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第五十九話~慌しく撤退することになりました~

ひと段落したので、またサクサクと更新して行きたいです。

こうしんしていきたいです_(:3」∠)_(ぐったり


8/9微修正。

 身支度を整えて宿を出た俺とマールはまず最初に約束通りケンタウロス達の元を訪れた。

 歓迎はされたものの昨日の今日で新たな問題が起こっている事もなく、移動準備が順調に進んでいる事を確認するだけに留まっている。怪我人や病人も昨日のうちに粗方処置を終わらせていたからな。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件ですかな?」


 目の前でニカっと笑う豚――商業ギルド長の顎肉がぶるんと揺れる。

 ケンタウロスの野営地で特にやることもなかったため、俺とマールは昨日に引き続き出来る豚ことガンディル商業ギルド長と面会することにした。街の人に聞いてみても、比較的新しい交易都市であるこの街にはこれといって観光名所が無かったのである。

 いや、正確にはマールと二人で楽しめる観光名所が無かったのである。

 ここは交易都市。特に観光を振興しているわけでもないので、そちら方面にカネをかけていないのがまず一つ。周囲に良い狩場が無いので冒険者なども隊商の護衛でも受けていなければあまり寄り付かないのももう一つ。

 そして隊商と言えば過酷な旅をする必要があり、自然とその構成人員の性別は偏る。つまり基本的に男が多い。そして男達が求める憩いの場と言えば相場は決まっている。酒と女である。

 そういうわけで、この街にはそこそこ規模の大きい花街があるわけである。綺麗なお姉さんとお酒を飲んだり、キャッキャウフフしたり、にゃんにゃんしたりできるアレな感じのスポットだ。

 当然ながら、リア充の俺には縁が無い。えも言われぬ魅力を感じるが、縁は無いのである。

 ……ああ、一人だったら是非一度行ってみたいよ。男の子だからね、それは認めよう。だけど俺の嫁さん達は妙に勘が良かったり五感が鋭かったりするので縁は無い。無いのだ。


「いや何、市場があんな調子だろう? 見るところがあまり無くてな。ちょっと世間話でもと思ってな」

「ふむ、世間話ですかな……?」


 豚――ではなく商業ギルド長が怪訝な表情を作る。

 まぁそうだろう。街の商人の頂点に位置する人物をアポ無しで捕まえて世間話とか何事だって話だ。


「いやな、荷はあってもゲッペルス王国やミスクロニア王国においそれと運べない。カレンディル王国内で処分しようにも運賃を考えると国内で捌いても殆ど儲けが出ない――下手すると赤字。かといって荷を眠らせておくとなると食い物とかは商品価値が無くなるものが出てくるし、このままじゃ商品を抱えたまま干上がる商人が続出……そんな状況なんじゃないかと思ってな」

「ふむ、なかなか豊かな想像力ですな?」


 商業ギルド長の鼻の穴が広がってピクピクしている。カネの匂いを嗅ぎつけたな、豚ちゃんめ。いや、ちゃん付けするほどかわいい見た目じゃないけど。


「資材、建材、工具に食料、塩、衣料その他諸々……今後も良いお付き合いができるように、お互いが納得できる価格で引き取ろう。予算はとりあえず――」


 どん、と高級そうなテーブルの上に金貨の詰まった箱が出現する。中に詰まっている金貨の枚数は五千枚、その重さは箱を入れておよそ80kg。金貨の詰まった箱の重みで重厚な木製のテーブルがミシリと軋んだ音を立てる。


「――カレンディル王国の正金貨五千枚だ」

「タイシさん、キメ顔のところすみませんけど邪魔臭いので引っ込めてもらえますか」

「あっはい、すみません」


 マールさんに冷静に指摘されて金貨の詰まった箱を引っ込める。なんというか今の一撃で俺の心がベコンって凹んだ気がする。でも泣かないぞ、男の子だからな。くぅっ!


「見ての通り、資金はそれなりに潤沢です。私達についての情報はどこまで?」

「はぁ、そうですなぁ……亜人を集めてどこかに村を作っているらしいという風の噂は聞いておりますな。両国からあの呪われた大樹海を領地として認めさせたということもあり、大樹海にその街があるのでは、ともっぱらの噂ですが……こちらは眉唾ものと思っておりました」


 ちょっといじけた雰囲気を出しつつ、マールと商業ギルド長の会話に聞き耳を立てる。ふーん、こいつには正式に名乗ってないけど、俺達が何者かは正確に把握しているみたいだな。流石にこの街の商人達を一手に牛耳っている男か。豚だけど。


「概ねあってます。それで、物資や資材は幾らあっても困らない状況なんですね。お得に手に入れられるなら尚良いです」

「確かに未開地の開拓となれば幾ら資材や物資があっても困ることはありませんな」

「はい。買える時に買っておいて、備蓄しておければ色々と安心というわけですね。ちなみに、タイシさんのことはどこまで?」

「勇者殿のことについて、となると漠然としすぎてなんともですが……曰く、一人で数千数万の魔物を魔法で消しとばした。ドラゴンを一撃で撃墜した。他には……そう、魔法を使って軍団を遠くの地に移動させたという話もありましたな。なるほど」

「おわかりいただけたようで何よりですね! では、お互いに利益を得ましょう」


 今のやり取りはきっとあれだ。他の所に買いに行くのは容易いんだから足元見るんじゃねぇぞオラ、という話だな。多分。

 実際問題、このガンディルで物資を大量に購入しなければならないという必然性は無いわけだ。困ってるなら買うよ。安くしてくれるならね? って話だからな。別に差し当たって物資に窮してるわけじゃないし。

 マールが商業ギルド長と話し合って話を詰めていく。俺は蚊帳の外である。

 べ、べつに悔しくないし退屈だったりもしないんだからね! 適材適所って素晴らしい言葉があるじゃないですか。こういう交渉ごとはマールに任せるのが一番なんです。俺がやると物理的なのとか金銭的な感じの力こそパワーな交渉になるし。

 え? 元の世界の社会人としてそれはどうなんだって?

 この世界でペコペコ頭下げて下手に出て謙虚な態度で相手を立てて――なんて交渉は有効じゃないとは言わないけど、俺の立場的にそれはマズいんだよね。俺は勇者で、ミスクロニア王国では爵位ももらってる貴族なわけで。いくら相手が街一つを牛耳っている商業ギルドの長だとは言っても、そう簡単に頭を下げるわけにはいかんわけだ。

 え? 前からパワー外交が多いって?

 仕方ないだろ。舐められたら終わりな状況での交渉ばっかりだったんだから。権威も立場もないんだから、力か金かしか俺には交渉カードが無いんだよ。

 ソフトな交渉はマールやティナに任せてハードな交渉は俺がやるのが効率がいいのさ。

 暇だし久々にステータスチェックでもするかな。


 【スキルポイント】204ポイント(スキルリセット可能)

 【名前】タイシ=ミツバ  【レベル】73

 【HP】932 【MP】4967

 【STR】1880 【VIT】1915 【AGI】1778

 【DEX】519  【POW】1034

 【技能】剣術5 格闘5 長柄武器5 投擲5 射撃1 魔闘術3

     火魔法5 水魔法5 風魔法5 地魔法5 光魔法5 純粋魔法5 回復魔法5

     始原魔法2 結界魔法5 空間魔法5 生活魔法 身体強化5 魔力強化5 魔力回復5

     交渉2 調理1 騎乗5 鍛冶5 魔導具作成5 気配察知5 危険察知5 鑑定眼

     魔力眼 毒耐性3


 このぶっ飛んだステータスと有り余るスキルポイントを見よ。いや、実際持て余し気味ではあるんだよね。

 そりゃ強くなるなら各種魔法や魔眼をガンガン取って、武器スキルもガンガン取って、生産スキルもガンガン取って俺は新世界の神になる! みたいにできるんだろうけども、現状ではそこまでの必要性を感じない。いざとなったら転移で逃げればいいしな。

 転移ができない、スキルポイント操作もできない状況に追い込まれて、尚且つ俺が手も足も出ないような相手にでも遭遇しないとどうにもならないだろうな。こう言うとフラグが立ちそうな気がするが、さて。

 結局の所、魔法は取っても慣熟訓練して使いこなせるようにならないと意味がない。そうなると即戦力になるのは基礎能力を強化する常時発動型のスキルなんだが……それっぽいのがあんまり無いんだよなぁ。

 各種武器習熟なんかはそれといえばそれなんだが、習熟した武器を振るうときにしか効果が無いしな。そうなるとやはり強力な武器を作るべきだろうか?

 魔導具作成と鍛冶レベルが最大になった今、その二つを組み合わせれば恐らく――いや、確実に凄まじい武器を作ることができるだろう。一振りで山を割り、天を引き裂くほどの魔剣を創れるに違い無い。

 だが、そんなものを作ってどうするというのか? それは個人で携行できる核兵器みたいなものだ。そんなものを手にして俺は冷静でいられるか? 手に入れた力は振るいたくなるものだ。

 今でさえ、俺は力に酔っている自覚がある。自分の持つ絶大な力を背景に、手の届くもの全てを掬い上げようとしている。今回はマールにほだされてケンタウロスを助けたが『結局の所どうにかなるだろう』というある種の驕りがあった事は間違いない。

 そんな俺が『これならどんな奴でも一撃だ』みたいな武器を創り出し、持ってしまったら?

 どんな敵が相手でも勝てるだろうと思えるだけの力を手に入れてしまったら?

 俺は致命的なミスを起こしてしまうんじゃないだろうか。過信と慢心の末に何かとんでもないことを仕出かしてしまうんじゃないだろうか。それが恐ろしくてたまらない。

 俺がスキルポイントを余しているのもそんな考えが原因だ。

 俺は怖いんだ。身に余る力を手にして、それを御し切る自信がないから。自分がいい加減な駄目男だっていうのを知っているからな。


「タイシさん?」

「ん? ああ、すまん。ちょっと考え事をしていた」


 考え込んでいる間にマール達の話し合いが終わっていたらしい。結果をよく聞いていなかったが、マールのことだから強かに交渉したことだろう。

 その場を辞して街中をブラブラ歩くことにする。商品の引渡しと支払いは明日の朝ということになった。今晩のうちにガンディル内の各商会の在庫を商業ギルドの倉庫に集積しておいてくれるらしい。支払いは金貨単位。端数は出しませんとのこと。

 俺とマールは商業ギルドを後にして昨日も訪れた市場まで戻ってきた。また屋台で色々とつまみつつ、掘り出し物を探したり留守番をしている皆へのお土産を見繕ったりしようという考えだ。

 本日の屋台飯は薄焼パンとトマト風味の豆スープ、それにドネルケバブのような焼き肉である。パンは焼き立てで温かく、表面はパリッとしていて中はしっとり。ドネルケバブと一緒に食うもよし、スープに浸して食うも良しだ。

 マールはトマトソースとチーズたっぷりの薄焼ピザのようなものと、俺と同じくトマト風味の豆スープにしたようだ。それぞれの料理を持って屋台の近くに設置されている粗末な木製のテーブルで料理をいただく。


「私はこういう食事のほうが好きですね」

「ホテルの豪華な料理も美味いんだけどな」


 お互いの料理を食べさせあいっことかしながらサクサクと食事を済ませる。マールの頼んでた薄焼ピザ美味かったな。サッパリとしつつも強烈なトマトの味にチーズの濃厚な旨みが完全にマッチしてた。やっぱトマトとチーズの組み合わせは鉄板だな。今度デボラにああいうの作ってもらおう。レシピ本とか売ってねぇかな?

 食後にナツメヤシっぽい果実のジュースを飲んでからマールと連れ立って市場の散策を開始する。たまに歩いている色っぽい格好をしているお姉さんは花街の娼婦だろうか? こんな状態じゃ彼女達も商売上がったりだろうな、とか考えていたらマールに勘違いされて脇腹を抓られた。違います、見惚れてたわけじゃないんです! 許してください!

 そんな感じで市場の露店やメインストリート近くの商店をはしごして回る。収穫は途中で見つけた書店で色々と書物を買えたことだろうか? 少しばかり古いものもあったが、子供向けの絵本や文字の読み書きの練習に使う本、この辺りの料理のレシピ本などが見つかった。

 マールはマールで知らない薬品のレシピが書いてある錬金術の本を手に入れたらしい。

 その後は特にハプニングもなく、翌日の朝を迎えた。

 いや、マールさんのサービスは凄く良かったですがね。久々に踊り子風の衣装とか着てくれちゃったりしてそりゃもうサービス満点でしたよ。どうも昼間に俺の視線が色っぽいお姉さんに向かったのを気にして対抗してくれたらしい。

 事が起こったのは商業ギルドの倉庫で品物の目録を確認しているその時だった。

 俄に倉庫の出入り口が騒がしくなる。何事かと思ってマールを背中に庇う、すぐに騒ぎの発生源が俺達の前に現れた。


「王よ、一大事だ! ゲッペルス王国の軍がこの街に向かってきている! およそ一刻で到着するぞ!」


 息せき切って倉庫に突入してきたのは女ケンタウロスだった。あれだ、俺に鋼の肉体を讃えられて満更でもなかった感じの漢女ケンタウロスさん。いや、美人だけどさ。

 彼女の後ろではチャラタウロスが商業ギルドの職員や護衛相手に愛想笑いを浮かべながらしきりに頭を下げている。


「ここの物資を回収したらすぐに行く。必要最低限の荷物だけ持って即刻移動する準備を整えろ。荷物は俺が回収していくから、ひとまとめにしておけ。家畜の移動も行うから、迅速にだ」

「御意、行くぞ!」

「ええっ!? おいちょっ――あはは、いやマジでサーセンっした」


 怒涛の勢いで走り去っていくケンタウロス二頭。いや、二人か? どう数えるべきなんだろうな、これは。


「タイシさん、後は私が。お金だけ置いていってください」

「わかった。物資は回収させてもらうが、構わんな?」

「はい、問題ありませんぞ」


 金貨の詰まった箱を出し、この場をマールに任せて物資の回収を始める。余った金貨はマールが自分の収納バッグに回収してきてくれるだろう。梱包された物資や資材を十分足らずで回収し、ゲッペルス王国側の門まで転移魔法で一気に飛ぶ。

 さっさと門を出てケンタウロス達の野営している場所まで向かうと、ケンタウロス達の野営地は蜂の巣を突いたかのような大騒ぎ――かと思ったら思った以上に落ち着いていた。


「落ち着いているな」

「はっ……我々ケンタウロスは遊牧の民。突然の出立などには普段から慣れておりますからな」


 ペネロペは落ち着いた様子でケンタウロス達にテキパキと指示を出していた。遠くを見ると完全武装した戦士達が警戒に当たっているのが見える。


「荷物は俺が運ぶから、一箇所に集めておけ。それと人員と家畜の移動準備を半刻で終わらせろ。戦士達もその時間までに全員呼び寄せて集合だ」

「はっ。伝令!」

 ペネロペがケンタウロスの戦士に俺の指示を伝え、テキパキと伝令を飛ばしていく。

「ゲッペルス王国の兵はどっちの方角から来てるんだ? なぜ接近に気付いた?」

「東北東ですな。我々の足で一刻ほどの位置に斥候を何組か放っていたのですが、そのうちの一組が昼に王が去ったあとに報告してきましてな。その時点で撤収準備を開始しつつ、続いて斥候を放って情報を確定しました。兵数は輜重も含めておよそ千八百程です」


 ペネロペの指示を受けたケンタウロスの戦士達が駆けまわっているのを眺めながら情報を吟味する。なんというか、思った以上にケンタウロス達というかペネロペが有能でビックリだ。予めちゃんと斥候を放ってあったのにも驚きだし、撤退準備を行いながらしっかりと情報の確定まで行っているのだから恐れ入る。

 差し当たって対策はどうしたものか。

 領地の発展は順調だが、まだゲッペルス王国と正面切って対立するのは避けたい状況ではある。ケンタウロス達を保護するという時点で既に対立することは決定的と言えるけど。

 俺が保護したという情報もガンディルで聞き込みをすればすぐに割れるだろうし、情報の拡散は不可避だ。俺の正体について知っている人間はそう多くないだろうが、人の口に戸は立てられないしな。

 ゲッペルス王国軍の到達は一刻――およそ二時間と想定されるが、向こうも情報を確認するために斥候を放ってくるだろう。そろそろ斥候がこちらを捕捉していてもおかしくない頃合いである。

 さて、どうするか。

 俺が出れば一人残らず殲滅するのも容易いことだろうが……一人残らず消えて無くなれば謎の集団失踪になるだけだし、一応選択肢には入るな。何か言われても大氾濫の最中だしなんかやばい魔物が出てきてやられたんじゃね? ってシラを切ってもいい。

 後はケンタウロスから投げ槍を借りて行って、遠距離からの投擲による狙撃で輜重隊や指揮官を狙撃するという手もある。部隊は大混乱して、まともに機能しなくなるだろう。

 他には……斥候を見つけ出して全員始末するってのも手だな。放った斥候が一人も帰ってこないとなれば、指揮官はそのまま進軍していいものかどうか大いに悩むことになるだろう。戦場で目も耳も塞がれるようなものだ。

 考えをまとめよう。

 まず、こちらの絶対に達成しなければならない目標はケンタウロス達を安全に撤退させることだ。これは転移門を使えばすぐに達成できるから、あまり問題にならない。

 第二目標は俺とマールの情報がゲッペルス王国側に知られないようにする事だが、これは嫌が応にもガンディルの街から多少漏れるだろう。だが、転移門を使ってケンタウロスを移動させている場面を目撃されるのは避けたい。そうなると……でかい土壁を作って転移門で移動させてもバレるよなぁ。

 全てのケンタウロスとその荷物が忽然と跡形もなく土壁の中から消えてたら転移系の魔法か何かを使ったのは一目瞭然だ。

 そうなるとやはり仕方ないか。やるしかあるまい。

 俺は手早くメニュー画面を開き、スキル取得画面を操作し始める。


「ゲッペルス王国軍の斥候を潰してくる。準備を進めておけ」

「はっ、ご武運を」


 ペネロペの言葉に背を向け、今しがた取得したばかりの『隠形』スキルを使って気配と姿を消し、全力で走り始めた。すげぇ、この速度で走っても地面が弾けたりしないぞ。

 この隠形スキルはレベル毎に機能が大幅に強化されていくタイプのスキルのようで、レベル1では自分の立てる音や気配を察知されにくくなる程度だが、レベル2で無音行動が可能になり、レベル3では臭いも遮断。レベル4では魔力や熱なども遮断し、レベル5では姿すら消える。

 某蛇も真っ青な光学迷彩をセルフで発動できるのだが、レベル3以降では発動時に魔力を消費するようになるので使い勝手が悪くなるようだ。俺の場合、自然回復する魔力の方が多いから何の問題にもならないけど。

 因みに同レベルの気配察知を無効化する能力もあるらしい。危険察知は無効化できないし、姿が見えなくなるだけなので、物理的なトラップには普通にかかる。魔法の障壁や結界の類も無効化できない。魔力や熱源探知型の罠は発動しなくなる。

 優秀だが、過信して良いものではないな。

 そんな感じでスキルの説明に目を通しながら、斥候を探し出すためにゲッペルス王国軍がいるであろう方向に意識を向けて気配察知を向ける。イメージ的にはパラボラアンテナをそっちに向けるような感じで指向性を意識して察知を強化する感じだ。

 そうすると、ずっと奥の方に大量に固まった気配を察知した。これが恐らく本隊だろう。その手前に四つの気配が固まった反応が二つほど引っかかった。恐らくこれは騎兵の斥候だな。四つ固まってるのは馬と騎手が二人一組ってことだろう。

 二つの斥候部隊の距離は遠からず近からず。恐らく手前側にいるのが敵を調べるための部隊で、奥側にいるのが前衛の斥候部隊を監視するための部隊だろう。前衛斥候が襲撃されたら後衛斥候が速攻で逃げて斥候が襲われたということを本隊に伝えるための編成だろう。

 とりあえず俺は前衛斥候部隊を無視し、後衛の斥候部隊を始末することにした。

 草原を駆け抜け、岩場を跳んで一気に後衛斥候部隊の背後に回り込む。


「今のところは問題ないようだな」

「ああ、だが奴らは足も早いし弓も上手い。敵の斥候らしきものも居たから、気を引き締めてかかるぞ」


 馬上で望遠鏡らしきものを前衛斥候部隊の方向に向けながら二人の騎兵が話し合っていた。このまま殺してしまうのがスマートだとは思うが、さて……この世界には謎の賞罰システムがあるんだよな。別に賞罰がついたって構わないっちゃ構わないのだが、できればそんなのついて欲しくはないよね。なんというかこう、心情的にね?

 いやいや、今になってビビってるわけじゃないですよ。ブチ切れてない素面の状態で殺意を持って人間を手にかけるのは初めてですけどね。いや、本当のところビビってるんですけどね。はい。


『へいへーい、ピッチャービビってるー』


 久々に出たな邪神。今忙しいから黙ってろ。


『いやいや、今更何をくだらないことでびびってんの。プークスクス』


 いや、くだらないことってお前な。人殺しなんてのはお前、普通に考えて人として最大級の禁忌だろ。どこがくだらんのだ。


『家畜や野生動物や魔物を殺すことに罪はなく、人間を殺すことは罪だと? その理屈で言えば、君が贔屓にしている亜人や獣人や理性を持った魔物を殺しても罪にならないね?』


 それは……。


『何かを殺すことそのものに罪などありはしないよ。少なくともこの世界においては、私が保証しようじゃあないか。結局のところ、生き物というのは他の生き物を殺さないと生きてはいけないのさ。生存競争というやつだね』


 なら賞罰システムってのは一体何なんだよ。


『さてね? 気になるなら作った神格(ほんにん)に直接聞くと良いんじゃないかな。或いはその信者にでも、ね。ところで、ゆっくりと考え事をしている暇があるのかい?』


 ハッとして斥候の騎兵を見ると、どうやら出発をするところのようだった。クソ、今は余計なことを考えている暇は無いか。俺のため、領民達のため、ケンタウロス達のためにこいつらには死んでもらう。

 俺は出発しようとしている騎兵の前に回り込み、隠形を解除して姿を現した。突然目の前に現れた俺に驚いたのか、二人に騎兵は一瞬硬直する。


「すまんが、死んでもらう」


 神銀自在剣を抜きながら俺が発した言葉に騎兵達は一瞬呆気に取られたようだったが、その後の行動は迅速だった。一人が腰の剣を抜刀しようとし、もう一人は馬首を返して逃げ出そうとする。

 が、全ては遅きに失していた。俺と二騎の騎兵との距離は5メートルにも満たない距離なのだ。完全に俺の間合いだ。逃がしなどしない。

 跳びながらの一閃で剣を抜こうとした騎兵の腕ごとその上半身を両断し、馬首を返し終わる前にその馬の首ごと逃げようとした騎兵を同じく両断する。

 どちゃり、と湿った音が響き、返り血が俺の右半身を汚す。遅れて騎手を殺された生き残りの軍馬が驚き、棹立ちになってその背に乗っていた一人目の騎兵の下半身を振り落とした。再びどちゃり、と湿った音が響く。

 一刀の下に馬ごと斬り捨てられた死体などを放置しては下手人がケンタウロスでないことがモロバレなので、手早く死体をストレージに回収する。

 そして生き残りの軍馬をどうするか逡巡する。

 軍馬というのは高価なものだ。だが、軍に所属する馬であれば恐らく体のどこかに識別するための焼印などが押されているだろう。盗んだ軍馬を領都に持ち帰ったとして、それが外部の人間の目に触れてはまずいのではないだろうか?

 メリットとリスクを考えた結果、俺は逃げ出そうとする軍馬も一刀の下に絶命させた。

 確かに軍馬は高価なものだが、逆に言えば同じような品質の馬は金を積めば買える。金貨数十枚から数百枚のためにリスクを抱え込むべきではないだろう。

 絶命させた軍馬をストレージに回収し、周辺の血糊を含めて自分自身を浄化する。


『思い切ると鮮やかじゃないか』


 うるせぇ、黙れ。


『今晩は嫁に慰めてもらうんですね、わかります』


 お前いつか絶対にぶん殴る。

 しかし魔物相手に命を奪う事に慣れたからか、思ったよりは心にこないな。俺もこの世界に適応してきたってことか。残りの前衛斥候も同様にあっさりと始末し、ケンタウロス達の元へと戻る。

 時間はこれで稼げるはずだ。さっさと領都に帰るとしよう。

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[気になる点] 「邪魔くさい」は「邪魔」ではないのだ、ないのだよ……
[一言] 記憶を失わせる魔法とかあったらよかったけど、あったとしても検証しないままぶっつけ本番で使えないわな。 あとは気絶させたあと空間魔法で連れ去って、落ち着くまで捕虜にするとか出来れば良かった…の…
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