第四十六話~とんとん拍子で話が進みました~
再びアルケニアの里へと長距離転移を行った。
さらっとやるけどこれ片道何百kmくらいだろうな? カレンディル王国の王都アルフェンからクロスロードまでが馬車で片道二日、馬車の速度が元の世界で自転車漕いだのと同じくらいの速度だったように思う。となると時速十五kmくらいか?
で、休み休みだけど一日六時間は走っただろうから一日九十km。二日だから百八十km。
クロスロードから樹海の入り口までが早朝に出て日が落ちる頃に着くくらい。戦闘とかもあったけど結構歩いたからなぁ、人間の徒歩の速度が時速五kmくらいだったはずだから三十kmくらいか。そこからアルケニアの里まで……ああ、獣人の村からアルフェンまでの距離も考えないとな。
「とりあえず片道だけで四百kmくらいはぶっ飛んでそうだな。徒歩で二週間が一瞬かぁ、転移魔法の力ってすげぇ」
この前飛行魔法で音の壁を突破したから、俺が本気で飛んだら二十分で着くけど。どっちにしろあれだな、元の世界のビジネスマンも真っ青の距離を一日で移動してるな、俺。
ところでなんで唐突にこんな益体もないことを考え始めたのかって? うん、それはね、なんというかこう、ほら、アレだよアレ。
マール達を獣人の村に連れて来るまでは良かった。何故かクスハが混じってたけど。獣人の村人達に嫁達を紹介し、逆にソーンとデボラとヤマトを嫁達に紹介し終えたところでマールがこう切り出したのだ。
『話をする前に一つ確認させてください。この中でタイシさんと番いになりたいと思っている女の人は居ますか? 居るなら今、名乗り出てください。後からは無しですよ、今すぐ名乗り出る覚悟がない人は諦めてくださいね』
何言ってんだこいつ、と思いましたよ。ええ。
それと同時にそんなのいるわけねぇだろとも思っていましたよ、ええ。それはもう草生える勢いでってやつです。
「は、はいっ! はいっ!」
真っ先に反応したのはシータンでした。小さい身体を精一杯に伸ばして両手をぶんぶん振る姿はぶっちゃけラブリー。尻尾を丸めながらも先っぽだけフリフリ振っているその姿は天使以外の何物でもなかったね。
そしてその後ろに隠れるように手を上げているシェリーと、何故か雄々しく拳を天に突き上げ、しかも土魔法で足場まで作ってアピールしているカレンの姿。
幼女三人揃い踏みである。向けられる視線が『生温い』に留まっていたのが救いだった。この広場にいる人全員に汚物を見るような視線を向けられていたら即死だったな。精神的に。
まぁこの三人は嫁にするって言ってもマスコット枠だろう。もっと大人になって成長してからだな、色々と。俺は紳士なのでYESロリータ! NOタッチ! を守って行こうと思う。いや、どうだろう。大丈夫だろう、きっと。
「あ、はいはい私も」
気楽な様子で手を上げる駄エルフことメルキナ。
え? お前いつの間にフラグ立ってたの?
「嫁になれば毎日お菓子が食べられるってカレンが言ったから」
「安いなおい!?」
食い物というか菓子に釣られただけだった。お前それでいいのか。
「あと私発情期に入ったのよね。獣人との間には子供ができないから、人間かエルフの男見つけないといけなかったのよ、ちょうど良かったわー。あんたは外道ってほど臭い匂いはしないしね」
そう言ってメルキナは笑顔を見せた。あ、これあかん、魔性の笑みや。ズキューンと来たぞ、今の。汚ないな流石エルフきたない。今ままでツンツンだったのにいきなりそんなふにゃっとした笑顔見せられたら惚れてまうやろが。
発言の内容はすげぇ即物的ってか夢も愛も無いけど。
というかエルフって発情期とかあるんだね。前の世界で色々とエルフの出てくる物語は読んだけど、そういうのはあまり見たことがなかったよ。
あと不動の一番はマールさんなんでビキビキしながら相手を睨むのはやめていただけますか、横で見ててマジ震えてきやがりますんで。
「そんな軽い気持ちでいいんですか? 言っておきますが、タイシさんはこれからドンドン成り上がりますよ。その分横に立ち続けるにはそれなりの覚悟が必要になります。貴女にその覚悟はありますか?」
「だいじょうぶだいじょうぶ、精々四十年か五十年くらいでしょ? それくらいの時間をタイシのためだけに使うのくらいなんでもないわ。貴女こそ大丈夫なの? 短命な人間はすぐに心変わりするじゃない」
「良い度胸です、気に入りました。始原魔法の餌食にするのは最後にしてあげます」
本気で心配しているらしいメルキナに口元をひくつかせるマールさん怖いです。メルキナさん早く謝って! ベッドの上でとても他人には見せられない顔でダブルピースさせられる前に早く謝って!
あ、いや、いいや。是非そうしてもらおう。
エルフに色々な意味でロマンを感じるのは男の子なら仕方ないよね。
「あ、わ、わたしも……」
でかい体を出来うる限り小さくしたデボラが遠慮がちに手を上げていた。
ブルータス、お前もか。
いや、この熊とのフラグは立っていたかもしれない。認めたくなかっただけだ。
確かにデボラの熊さんボディはモフモフだし尻尾は丸くて可愛い。出るとこもずどーんと出ているし、しっかりと割れた腹筋は見る人が見れば肉体美を讃えずにはいられないだろう。
でもなぁ、熊さんなんだよなぁ。嫁にしたとして、俺はちゃんと夫の役目を果たせるだろうか。俺のストライクゾーンはかなり広めだと自負してはいるが、ガチのケモナーではないのでその辺はかなり未知数である。
「今日一日で一気に三倍になりましたね、タイシさん。すごいなー、あこがれちゃうなー」
マールの視線が俺に突き刺さる。顔は笑っているが、目が全く笑っていない。
俺? 会合を開いていた広場のど真ん中に正座させられてるよ。完全に公開処刑の流れである。
「ええと……姉様、獣人の方々は本能的に強い男性に惹かれやすい傾向があるようですから、仕方ないのではないでしょうか?」
いいぞティナ、もっと俺をフォローしてくれ。そもそも獣人の村でのこの結果は俺としては不本意なのだ。俺は幼女達やデボラに対してエロス、つまり肉体的情念的な愛ではなく無私無償のモフモフ愛、つまりアガペーによって接していたのだ。
まさかそれがこのような嫁大量生産に繋がるとは思っていなかった。全くの誤算である。つまり俺は無実ということになるのでは無いだろうか?
過失は過失だしそもそもそういう問題じゃ無い? というか無私無償どころか私欲に染まってたし対価として国民領民になることを強いてる?
はい、その通りですサーセン。
「聞けば抱っこしてひたすらすりすりなでなでしてたらしいじゃないですか! ずるいです私もタイシさんにすりすりなでなでしたいしされたいです!」
むきー、と悔しげな様子で地団駄を踏むマール。あ、怒ってるってそういう。
「いや、それはほら、別腹っていうかなんというか。自信を持って言うが、俺の一番は間違いなくマールだぞ。これだけははっきりと公言させてもらう」
「なら私をすりすりなでなでして癒しを得てください! あれですか、もふもふの耳や尻尾が無いからダメなんですか!? こうなったら生やす薬を開発するしか……!」
「その薬は是非開発して欲しいが、マール相手にそんなことしたらそれで収まらないだろ大勢の前で言わせんな恥ずかしい!」
「タイシさん!」
「マール!」
胸に飛び込んできたマールをしっかりと抱きしめる。ふわっと香ってくるマールの匂いが俺を安心させてくれる。それに最近はおっぱいも育ってきたので実に抱き心地が良い。ああ、あったかいなぁ。
☆★☆
「……ん?」
気がついたらあれだけ人がいたはずなのに広場はガランとして人気がなくなっていた。いや、よく見たらソーンだけがだらしなく丸太椅子に座ってバリバリと耳とか首のあたりを掻き毟っていた。なんだ、ノミかダニでもいるのか。
「あー、痒い痒い。あ? 終わったか?」
「他の人は?」
「お前らが痴話喧嘩始めたらとっとと退散した。案内役だからって俺だけ残されたんだぜ、貧乏くじもいいとこだ」
ソーンがうんざりした表情で手についた抜け毛を振り払い、そう答えた。解せぬ。
未だにバリバリと耳の辺りを搔いているソーンに連れられて井戸の方向へと移動するとフラムとデボラ、兎獣人のパメラに黒豹獣人のレリクスがいた。
む、なんか微妙な雰囲気だな。
「おい、どうしたんだ?」
ソーンが率先して声を掛けると全員の目がこちらに向いた。俺の姿を認めたフラムの表情が気まずい雰囲気を帯びる。デボラは困ったような雰囲気で、パメラとレリクスも微妙な表情だ。ふむ?
「そちらのお嬢さんがちょっとね」
そう言ってパメラが肩を竦める。
フラムかぁ、フラムは生粋のカレンディル王国人だからなぁ、直ぐに獣人や半獣人と打ち解けるのは難しいのかね。
でもそういう差別的な感情が発露したにしては獣人の反応があまり怒っていないというか、寧ろ同情的だな。どうしたんだろうか。
「どうしたんだ、フラム」
俺が近寄って話しかけるとフラムは眉根に皺を寄せ、困ったような表情を俺に向けてきた。どうしたんだろうか。
「いえ、私の持っていた価値観というか、常識はちっぽけなものであったと思い知っていたところです。こうしてみると、人間となんら変わりないのに……」
そう言ってからフラムは視線を村のいたるところに向けた。そこには協力しながら屋根の修繕を行う獣人の男達の姿が、洗濯をしながら談笑する女の獣人達の姿が、追いかけっこをしながら朗らかに笑う獣人の子供達の姿があった。
「歴史的に浸透してるものは、まぁ難しいよな。誰が悪いわけではないというか、諸悪の根源はとっくにくたばってるんだろうから、恨んだり後悔したりするのはあんまり前向きじゃないだろ」
「そう、でしょうか」
「そうさ、だから俺は獣人達やアルケニア、人間、その他諸々の種族問わずに生きていける国を作ろうとしてるんだ。前向きだろ? 俺の国で分け隔てなくそういう奴らが幸せに暮らしているのを見せつければ、カレンディル王国もそのうち考えが変わるだろ。俺の、俺による、俺のための独裁国家だけどな! はっはっは!」
そりゃ民主主義は尊いと俺も思うが、それでは俺の好き勝手に国を作れない。無論、周囲の意見は聞くつもりだし、全部が全部自分でできるとは思っていないので任せられるところは任せられる人材に任せるつもりだ。
あくまで俺が最終的な決定権を持つけどな。
最終的な目標は俺がいなくても問題なく国の運営が滞りなく行われて、かつ俺が好きな時に好きなように口を出せるような国だ。
都合が良い? 我儘? 他所はどうか知らないが俺の思い描く王様像はそういうものだ。それで上手く回るかはわからんがね。まぁトライアンドエラーを繰り返して行けば良いだろう。
幸いそういった統治のノウハウに関しては頼れる相手が何人もいるしな。
「言ってることは普通に考えれば戯言なんだけどね。やり遂げつつあるから凄いわ」
「タイシは着実に目的に近づいている。尊敬に値する」
パメラとレリクスがそれぞれ俺をヨイショしてくる。もっと褒めて良いのよ。
「それはもうタイシさんですからね! これくらい序の口ですよ、ね?」
「マールさんハードル上げるのやめてくださいますか」
これ以上何を成せと仰るのでしょうか。いや、まだ道半ばだけども。
狼狽える俺の様子がおかしかったのか、フラムがくすりと笑みをこぼした。
「前向きに……私も何かできるか考えてみます」
「そうしてくれ。何か考えついたら相談してくれよ?」
「私にもですよ?」
「はい」
俺とマールの言葉に先ほどまで物憂げな表情だったフラムが笑顔を見せてくれる。うむ、やっぱり美人は笑ってた方が良いな。
「ほら、デボラも行きなさいよ」
「あ、あれに入って行くのはまだちょっと」
ぐいぐいとあまり大きいとは言えない身体でデボラの巨体を押すパメラ。兎と熊がじゃれついているようでどこか微笑ましい絵面だな。
「デボラさん、私にもっと獣人のことを教えてくれますか?」
「へっ!? え、えぇ、私で良いなら」
急にフラムに話を振られて狼狽えるデボラ。おかしいな、こいつこんなキャラだったっけ。やたら声だけセクシーなリアリストっぽい熊というイメージから無駄に乙女チックな熊にクラスチェンジしてないか?
フラムと仲良くなってくれるのは願ったり叶ったりだけども。
「代わりにご主人様のことを教えますね」
「待て、何を教えるつもりだ」
詰め寄ったが女同士の秘密です、と笑顔で返されてしまった。そう言われると問い質し難い。
ぼくそういうのはずるいとおもいます。
☆★☆
何やらマールも含めて女同士の秘密の会話ということでその場に居づらくなった俺とソーンとレリクスはその場を後にして食料庫に向かうことにした。腹が減ってきたので何か食えるものをかっぱらいにいこうというわけである。
「この前仕留めたヒュージフォレストリザードの燻製が出来ているはずだ」
「フォレストリザードの肉は食ったことあるけど、ヒュージフォレストリザードってのは同じようなもんか?」
「ヒュージってだけあって大きさが全然違うけどな。馬よりふた回り以上でかくてな、俺たちくらいの大きさの獲物なら丸呑みにしちまうようなやつだぜ。味は似た感じだが」
「何それ怖い」
ちょっとした恐竜じゃないですかやだー。まぁフォレストリザードの串焼きは美味かったし、期待出来そうだな。
食料庫が見えてきたところでクスハとティナを見つけた。意外な組み合わせだ。
食料庫の周辺には丸太テーブルや椅子、その他にも炊事用のかまどなども多数併設されていてちょっとした青空食堂のようになっている。
二人はテーブルに着いてお茶か何かを飲んでいるらしい。
「あ、タイシ様」
「主殿か」
俺に気づいた二人が声をかけてくる。レリクスとソーンは食料庫に食料を漁りに行った。勝手に漁るとヤマト辺りが激おこになりそうだが、大丈夫なんだろうか。まぁ怒られるのはきっとソーンだろうから良いか。
「二人は休憩中か?」
「まぁそのようなものだの。あまり妾がうろつくと怖がらせてしまいそうじゃし」
「私はクスハさんにお付き合いを」
そう言って微笑むティナ。多分だが、自分がクスハの傍に居ることによって過剰にクスハが恐れられないように配慮してるんじゃなかろうか。クスハもそれを察しているのか優しげな表情でティナを見ている。
「よく出来た娘じゃな」
「そりゃガチのお姫様だしな。城の宝物庫から色々かっぱらって家出したよく出来てない方のお姫様もいるが」
「理由が酷かったです……お蔭で私もタイシ様に出会えましたけれど」
ティナがそう言って苦笑いをする。俺がティナの立場だったらおそらくマールの首の一つや二つは締めてると思うので、本当に出来た子だと思う。
「もう……子供じゃないんですよ?」
何と無くティナの頭を撫でると困った表情をして見せる。だが止めようともしないので、言うほど嫌ではないのかもしれない。
そうしているとかまどでお茶を淹れてきたらしい獣人三人娘がこちらに歩いてきた。
「嫁として私もなでなでを所望する」
カレンがティナに抱きつき、モフッとティナの頭を撫でる俺の手に割り込んでくる。いきなり抱きつかれてティナは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を見せた。カレンのこれは俺のなでなでにかこつけてティナとのスキンシップを図ろうということなのだろう。
「よーしよしよしよし」
「撫ですぎ……」
撫でる手に残像がつくくらいの速度で撫でたら鬱陶しそうな視線を向けられた上にペシッと腕を払われた。ご無体な。
「あ、あのっ、私ならいくらでも撫でても良いですから。泣かないでください、ね?」
払われた手を所在無さげに漂わせていたらお茶をテーブルの上に置いたシータンが俺の手を取って自分の頭の上に引き寄せてくれた。シータン天使すぎる天使か。
シータンの頭をモフモフしながらクスハに視線を向けるとシェリーに追加のお茶を注がれている所だった。その視線がピクピク動くシェリーの狐耳に向けられていることを俺は見逃さない。同志よ、そこにいたか。
「クスハ、褒めてやるのには頭を撫でてやるのが一番だと思うぞ」
「お? おお……そうじゃな、うむ、うむ」
お前天才だなって目で俺を見たクスハが厳かな表情でシェリーの頭を撫でる。勿論その手はシェリーの頭についているモフモフの狐耳にも触れる。おいクスハ、口元がにやけてるぞ。気持ちはよくわかるが。
☆★☆
そのまま席に着いてシータン達が淹れてくれたお茶を飲んでいる間にソーンとレリクスがヒュージフォレストリザードの燻製をはじめとした食料を持ってきた。
「おい馬鹿、でかすぎるだろ」
「皆で食えば割とすぐ無くなるもんだぜ」
でかいという話は聞いていたが、皿というのもおこがましいような木の板に乗っているそれは想像以上にでかかった。どうやら後ろ足丸々一本のようだが、身長175cmの俺が両手で抱えるくらいの大きさがある。
軽々とその皿を運んでくるソーンの後ろではレリクスが果物やパンを満載した籠を抱えている。ちょっと食うどころか普通に昼食レベルの重さじゃないか。
「蜘蛛のねーさんも一緒に食おうぜ」
「む……」
「姿形が違うくらい、我々にとってはどうということもない。我々は親子でも大きく姿形が違うものが多いからな」
いつもは寡黙なレリクスがそう言いながら燻製を切り分け、パンと一緒に皿に盛り付けてクスハへと差し出した。何このイケメン。
「そうか……感謝するぞ」
クスハは微笑んで燻製肉とパンの盛り付けられた皿を受け取った。レリクスは無言で頷いて黙々と燻製肉を切り分ける。クールでかっこいい男だな、レリクスは。ハードボイルドというのはああいうのを言うんだろうか。いや、どちらかというと父性を強く感じさせる感じだな。ダディクール。
俺も取り分けてもらった燻製肉を頬張る。
まず感じるのは想像以上に柔らかい肉の食感と程よい塩気、そして熟成された肉の旨味だ。次の瞬間には燻製独特の香ばしい香りが鼻をすっと抜けて行く。
また、脂の乗った肉は燻製肉にも関わらずジューシーで少し固めのパンと良く合う。
ふとティナを見ると周りの見様見真似でパンの上に燻製肉を乗せ、恐る恐る口に運んでいた。はむっ、と齧ったところで俺と目が合う。俺が頷くと少し苦労しながら固いパンを乗せた燻製肉ごと食い千切った。
そのままお上品にもぐもぐと咀嚼してからごくりと飲み込む。
「こんな食い方は初めてだろ?」
「はい。手づかみで、しかも直接パンにかぶりつくなんて、こんなことしたら怒られてしまいます」
そう言って笑いながらティナは燻製肉を乗せたパンに目を落とした。普段ティナが食べてきたであろう料理に比べると、なんとも雑で料理とも呼べないようなものだろう。しかし、ティナの表情はどこからどう見ても楽しげだ。
「でもこういうの、ちょっと憧れてました」
そう言ってにっこりと浮かべたティナの笑顔にドキッとする。
ぐぬぬ、流石は姉妹、笑顔の破壊力はマールと同等か。そういえばマールもお上品な感じの料理よりはどちらかといえば雑で大味な料理の方が美味しそうに食べている気がするな。
ただ塩振って豪快に焼いただけの肉とか串焼きとか、塩漬け肉と乾燥野菜で作ったスープとか雑炊もどきとか、小麦粉を練って棒に巻きつけて焼いただけのパンもどきとかな。
「これからもこういう風に食う機会はあるんじゃないかな」
「楽しみにしておきます」
「おう」
とは言ってもティナは戦闘向きのスキルをほとんど持っていないので、相当テコ入れしないと冒険に連れて行くとかはちょっと難しいだろうな。
レベルやスキルから総合的に判断すると嫁の中ではクスハとメルキナが図抜けて強い。二人とも森での戦闘を得意とするアルケニアとエルフだし、やりあったらかなり良い勝負をするんじゃないだろうか。
次点がデボラ。マールとフラムだと今はマールの方が強いだろう。というかマールは錬金術で作り出した爆弾やら毒ガスやら酸やらを駆使するので、初見だとクスハやメルキナも撃破するかもしれない。少し前に『なんでもあり』で模擬戦をしたらえらい目にあった。
カレンとシェリーは魔法を使う上にすばしっこいので、やりようによってはフラムが負けるか……? あれ、そう考えると現状ではフラムが一番弱いのか?
レベルは勿論のこと、魔法の有無の差は結構大きいからなぁ。今度みっちりと剣術や魔法の訓練をしてやるべきだろうか。
ティナとシータンはというとぶっちゃけ論外だ。まずもって戦闘系のスキルを殆ど持っていない。鑑定眼で見たステータスはこんな感じ。
名前:ティナーヴァ=ブラン=ミスクロニア
レベル:2
スキル:礼儀作法3 演奏2 交渉1 奉仕1 水魔法1 王族のカリスマ(愛)
称号:ミスクロニア王国第二王女(王位継承権三位) 不幸属性(元) 成功者(現) 運命を覆す者
賞罰:なし
名前:シータン
レベル:4
スキル:料理1 家事1 裁縫1 奉仕1 解体2 超嗅覚 獣化
称号:獣人 村娘 至高のモフモフ
賞罰:なし
ご覧の通りである。
ティナは水魔法1を持っているからまだ辛うじて可能性があるが、シータンは全く戦闘系のスキルを持っていない。まだまだ若いから訓練次第では伸びるかもしれないけども、性格的にもこの二人は戦闘に向いているとも思えない。
ティナの称号とかシータンの解体スキルとか獣化とか気になる項目もあるけどね。
そんなことを考えながら食事をしていると女子会をしていたマール達がやってきた。
「ああっ、何か美味しそうなものを食べてる!? ズルいですよタイシさん!」
「いや、そんな騒がんでもお前の分もあるって」
俺の隣に駆け寄ってくるなりあーんと口を開ける食い意地の張ったお姫様の口に燻製肉を放り込んでやる。
むぐむぐと幸せそうに口を動かすマール。ほんと可愛いなこいつ。
ふと視線を横にずらすとマールをじっと見つめている熊がいた。
「へいデボラ、あーん」
「へっ? え、いや、あたしは」
「あーん」
「……」
「あーん」
慌てて断ろうとするデボラに対して俺は容赦なく燻製肉を突き出し続ける。やがて観念したのかデボラも俺の手から燻製肉を口にした。
「ふはははは、美味いか」
なんとなく勝った気分になったので高笑いしながらそう言ったらデボラに恨めしげな顔で睨まれた。何故だ。
「ネーラ様の霊圧が……消えた……!?」
「消えてません! 消えてませんわ!」
「むしろ私の霊圧が増大した気がしましたが、そんなことはありませんでした」
「没ったのですわ、ざまぁですわ」
「ネーラ様もですけど」
「……私には今後の道が用意されているのですわ」
「だといいですね」