第六十四話〜お呪いの手紙が届きました〜
おまたせしました。
今回は3話ほど連続投稿の予定です_(:3」∠)_
さて、ゾンタークとの会談が終わって数日。結婚式の準備も進む中、大樹海東部の沼地をどう攻略するか考えているタイシです。皆様いかがお過ごしでしょうか。
私は今、空気の読めない馬鹿野郎に立腹しているところです。はい。
「結婚式の準備も整ってきた頃にこの動き……絶対狙ってるだろ。汚いなゲッペルス王国流石汚い」
「結婚式の準備が整いつつあるからじゃないでしょうか」
「そうねぇ、お母さんもきっとそういう事だと思うわ」
ここはミスクロニア王国の王都クロン、その中心にある王城の一室――というか、俺にとっては嫌な思い出の多いイルさんの執務室である。ここで二週間にも渡って徹底的にこき使われたことは記憶に新しい。
領主館に置かれている報知用魔道具にイルさんからの緊急報知の信号が入ったのが今朝の事。身支度を整えた俺とマールの二人でイルさんの執務室を訪れたわけだが、その執務室で俺達は一通の書状を前に頭を突き合わせていた。
非常に質の良い植物由来と思われる紙だ。質感は元の世界で言うところの和紙に非常に近い。質感だけではなく、金箔によって縁に装飾なども施されており、見た目にも書状の送り主の身分の高さが窺える。問題は、その内容だ。
『我がゲッペルス王国の次期国王である第一王子の婚約者を二人も寝取った上に、先日ゲッペルス王国内で氾濫を起こしていたケンタウロスどもを連れ去ったその悪行マジ許せんよな? しかもその際に我が国の兵士も殺したやろ? 調べはついとんねんぞオラァ! もうこれはケジメ案件や。ミスクロニア王国とカレンディル王国両国が領地を認めたようやが、ウチは絶対許さんで! お前らちゃんと責任取ってきっちりそのタイシとかいうクソガキの首叩き切って送って寄越せや。良い返事を待ってるで。じゃあの』
といった内容が気取った文体で長々と書かれている。差出人は勿論ゲッペルス王国だ。
「ゲッペルス王国は大氾濫とケンタウロスとの内戦のせいでボロボロなんじゃ?」
「そうなのよねぇ……ことここに至ってミスクロニア王国とカレンディル王国の両国を相手取ってこんなに強硬な態度を見せられる状況じゃない筈なのだけれど」
気味が悪いわねぇ、と言ってイルさんが困ったように溜息を吐く。
「情報操作されている可能性が考えられますね。実際には兵の疲弊が少ないとか、大氾濫の魔物をごく少ない被害で撃退しているとか、そういう情報が巧みに秘匿されて偽情報を掴まされているのではないでしょうか」
「マールちゃん、潜り込ませている密偵は一人や二人じゃないわ。何代も前からミスクロニア王国に仕えている者もいるのよ? その全てが掌握されているなんて考えづらいわねぇ」
「……いや、そういう思い込みは危険じゃないですか。現在ゲッペルス王国内に潜ませている密偵とは全く別系統の諜報部隊を編成して調査した方がいいと思いますよ。もしかしたら強力な精神操作系の魔法とか魅了の魔眼とかそういう類の手段でゲッペルス王国方面の情報網が根こそぎやられている可能性もありますし」
俺の反論にイルさんは小首を傾げて頰に指を当てる。マールのあざとい仕草はイルさん譲りだったらしい。
「タイシ君、精神魔法や魅了の魔眼なんてお伽話みたいなものよ?」
「タネは明かせませんが、俺はその両方とも使おうと思えば使えます。お伽話と切って捨てるのは危険です。と、それはともかくとして、対応はどうしますかね……俺としては切ってもらっても構わないんですが」
「切る?」
イルさんが怪訝な表情を浮かべる。
「ええ、ミスクロニア王国とカレンディル王国は俺に大樹海の領有を認めたものの、配下としているわけではないから処分を下すことはできない。その代わり、ゲッペルス王国が大樹海の俺の領土に攻め入ったとしても関知しない、どうぞご自由にって感じで」
「うーん、大丈夫かなぁ。ちょっとリスクが高くありませんか?」
「大樹海は天然の要害だし悪くないと思うけどな。川の民の生活区域が他の地域と比べるとゲッペルス王国と比較的近いが、川の民の生活地域の方が上流だから毒を流される心配とかもほぼないだろう。あんなマングローブみたいなところをわざわざ進軍路に選ぶこともないだろうし。となると、森を切り拓きながら進軍するか焼き払って進軍するかしか手がないが……そんなことしたら大樹海の魔物がわんさか押し寄せてくる。ゲッペルス王国軍が魔物を間引いてくれる上にわざわざ自分の戦力を減らしてくれるという一石二鳥だぜ」
「カレンディル王国側に開通した道から来るかもしれませんよ?」
「カレンディル王国がゲッペルス王国軍の通行を認めるとは思えないが、もしそうなったとしても問題ないよ。わざわざあんな場所に領都を作ったのはこういう時のためだしな」
領都から東西に延びる細く長い道にだって意味がある。あの細く長い道は大軍が歩を進めるのには向かない。どうしても隊列は長く伸びることになる。長く伸びれば輜重を先頭に行き渡らせるのが難しくなるし、間延びした隊列を左右の森から襲うのも難しくない。そもそも、魔物避けの結界を解除してしまえば攻め入る軍勢は領都までの長い道のりを昼夜問わず魔物に襲われながら進軍することになるのだ。指揮と輜重がバラバラに寸断されて瓦解することは想像に難くない。
更に言えばもし領都に辿り着いたとしてもそこに待つのは堅牢な星形城壁だ。あの城壁を破れる攻城兵器の類を領都まで運搬してくるのは至難の業だろう。強力な攻撃魔法や魔法武器などによって破壊される可能性もあるから油断はできないけど。
まぁ、俺だって漫然と都市づくりをしたわけじゃない。中央給水塔に水を供給する用途としては過剰な出力の魂魄結晶を利用したのにも意味がある。街中に張り巡らせた水路にもな。
「うーん、でもそうなるとミスクロニア王国もカレンディル王国も大っぴらには貴方達の領地を援護できなくなってしまうわ」
「交易は約束してほしいもんですけどね。まぁ、国同士で大っぴらにやるのがダメなら俺が個人で商会を立ち上げるなり、誰かに商会を立ち上げさせるなりすればいいですし……抜け道はいくらでもあるでしょうから」
「国家元首を前にサラッとブラックな発言をするタイシさん、流石です」
「密輸は重罪よー?」
「はっはっは」
ストレージと転移魔法と超音速飛行を使える俺を密輸の罪で摘発することなどできやしないので笑って誤魔化しておく。まぁイルさんも摘発する気は無いだろうから問題あるまい。
☆★☆
「というわけで、予定より早くなったが俺達はミスクロニア王国からもカレンディル王国からも独立した一個の国家となることになった。これは決定事項だが、何か意見があるなら耳は傾けるぞ。何かあるか?」
「何かあるか、と言われてもなぁ」
ふさふさの顎の下の毛を撫でつけながらソーンが唸る。俺の作った試作装備で大樹海の魔物を狩りまくってレベルアップした影響なのか、最近妙に毛艶が良い。心なしか体格も良くなっているように思う。ちなみに現在のソーンのレベルは39、ミスクロニア王国やカレンディル王国の近衛騎士団長よりも高い。猛者揃いの領都でもトップクラスのレベルだ。
ソーンは獣人の代表として馬獣人のヤマトと共に今回の会合に出席している。
「別に今までと変わらんじゃろ。元々妾達は大樹海の外とは殆どやり取りをしてきてなかったからの」
気怠げな様子でそう言いながらお茶を啜るクスハ。言うまでもなくアルケニアの代表としての出席となるのだが、俺の嫁でもあるので中立の立場からの物言いにはならないかもしれない。
彼女のレベルは38、武器スキルや察知系スキルに加えて魔法スキルや半人半蜘蛛であるアルケニアの固有技能である粘糸や鋼糸なども操る。
「ゲッペルス王国との戦いか……我ら川の民一同、タイシ殿には大恩がある。否とは言わんよ」
腕を組み、俺に鋭い視線を向けつつも口元にニヒルな笑みを浮かべるのはブイティ=ガイ。深緑の鱗を持つ大柄な隻眼のリザードマンで、レベルは35。彼の槍スキルは驚きの5で、称号に槍聖の称号がある。ニヒルなトカゲことケイジェイ=ガイの親父さんである。
「我等ケンタウロスは王に従います。彼奴等との戦いの際には是非我等に先鋒をお任せくだされ。この戦は我等が呼び込んだようなもの、真っ先に戦うのは我等であるべきです」
そう言って拳を握るペネロペのレベルは27、他の代表者に比べると一段低いレベルだが、彼らケンタウロス達の俊足と数、一糸乱れぬ連携は対多数戦において絶大な戦力となるだろう。
「落ち着け、ケンタウロスの……戦の是非よりも二つの大国の庇護なしで独立することになったことに対しての意見だろう。我等鬼人族としては大樹海の外の物資が手に入るなら問題無いと考える。その辺りはどうなっているのだ」
巌のようにがっしりとした体格の肌の赤い巨漢が腕を組んだまま厳つい声で問いかけてくる。額に日本の小さな角を持つこの男の名はエンキ。大樹海で一大勢力を築いている鬼人族の長で、レベルは不明ながら俺に傷を負わせた『初見殺し』の切り札を持っているらしい。ここにはいないが、奥さんの見た目幼女な青鬼であるイロリの方が強いとか。
「そこは問題無い。ゲッペルス王国とのいざこざが解決するまでは細々とって感じになるけどな」
「ならば我々鬼人族としても言うことはない」
『アンティール族も十分なニクが確保できる状況が続くなら問題ないでありますな』
ドライというかビジネスライクな奴らである。いや、エンキのおっさんはおっさんのくせにツンデレ属性持ってそうだからわからんけど。
アンティール族は表情も読めないし今ひとつ意図が読みにくいのがアレだけどな。某皇帝が活躍するゲームとか某防衛軍のゲームのせいで何となく疑ってしまうから困る。見た目はただのデカいアリなんだが、少女みたいなキンキン声で喋るギャップが凄い。
手先は器用だし土木工事はお手の物だし、個体の概念が薄くて精神波か何かで情報共有している節もあったりと不思議な奴らだ。便利使いしてしまっている自覚はあるから、いつか何らかの形でしっかりと報いてやらなきゃならん。
「不安が無いわけじゃ無いが、前よりも悪くなる事はねぇだろ。魔物どもへの備えはできてるし、畑だって順調だ。人数が増えた分食い扶持も増えてるが、それだって何とかならないこたぁねぇしな」
「然り、森の恵みは豊富ですからな。我々が走れば森の恵みを採り尽くさぬように広範囲で採取することもできましょう。ゲッペルス王国の奴らもこの大樹海に攻め入る事は容易ではありますまい」
「フン……確かに、脆弱な人間の兵では森に分け入っても早晩魔物どもの餌食になるのがオチだろうな。しかし慢心はできんぞ。よほどの大うつけでない限り、できぬ事は口にせぬものだ」
「そうですね、その点はうちのママも不気味がってましたし」
エンキのおっさんの意見にマールも同意する。
「足元を掬われないようにしていかんとな……ところで主殿、国を起こすとなれば名前が要るじゃろう。もう考えておるのか?」
「おお、それならもう考えてあるぞ」
内心よくぞ聞いてくれました! とか思いつつストレージから一巻きの紙を取り出す。広げると、ちょうど俺が両手を横に伸ばしたくらいの大きさの白い紙だ。そこには俺の直筆で大きく国の名前が書いてあるのだ。
「じゃーん、国の名前はこれにします」
「タイシさん、さかさまです」
「……じゃーん!」
「きったねぇ字だな」
「そろそろ泣くぞコラ!?」
マールとソーンのツッコミにガラスハートの俺は涙目である。ああ知ってるよ、自分の字が汚いってことは!
「俺達の国の名前は勇魔連邦。勇魔連邦だ」
大事なことなので二回言いながら直筆の紙をテーブルの上に広げて見せる。反応は様々だが、概ね良好のようだ。
「魔物扱いされるお前らと勇者である俺が互いに手を取り合って作った国、そんな意味を込めてる。連邦ってのは小さな国が寄り集まって一つの国として動く国の形だ。つまりアルケニアの里、鬼人族の里、川の民の居住地、妖精の郷、守人の基地は勇魔連邦に属しながらも一定の自治権を持つわけだ」
「領都では領都の、里では里のしきたりに従うことになるというわけじゃな?」
「そういうことですね! ただ、互いの里に人が行き来することもあるでしょうし、外部の人間が訪れることも今後ありえますから、不文律の類を明文化していく必要があるでしょう。領都の法律に関しては連邦内のすべての人に受け入れられる法律を作る必要がありますから、大変ですね」
クスハの言葉にマールが答える。この法律作りが非常に大変なんだが、俺も参加することが決定している。働きたくないでござる。
「それで、ゲッペルス王国との戦についてはどうするのかね? 先ほども言ったように我ら川の民はタイシ殿に大恩がある。戦えということであれば否とは言わんよ」
「油断はできないが、今日明日にすぐどうこうなるって話じゃないさ。とりあえず、各自で話しあって勇魔連邦のために戦ってくれる有志を集めておいてくれ。勇魔連邦軍を編成しよう。主な任務は領都や各里の防衛、街道警備、外敵の排除とする。装備と衣食住は連邦政府が支給し、給与も与える」
どれくらい集まるかわからんし、少なくとも今回の戦いに投入するつもりはないけどな。軍より防衛隊の方が良かったか? いや、軍の方が強そうだから軍でいいや。
当面は装備の慣熟訓練や魔物狩りによる実力の向上を行うこととし、話し合いの結果三日後に召集をかけることになった。どうやって離れている里から魔境とも言える大樹海を突っ切ってくるのかって? 一日置きに公共交通機関よろしく俺が転移門を繋いで回ってんだよ。面倒だけどそうしないと領都と各里を行き来するだけで命懸けだからな、マジで。
「暫くは軍備の拡張もか……そろそろ手が回らなくなりそうだな」
「仕方ないですよ。あなたの力だけに頼って住民達があなたの庇護を当然と思うようになってしまってはいけませんから」
ティナが苦笑する。
そうなんだよなぁ。俺が何でもかんでも解決しちまったらいつまで経っても俺が全て面倒見てやらなきゃならなくなる。それはいかにも面倒くさいし、こいつらのためにもならないんだよな。