第五十一話~鬼人族の里を訪問しました~
お待たせしました、三巻の初稿ができましたので再開します_(:3」∠)_
タイシです。
はい、領地をまんまと手に入れて下々の者どもを働かせて領地の整備を始めたタイシです。嫁達も精力的に手伝ってくれて大変助かっています。
あと一応、勇者です。
五百年乙女さんとの初夜も終えました。いや、大変だった。
一部始終をお届けしましょう。
「糸で巻こうとするなっ! 落ち着けッ! 目の色変わって――痛ぇ!? おい噛むな馬鹿! ちょっ、血の味で更に興奮してらっしゃる!? 痛い痛い背中痛い! 引っ掻くなコラァ! 」
この後滅茶苦茶夜戦した。
いやもうね、甘い睦言を交わし合うとかそういう次元じゃない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。結局はインフレしたステータス頼りに色々頑張ったんですけどね。
クスハさんは正気に戻った後の惨状に顔を赤くしたり青くしたり信号機みたいになってました。つかベッドとか跡形も無くなってたしね。今はお互いに慣れてきて、初夜みたいな大惨事にはならなくなってきた。たまに噛まれるし相変わらず糸で巻こうとしてくるけど。
まだ危なくて他の嫁とはご一緒できない。
さて、話を元に戻そう。
獣人達を初めて現地に連れて行ってから三週間。
俺は今、建設中の領都を離れて樹海の奥、鬼人族の里に来ている。要件は勿論俺の領地に参加してもらおうという内容だ。
鬼人族という名前でなんとなく想像がつくかもしれないが、彼らは頭に一本か二本の角を持つ人型の種族だ。鬼人族と一口に言っても厳密に言えば大鬼族と小鬼族の二種に分かれるらしい。
大鬼族は平均的に身長二メートルから二メートル五十センチくらいのの体躯を持ち、男はムキムキマッチョマン、女はボンッキュッボーンって感じのダイナマイトボディ。肌の色は赤っぽいのが多く、青っぽいのもいる。男は下顎から少しはみ出すくらいの牙が口から覗く。男女の顔立ちは人間と同じで様々。美男美女もいれば不細工もいる。魔法は不得意だそうだ。
小鬼族は平均的に身長一メートルから一メートル五十センチくらい。ドワーフよりちょっと高めといったところ。痩躯の者が多く、すばしっこい上に力も結構強い。肌の色は青っぽい者が多いけど、赤いのもいる。男女の見た目に大きな差が無く、美しい顔立ちの者が多い。やはりこちらも魔法は不得意らしい。
「我ら鬼人族は人間の言いなりにはならぬ」
巌のように頑健そうな体躯の鬼が言葉短に宣言した。
三メートルにも届こうかという大鬼の中でも特に身体の大きな鬼人族である。子供が見たら泣き叫んでトラウマ確定しそうな真っ赤な怖い顔で俺を見下ろすように睨んでらっしゃる。にべもないとはこのことか。
「エンキの旦那、クスハの姐さんやメイメイんとこも今回の大将の話には乗り気ですし、俺ら川の民も乗るつもりです。どうかそこを曲げて話だけでも聞いちゃくれませんかね?」
俺のすぐ横に立つ二足歩行の蜥蜴が脳髄に響くかのような渋い声で大鬼を説得しようとする。
彼はケイジェイ=ガイ。大樹海を流れる結構大きな河の辺一帯に住む川の民の代表者の息子で、彼の代理人だ。今回は鬼人族との交渉のパイプ役となってくれている。
彼は過去に数年間鬼人族の里に滞在していたことがあり、その伝手で鬼人族の族長であるエンキに顔を繋いでくれたというわけだ。
割と早い時期に川の民と接触を図った俺達は川の民を脅かしていた魔物を駆逐し、彼らと友好関係を築くことに成功した。
甲殻類のような雰囲気を持つくせに背中の羽で空を飛んだり、鉤爪のついた気色悪い足で這い回ったりする魔物だった。なんか生意気に電撃を発射する銃のような武器やら当たると凍てつく霧を噴射してくる武器まで使ってきやがりましたよ。
とりあえず殴ったり蹴ったりしてみたけど少しばかり効きが良くなかったし、弾け飛ぶ体液がキモかった。しかも属性魔法の効きも微妙だったので、最終的には誘導性を持ち、当たると爆発する純粋魔法の魔弾で跡形もなく消しとばしてやったよ。
なんでも川の民を夜な夜な連れ去りに来たり、生活の場である川を汚したりと迷惑な存在だったらしい。コミュニケーションも取れなかったのでサクッと殲滅しました、はい。
――アレは魔物であって宇宙的恐怖とは決して関係ない。いいね?
とにかくそんな経緯があり、川の民は俺の領民として組み込まれることを了承してくれた。今は領都と川の民の住む河とをどう繋ぐか検討中だ。運河を伸ばすのも良いのだが、魔物からの襲撃の脅威を考えるとそれも難しい。
「断る。我ら鬼人族は何者の支配も受けない。その卑劣な人間の下につけだと? あの毒蜘蛛が何を考えているかは知らんが、一考にも値せんな」
そう言ってエンキはケイジェイに向けていた視線を俺に戻し、睨みつけてくる。クスハを毒蜘蛛と言いやがったなこのクソ鬼。ちょっと処女を拗らせて五百年くらい経ってたけど、慣れてくるとあれはあれでよく尽くすいい女なんだぞ。
未だに興奮すると噛みついてくるし、糸に巻こうとしてくるから致す時は必ず流血の事態になるけどな。それも最近かなり大人しくなったんだぞ。でも肩に噛み付いたり背中に爪を立てたりするのはもう少し加減して欲しいです。
何にせよ、俺の嫁であるクスハを毒蜘蛛呼ばわりとは許されざる暴挙。とりあえず殺意を込めてトロールの出来損ないのクソ鬼を睨みつけておく。
「大将も抑えてくださいよ……今日は喧嘩じゃなく話し合いに来たんですから。というかこの臭いは大将の仕業でしょう?」
「「チッ」」
睨み合っていた俺達はケイジェイの取りなしで同時に目を逸らして舌打ちをする。
俺とエンキの仲が悪いのには理由がある。
実は少し前に川の民との接触に先んじて俺は一人で鬼人族の里と接触を図ったのだ。通り道に近かったし、少し顔見せるくらい大丈夫だろうと思ったんだよね。
しかし鬼人族達は飛行魔法で飛来した俺を見るなり人の話もろくに聞かずに矢を射かけて来やがったのだ。矢といってもこいつらが放つのは人間ではとても引けないような剛弓から放たれるソレである。普通の矢ならものともしないウィンドシールドさんを普通に突き破ってきやがりました。別に鏃が黒鋼製だったとかそういうわけでなく、単純に質量と速度で。
いやまぁ普通の矢はまだ良かった。問題は大鬼の引く大剛弓である。矢というかね、あれはもう槍だ。というかバリスタだ。
ええ、当たりましたとも。辛うじて胴体に当たるのは避けたけど左肩の辺りにぶっ刺さりましたよ。衝撃で錐揉み回転しながら墜落しましたわ。お化けHPとVITのおかげで死にませんでしたけどね。腕千切れるかと思った。
もうね、ブチ切れですよ。ムカ着火ファイヤーですよ。
つっても流石にやり合うのは不味いと思ったからね、穏便に済ませました。
え? 何やったかって?
うん、実はイルさんの無慈悲なデスマーチでミスクロニア王国の方々を飛び回っていた時にな、南西部でな、魚を塩水で漬けて発酵させる食品を見つけたんだ。
そう、元いた世界でも悪臭兵器だの化学兵器だの生物兵器だのと言われるアレである。俺はその臭いを元いた世界で味わったことは無かったが、こっちの世界で味わってそりゃもう仰け反ったね。
南西部方面に行くって言った時のマールとティナのあの生温かい目は絶対に忘れない。絶対にだ。まぁ知ってて言わなかった二人にはしっかり復讐してやったがね、ベッドの上で。
話を戻そう。
怒り心頭の俺は墜落した森の中からその食品がたっぷり詰まった重さ百キログラム近い大樽をクソ鬼どもの里に投げ込んでやったのだ。
伏せろー、何か飛んできたぞー、ドカーン、グワーッ!? くさっ! 目が痛い!? あぁ!? 族長ー!? とか楽しい音が聞こえました。
俺は速攻で着ていた服を破棄して生活魔法の浄化を重ねがけした上に、広い範囲で里方向に微風を吹かせましたよ、ええ。失神者、嘔吐者多数の地獄絵図になったらしいですね。ざまぁみろ。
「貴様のせいで我は未だに孫に近寄らせて貰えんのだぞ! 臭いが取れぬ!」
「うるせぇ馬鹿、シュールストレミングぶつけんぞ。話し合いに来た相手を問答無用で殺そうとするお前らの対応に比べりゃ穏便だろ」
俺の言葉にエンキがむむむと唸る。何がむむむだ、お前は戦国武将か何かかよ。
再び睨み合う俺とエンキ。視線で火花を散らす俺とエンキの間にケイジェイが割って入り、押し退けるようにして二人の間を離す。意外と力あるな、このトカゲ。
「大将も旦那もいい加減にしてください。確かにロクに確認もせずに攻撃した旦那達が悪いですが、大将がやったことも大概です。戦えない女子供も巻き込んでるんですから。ここはお互い痛み分けってことで手打ちにしましょう」
「「チッ」」
「ハァ……やっぱマールの姐さん連れてくるべきだったんじゃないですかねぇ」
いきなりバリスタみたいな馬鹿げた矢をぶち込んでくるような危険地帯に嫁を連れてこられるわけがない。何を言っているんだこのトカゲは。
いきなり殺されかけた事には未だに怒り心頭ではあるが、シュールストレミングさんが随分と奴らを痛めつけてくれたようなので溜飲を下げておくか。
「わかった。俺が殺されかけた件に関しては俺もやり返したってことで納得する。臭いに関しては今すぐ全部消そう。それでいいか?」
「フン……良かろう」
「じゃあ臭いを消して回るから案内してくれ」
こうして俺達はお互いに非建設的なやりとりはやめることにした。本当はさっきの毒蜘蛛発言に対して土下座でもさせたいところだが、今は我慢しよう。いつか機会を窺って足蹴にしてやる。
俺達はエンキに案内されながら里中に浄化をかけて回った。そう、生活魔法の浄化だ。途中から面倒臭くなったので、里中に効果範囲を拡大して一気に浄化してやった。無理矢理効果範囲を拡大したせいか極大爆破二発分くらいの魔力を消費することになって少々ビビった。まぁこれくらいすぐ回復するんだけどね。
「ふーむ、なるほど」
豊かな村だ。
浄化しながら里の中を見回った俺の率直な感想だった。
フィジカル面で優れている彼らの畑は実に見事なもので、よく耕されて素晴らしい畑だった。俺は別に農家とかではないので詳しいことは正直わからない。だが、素人目に見ても実りの多そうな良い畑のように思えた。
農産物は多岐に渡るようだが、主食はイモのようなものであるようだ。植えられている数も多く、掘り起こしている場面も目撃した。ちなみに農具もちゃんと金属製の高品質なものだった。鍛冶技術も高いようだ。
その他に気になったのは一抱え以上ある陶器の甕がいたるところに置かれている点だ。中身は水であるらしい。水資源が少ないから雨水でも貯めているのだろうか? いや、井戸も何個か見ているしそういうわけでは無さそうだ。農業用水ってわけでもなさそうだし、何なんだろうか。
「あれは防火用の水甕です。以前大火事があったらしく、それから村の各所にああして置いてあるんだそうです」
「そういや鬼人族は魔法が苦手だったな」
魔法が苦手な鬼人族には水魔法を覚えている者などいないのだろう。いくらフィジカル面が強くても一度に井戸で汲み上げられる水の量には限界があるから、消火用の水を備蓄しているんだな。
人間の街だと街で雇っている水魔法を使える魔法使いがすぐに火事を消し止める。元の世界で言うところの消防士は水魔法を使える魔法使いの有力な就職先だ。他にも飲み水を出せるから船乗りになることも多い。
その他の魔法使いも各々の魔法を活かせる様々な職業に就くことが多いのだとか。わざわざ危険な冒険者をやるような魔法使いは割と奇特な類であるらしい。
まぁ、魔法使いの就職事情は置いておこう。
「見事だな。うん」
掛け値なしの俺の言葉にエンキは何も言わなかったが、心なしか満足そうだ。
しかしこれはちょっと馬鹿にしてたな。樹海の奥に引き篭もってる排他的な鬼人族を正直嘗めていたというか、どこか見下していたのかもしれない。
アルケニアの里はアルケニア自体は強力ではあるものの、その個体数の少なさから長期的に見て緩やかな行きづまり感があった。アンティール族はその個体能力の低さから現状以上の発展が事実上不可能だった。川の民は強力な魔物に生活圏を徐々に削られ、得られる物資が先細りして遠くない未来に全滅していただろう。
妖精族は……世界が滅びてもあいつらは生き残ってる気がするから置いておこう。
とにかく、鬼人族には外敵を排除する十分な武力があり、全員を養って余りある生産力があり、満ち足りた生活を送るための技術力もある。小さな問題は幾つかあるだろうが、それはきっと致命的な問題にはなり得ないものだろう。
特に農業技術と陶器作りの技術は高い水準であるように見える。ぶっちゃけていうと指導役として欲しい。鍛冶に関しては俺ができるし、ペロンさんも招聘する予定だからなんとかなるだろうけど。
「この里には俺の施しなんて必要無いんだな。俺が思い上がってたよ」
「フン、今更わかったようだな。そうだ、我々は貴様の施しなど要らぬ。そして言いなりにもならぬ。だから貴様の持ってきた話は受けん」
「いやいや、それは話が別じゃないか?」
確かに完全に自立している彼等には俺の支援、言うなれば施しは必要ない。ならば協力者や商売相手としてはどうか?
生活に余裕がある彼等は領都に一番近い優良なお客様となり得るのではないだろうか。別に経済的に侵略しようとかそういうことは考えてない。考えてませんよハハハ。
「樹海の奥で鬼人族は確かに豊かに暮らせているようだ。だが、いくら鬼人族が強靭な肉体と不屈の精神を持っているとしても、足りないもの、手に入らないものはあるんじゃないか? 例えばそうだな――病気や怪我に効く薬。塩、砂糖や酒などの嗜好品。麦や米などの穀物。海産物なんかの樹海では手に入りにくい食料品はどうだ?」
エンキは俺の言葉に眉一つ動かさずにじっとこちらを睨みつけてきた。勿体ぶらずにとっとと先を話せという雰囲気だ。
「うちの領都でそういった品を扱うことになる。この樹海にカレンディル王国とミスクロニア王国を結ぶ交易路を作る予定だからな。十中八九、両国の交易品が大量に行き来する交易都市になるだろう。それらの品をこの里に供給できるようになるな。勿論対価はそれなりに頂く形になると思うが」
「まどろっこしい。結論を言え」
「うん、俺もまどろっこしいのは好きじゃない。提案はこうだ。俺は鬼人族の農業や陶器作りの腕を買いたい。勿論、余剰生産物があるならそれも適正価格で買い取らせてもらいたい。対価として俺は鬼人族に貨幣を支払う。貨幣が嫌なら現物でもいい」
食料になるような生産物はいくらあってもいい。現状はカレンディル王国とミスクロニア王国からの輸入に頼っている状態だから、少しでも自領内で賄えるようにしてしまいたい。
領外にカネを払うより領内にカネを払う方が領内の経済が活発化するからな。
「フン……縄張りについてはどうする?」
多少は興味を持ってくれたらしい。依然として不機嫌そうな表情ではあるが、向こうから今後のことについて質問してきてくれるのは良い傾向だ。
「それは難しい問題だな。鬼人族もこの樹海の全てを把握しているわけではないだろ? 俺たちだってそうだ。それに樹海に線を引くことだってできないしな。勿論、こちらの領都やそちらの里の中ではそれぞれの掟に従う形になるだろう。こちらとしては里の位置をあらかじめ周知して不用意に近づかないように、鬼人族に迷惑をかけないように周知徹底して違反者を罰するしかないな。こちらの要望としては最低限、鬼人族も人間をいきなり殺しにかかってくるのは無しにして欲しい」
この提案が蹴られるならどうにもこうにも厳しい。粘り強く説得する他ないが、いよいよとなれば戦う必要があるだろう。
「……人間は欲深く、狡猾で、残忍だ。我々の祖先も遙か昔は人間と共に暮らしていたと聞いている。そして、裏切られたと。貴様の目的は何なのだ? 貴様は何故わざわざこのような辺鄙な場所に自分の縄張りを持とうとする?」
厳しい顔に僅かな困惑を滲ませながらエンキが問いかけてくる。
そう言った問いに対する答えははっきりと決まっている。というかもう、腹の探り合いというかそういうのが面倒くさいからぶっちゃけることにした。
こういう手合いは腹割って話した方が良いだろ、多分。
「カレンディル王国で今にも滅びそうな獣人の集落を見つけてな、その面倒を見てやろうと思ったのがきっかけだ。動機はまぁ、完全に自己満足だな。とりあえずあいつらが大手を振って生活できる場所が必要だったから、カレンディル王国とミスクロニア王国に話をつけて両国の国境にあったこの大樹海を俺の領土として分捕った。魔獣の跋扈する大樹海なら無人だろうと思って調査をしてみたらお前ら居て、この状況になってる」
エンキは俺の言葉に嘘がないかを見透かすように俺をジッと見つめた後、俺のすぐ横にいるケイジェイに視線を向けた。
「や、旦那の気持ちはよくわかりますが本当です。俺も領都の建設予定地を実際に見てきましたが、獣人が沢山いました。少しですが人間の商人も。それに大将は人間の嫁を三人、獣人の嫁を四人、エルフの嫁を一人、それにクスハの姐さんも含めて九人も嫁を取ってます。しかも形式的にってわけじゃなく普通に好きあってです。人間じゃないからって色眼鏡で見るようなお人じゃないのは確かですよ」
「……人間ではなく淫魔の類ではあるまいな? 俺の孫はやらんぞ」
「はっはっは。まぁあれだ、ぶっちゃけると誰に憚ることなく獣人をモフモフしたいから始めたことだ」
努めて爽やかにエンキの言葉を流す。不本意ながら称号欄に淫魔があるので否定できない。最近クスハによく噛まれたり引っ掻かれたりしているせいかドMって称号がついてた気がしたけどきっと気のせいだ。くそう、この称号管理してるやついつか絶対泣かす。
「一考はする。が、期待はするな。ただ、我らも無益な争いは望まぬ。殺しはせぬように配慮しよう」
「わかった。じゃあ一週間後にまた来るぞ。遅くなったが、これは手土産の酒だ」
そう言って俺は大きな酒樽を二十ばかりストレージから取り出し、並べて見せた。中身は葡萄を原料とするワインや麦を原料とするエール、ウィスキー、そして米を原料とする清酒や濁酒といった鬼人族の里では原料を得難い作物で作った酒だ。
元の世界では俺は酒をあまり飲まなかったし、所謂飲みニケーション的な物も正直嫌いだった。アルハラとかパワハラに晒されるのが嫌なタイプの人間だったからな。
だがこの世界では酒を奢ったり贈ったりするのが関係構築に非常に有効である。特に質の良い酒は場所を問わず大変喜ばれる傾向が強い。娯楽の少ないこの世界ではお手軽な嗜好品だからね。
塩や砂糖もかなり喜ばれる。いつでも安価で好きなだけ手に入れられた元の世界では考え辛いことだが、質の良い塩や砂糖もこの世界では貴重品なのだ。
「受け取っておこう」
「くれぐれも頼むぞ。特に酒に関しては便宜を図るから」
「酒の味次第だな」
エンキが初めて口角を少し上げ、笑みを浮かべた。
うん、笑顔なんだろうけど怖いわそれ。
☆★☆
「おかえりなさい。どうでしたか?」
「まぁ一足飛びにはいかんなぁ。とりあえず没交渉って感じにはならなかったし『人間殺すべし、見敵必殺』ってのは止めてもらえるように話は通せたから良しとするべきじゃないかね」
「そうですね! これで一歩前進です」
ティナとマールが俺の報告を受けて口元を綻ばせる。
ここは領都の領主館。
え? ほんの三週間くらいでどうやって館なんて建てたのかって? カレンディル王国の首都アルフェンで適当な物件を購入してな、空間魔法で土台ごと隔離してストレージに収納して移設した。
いやぁ、さすがに無理かなと思ったけどストレージに収まった時は流石に笑ったね。
名前:家屋
品質:普通
とか表示されるのな。
まぁ最初から上手くいくとは思ってなかったから、最初はボロい中古家屋をいくつか買って試してみた。最初に土魔法でやろうとしたら土台が歪んだのか、領都に移設するときに崩れ落ちた。三つくらいやってみてこりゃだめだという話になり、空間魔法の空間切断とか結界とかを併用して土台ごとくり抜いて収納することに成功したのだ。
そっくり領都の設置場所の地面と土台ごとの建物を置換してから土魔法で土台を固め直すことによってやっと移築が成功した。
崩れた建物はそのまま他の建物とかを作る石材や木材として再利用し、また崩れるまでは行かなかった家屋に関しては修繕して使うことになった。エコは大事だよね。
話を戻すと、この領主館は王都アルフェンの壁内区画で売りに出されていたそこそこ見栄えの良い館を移設したものだ。
元々地方領主が王都に来た際に過ごすための別邸だったかな。
この領主館とは別に俺達の屋敷を用意してある。あっちはミスクロニア王国の首都クロンで伯爵邸として使われていたものだったか。瑕疵物件――いわゆるいわくつき物件で、なんか幽霊っぽいものが憑いていたのだが、無慈悲な光魔法で浄化してやった。元公爵だか王弟だか知らんが、俺の快適な生活を邪魔するものは許さん。
部屋数も多いし立派で大きい風呂も付いていたので、なかなか満足できる物件だった。地下室というか地下牢があったりしたのだが、どう考えても使う予定がないのでそこは潰してしっかり排気関連の工事をしてから鍛冶や錬金術の工房にした。
「開発の進捗はどうだ?」
「領都の区画整理はだいたい終わりましたね。今は上下水道の整備をしているところです」
「アンティール族の方々のおかげで土木工事は順調ですねー。逆に建築の方の進捗が今ひとつです」
「あー、アルケニアとか鬼人族の事とか考えるとやっぱなぁ。図体でかいし」
住人となる予定の種族の体格の違いが問題となっており、建築に関しては今ひとつ進捗がよろしくない。何せ人間や獣人サイズで作ると入り口が小さすぎて彼らでは建物に入ること自体ができないのだ。
その上建物内で動き回ることを考えるとあっちこっちにぶつかったりなんだりで大変よろしくない。
「今日訪れた鬼人族の里の家が良さそうな感じだったな。戸口が広くてな」
「なるほど。色々と試行錯誤するしかありませんかねー」
「鬼人族の大工でも雇えれば良いんだがな」
最終的にはそういう関係になりたいものだが、さて。どうなるものかな。
「あなた、この後は?」
「思ったより早く帰ってこれたからな。領都を見回りつつ手伝えることを手伝ってくるわ」
「うーん、それなら外壁の方を見てきてもらって良いですか? 石材が心許ないって陳情が上がってきてますから」
マールが手元の書類をいくつか確認し、指示を出してくる。うむ、優秀な嫁で実に助かるな。まぁ、いつまでも執務にかかりきりにしておくわけにもいかないしできるだけ早い段階で仕事を任せられる人材を見つけないとな。
そうしないとおちおち子作りもできないし。
子作り……いかん、脳内がピンク色に染まりそうだ。どうどう、ステイ、俺ステイ。よし。
「了解、サクッと補充しとくわ。二人とも、根をつめすぎるなよ?」
「わかりました! 気をつけて行ってきてくださいね!」
「お気をつけて」
「ネーラ様が聖女モードに……」
「そういう貴女は何処とも知れない場所に左遷でしょう」
「実はこれが酷い所で、毎日毎日下卑た欲望をぶつけられています……」
「ちょっ、それはあまりにも」
「嘘です」
「無表情でダブルピースするんじゃありませんわ!」