第六十三話~おっさんがパパになりました~
うおおおおおお!(゜ω゜)(力尽きそう
「突然ですが、奴隷を買いたいと思います」
「本当に唐突じゃな。一体何がどうなってそうなったのか説明せい」
クスハが手元に視線を落としたまま呆れたような声を上げる。手元には編みかけの服。
そう、編みかけの服だ。
どういう仕組みなのか見ていても理解できないのだが、アルケニアは織り機も使わずに糸から布を織り上げ――いや、編み上げるのだ。嫁たちから色々とねだられて最近のクスハは少し暇があればこうして服を編んでいる。人間と同じ五指を持つ自分の手と前側の蜘蛛四本を巧みに動かして布を作り、衣服やクッション、寝具を作る様は見ていて実に飽きない。
「うん、単純労働を行なう人手は足りてるけど教育者とか事務方とか色々と足りないじゃん? そういった層を手早く簡単に手に入れようかなと」
「なるほど、理には適っておるの。しかし主殿よ、お主はそういうのが嫌いだからわざわざ獣人を匿っているのではなかったか?」
「それは少し違う。奴隷制度そのものについては思うところはあまりないぞ。俺が気に食わなかったのは獣人というだけで奴隷にされなきゃならないっていう理不尽だけだしな」
「ふむ、何故じゃ? ヒトというものは自分と大きく容姿や文化が異なる相手を排斥するものじゃろ?」
「まぁ、そうだな。俺が元々いた世界でも肌の色の違いや言語の違い、宗教や思想の違い、民族や文化の違い、そういったものを原因として争いは絶えなかった。ヒトの本質として自分とは違うものを排斥するっていう本能というか、性質があるのは確かだろうな」
実際にこの領都クローバーにおいても文化の違いによるいざこざは大なり小なり起こっている。
例えば獣人族は地肌が見えるほどに毛を刈られるのを屈辱と考えるのだが、それを知らずに川の民が獣人族の子供の毛をバッサリと刈ってしまって親が怒鳴り込んだとか、逆に獣人族の子供と一緒に河童の子供が水浴びをして、面倒を見ていた獣人族の大人が善意で河童の子供の皿の水までしっかり拭いて河童の子供が死にかけたとか、できる馬ことヤマトが予備の神銀製の蹄鉄を蹄痛(蹄のある獣人やケンタウロスの間では石畳の上で長く過ごすと起こるらしい)に悩むケンタウロスの女に善意で贈ったらその行為はケンタウロス的には婚約を申し込むのと同義で、危うく電撃結婚する羽目になりかけたとか。
日々そういったいざこざ、或いは面白イベントが起こるので、そういった情報をアンティール族に集めさせて朝昼夕の三回に分けて人の集まる場所で周知している。あいつら個体間の情報共有が早い上に情報の処理能力も高いからこういう仕事にも向いてるんだよな。アンティール族有能過ぎる。そのうち公衆電話代わりに街頭に立ってもらうかな。
「話し合いさえすれば必ずわかりあえる、なんてのは俺も理想論だとは思うが……意志を持ち、言葉を使って対話できる存在というのは、俺は原則的に同等? 同格? 適当な言葉が見つからんが、とりあえず一個の存在としての格は変わらないと思うんだよな。そりゃもちろん種族間や個人間で身体能力やら何やらの差はあるだろうし、経済力の差、社会的立場の差とかは色々あるだろうけど」
クスハは手を止めて俺の言葉をじっと聞いている。頷いて先を促すような仕草をするので、俺はそのまま言葉を続けることにした。
「ただ人間と外見やら何やらが違うってだけで人間以下の存在とするようなのは間違ってると思うんだよ。人間じゃないってだけで安全とは程遠い場所に隠れ住まなきゃならないなんてのは、あんまりだ。幸い、俺には無理を通すだけの力があった。だからまぁ、好きにやってみようと思ったって話でな。今の世の中が俺の考えに沿わないなら、俺の、俺による、俺の思想を実現するための場所を作ろうと思ったって話さ……あー、なんの話だっけか?」
「奴隷を買うって話じゃろう。話を聞いて思ったのじゃがな、やはり人間の奴隷を使った方が良いのではないか? 人間が苦手だろうからと、主殿自身が皆を人間から遠ざけては本末転倒じゃろ。真に主殿の目指す『人と魔』が共に暮らす場所を作るのならば、尚更じゃな」
「そうか……? そうかもな」
「うむ、そうじゃろ。妾だけでなく、他の妻にも相談してみるが良い。フラム殿や、デボラ殿が良いのではないかな」
クスハはそう言って編みかけの布を植物を編んで作った籠の中にしまい、のそのそとその大きな蜘蛛の下肢を動かして俺のそばまで歩いてきた。
そして、無言で俺を梱包し始める。
「おい待て、なぜ梱包する」
「うむ、主殿の大望を語る姿にキュンときてしまってな。少しばかり休憩と洒落込もうではないか」
「わぁ肉食。しかもこの肉食って言葉が地味にシャレにならないのが笑えない」
「心配するな、優しくしてやるでな。しっぽりと楽しもうではないか? 妾も早く主殿とのややこが欲しいのじゃ」
「真正面から子供が欲しいって言われるのなんか凄い恥ずかし――ちょ、その上お姫様抱っことかやめて! 誰かに見られたらお婿にいけなくなっちゃう!」
「ははは、今更じゃろ」
この後滅茶苦茶貪られた。
本当に興奮しすぎた時の噛みグセと人の生き血を舐めて恍惚とするのやめて欲しい。
☆★☆
「おかえりなさいませ、お館様」
「ご無沙汰してます、すみませんね。あ、これお土産です」
「これはこれは……ふむ、酒は見たことのない物ですな。それにこちらはゲッペルス王国産のドライフルーツと香辛料ですか。近頃ゲッペルス王国の香辛料は品薄でしてな、有り難く頂戴致します」
俺からの土産を受け取ったジャック氏は実に嬉しそうな顔でそう言ってから完璧な礼をして見せた。彼の斜め後ろにいるメイベルも嬉しそうな顔だ。彼女はデーツのドライフルーツが嬉しいんだろう。決して俺を踏めるという笑顔ではないはずだ。多分。
後でマッサージはしてもらうけどな。
ここは王都アルフェンの屋敷。俺とマールの最初の拠点だ。
「フラムはどうしてる?」
「今頃はマイスター侯爵邸かと」
「ああ、ゾンタークの所か」
悪人顏の侯爵ことゾンターク=フォン=マイスター侯爵はカレンディル国内で俺が付き合っている数少ない貴族の一人だ。カレンディルの王宮での地位とかは興味がないのでよく知らんが、カレンディル王国内での『俺担当』と言えばあの悪人顏のおっさんである。
無体な事も色々と要求してきたが、その分のリターンもしっかり返している。まぁ良い関係だろう。主要な取引相手であり、友人である。いや、この関係を友人と表現するのが適切かどうかわからんが。
「フラムの様子はどうだった?」
「少々お疲れでおいでのようでしたな」
「まぁ、そうだろうなぁ……」
苦笑いしつつ、今日はフラムを思う存分労ってやろうと心に決める。
ここ二週間ほどフラムはカレンディル王国の首都である王都アルフェンに出張してもらっていたのだ。フラムを正式に娶るための手続きなどでどうしてもフラム自身が王都アルフェンに滞在しなければならなかったのと、それに加えて商業ギルドとの交渉も必要だったからだ。
こちらには超有能執事であるジャック氏と、俺担当で出来る悪人顏のゾンタークがいたので、彼らに補佐をしてもらいつつフラムが一人でそれらの仕事をこなしていた。鬼人族の件やら何やらで俺もあまり顔を出せていなかったんだよな。
「それで、首尾はどうなっているんだ?」
「商業ギルドの方は既に動き始めておりますよ。あの商人、ヒューイでしたか。なかなか目端が利きますな。既にある程度話をまとめていました」
「なるほど。まぁ俺の無茶にはあいつも色々関わってたからな」
ヒューイは既にある程度話をまとめて領都クローバーの最寄りの街であるクロスロードに物資や人員を動かしていたらしい。俺の金で。
おい、ギリギリグレーどころか完全に真っ黒じゃねぇか! 顧客の資金を勝手に運用してるんじゃねぇよ。結果オーライだから良かったものの、これで開通が三年後とかだったらあいつの首が物理的に吹っ飛ぶところだったんじゃないのか。
「お館様がギルドに預けている資金の運用を任せる旨の証文にサインしていたからからですな。額面は金貨1000枚でしたが」
「そういえばそんな書類にサインしたような気がせんでもない」
全然横領とかブラックじゃありませんでした。俺が適当にサインしてただけでした。てへり。
ちなみに金貨一枚は約10万円ほどの価値なので、金貨1000枚で一億円ほどの価値になる。一億円の運用をポンと任せて忘れているとか俺の金銭感覚の崩壊具合がヤバい。
だって実感湧かないんだよね、あんまり使わないからさ。この世界では特に金がかかる武器は自前で作れるし、防具は材料持込でペロンさんに作ってもらうし、薬はマールが作れるし、魔導具の類はもう自分で作れるようになったしね。それにいい女は周りに揃って抱き放題だから、女遊びに使う事もない。プレゼントですら鍛冶スキル取ってからはアクセサリの類は自前で作るし。
服とか食べ物を贈ることはあるけど、大した金額じゃないというか、うちの嫁さん達はあまり物に固執しないんだよなぁ。アクセサリの類を贈ればそりゃ喜んでくれるけどさ。ああいうのはそんな頻繁に贈る物でもないだろうし……いや、もっと贈るべきなのだろうか?
「ジャックさん、先達の意見を聞きたいんだけど俺ってもっと嫁さん達にプレゼントとか贈った方が良いのかな?」
「ふむ……そうですな。これからは先は奥方様達が社交界に顔を出されることもあるでしょう。そうなればドレスやアクセサリは奥方様達の鎧となり、武器となります。質だけでなく、量も必要となるものですから、そういったものを贈られるのがよろしいのではないでしょうか?」
「なるほど。そういうのならゾンタークに伝手を紹介してもらうのが良いか」
「それがよろしいかと」
そうとなればゾンタークの屋敷を訪ねるとするか。
俺はジャック氏とメイベルに今日はこの屋敷に泊まっていく事を告げ、それなりに品の良い服に着替えてから屋敷を出た。あんまり貴族然とした格好は堅苦しくて仕方がないので、一目で上質な生地でできているとわかる騎士服のような出で立ちだ。
これで腰に剣をぶら下げておけば非番の騎士か貴族の青年に見えるだろう。多分。
屋敷を出て、そのまま徒歩でゾンタークの屋敷へと足を向ける。ジャック氏が馬車を呼ぶか聞いてきたが、断った。暫く王都アルフェンを歩いていなかったので、街並みを少し観察しておきたいと思ったのだ。
王都アルフェンにおける俺の屋敷があるのは第三城壁の内側に当たる区画で、『壁内』と呼ばれている。裕福な商人や騎士などの下級貴族、兵士やその家族などが主に住む区画で、かなり広めの区画である。上等な宿や店はこの壁内に多いので、稼いでいる冒険者もこの区画に居ることが多い。
「人の量は減ったように思えるな」
少し歩いてから俺はぽつりと呟く。
前に歩いた時には王都アルフェンに避難してきた近隣の村人達がこの壁内にも溢れかえっていたのだが、今はそれも大分落ち着いているように思える。恐らく大氾濫の余波も収拾がついてきて、村人達が元の場所に戻り始めているからだろうな。
冒険者の姿も目立つ。恐らく各村への物資輸送やその護衛、大氾濫で発生した魔物の残党狩りなどで需要が高いからだろうな。せっかく田舎の村から都会に出てきた序でに冒険者に転向した農民も多いのかもしれないけど。やっぱ次男以下とか女の子は農地も継げないし厳しいらしいからな。
街の作りについても何か収穫があるかと思ったが、普通の街並みであまり参考になるところはなかった。専門家でもないからな、見てもわからんだけかもしれんけど。ただ、やっぱ馬車が余裕を持って行き来するために大通りの広さはやはり十分に取るべきだとは思った。特に交差点は大きく作った方が良さそうだ。馬車は自動車ほどには小回りは利かないように見えるしな。
あと、事故を減らすために車道と歩道を分けた方がいいかもしれん。元の世界と同じように縁石で一段高くすれば良いんじゃねぇかな。
そんなことを考えながら第二城壁を抜けて貴族区に到着する。俺の服装から貴族と思ったのか、それとも俺の顔を知っていたからか特に咎められることもなく普通に門を通過できた。
貴族区では専門の掃除夫が常に道を綺麗に保つように掃除をしているため、いつもゴミひとつ落ちていない。馬車が通るので馬糞などもそこらにポンポン排出されるわけだが、どこからともなく掃除夫が現れて速やかに道を綺麗にしていく。馬糞だけでなく小便の方も浄化の魔道具で速やかに掃除されていく。ちょっと異様だ。
後にジャック氏に聞いてみたところ、数十年前に不衛生であったことが原因で疫病が発生したことがあったらしい。その教訓を生かし、王都に住まう貴族達が金を出し合って掃除夫を雇って貴族区の衛生環境を徹底的に保っているのだとか。貴族区だけ。
しかし衛生的な環境を保つというのは確かに大事だ。領都クローバーには綺麗な水を使った上下水道が整備されているが、そのうちにゴミ収集の必要性なども出てくるだろう。手っ取り早いのは燃やすことだが、それには燃料が必要になる。幸いなことに領都クローバーの周りは木なので燃料にか事欠かないだろうが、それだって無限じゃない。
折角魔法なんてものがあるんだから、魔法をフル活用した廃棄物処理場の建設を視野に入れておいた方がいいな。理想はただ燃やすだけでなく、肥料とかに転用するのが好ましいが……腐敗を促進する魔法とか無いかな。今度調べてみるか。
つらつらとそんな事を考えながら貴族区を歩き、程なくしてゾンタークの屋敷であるマイスター侯爵邸へと辿り着いた。俺の背より高い、美しい石の塀に囲まれた大きな屋敷である。門扉の向こうに見える前庭の芝はそろそろ秋も終盤だというのに青々としており、何かしら特別な手入れをされている事が窺える。
門扉の前には軽鎧と槍で武装した門番が二人、ただ突っ立っているだけで暇だろうに気が緩んだ様子もなく鋭い視線を周りに向けていた。その眼が俺を捉え、彼らは直ぐに手を胸に当てて敬礼をしてきた。
「お疲れさん。うちのフラムが来ているよな?」
「はっ、閣下とお会いになられている筈です」
「通してもらっていいかな?」
「勿論です、タイシ殿。只今案内の者をお呼び致しますので、少々お待ちください」
そう言って門番の彼は襟元についている輝石のブローチのようなものをひと撫でし、案内の者を寄越すように輝石のブローチへと呟いた。あの輝石のブローチは対になっている同じ輝石のブローチ同士で会話をできるという優れものだ。魔力的に遮断されない限りあらゆる物理要因を無視しておよそ半径1キロメートルの範囲で通信できるらしい。
このピート大陸に点在する古代文明の遺跡から発掘される魔法道具の一種で、結構お高い品であるらしい。高くなる理由は貴族がこぞって買い求めるかららしいけどな。まぁ便利だしね。
で、案内役のメイドさんに連れられてゾンタークの書斎に来たんだが。
「なんだこれは、いったいどういう状況だ」
書斎の重厚な机に着いて何やら書類と格闘しているフラムと、その側に立ってまるで教師か何かのようにフラムにアドバイスのような事をしているゾンタークの姿がそこにはあった。
「フラム殿を俺の娘にするためにも色々と面倒な手続きが多くてな。本人の直筆が必要な部分も多いからこうして苦労しているわけだ」
「は? 俺のフラムがなんでお前の娘になるんだよ」
「身分的な釣り合いの問題だよ。フラム嬢は元々士爵――騎士の家の三女だ。対するお前はカレンディル王国では正式に叙爵されてはいないが、公認の勇者だ。勇者は基本的に貴族としての身分に囚われないが、カレンディル王国では慣習的に伯爵待遇になる。ミスクロニア王国では子爵に叙爵されているらしいが、いずれ伯爵になる予定だろう? いくら側室とは言え、身分的に士爵の三女で奴隷というのはな」
ゾンタークは皮肉げに笑って肩を竦める。
「面白くない気持ちは理解できるが、それもこれもお前が頑なにカリュネーラ王女の降嫁を拒んだのが原因だ。カレンディル王国の貴族にしてみれば王族の降嫁を拒んで士爵風情の端女――まぁ待てタイシ、落ち着け! 私が言ったわけじゃないし、私自身はフラム殿の事をそう思ってないから!」
フラムを侮辱する言葉が出た瞬間に出た殺気を察したのかゾンタークが慌てて両手を挙げて降参のポーズを取る。中々反応が素早いな、このおっさん。
平静な悪人顏が崩れて笑える表情を見せてくれたから許してやろう。
「やれやれ……とにかく、そういう事を言う口さがない輩もいるのだよ。そこで私の養女にするという話が出てくる。私の養女となればフラム嬢は侯爵令嬢だ。そして養父となる私はこれでも王の懐刀と呼ばれる立場だし、地位も私の上となると王族か公爵くらい――つまり、私の養女となったフラム嬢を面と向かって侮辱できる者は殆どいなくなる。陰口はそれでも叩かれるかもしれんがな」
「……まぁ、陰口くらいは仕方ないだろうな」
目立つ存在が羨ましがられたり、妬まれたりするのはどこの世界でも同じだろう。いや、貴族社会の方がそういうのはむしろ激しいに違いない。それをいちいち黙らせて回るのなんて不可能だし、意味も薄い。そりゃ陰口も叩けないくらいの恐怖を味あわせるとか手がないわけでもないが、気にしなければ良いだけだしな。
「そういうわけで、フラム嬢には私の養女になってもらうというわけだ。それで……お前はいつになったら式を挙げるんだ?」
「ああ、式ね、結婚式ね……どうすればいいんだろうな?」
俺の言葉にゾンタークだけではなく書類に目を落としていたフラムまでもが怪訝な表情を向けてくる。その視線なんか凄い心に突き刺さるからやめてくださいませんか。
「いや、所属がバラバラだろう? 俺の嫁ってさ。フラムはカレンディル王国だし、マールとティナはミスクロニア王国だ。クスハはそもそも国という概念の外の住人だし、メルキナは大森林のエルフだし、デボラはまぁウチの領民だよな。あと、カレンとシェリーとシータンは幼すぎるだろう。俺としては式を挙げるなら全員と挙げたいし、だがそうなるとどうしたらいいものかわからなくてな。場所にしろ様式にしろどうしたら良いかわからん事が多すぎて困ってる」
「全員と挙げれば良いだろう。ミスクロニア王国で一回、カレンディル王国で一回、お前の領地でもう一回やれば良いではないか。というかだな、フラム嬢のドレスはとっくに仕立ててあるぞ」
「えっ? 何それ初耳なんですけど」
「もう二ヶ月以上前の話だな。お前が領地獲得に動き出した頃にマーリエル王女が仕立ての発注をかけた。お前の商業ギルドの口座から代金も引かれている筈だが」
全然気づいていませんでした。はい。
金の管理は商業ギルドとマールに丸投げしてたからなぁ……ポンコツですみません。
「実はミスクロニア王国でも一着ずつ仕立ててもらっています。クスハさんだけは自前で作るということでしたから別ですが」
書類を書き終わったのか、フラムが書類をまとめながら微笑む。
「すまん……自分のことばっかでいっぱいいっぱいになってたな」
「気にしないでください。全部把握して一人でなんでもやるなんて神様でもないと無理です。そういった所を支えるのが……つ、妻ですから」
そう言って頬を赤くしてこちらを見上げてくるフラムに釣られてこちらもなんだか恥ずかしくなってしまう。なんだよこの子、超可愛いんですけど。
「お熱いのは結構だが、そういうのは二人きりでやってくれ」
フラムとピンクな雰囲気になりかけたらゾンタークの悪人顏でジロリと睨まれた。そういえばゾンタークの奥方や子供を見たことがないが、どういう人なんだろうか。本人に聞いて地雷だったら困るから今度ジャック氏に聞いてみるか。
「ところで、この国での結婚式について教えてくれ。俺はそういう知識がさっぱりなんだ」
「む、そうだな。貴族の場合は神殿か、自分の屋敷で挙式することが多いな。お前の場合は屋敷がこじんまりしているからな、神殿で挙式することになるだろう」
「なるほどなぁ……段取りはどうすればいいんだ? 神殿に直接その旨を伝えに行けばいいのか?」
「神殿関係の段取りはこっちでつけてやる。招待状の作成や送り先の選定はジャックに任せれば良い。実際の式典の運びについてはフラム殿――いや、フラムとマーリエル殿下に神殿の者と打ち合わせてもらうのが良いだろう」
「え、俺のやることは?」
「金だけ出せ」
「俺の結婚式なのに!」
「今までグダグダと引き伸ばしていたお前に何か期待しろというのは土台無理な話だ」
正論過ぎてぐうの音も出ねぇ。
べ、別に面倒くさいと思ってたとかそういうわけじゃないから! 領地がある程度落ち着いて形になってきてからやろうと思ってただけだから! 大樹海もある程度平定が終わって領都の外観も整ってきたし、カレンディル王国向けの街道も開通の目処が立ったから動き始めたんだからね!
という俺の主張はゾンタークはおろかフラムやマールをはじめとした嫁達にさえハイハイと聞き流されて全く一顧だにされないのであった。酷い、半分くらいは本当なのに。半分くらいは面倒くさいと思ってたんだけどさ。