
「情報の確度は最高級さ、何たって話題のとある男とは俺の事だからな」
笑みを浮かべて手を差し出す。
「タイシ=ミツバだ。よろしく」
☆ ★ ☆
「へぇ……有力な王位継承者が次々と爆死、ねぇ」
「はい。第一王子自身も三度その標的になって危うい所を生き延びております。一時意識不明の重体に陥ったとか。風の噂では王弟のビスタード公爵の息子、第一王子の従兄弟に当たる人物が黒幕だったという話ですが……その方は城の奥に幽閉されたという噂ですよ」
「ふむ」
「それを突き止めたのが第一王子で、関係していた者達を貴族平民問わずこう、です。その日だけで三十人以上が処断され、文字通り血の雨が降ったと」
そう言ってイヴァンは自分の手で首を切るジェスチャーをしてみせる。
しかし爆破ねぇ。第一王子の仕込みか、それとも従兄弟の仕込みかはわからんがどうにも元の世界――というか、化学の匂いがするな。爆破テロで暗殺とか派手で足がつきそうだけど、科学捜査なんて存在しないこの世界だと証拠品が纏めて吹き飛べば犯人とか捕まらなさそうだし。
「それはなんとまぁ……しかしそれでよく実権を握ったままでいられるな。貴族の反発とか凄そうだが。あと、王はどうなってるんだ」
「粛清で王子に敵対的な貴族が根こそぎ血祭りに上げられましたからね。残っているのは第一王子のシンパと日和見の中立派だそうです。王は既に引退秒読み状態で、王太子の好きにさせているようですね」
「……爆破そのものも第一王子が仕組んだんじゃないだろうな」
「そう考えている方も一定数いらっしゃるようですね」
イヴァンが苦笑いをする。
まぁそうだよな。本人も大怪我をしたらしいが、自作自演だったかもしれないし、何より結末が第一王子に都合が良すぎる。
「……王子が実権を握り始めてから妙に動きの良い商品とかは無いか?」
「うーん、そうですねぇ。少々お待ちください」
俺の質問にイヴァンはどこからか手帳のようなものを取り出してペラペラとめくりはじめた。
ふと横を見ると護衛の冒険者達が一心不乱にマッドボアの肉に噛り付いている。そんなに美味いか、それ。いやまぁ塩振って焼いただけでも美味いけどさ。
「肉美味いか?」
「うめぇ。なんの肉だ、これ? スモールボアの肉に似てるが、圧倒的にこっちの方が美味いな」
「マッドボアっていう大樹海の魔物の肉だ。スモールボアをこの馬車くらいにデカくしたような姿で、しかも泥の魔法を使ってくるニクいヤツさ」
「げ、魔獣かよ。魔獣の肉ならこの味も納得だな」
「魔物と魔獣は違うのか」
「魔物の中で魔法に似たような力を操るのが特に魔獣って呼ばれるな。同じワイバーンでも毒の尾を持つだけなら魔物、火や毒のブレスを吐いたり翼から風の刃を飛ばしてきたりするなら魔獣だ。魔獣は魔核を持ってるから、魔核を持ってるなら魔獣って認識でも良い」
「へぇ、そんな分類なのか」
わかりやすいようなわかりづらいような。いままであんまり気にしたことはなかっけど、そういう風に分けるんだな。今までは適当に呼んでた気がする。
「ミツバ様、よろしいですか?」
アラーのおっさんと冒険者トークをしていると手帳をめくっていたイヴァンが声をかけてきた。
「その頃のメモを見てみると、爆発騒ぎが起こる少し前に不自然に硝石の需要が逼迫した時期がありますね。木炭と、硫黄と回復薬も品薄だったようです。あと、事件の収束後に第一王子――王太子が王都の鍛冶職人に布告を出して頑丈で量産性の高い金属筒を作らせていたようです。錬金術士が何人か行方知れずになったという話もありますね」
はい確定。爆破はほぼ間違いなく黒色火薬を用いたものだわこれ。
俺の知る限り、この世界では火薬が発達していない筈だから外部の知識で作られたと断定しても良いだろう。外部ってのはつまり、この世界とは別の世界。より正確に言うなら俺が元々住んでいた世界に近しい、科学が発展した世界の知識だな。同じようで少し違う、別の歴史を辿った平行世界のようなモノが存在することは確認済みだ。
ドロリと赤く濁った血のような瞳を思い出して思わず頭を振る。食ったらお腹壊しそうって事はわかっていても、印象が強すぎてなかなか忘れられないよな、あの人は。
「その後は黒鋼とか鉛、魔核や魔晶石の需要が逼迫してないか?」
「ええ……よくわかりましたね?」
「ああ、ちょっとな。うーん……」
爆薬の次は銃の開発に、という流れは至極当然と言える。邪魔をする相手を一掃した後であれば大手を振って開発に乗り出せるだろう。
そして俺がもし火薬式の銃を開発するなら素材として頑丈で、扱える職人が多く、ミスリルやオリハルコンに比べればコストが安い黒鋼を銃身に利用する。銃身そのものに魔力を通したりしないのであれば黒鋼というのは多少重いものの優秀な素材だ。鉛は弾丸用だな。
火薬式の銃の開発は俺だって検討したからな。マールの護身用に作ろうかと考えていたんだが、あの子はメキメキと剣と魔法の腕を上げて火薬式の拳銃なんて必要ないレベルになったからね。結局作らなかった。
魔核や魔晶石は雷管に代わる着火装置としての役割、或いは火薬が起こす爆発力の代用として使えるだろうなと考えた。
弾丸を飛ばすための圧力を発生させるのにわざわざ消耗品の火薬を使う必要はないわけで、それを爆発の魔法で代用してもいいわけだ。別に人間一人を爆死させるほどの威力が必要な訳ではないから、射撃一回あたりの魔力消費量は微々たるものだろう。魔力源となる魔晶石はそう大きくないものでも問題ない。
撃発機構や圧力の発生を魔法式にできれば弾丸は銃口から供給する前装式でもなかなかの連射力になるんじゃないだろうか? 風魔法を利用すれば消音も簡単だろうし、消音狙撃銃とかもできてるかもな。
というか、そこまで行ったら弾丸の供給方法を工夫して連発銃もできてるかもしれん。
え? 魔法っていう強力な遠距離攻撃手段があるのに銃なんて役に立つのかって?
そりゃ役に立つだろうさ。うろ覚えだが、戦国時代の火縄銃でも適切量の黒色火薬で撃てば容易に鎧を貫通する威力があったらしいからな。トロールくらいの魔物までなら当たりどころが良ければ一撃で殺せるだろう。
そして銃の強さっていうのは多少の訓練で『どんなに弱い兵』でもそれだけの威力のある攻撃を繰り出せるようになるという点だ。変な話、そこらで畑を耕している農民でも少し訓練すればトロールを一撃で殺せるようになる。弱兵ということで有名なゲッペルス王国軍にうってつけの武器と言える。
トロールを殺し得る一撃を放てる騎士となるとレベル20以上、剣術レベル3以上――騎士団の小隊長級だ。それも魔法の支援を受け、味方の援護があってやっとの話だ。そんな攻撃力を兵の一人一人が持つ、となればいかに強力な武器であるかがよくわかる。
まだ確証はないけどゲッペルス王国の強気な態度はこれが原因じゃなかろうか。
「はっ!?」
「どうしたんですか? お姉様」
「急に悪寒が……」
「風邪かの?
「面倒なことが起こる予感がします!」