第六十話~都の名前を決めました~
ちょっと長めです。
ケンタウロス達の野営地に戻ると、既にマールが到着していた。
「タイシさん、おかえりなさ――」
俺の顔を見るなりマールが抱きついてきた。俺の胸に顔を埋め、顔をぐしぐしと擦り付けてくる。おい、俺は良いけどお前メイクとか大丈夫か。
そんなことを考えながらマールを眺めていると、急に顔を上げて俺の頬を両手でぐにぐにと動かし始めた。なんなんですかね、この一連の行動は。
「そんな顔するくらいなら、全部見られちゃってもいいじゃないですか。あまり無理をしないでください、タイシさん」
「ん……ああ、わかった。すまん」
自分ではあまり気にしていないつもりだったのだが、顔が強張っていたらしい。やっぱりまだ慣れ切ってはいないか。仕方ないな。
「タイシさん」
「ん?」
「相談、してくださいね。私も、フラムさんも、ティナもクスハさんも、デボラさんも、カレンちゃんもシェリーちゃんもシータンも……ついでにメルキナさんもタイシさんを支えてあげたいって思ってますから」
「メルキナはついでか」
「あの人は支えるというよりは際限なくタイシさんを甘やかしそうですから。油断なりません」
そう言ってマールはクスリと笑った。
ああ、なんかこう、一気に気が抜けた感じがするな。うん、帰ったら色々と嫁達に相談しよう。ちょっと色々溜め込み過ぎている気がしないでもない。俺自身の事とか実はあまり打ち明けていない気がする。まずはマールに、それから皆に洗いざらい話そう。
さて、折角稼いだ時間を浪費しても仕方がない。とっととケンタウロス達を移動させるとしよう。名残惜しいがマールから身を離し、連れ立って慌ただしく移動準備をするケンタウロス達へと近づく。
「準備はどうだ」
「はっ、ほぼ完了しております」
「では女子供と老人、傷病者を優先して移動を開始する。荷はまとめてあるか?」
「滞りなく。後は家畜が第二陣、殿が戦士達という流れがよろしいかと」
「そうしよう。マール、第一陣に随行してくれ。とりあえず北東部の空き地に出す」
「わかりました」
「よし、じゃあ転移門を出すぞ」
メニューを呼び出し、マップから位置を指定して転移門を発生させる。メニュー経由での転移門発動は魔力を集中したりする必要が無く、魔力が自動的に吸い出されて発動する。半ば強制的に魔力が吸い出される感覚はいまいち慣れないが、便利ではある。何しろ普通の発動と違って集中していなくても転移門を発生させ続けられるからな。
発生した転移門を潜り、転移先を確認する。潜ってすぐに領主館の側面が見え、右を向けば工事中の運河などが見える。うん、問題ないな。
「開通確認完了だ。マール、先導してくれ」
「わかりました。では、ケンタウロスのみなさーん! 移動しますよー!」
ぱんぱん、とマールが手を叩いて傾注を促し、ケンタウロス達をまとめて移動を開始する。転移門は馬車の移動も想定した大きさであるため、大柄なケンタウロス達でも数人並んで潜るだけの大きさがある。まずはマールが転移門を潜り、その後をケンタウロスの女子供がおっかなびっくりといった感じでついていく。中には転移門に入るのを怖がる者もいたが、周りのケンタウロス達に励まされてなんとか移動していった。
俺はケンタウロス達が移動している間にまとめて置いてある荷物やら敷物のようなものやらを回収していく。中にはガンディルで購入したと思しき真新しい布や新鮮そうな食料などもあった。恐らく先日渡した資金で買い足したものだろう。
女子供達の移動が終わったので、次は家畜達の移動だ。
家畜達の移動にはかなり骨が折れた。いや、物理的な意味でも本当に。
馬なんかは割と従順だったのだが、問題は牛と羊である。牛も羊も転移門を怖がって近づこうとしないし、追い込んでもなかなか入ってくれない。仕方ないのでロープで結んで引っ張って行ったり、抱き抱えて移動させたりする羽目になった。その騒ぎの間に家畜の牛が足を骨折したりなんだりと大変だったのだ。牛は痛みで暴れるしさ。
ケンタウロスの戦士達も動員してなんとか家畜達を移動させ、最後に健康な男女や戦士達が転移門へと駆け込んだ。全員が転移したのを確認してから気配察知を使い、ゲッペルス王国軍の位置を探る。どうやら進軍を停止しているようだ。斥候らしきものの気配もない。ガンディルの門からはこの野営地は死角だし、城壁の上からこちらを監視する警備兵も今はいないようだ。
まぁ、移動に時間がかかったから全く見られていないという事はないだろうが、それなりに距離はあるから詳細を把握している事はないだろう。多分。
確認を終えた俺も転移門へと身を踊らせた。
☆★☆
「一気に人口が増えましたね」
「なんというか、すまん」
「いえ、タイシ様が謝ることではありません。街として、都として人口が増えるのは歓迎すべきことですから」
そう言ってマールと同じ鳶色の髪の美少女――ティナーヴァ=ブラン=ミスクロニアは笑顔を見せた。その視線の先にはとりあえずの住居として幕舎を建てているケンタウロス達と、木製の仮住居ができたので使わなくなった幕舎を倉庫から引っ張り出してきた獣人達の姿があった。
獣人達の使っていた幕舎はケンタウロス達が使うには少々小さいようだが、子供や小柄な女性が使うのにちょうど良いらしい。あまり心配はしていなかったが、和気藹々とした雰囲気で作業は進んでいるようである。
そうしてティナと一緒にケンタウロス達を眺めていると、二足歩行の馬がこちらに駆けてきた。出来る馬こと馬獣人のヤマトである。上半身がヒト、下半身が馬のケンタウロスとは違い、馬獣人のヤマトは顔が馬で立派な鬣のような髪の毛、2m近い筋骨隆々の人間と似た体躯を持つ。デカくてゴツくて見るからに脳筋っぽく見えるヤマトであるが、こう見えて文官肌であったりする。いや、この体躯から繰り出される鈍器の一撃とか蹴りとか相当強いらしいけど。文武両道の出来る馬なのだ。
「タイシ様、幕舎の数は足りそうです。食料や衣料に関しては当面の間は持参したもので賄うということです。ただ、領都の備蓄も余裕がある状態なので、もし彼らの蓄えが無くなっても暫くの間は問題無いでしょう。彼らの働き口はどうされるので?」
「ケンタウロスなだけに馬力もあるし機動力も高い。当面の間は東西に伸ばしていっている街道の工事現場に資材や食事を運んでもらったり、畑仕事を手伝ってもらったりするのがいいんじゃないか。城壁周りの資材運搬とかな。あと、戦士には工事現場の行き帰りの護衛をしてもらうのも良いかもしれん。こちらからも家畜の世話の手伝いや、住居の建設に関して人手を出してやってくれ。あと、水場の利用や領都のルールに関して案内する人員を派遣してくれ。なんだったらクスハ辺りに頼んでもいい。何かあったらすぐに連絡すること。ただ、彼らは疲れているからな……働きたいというなら止めなくても良いが、数日は休ませてやれ」
「はっ、わかりました!」
俺の言葉をメモに取り終えたヤマトが蹄の音を響かせながら駆けていく。手は指が五本あるけど、足は蹄なんだよな。以前住んでいた獣人の村では基本的に土の地面だったから問題がなかったらしいが、この領都では石畳を敷いているところが増えてきているので蹄は色々と辛いらしい。特にヤマトはあちこち走り回ることが多いからな。
そういうわけで悩めるヤマトに先日試しに神銀で蹄鉄を作ってやったのだが、大層具合が良いらしい。滅茶苦茶感謝され、忠誠心も鰻上りである。因みに羊娘のカレンも足が蹄なのだが、彼女は普通に靴を履くことにしたらしい。獣人も一定数住んでいるミスクロニア王国には様々な獣人達の足に合わせた靴が作られており、必要に駆られたこともあって輸入した。カレンの靴はその時にオーダーメイドで作ってもらったものだ。
輸入した獣人用の靴は決して安いものではないのだが、パルミアーノ雑貨店の売れ筋商品だったりする。
「よし、ティナ。すまんがマール達を集めてくれ。全員だ」
「はい、わかりました。一体何をするんです?」
「家族会議だ」
俺の返答にティナが小首を傾げた。
☆★☆
「はい、というわけで第一回、ミツバ家家族会議をはじめまーす」
「わー」
カレンが俺の膝の上で歓声を上げる。めっちゃ棒読みだけど。左右では狐娘のシェリーと犬娘のシータンがタンバリンを叩いて場を盛り上げてくれていた。一緒になって盛り上がっているのがマールとメルキナ。ティナとフラム、クスハとデボラは笑顔が引きつっていたり白けた様子だったり様々な表情である。
「茶番は良い。態々全員集めてどうしたんじゃ?」
優雅にティーカップを傾けながらクスハがそう言う。下半身がデカい彼女が生活しやすいように、この領主館は色々と大きな作りのものを厳選して移築した。扉然り、廊下然り、お手洗いや浴場然り。そんなわけで、家族会議を開いているこの居間もかなり大きくて広い部屋である。
クスハが座っているのはその一角、彼女自身が自分の糸を紡いで作った大小様々なクッションが置かれた場所だ。クッションに使われているクスハの糸やその糸で作られた布はスベスベで凄く手触りが良い。俺だけでなく嫁達も既にクスハ糸の虜である。
「うん、まぁ色々とぶっちゃけようと思ってな。俺の出自とか、俺が今考えてる事とか相談に乗ってもらいたい」
「ふむ……? まぁ、主殿の出自には確かに興味があるの」
そう言ってクスハが嫁達の顔を見回すと、皆がそれぞれに同意を示した。持ち前の姉御肌な部分がそうさせるのか、それとも話し方に貫禄があるからか、それとも単純に年の功か、クスハは嫁達のまとめ役という立場を確立しつつあるな。
「よし、じゃあどこから話し始めるかね……」
そして俺は語り始めた。この世界に来た経緯、神を自称する声だけの存在、元の世界の俺のこと、レベルとスキルシステム、マールとの出会い、カレンディル王国との確執とフラムとの出会い、例の声によって大氾濫の発生を予知したこと、スキルシステムを使って鍛冶を極め、強力な武器を作ったこと、大氾濫をどう跳ね返したか、その後で獣人達と接触した経緯、その後から今に至る諸々を全て、包み隠さずに全て話した。
「と、こういうわけでな。マールには少し伝えている部分もあったが、基本的に洗いざらい全部話したのはこれが初めてだ」
俺の告白を聞き終え、最初に口を開いたのはティナだった。
「スキルを自由に取得できるというのは、本当にですか?」
「本当だ。クスハ、俺の事を鑑定眼で見れば俺のスキル構成はわかるよな」
「ん……うむ、わかるぞ」
「なら、見ててくれ」
そう言ってから俺はスキル操作画面を呼び出し、操作を始める。
【スキルポイント】189ポイント(スキルリセット可能)
【名前】タイシ=ミツバ 【レベル】73
【HP】932 【MP】4967
【STR】1880 【VIT】1915 【AGI】1778
【DEX】519 【POW】1034
【技能】剣術5 格闘5 長柄武器5 投擲5 射撃1 魔闘術3
火魔法5 水魔法5 風魔法5 地魔法5 光魔法5 純粋魔法5 回復魔法5
始原魔法2 結界魔法5 空間魔法5 生活魔法 身体強化5 魔力強化5
魔力回復5 交渉2 調理1 騎乗5 鍛冶5 魔導具作成5 気配察知5
危険察知5 隠形5 鑑定眼 魔力眼 毒耐性3
さて、何を上げるかな、
そうだなぁ、これからあると便利かもしれないし農業でも取ってみるか? いや、そういうのは適材適所な人材に任せるべきか。じゃあ精神魔法とか闇魔法とか取ってみるか? なんかバレたら捕まりそうで怖いんだよな、この辺。まぁ貴族で領主にもなった俺を誰が捕まえるんだって話だが。
うーん、生活系のスキル取るのも微妙だしなぁ。いっそ前から気になってはいたが手を出すまいと誓っていた絶倫とか性技とかのスキルでも取るか? それはそれでどうなんだろうか。
うーん……そうだ、彫金を取ろう。魔導具作成するにも武器とかに魔法刻印を彫るのにも役立ちそうだ。
「よし、彫金を取るぞ」
【スキルポイント】174ポイント(スキルリセット可能)
【名前】タイシ=ミツバ 【レベル】73
【HP】932 【MP】4967
【STR】1880 【VIT】1915 【AGI】1778
【DEX】519 【POW】1034
【技能】剣術5 格闘5 長柄武器5 投擲5 射撃1 魔闘術3
火魔法5 水魔法5 風魔法5 地魔法5 光魔法5 純粋魔法5 回復魔法5
始原魔法2 結界魔法5 空間魔法5 生活魔法 身体強化5 魔力強化5
魔力回復5 交渉2 農業5 調理1 騎乗5 鍛冶5 彫金5 魔導具作成5
気配察知5 危険察知5 隠形5 鑑定眼 魔力眼 毒耐性3
クスハが俺を二度見した。目元を擦ってからもう一度俺を見つめてくる。眉間に皺がよってますよ、クスハさんや。
「一瞬で彫金の技能が……しかもみるみるうちに最上級まで熟練しおったぞ」
「おう、スキル操作で一気に取った。魔導具作成とかに役立ちそうだったし」
「なんという出鱈目な……つまり主殿は何十年、下手をすれば何百年とかけて到達するあらゆる武術や技術、魔法の真髄を好きな時に得る事ができるということか?」
「制限はあるけどな。魔闘術とか始原魔法とかスキルシステムで取れないスキルもあるし、スキルを取得するにはポイントが必要だ。ポイントは魔物とかを倒してレベルアップすることによって取得できる。つまり、それなりに戦って経験を積まなきゃいけない。それに、スキルを取っても即刻使いこなせるわけでもない。スキルを取っても十全に使うには習熟する必要がある」
「れべるあっぷというのはなんですか?」
「ああ、この世界で言うところの階梯を上げるってやつだ。俺は階梯が上がるたびにスキルポイントという技能を取得するための通貨みたいなものを手に入れられるんだよ」
小首を傾げるシータンにそう説明するが、今一つ理解できないようだ。
「獣人の村には測定器がないから知らないはず。私は昔見たことがあるから知ってる」
そう言うカレンの言葉にシェリーもコクコクと頷いている。彼女達が過去にどこで測定器を見たのか知らないが、話しぶりからするとあの獣人の村に暮らし始める前のことなんだろうな。
幼い身の上で壮絶な体験をしていそうだし、思い出させてもなんだからあまり深く聞かないでいたのだが……今度聞いてみるべきだろうか? あまり過去のことを穿り返すのは趣味じゃないんだが。
とりあえず測定器については今度一つ取り寄せてみるか。一個バラして仕組みがわかれば効率いいのを作れるだろうし。
「私はタイシのいた元の世界のっていうのが気になるわね。どんな世界だったの?」
メルキナが尖った耳をピクピクと動かしながら元の世界の話をねだってくる。
ふむ、どう話したものかな。俺は少し考え、言葉を選びながら元の世界の話を始める。
「魔物がいないけど、魔法もない。人間しかいない世界だよ。俺の住んでいた国は小さな島国で、でも世界有数の豊かな国だった。殆どの人が飢えることなく、安全に暮らせる国だったな。元いた世界は魔法が無い代わりに科学――錬金術みたいなものが発展した世界だった。何十人もの人を乗せて空を飛ぶ乗り物があったし、馬の全力疾走よりずっと早い速度で長距離を走り抜けることができる乗り物もあった。手のひらサイズの道具で遠く離れた相手とも瞬時に言葉を交わせたし、世界中の出来事を知ることができた」
「なんだか凄い世界ね。想像もつかないわ」
「話だけだとそうだろうなぁ……まぁ、俺の住んでいた国ではもう何十年も戦争がなかったけど、世界的に見れば争いは絶えなかったよ。資源や宗教的な問題を発端とする紛争が起こっている地域は少なくなかった。そういった地域だとこっちと変わらないか――より酷い場所だってあっただろうな」
そう言って俺は肩を竦める。
世界中の情報を指先一つで取得できるネットの海に少しだけ深く潜るだけで悲惨な画像、映像、情報なんてものはいくらでも目にすることができる。俺の住んでいた国にだって暗く深い闇なんてのはいくらでもあっただろう。わざわざ覗こうとしなければ目に触れないだけでな。
法の支配が十全に及んでいた平和な国でさえそうなんだから、法の支配の及ばない紛争地帯や観光客などが訪れないような地域ではどんなことが起こっていたことか。想像もできないようなことが起こっていただろうな、きっと。
それはこの世界でもそうだ。いつぞやの行方不明になってもらった変態貴族の地下室では胸糞の悪いものを大量に見せられた。助けられる分は助けたが、どうにもならないものはどうにもならなかった。ああ、今思い出しても胸糞が悪くなってくる。忘れよう。
「それにしても皆あんまり驚いたり疑ったりしないんだな」
俺の言葉に嫁達は互いに顔を見合わせ、それから次々に口を開いた。
「そうですね、異世界から訪れる異邦人や勇者の話は昔からありますから」
「特にミスクロニア王国にはそういう話が多いですしね!」
「カレンディル王国にも似たような話は伝わっていますね」
「私はタイシ以外には知らないけど、里の長老達が実際に会ったことがあるって言ってたわ」
「まぁ、あんたが色々とデタラメなのは今更だしね」
「タイシはタイシ。変わらない」
「えっと、難しくてよくわかりませんけど寂しかったら私が慰めます」
嫁達は皆口々にそんなことを言う。シェリーだけは何も言わず、俺の腕をぎゅっと握って心配げな表情を浮かべていた。俺のことを心配してくれているのだろうか? もふもふの狐耳がある頭を撫でてやると少し表情が和らいだ。
「とりあえず今の所、元の世界に帰るつもりは全くない。例の声は元の世界に帰る方法を探すも良し、みたいなことを言っていたから帰る方法が無いわけではないんじゃないかとは思ってるが、探すつもりもない」
俺の宣言に対する嫁達の反応は様々だ。マールはニコニコと笑顔だし、クスハやメルキナ、カレンにフラムは特にこれといってリアクションがない。ティナとデボラはこちらを気遣うような表情を浮かべ、シータンとシェリーは何も言わず俺に寄り添ってくれる。
「それにしても例の声、ですか。神と名乗っているとのことですが……」
場の空気がしんみりとしそうになったところでマールが笑顔を一転させ、神妙な面持ちをする。
「実際に大氾濫の時期を他の預言者達と同じ時期にタイシさんに伝えているわけですし、神の一柱であることは間違いないでしょうね」
「神様ねぇ……エルフはあまり信心深くはないのよね。祖霊と精霊と森に畏敬の念や感謝は捧げるけど」
クスハやデボラ、獣人三人娘もメルキナと同じくあまり信心深いわけではないらしい。一般常識として有名どころの神様の名前は知ってはいるらしいけど。
俺もこの世界に来て少しは勉強をしたので、有名どころの神様の名前はわかる。
まず神といえば筆頭に上がるのが秩序と裁きの神ヴォールト。人に法と裁きの概念を与えた神で、賞罰システムを司っている神であるらしい。ある意味でヒトと一番近しい神である。
ありとあらゆる鳥を眷属として人々の行動を見守っているとされ、天空を支配する天空神としての権能を持つ。雷を武器とし、大罪人には彼自らが天空より雷を落として成敗するという。様々な神話や逸話を読んだ俺の印象は綺麗なゼウス神といったところか。
次に生命と豊穣を司る地母神ガイナ。ヴォールトの妻であり、他の様々な神を生み出した母神であるとされる。生命と豊穣を司るということで農民や妊婦などにとても人気がある神様であるらしい。しかし怒り狂うと疫病を流行らせたり飢饉を起こしたりするらしく、また冥府も彼女の領分であるとされ、苛烈な冥府の女王としての側面も持つとか。怖い。
死と闇の神ヘイゲルは彼女の子とも弟とも言われており、彼女の下で冥府の住人の管理をしているらしい。死と闇の神と言っても邪悪な性質というわけではなく、寧ろ闇の中での安息を齎す温和な神であるとか。そして彼はアンデッド絶対許さないマンであり、死霊術師絶対殺すマンでもある。
哀しみ彷徨うアンデッドには安息を、怒りのまま悪意と害を振りまくアンデッドには裁きを、死者を弄ぶ死霊術師には苦痛と絶望と破滅を、というタカ派がいるという話である。あれか、エェェイイメン! とか言いながら刃物を振り回す不死身の神父とかいるんだろうか。
実際にヘイゲルに会った人の話では割とぽんぽんそこらで人やら何やら死ぬせいで年中仕事に追われているくたびれたおっさんだったとか。しかも割と適当な性格だったらしいけどね。
他にもふらっと人間界に現れて酒盛りをするらしい酒神メロネルとか、水と流転の神クローネとか、風幸神ゼフィールとか色々いる。つかキリがないレベルで沢山いるらしい。
「教会というか神殿勢力とのコネがねぇな、そういや」
「私とティナは王女ですから、別にないわけではないですよ。敬虔な信徒ではないですけど」
「ミスクロニア王国の各神殿にその神様について調べてもらうのも良いかもしれませんね」
「今の所帰る気は無いからそこまでせんでもいいさ。でも、後々のことを考えれば今のうちに接触しておいて、領都に神殿や礼拝堂を建てるのを検討してもいいかもな」
俺自身は必要とは思わないが、これから色々な人が入ってくればそういった場所も必要になるだろう。
「それとな、ちょっと悩んでいる事があるんだが」
「何ですか?」
「いやな、俺ってぶっちゃけ強いじゃん。今まであんまり苦戦らしい苦戦もしたことないんだ。でもこれから先もそうとは限らないから強い武器を作ろうかと思うんだが、どう思う?」
「強い武器って……あの接合剣よりもですか?」
「うん」
俺の言葉にその場の全員が引き攣ったような笑みを浮かべた。
うん、その反応はわからなくもない。そりゃ魔力込めて振り回すだけで環境破壊を引き起こす剣があるのに、それよりも更にヤバげなものを作るって言ってるんだからな。
でも接合剣は切れ味は鋭いけど刀身の一部がクリスタル素材だから、普通にオリハルコンとかよく鍛えた黒鋼とか不壊武器とかと打ち合うと脆いんだよね。
「ご主人様は何と戦うつもりですか……」
「いるかどうかわからないけど今の手持ちの武器じゃ倒せないような凄くヤバい存在?」
「上には上がいるからの。それに備えるのは悪いことではないと思うが……それのどこが悩みなんじゃ?」
「いや、過剰な力を持って増長しちゃわないか不安でな」
「……今更では?」
「まぁ、私達から見たら今更だねぇ。今までもその規格外の力を乗りこなしてきたんだろう? なら少しばかり強力な武器を持っても変わらないと思うけどね」
フラムが首を傾げ、デボラがそれに同意して肩を竦める。
そうは言うがな、大佐。過剰な力を持つと自己顕示欲とか支配欲とか性欲とか色々と持て余すかもしれないだろ。いや、ここは逆に考えればいいのか。持て余しちゃってもいいやと考えるんだ。ヒャッハー! 汚物は消毒だー! みたいな。
いや、駄目だろう。自由に振る舞うのと自分勝手に振る舞うのは似ているようで全く別物だ。
「取り敢えず作るだけ作ってみては? あまりにもまずいモノができたら封印とか廃棄処分する方向で」
「大樹海は魔物も強いですから。色々と活用できるのではないでしょうか」
「うーん……そうするか。悪いが俺が変に増長したりしたら注意してくれよ」
☆★☆
そんなわけでケンタウロス達を迎え入れ、我が領都の発展は急ピッチで進んだ。
元々肉体的に強靭であった獣人達は勤勉に働いて着々と周囲を固める城壁を作り上げ、馬力と速力に優れるケンタウロス達は農地開拓や東西に伸張中の街道整備に大きく貢献した。
アルケニア達は優れた機織りの技術を存分に発揮し、川の民達は運河の整備を精力的に進め、アンティール族は上下水道の整備だけでなく、あらゆる土木作業に強力な力を発揮した。
妖精族はあちこちで遊んりいたずらしたりして暮らしていた。いや、工事現場とかで危ないことがあったりすると助けてくれたり、喧嘩を仲裁してくれたり、住人にリラックス効果を与えてくれたりとあれで凄く役に立ってるらしいんだけどさ、話を聞くと。少なくとも俺の目には遊んでたりいたずらしてたり食っちゃ寝してたりって姿しか見せないんだよ、あいつら。
俺に気を遣ってくれていたりするんだろうか? でもマール謹製のボディソープの中身をハッカ油に変えていたのは許さない、絶対にだ。風呂の中でのたうちまわる羽目になったわ。浄化で落としたら治ったけど。
ケンタウロス達を領都に招いてからはや一週間。生活習慣の違いなどで少々のトラブルは起こったものの、特に大きな問題に発展することなく概ね順調に領都は回っている。
そもそも領都の建築物はケンタウロスでも問題なく利用できるように色々と大きめに作られているからだ。獣人の村にも少数ながらケンタウロスがいたし、同じように下半身のでかいアルケニアもいるからな。
広大な平原で暮らしてきたケンタウロスからすると大樹海の中にあるこの領都は窮屈に感じるかもしれないが、そこ新天地ということで慣れてもらうしかない。そもそもここにいる住人の殆ど全員が新天地での生活なわけですから。
そうそう、この一週間でこの領都の名前も決まった。いつまでも領都とか呼ぶのも味気ないという意見が上がってきたからだ。三日三晩悩むこともなく、領都の名前は『クローバー』とした。
俺の名前にある程度由来したものにするべきだという意見を汲み、かつ直接的でない形で、ということで採用した。紋章も作らなきゃならないということなので、四葉のクローバーをモチーフとしてデザインを発注してある。
このエリアルドにも似たような草はあった。名前は全然違うけど。しかし不思議なもので、四葉のものは縁起が良いというのは共通していたりする。不思議な符号だ。まぁ動植物に似ているものが多いのはわかっていたので、そんなもんかと軽く流した。
ちなみにこちらでのクローバーの呼び名は加護草、或いはガイナグラス。痩せて小麦が育たない土地に生い茂らせると次の年には小麦が育つようになるからそう呼ばれているそうだ。細かいことは覚えていないが、確か根粒菌による窒素固定がどうのこうのとかそういう理屈じゃなかったかな、それは。まぁ神の加護でも間違いはないんだろうけど。
「プロトタイプって言葉、男の子だよな」
俺はそう言いながら作業台の上に出来上がった白銀の光沢を放つ物体を眺める。
この一週間、俺は雑務をこなしながら新型武器の開発に精を出していた。
やはり武器を作るからにはロマンと実益を兼ねるべきであろうという考えから、俺は接近戦と遠距離戦のどちらもこなせる武器の開発をすることに決めた。
つまり銃と近接武器の融合である。
元の世界でも黎明期にはピストルと剣が合わさった武器などが開発されたようだが、すぐに廃れた。最終的には長銃に着剣する銃剣が一番長生きしたが、それも自動火器の発達で廃れた。
いや、とある国のイカれた奴らが自動火器が発達した元の世界でも銃剣突撃かましてたという事例があったけど。しかも成功したっていうね。
まぁいい、そこは置いておこう。
俺がこの世界で注目したのは魔法だ。いや、正確には魔法の武器だ。
この世界のあちこちに点在する古代遺跡では魔剣などと呼ばれる魔法の武器が稀に見つかるらしい。いや、俺も作れるけどね、魔剣。
で、魔剣の中には魔力を込めて振ると光の刃が飛んで行ったりするモノがあるらしいじゃありませんか。いや、サンプルがあれば作ろうと思えば作れるだろうけどね、多分。
べっ、別に負け惜しみじゃないんだからね!
まぁ気持ち悪い脳内独白はこのくらいにしておいて、俺はここで閃いたわけですよ。魔法武器を突き詰めればビームサーベルとかビームライフル的な武器を作れるんじゃないかとね。しかもそれらを融合した新世代の魔剣を作れるんじゃないか、とね。
剣部分は実体剣でも良いとして、まずはビームライフル的な部分を作り出そうとしたわけです。その試作一号機が目の前の銀色の物体です。はい。
「タイシさん、何作ったんですか?」
「新型武器につける機能の一つを取り出して作った試作武器だな。言うなれば魔導砲といったところだ」
絶妙なタイミングで現れたマールに作業台の上の試作武器を見せる。
見た目は銀色の大きな筒である。全長は1メートルちょっとくらいで、垂直に立てても小柄なマールよりも頭一つ分くらい全長は短い。肩に担いで保持するように設計されており、筒の先端を攻撃対象に向けやすいように取っ手が付いている。
そう、見た目的にはバズーカに似ていると言えばイメージしやすいだろうか。
砲身に神銀を使い、その内側には魔法文字によって後部の魔導機関で発生させた魔力を加速・収束させる術式が刻まれている。また、後部の魔導機関には樹海に出没する魔物から獲得した魔核を加工して作った魔晶石が装填されており、その魔晶石から得られる魔力を高精錬クリスタルによって構築された魔法回路で増幅して高密度の魔力を生成する。それを砲身に刻んだ魔法文字で加速・収束して発射するというわけだ。
純粋魔法の『魔砲』を武器として落とし込んだ試作武器だが、後々はこの機構をダウンサイジングして魔剣や魔槍に搭載するつもりである。いくらダウンサイジングしても武器自体の重量増加は免れないだろうが、この世界ではレベルが上がれば筋力も上がるので問題無いだろう。むしろ重さがそのまま破壊力に直結するから問題ない……はずだ。
次はこの試作機を元に放出する魔力に属性を付与する計画である。
「見た目より軽いですね?」
「そりゃ安全第一で神銀をメイン素材にしてるからな」
「それはなんというか……鈍器としても使えそうですね」
「その発想は無かった」
目から鱗とはこのことだ。次回作は鈍器としても使えるように考慮するとしよう。そういやパワーアーマーを装備した改造人間が異星人と激闘を繰り広げる某ゲームでもロケットランチャーで異星人殴ってぶっ飛ばせたな。VR空間でロボットが戦うゲームでも俺が愛用していた機体はバズーカで敵機を殴ってた。どうしてその発想が出来なかったんだ、俺は。
「タイシさん、これどうやって使うんですか?」
「ん? ああ、そうやって肩に担いでだな。そう、んで右手はそこ、左手は前にある取っ手を掴んで構える。右手の人差し指がかかるところに引き金があるだろ? 後は安全装置を解除してその引き金を引けば筒の先からドヒューンと魔法が発射されていくわけだ」
「ちょっと大きいですけど、魔法式のクロスボウ――いや、バリスタみたいですね」
マールが言っているバリスタというのはコーヒーを上手に淹れる人では無く、攻城戦に使ったりする大型の弩砲のことだ。この世界ではワイバーンなどの翼竜やサイクロプスやオーガなどの巨人系の敵に使ったりもするらしい。馬車に積める小型のものから城壁に設置する大型のものまで色々ある。
「携行型魔導砲、マジックランチャー、マジックバリスタ……まぁその辺で名前を考えておくかね」
「そうですね。あとで試し撃ちさせてください」
「いや、多分大丈夫だと思うけどいきなり爆発とかするかもしれないから安全確認してからな」
あちこちに砲口を向けてドヤ顔をしているマールから試作武器を取り上げてストレージにしまっておく。マールがぶーぶーと可愛い子豚ちゃんになったので適当に頭を撫でて宥めていると新たな来訪者が現れた。
「何をイチャついておるんじゃ……」
「クスハさんも一緒に甘えましょう! さぁ!」
「さぁ! ではないわ。主殿、そろそろ鬼人族の里に顔を出したほうが良いのではないか? ケイジェイが心配になったのか妾の所に相談に来たぞ」
「おお、すっかり忘れてたわ。めんどくせぇ」
「気持ちはわかるが放置もできまいて……」
クスハが苦笑いしながらじゃれついてくるマールをあしらう。この二人、結構仲が良いんだよな。出会った当初は割とマールが突っかかっていく感じだったんだが、色々とやりあったりしているうちにすっかり打ち解けたらしい。
マールはこの前のお泊まりデート以降なんだか肩の力が抜けたようで、自然な笑顔が増えた気がする。というか程よくサボるようになったようだ。今度は逆にティナがビキビキ来ているので連れ出してやらにゃならん。
「ほら、主殿もしゃんとせい。これ、嬢! 妾の腹はクッションではないと言っておろうが! 叩くな! 顔を埋めるでない!」
マールがクスハの蜘蛛ボディの腹部に抱きついてモフモフしている。
そう、クスハの蜘蛛ボディの腹部分は硬いかと思いきやあれ実は結構柔らかいのだ。毛のほうはちょっと固めだが、刺さるほどでもない。毛並みが良いので撫でると気持ち良いのだ。因みに逆撫でするとチクチクする上に本人はかなりくすぐったいらしくクスハが怒る。
「あっ……んっ、嬢、そろそろ怒るぞ?」
「クスハさんは人間のお腹部分と蜘蛛のお腹部分のどっちで食べ物を消化するんでしょうか」
「知らんがな」
クスハの蜘蛛ボディに跨ったマールが後ろからクスハに抱きついて人間ボディのお腹をさすっている。マールさん、そろそろクスハの額に青筋が浮かんできているのでそれ以上いけない。
「いい加減にせんかぁっ!」
「きゃー!?」
一喝と共にクスハの体から魔力が溢れ出し、その圧力で背中に跨っていたマールが弾き飛ばされた。目にも留まらぬ早技――俺にはしっかり見えてるけど――で糸がマールに絡みつき、壁に激突する前にクスハの眼前へと引き戻される。げべっ、とか聞いてはいけないマールの声が聞こえた気がするけど聞かなかったことにしておこう。
俺? 俺はこの程度の魔力圧で動じることはないけど俺の研究室兼工房は酷い有様だ。室内で台風が吹き荒れたが如き様相である。
「ちぃとこの前主殿と旅行に行ってから浮かれておるな、嬢。説教じゃ」
「タイシさーん、たーすーけーてー」
「オタッシャデー」
クスハに簀巻きにされて引きずられていくマールを見送り、部屋の中の惨状を見なかったことにしてとりあえず散らかったモノをストレージに全部放り込んでおく。一個一個手で片付けるより一回ストレージに収納して再配置したほうが楽なんだよね。後でデボラかシータンかシェリーに手伝ってもらおう。カレンとかメルキナはダメだ、寧ろ散らかす。フラムは不幸体質のせいか思いがけない事故を起こすのでこういう片付けに向かない。
「しゃーない、行くか……」
鬼人族の里に行くならまずは川の民のとこに行ってイケメントカゲことケージェイを拾わないとな。他には誰を連れて行くかね。
謎のぽんぽんぺいんから糖尿ヤバいコンボが発動してほぼイキかけました_(:3」∠)_
お腹の調子悪いし新型のアレの発売が近くて忙しいし薬のせいで頻尿になるしなんかいけないところが痒くなるし踏んだり蹴ったりだよ!
イカも少しやりました。面白いけど疲れますねアレ。