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第五十七話~決闘を始めることにしました~

「勝負は伝統に則り、トーガにて行う!」


 ペネロペの宣言にケンタウロス達がどよめいた。

 トーガってなんじゃらほい。マールに視線を向けてみるが、マールも首を横に振る。マールも知らないらしい。


「タイシ殿達はケンタウロスの伝統を知らぬだろうから説明しよう。トーガとはケンタウロスに伝わる伝統的な決闘方法だ。大きく分けて五つの種目があり、両者の同意によってそのうちから三つを選んで対決する」

「ほう、面白そうだ。どんな種目があるんだ?」

「一つは走り比べ。同時に走り始め、折り返し地点にある旗を取って開始位置まで戻ってくる速さを競う。二つ目は力比べ。お互いの身体に結わえた綱を引っ張り合い、相手の足の裏以外の場所を地面に触れさせるか、相手を一定以上の距離引っ張った方の勝ちとなる。三つ目は射ち比べ。より遠くの的を正確に射止めた方の勝ちとなる。四つ目は家畜の扱いの勝負だ。柵の中により早く、より多くの家畜を集めた方が勝ちとなる。最後は武を競い合う勝負だ。自分の得意な武器で戦い、相手の武器を使えなくするか、降参させるか、戦えなくさせた方の勝ちだ。この中から三つを選んで決闘を行う。いずれの競技においても魔法は扱わない。これがトーガだ」


 勝負内容を聞いた俺は暫し考える。恐らくだが、どの勝負でも勝てるだろう。家畜の扱いだけは自信がないが、確か生産系のスキルに調教スキルがあったはずだから、あれのレベルを上げてしまえばなんとかなるはずだ。次点で心配なのは射撃だが、俺の場合は投擲で参加することを認めさせれば問題ない。まぁいざとなったら射撃スキルを取れば大丈夫だろう。他の三つに関しては何の心配もいらないな。


「競技は三つ選べると言ったよな? 二つ要望がある。俺は家畜の扱いなんてまともにやったことがないから、出来れば除外して欲しい。どうしてもというなら受けて立つけどな。もう一つ、俺は弓は殆ど扱わない。ただ、投擲は得意だ。射撃の勝負をする場合、投擲による参加を認めて欲しい」


 俺の要望にペネロペは頷き、ケンタウロス達に向かって声を張り上げた。


「タイシ殿は我々ケンタウロスとは違う。普段家畜を扱わぬ人間の勇者だ。その生業は剣を振るい、魔法を扱い、魔物を討つことにあり、家畜を扱うことではない。我々ケンタウロスとしても魔法の勝負はできない。我々のトーガが魔法を廃しているのに対し、タイシ殿が家畜の扱いを勝負に含めないというのは公平だと私は思う。是か非か!」

『『『『『是!』』』』』


 ペネロペの問いにケンタウロス達が満場一致で是を唱えた。おお、流石にこれだけの数のケンタウロスが一斉に声を出すと腹にドンとくるな。俺もテンション上がってきた。


「射ち比べは元より弓で行うものと投げ槍や投げ矢、投石で行うものがある。タイシ殿も投擲武器の扱いが得意というのであれば是非もない。三つの競技のうちの一つに入れようと思うが」

「問題ない。他の二つについてもそちらで決めてもらって構わない。家畜の扱いだけは勘弁だけどな。あと、こっちは一人だがそっちは複数人でも構わないぞ。例えば走るのが早いやつや射撃の上手いやつ、力の強いやつも甲乙つけ難いのもいるだろ? さっきも言ったが、俺一人対ここにいるケンタウロス全員の喧嘩だ。容赦はいらん」

「随分な自信だ。少々我らを見くびりすぎではないかな?」

「さて、どうかな。自分の実力に自信があるのは確かだ。そちらが良ければ家畜の扱い以外の四競技全てで競っても俺は構わんよ?」


 ペネロペとお互いに笑みを交わし合う。既にペネロペの笑みはただのにこやかなそれではなく、俺を食い殺さんばかりの獰猛な笑みだ。俺もきっと同じような笑みを浮かべていることだろう。


「ではそのようにしよう。後で吠え面かくことにならなければ良いが」

「その言葉、そのまま返してやる。完膚なきまでに叩きのめしてやるから覚悟しておくと良い」


 俺の言葉にニヤリと笑いながらペネロペは興奮した様子のケンタウロス達へと向かって行く。恐らくメンバーの選抜をするんだろう。それを見送ってから横を見ると、マールがなんか凄いニコニコして俺を見ていた。


「どうした?」

「いえ、タイシさんが生き生きしてるなー、と」

「なんだそりゃ。まぁ楽しいけど」


 なんとなく恥ずかしくなったのでマールのほっぺを指先で突ついてやる。きゃー、とか言いながらも嬉しそうに突つかれているマールが可愛くて仕方がない。なんだかよくわからないが、楽しんでくれているようで何よりだ。

 まぁ、 見るもの見尽くしたら食事以外は取った部屋で爛れた時間を過ごすくらいしか娯楽が無さそうだから、丁度良かったかもしれない。


「あ、そうだ。ちょっと冒険者ギルドで済ませたい用事を思い出したので、行ってきますね。一時間もかからないと思いますから」

「む、一人で大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。昨日見た限りガンディルはそこそこ治安が良いみたいですし。それにいざとなったらマントの裏にある私の切り札が唸ります」

「気をつけろよ……あまり遅かったら勝負を放り出してでも探しに行くからな」

「はい。じゃあ、ちょっと行ってきますね」


 マールがにっこりと笑い、自然な動作で俺の頰にキスをしていく。むむ、俺の懐まで踏み込んでくるとは腕を上げたな……別に不意のことで恥ずかしくなんてなんてないぞ。なってないったらなってない。


 ☆★☆


 程なくして人員の選抜が終わったらしく、若くて精悍なケンタウロスから少しばかり歳を召したケンタウロスまで。まさに老若男女のケンタウロス達が集められた。

 俺は、というと体の節々を伸ばすストレッチをしてその様子を眺めている。ストレッチというか、うろ覚えのラジオ体操だけど。そうしているとポクポクと蹄の音を鳴らしながらペネロペが近づいてきた。


「タイシ殿、こちらの人員の選抜は終わったが……何をしておられるのかな?」

「体の節々を伸ばしたり解したりする準備運動だ。怪しげな踊りに見えるだろ」

「はぁ、まぁそうですな」


 とりとめのない会話をしていると、マールがガンディルの方から走ってくるのが見えた。まだ三十分くらいしか経ってないけど、もう用事は終わったのかね。


「間に合いました!」

「おうおかえり。用事は済んだのか?」

「はい、済みましたよ!」


 そう言って笑みを浮かべるマールの顔は赤い。今の会話に恥ずかしがるような要素はどう考えても見当たらないよな? よほど全力で走ってきたんだろう。


「では、始めるということでよろしいか?」

「おう。どういう順番でやるんだ?」

「走り比べ、射ち比べ、力比べ、武威比べの順番ですな。走り比べと射ち比べは明るいうちにやった方がよろしい。力比べと武威比べは明かりがあればできますからな」


 ペネロペの言葉になるほどと納得する。もう二時間もせずに陽が落ちる頃合いだ。闇の中走るのは危ないし、あまり暗くなると遠くの的が見えなくなる。

 何人かのケンタウロス達が的となるのであろう藁束のようなものを持って駆けて行った。もう射ち比べの準備を始めたらしい。


「よっしゃ、んじゃ始めようか」

「そうしましょう」

「タイシさん、頑張ってください!」


 マールの声援に手を振って応え、出走者らしきケンタウロス達が並んでいる場所へと案内される。どのケンタウロスも無駄の無い引き締まった馬体で、いかにも走ったら早そうな奴ばかりだ。男だけではなく、女のケンタウロスもいる。ふむ、どのケンタウロスも最近栄養状態が悪かったせいかやつれ気味だが、目には生気が溢れているな。

 出走者達を眺めていると、そのうちの一人――女のケンタウロスと目が合う。


「何?」

「いや、みんな見事な身体してるなぁと思って見てただけだ。柔軟性と強靭さを兼ね備えてるように見える。まるでよく鍛えられた鋼みたいだな」

「むっ……そんなに褒めても負けてはやらないわよ」


 そう言って軽く睨んでくるが、微妙に顔が赤い。鍛えられた鋼のような肉体って表現はケンタウロス的に女性にも通じる褒め言葉なのか……カルチャーショックだぜ。

 しかし恥ずかしげに顔を赤くした女性に睨まれるのってなんかこう、ゾクゾクするね?


「はっはっは、心配するな。余裕でぶっちぎってやるから」

「おお? そりゃ聞き捨てならないな!」


 同じく出走者らしい若い男のケンタウロスが声をかけてくる。

 なんだこいつは……他のケンタウロスとそんなに違った格好をしていないのに、どこか雰囲気がチャラいぞ。すげぇ、チャラ男だ。この世界にもチャラ男はいたんだ。


「その短くて太い二本足で俺たちに勝てるかな? 言っておくが俺は早いぜー。なんたって俺には風幸神の加護があるからなっ!」

「特に加護とか無いけど俺だって負けんぞ。勝負だな」


 チャラタウロスが親指をビシッと立ててきたので俺も同じように返して笑いあう。なんというか親しみやすいなこのチャラタウロス。他の出走者のケンタウロス達とも軽く挨拶を交わす。どいつもこいつも気の良い奴らのようだ。俺から喧嘩を吹っかけたのに、悪く思っている奴はあまりいないらしい。


「そりゃそうっしょ。アンタは俺達が弱ってるままトーガを挑むこともできた。でもアンタはそうしないで俺達に施しをして、力を取り戻させた上で正々堂々挑んできたんだ。それに感謝する奴はいても悪く思う奴なんていやしないよ」


 チャラタウロスの言葉に出走するケンタウロス達も同意するように頷く。その時、遠くで甲高い笛の音のような音が聞こえた。ケンタウロス達が一斉に音の鳴った方向に視線を向ける。


「用意ができたようね」


 女ケンタウロスがそう言ってスタート地点に足を向ける。俺もそれに倣ってスタート地点に並んだ。俺の左右に走者となるケンタウロス達が並ぶ。どのケンタウロスもサラブレッドのような見事な馬体を持つ立派なケンタウロス達だ。元の世界の常識で考えれば、人間がサラブレッドと競争をして勝てる道理はない。それこそ逆立ちをしても。

 だが、この世界の道理ではどうか?


「位置についたな……? ではこの鏑矢が発射されたと同時に走り出すように。ここからでも僅かに見えると思うが、真っ直ぐ走った先に旗が用意されている。その旗を持って最初に帰ってきた者がこの走り比べの勝者だ。では、用意……」


 ペネロペが説明を終え、短弓に矢を番える。鏃が特殊な形状をしていて、射ると笛のような音が鳴る鏑矢だ。キリキリと弓を引き絞る音に俺を含めた出走者達がスタートに向けて緊張を高める。

 俺は左足を前に出したスタンディングスタートの体勢だ。ケンタウロス達は顎を引き、上身体を僅かに反らしている。スタートと同時に上半身を前に振って勢いをつけるんだろうな、あれは。

 ピイィッ! と甲高い音が鳴った瞬間、俺達は一気に走り始めた。

 ドドッドドッと重量感のある走行音が左右から聞こえ、しかも顔に目掛けて左右のケンタウロスが巻き上げる土がかかってくる。

 ぶほっ、ちょ、お前ら汚いぞコラ。

 まぁあいつらの頭は俺よりずっと高いところにあるし、普通であれば気にもならないんだろう。悪気は無いと見た。魔法が使えるならウィンドシールドでも張るところなのだが、魔法禁止なのでそうもいかない。


「うおりゃああぁぁぁっ!」


 仕方ないので走るペースを上げてケンタウロス集団から抜け出ることにした。ペースを上げて前に出る俺を見て左右のケンタウロスがギョッとした顔をする。短時間でもケンタウロス的に並走すること自体が信じられなかったのに、まさか抜いて突出していくとは思わなかったのだろう。


「うはっ、あんたほんと人間?」


 集団から抜け出た俺に涼しい顔で並走してくるケンタウロス――いや、チャラタウロスがいた。他のケンタウロスは割と必死そうなのだが、こいつはまだ余裕があるらしい。


「どっからどう見ても人間だろうが」

「いや、人間が俺らぶっちぎるとか無いから」


 俺に並走しながら笑って手を振るチャラタウロス。こいつマジで余裕あるな。よし、そのにやけた顔を吹き飛ばしてやる。


「旗取ったら本気ダッシュで勝負な」

「お? おっけーおっけー。久々に本気出しちゃおうかな」


 お互いに徐々にペースを上げながら旗へと向かう。既にチャラタウロス以外のケンタウロスは遥か後方だ。俺とチャラタウロスはまさに風のようになって駆けていく。

 そのままの勢いで旗を掴み取り、互いに逆方向にUターンしてスタート地点へと駆け始める。


「風幸神の加護ぞある!」


 チャラタウロスがそんなことを叫んだかと思うと、その身に風を纏って一気に加速していった。おいコラ汚ねぇぞ! それ魔法じゃねぇのか! 良かろう。そっちがそういうつもりならこちらも手加減は抜きだ。少しは接戦を演出しようとしていたんだけどな。


「ははっ、流石にこれはついてこれえええええええっ!?」


 叫ぶチャラタウロスを置き去りにして更に加速する。どん、と何かが顔にぶつかったような感覚があった。低く倒した上半身は全く揺れず、足だけが高速で回転する。今なら身体中から衝撃波を出したり指パッチンでなんでも真っ二つにできるかも――いや、普通に魔法でできるな、俺。

 あっ、後続集団。やべ、交差した衝撃波で何人か吹っ飛んだ気がする。許せ。


 ☆★☆


「えー……審議の結果、タイシ殿に魔法を使った形跡は認められなかったので、走り比べはタイシ殿の勝利とする」

 わー、ぱちぱちぱちと無邪気に拍手をしてくれるのはマールと子供のケンタウロス達である。ティダくらいのある程度物心がついた年齢以上のケンタウロス達は口をあんぐりとあけていたり、え? マジ? こいつ何なの? UMA? みたいな顔でこっちを見ている。

 チャラタウロスはもう笑うしかないって感じで笑い転げていたが、超音速で走る俺が発生させた衝撃波で吹っ飛ばれたケンタウロス達が異議を唱えたのだ。いやまぁ、気持ちはわからんでもない。俺だって疑うわ。

 異議を唱えられた俺が全力で走ったり飛んだり跳ねたりしてプチ環境破壊を引き起こしたら、ペネロペのおっさんが先ほどの宣言をしたという流れになる。

 力比べとか武威比べをする予定のケンタウロス達の顔面が青空みたいになってるが大丈夫か?


「次は射ち比べだが……タイシ殿、ここからあの的を狙えますかな?」

「あれかぁ」


 黒鋼製の投擲杭(スローイングパイル)をストレージから取り出して目標の的を見る。距離はどれくらいかねぇ。三百メートルくらいか。的ちっさいな。

 一般的に投擲で狙う距離じゃないな。弓矢でも当てるの難しいんじゃないかね。元の世界の精度の高いスナイパーライフルを装備した熟練狙撃手ならわけもない距離だろうけど。

 投擲杭を構える。

 これはこの前の気持ち悪い肉塊戦で得た教訓を元に改良したもののうちの一つだ。後部に安定翼をつけて長距離投擲の際の弾道安定性を増したものである。威力よりも精度と射程を意識したタイプだな。重心を先端に持っていくために先端が膨らんでいる太矢のような形――デザイン的には小型の迫撃砲弾みたいなもんだ。総黒鋼製で炸薬とか入ってないけど。


「そぉいっ!」


 ドバァン! と大気を割る音を立てて投擲杭が一直線に的へと向かっていく。また魔法を使ったと思われるのも面倒だから、全力の半分くらいの力だ。全力で投げたら投擲杭が空気との摩擦で赤熱化して軌跡がレーザーみたくなっちゃうからな。

 遠くの的が俺の放った投擲杭の直撃を受けて木っ端微塵になった。ううむ、もっとソフトに投げるべきだったか。そう思いながら背後を振り返ると、何か悟りを開いたような表情のペネロペと、目から光が消え失せた射ち比べ参加予定のケンタウロス達がいた。両者は空虚な乾いた笑い声をあげている。なにこれ怖い。


「はははは……タイシ殿、あの的は弓でも狙うのが難しい距離の的でしてな。投擲ではそもそも届かんのです」


 ですよね。

 確か元の世界で助走つけての槍投げで世界記録が100メートルに届かないくらいだったと思うし。300メートル先の的に投擲で狙って当てるとか人外の技ですよね。わかります。


「俺の勝ちってことで」

「はい」


 ☆★☆


 その後はなんというかもうグダグダであった。

 力比べでは当然ながら一対一では話にならず、最終的に五対一でも圧倒した。武威比べでは開始前から無理無理死ぬ死ぬマジで勘弁してくださいという心の声が聞こえてきたので、力試しの内容を変更することを提案した。


「そっちは好きなだけの人数で組織的に俺を攻撃する。俺はそれを掻い潜ってお前らの体のどこかに触れるか、武器を破壊する。どちらかを俺にやられた奴は戦死扱いで退場。俺は基本的にお前らに怪我をさせないように努力する。お前ら全員が戦死するか、降伏する。あるいは俺が行動不能になったり降参したら決着。これでどうだ」

「本来の様式とはだいぶ異なる上に、普通に考えれば我らが有利ですが……よろしいのですかな」

「一対一で戦う方が良いなら俺は構わんが」

「ではタイシ殿の案で。良いな?」

『『『『『応ッ!』』』』』


 お前ら変わり身早すぎでしょう?


「では少し作戦を立てる時間を頂きますぞ」


 ペネロペはそう言っていそいそと戦士達の集団へと入っていき、対俺作戦をああだこうと議論し始めた。圧倒的な実力差を前に心が折れそうになりつつも、やるからには勝とうというその心意気は評価できるな。

 俺は少し離れたところにいるマールの元へと向かう。ケンタウロスの女や子供達に混ざって観戦しつつ、ケンタウロス達の生産物をあれこれ見せてもらったり買ったりしていたらしい。民族衣装やそれに使う布地を手に取ってニコニコしていた。


「あ、タイシさんおかえりなさい」

「おう。戦士達は作戦会議だとさ」


 じきに日が落ちるので、視界が効くうちに始まるとは思うけど。

 乾いた草原には大きな厚手の絨毯が敷かれ、ケンタウロス達は蹄を拭いてその上に上がって寛いでいた。マールや俺が履いているブーツは脱ぐのがめんどいので、絨毯の端に腰を下ろして乾いた草原に足を投げ出している。


「あんた強いねぇ。勇者って奴かい?」

「そんな感じです。ありがとう」


 おばちゃんケンタウロスが勧めてくれた椀を受け取り、口をつける。酸味のかなり強い飲み物だ。乳製品っぽい感じがする。微かなアルコールも感じる。馬乳酒だろうか? 少し運動して疲れた体に沁み渡るようだ。

 大きめの椀に注がれていたそれを俺は一気に飲み干した。


「酸味が強くてサッパリするね。美味しいよ」

「はっはっは、良い飲みっぷりだ! そうだろう? クミンの乳で作った乳酒だからね」


 そう言っておばちゃんケンタウロスがマールのすぐ隣に座っている美人ケンタウロスさんに意味ありげな視線を向ける。美人ケンタウロスさんはおばちゃんの言葉を聞いて一瞬ポカンとした表情をしていたが、いきなりボンって擬音が出そうな程顔を真っ赤にして猛然と俺に走り寄ってきた。

 え? 何々なんなの? いくら美人さんとはいえケンタウロスの巨体で走ってこられたら怖いんだけど。

 彼女は俺に前で立ち止まると、空になった椀と俺の顔を何度も見て口をパクパクと動かした。顔が真っ赤でなんか涙目である。え? だから何よ?


「クミン、美味しかったってさ?」

「わあああああっ! キャスおばさんのおばかあああああっ!」


 そう言って美人ケンタウロスさん――クミンさんは凄い勢いで走り去って行ってしまった。ええとその、つまり。この乳酒は美人ケンタウロスさんことクミンさんの乳で作ったサムシングってことですかね。何その二重の意味で本人の与り知らぬ授乳プレイ。


「タイシさん」

「はい」

「何か言うことはありますか?」

「……ごちそうさまでした?」


 笑顔で脇腹を抓られた。超痛い。理不尽過ぎる。


「いたた……なんというかこう、色々聞きたいことはあるんだが……ケンタウロスって妊娠とかしなくても乳が出るのか?」

「出せるよ。女のケンタウロスは普段から少しずつ溜め込んでいた栄養をこういった緊急の時に乳として出すことができるんだ。ただ、まぁ未婚の女にとっては恥ずかしいことでね? 普通は女子供の間でだけ飲むもので、男には飲ませないのさ。で、折角恥ずかしい思いをして絞って作った乳酒と捨てるのも勿体無いから消費しているってわけ」


 ケンタウロスってすげー。生命の神秘すぎるだろ……乳に栄養溜めておくってラクダか何かかよ。しかも自分の意思一つで分泌できるとかどうなってんのそれ。


「で、なんで俺に飲ませた」

「あっはっは! おばさんのちょっとしたお茶目だよ。美味しかっただろ?」

「ご馳走様でいたいいたいマールさん痛い!」


 脇腹の肉が千切れるよ! マジで痛いって!

 ケンタウロスの乳で作られた乳酒か。ボトルに絞った美人ケンタウロスの写真をつけて特産品として売るとかどうだろう。ちょっと色っぽい絵とかつけて。うん、危険な香りしかしないな。忘れよう。


「なんか変なこと考えてませんか?」

「いいえ、かんがえていません」

「棒読み凄いですね」


 マールが俺の頬を人差し指でぐりぐりしてくる。やーめーろーよー。

 そうやって戯れているうちに作戦会議と準備が終わったのか、ペネロペをはじめとした戦士達が俺を迎えに来た。よし、気持ちを切り替えて行こう。

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