第四十話~ついにアレを発見しました~
「では、貴方はカレンディル王国の勇者、タイシ殿であると?」
「そういうことだな。ただ、勘違いしないで欲しいが俺はカレンディル王国に仕えているわけではないぞ。こうしてここにいるのはカレンディル王国に指図されたからではなく、あくまで俺の意思だ」
接合剣を手に提げたまま地上に降り立った俺はミスクロニア王国軍の指揮官――エドワードと会談していた。
金髪碧眼のイケメンがそのまま歳をとったらこうなるんだろうな、というのを地で行っているダンディなおじさまである。戦場であってもダンディズムに満ち溢れる手入れされた口髭がチャーミングだ。
どこぞの目つきと人相の悪いゾンなんとかさんも彼を見習うべきである。
「素直に感謝を述べたい。貴方のおかげで多くの兵が死なずに済んだ」
そう言ってエドワードは俺に頭を下げた。周りの兵士たちも同じく俺に頭を下げる。なんだろう、凄く敬意を、リスペクトを感じる。
これが勇者が長らく存在しなかったカレンディル王国とミスクロニア王国の違いなんだろうか。
「実はタイシ殿のことは噂で伝え聞いていたのだ。殆ど一人でカレンディル王国の大氾濫を治めたと。正直半信半疑だったのだが……話に偽りが無いのを実感したよ。マーリエル王女殿下が一緒にいらっしゃれば言うことなしだったんだが」
「なんでだ?」
「政治的なアレコレがな」
エドワードは短くそう言って苦笑いする。
政治的なあれこれ、ねぇ。まぁ確かにカレンディル王国寄りと思われている俺が気まぐれに魔物を倒した、よりも出奔していた第一王女が勇者を引き連れてきて魔物を倒した、の方が人気が出そうではあるよな。
そう考えると俺達にも得があるか。
「あー……マーリエル王女を連れてこようか?」
難しい顔をするエドワードに俺が提案すると、彼は怪訝な表情をした。
「今ここにいないということはカレンディル王国にいるのでは?」
「転移魔法も使えるからな、そう時間はかからない。よければそちらが戦後処理をしている間に連れてくるぞ」
負傷者の救護に撤収作業、倒した魔物の死体の処理などやることは沢山あるだろう。恐らくまだ数時間はかかるだろうから、その間にマールを連れて来るなど造作もないことだ。
「すまんが、頼めるか?」
「良いぞ、貸し一つだな」
「はは、勇者への借りは高くつきそうだ」
朗らかに笑うエドワードを残し、俺は王都アルフェンの屋敷へと転移した。
「ただいまー」
「おかえりなさいませ。今日は随分とお早いお帰りですね」
屋敷の玄関を潜ると、いつも通りのメイド服を身につけたフラムが出迎えてくれた。スラリとした長身に艶やかな黒髪が映える。マールも美少女だが、フラムの美女っぷりも大概だな。
こんな美女を好きに抱けるなんてのは、元の世界の俺ではちょっと考えられない。
『感謝してもいいのよ?』
うるせぇ黙れ突然勝手に出てくんな名状し難い存在エックスめ。
というか今は構ってる暇ねぇから本気で黙ってろ、あと勝手に覗いてんじゃねぇ。
『たまには構ってくれてもバチは当たらんよ? ほら、神コールしようぜ?』
神コールしなくても喋ってるじゃねぇかよ。何の用だ。
『リスペクトしてもらえそうな気配を感じたので』
ありがとう、感謝してる。だから失せろ、今忙しいから。
『真心が感じられないなぁ』
「ご主人様……?」
「ああ、気にするな。少し見惚れてただけだ」
「えっ? そ、そうですか……」
フラムが頬を赤く染めてもじもじし始める。なんだこの可愛い生き物、もしかしてあまり褒められ慣れてないんだろうか。
もう少しいじっていたいが、あまりエドワードを待たせるわけにもいかない。
「すまんがマールがどこにいるか知らないか?」
「マール様でしたら工房にいらっしゃると思います」
「そうか、ありがとう」
屋敷に入って右手の扉を潜り、鍛治工房を抜けてその奥の錬金工房に向かう。
ここの所鍛治工房も最近あまり使っていないな。作りたいものはあるんだけどな、色々と。
こういう趣味に使う時間も無いというのは確かに生き急いでる感あるよな。とはいえやらなきゃならないことは多いし、それも早ければ早い程良い案件ばかりだ。
どうにもこの世界にあって未だに元の世界のせせこましい生き方が抜け切っていないらしい。もはやこれは性分かもしれんね。
「マール、ちょっと良いか?」
「あれ? 今日は随分早いですね」
声をかけながら錬金工房の扉を開けると、マールは何やら古めかしい装丁の本から顔を上げた所だった。
「錬金術の本か?」
「神殿からお借りした治癒魔法の経典です! 高度な回復薬を作る際に回復魔法の魔法理論が役に立ちそうだったので、借りてきたんですよ」
そう言って薄い胸を張っているマールの頭を撫でてやる。途端にドヤ顔がふにゃっと蕩ける。可愛い奴め。
「ミスクロニア王国に到達して早速一戦やらかしてきたんだ。話をスムーズに通すのに協力してくれないか?」
「そうですか……わかりました、すぐに用意してきます。タイシさんはそこに並べてある薬を持って行って貰えますか?」
「ああ、わかった」
錬金工房を後にするマールを見送り、部屋の片隅に並べられている薬の瓶を一つ手に取る。鑑定してみると上級ポーションと表示された。実際の効果の程はわからないが、上級ということはかなり効果が高いんだろう。
マールが錬金術を始めたのはこの屋敷に住み始めてからの話だから、ほんの三ヶ月足らずで上級と呼ばれるレベルのポーションを作成していることになる。
「……ん?」
それだけではない。
今では『疾風の剣姫』と呼ばれる程に剣の腕も上げているし、風魔法に関しても一般的な魔法使いと同等以上のレベルになっている。
俺と出会った時はへっぴり腰でまともに剣も振れなかったのに、今では二本のショートソードを手足のように自由自在に扱っている。
その姿は舞うが如し、という流麗さだ。
「考えてみると俺よりよっぽどチートじゃないか……?」
俺のように好きな技能にポイントを割り振って自由にスキルを覚えられるのならともかく、そういったことができないマールは本来スキル一つ取得するのも大変なはずだ。
しかし、俺の見た限りマールの取得スキルの量と質は五百年以上生きているクスハと比べても遜色のないレベルのものである。
スキルの取得とスキルレベルアップの速度が尋常ではない。
よくよく考えれば剣を握って二~三ヶ月で近衛騎士と互角に切り結べるというのはどう考えても異常だろう。
いや、剣だけならありえるかもしれない。天賦の才があったのかもしれないしな。しかし錬金術と風魔法までともなると、やはり尋常ではないのではないだろうか。
「確か身内に勇者がいるって話だったな」
それにミスクロニア王家は元を正せば勇者の家系であるとも言っていた気がする。マールももしかしたらその素養を受け継いでいたのかもしれない。
俺と一緒に過ごすうちにその才能が開花したのだろうか?
今まであまり気にしていなかったが、冷静に考えてみるとこれはとんでもない話だよな。
鑑定眼では詳細なステータスまでは見えないから細かいステータスはわからないが、今度計測してもらうのも良いかもしれない。
「タイシさーん! 準備完了です!」
「今行く!」
玄関ホールからのマールの呼び声に応え、ポーションをストレージに放り込んで錬金工房を後にする。
再び鍛治工房を抜けて玄関ホールに行くと、新調したミスリル製のバトルドレスに身を包んだマールと、全体的に黒系の革鎧に身を包んだフラムが居た。
マールはもちろんのこと、フラムも帯剣してしっかりと武装している。
「フラムも行くのか」
「はい、お邪魔でなければ」
「守らなきゃならん対象が単純に増えるって意味ではお邪魔っちゃお邪魔なんだが……」
そう言ってマールに視線を向けると、マールは何も言わず小さく頷いた。マール的にはOKらしい。
「でも、だからって屋敷に閉じ込めておけば良いってわけじゃないよな。うん、俺のすることを見て、一緒に色々考えて助けてくれ」
「はい!」
「よし、じゃあ二人ともしっかりと俺に触れてくれ」
俺の言葉に応えてマールは右から俺の腰に抱きつき、フラムは俺の左腕を抱く。革鎧のせいで半減してるけど左腕が幸せで――痛いですマールさんあまり締め付けないでくださいますか。
「行くぞ、離れるなよ」
痛みをおくびにも出さずに耐えながら俺は再びミスクロニア王国の戦場へと長距離転移を行った。
「マーリエル王女殿下、お久しぶりでございます。このようなむさ苦しい場所ではご不便をおかけしてしまいますが、平にご容赦を」
「お久しぶりです、エドワード卿。戦場でそのような堅苦しい礼も気遣いも不要です。面を上げてください」
自らの膝が汚れるのも構わず臣下の礼を取るエドワードにマールは威厳たっぷりにそう言って微笑んだ。なんですかこのカリスマ美少女、俺の知ってるマールじゃないんだけど。
「タイシさん、こちらはエドワード=フォン=ブルスラッシュ男爵です。ミスクロニア王国軍でも特に戦上手と名高い方なんですよ」
「改めて宜しく頼む。しかしタイシ殿の武威の前では王女殿下に戦上手とご紹介いただいても霞んでしまうな」
「俺はいろんな意味で一種の反則みたいなもんだからな、比べなくても良いんじゃないか。それに俺が手を出さなくても勝ってただろ」
ほんとにいろんな意味でチートだからね。別に貰い物の力だからとかそんな方向で自分を卑下しようとは思わないけど、誇るのはなんか違う気がする。
「だが、先ほども言ったようにおかげで多くの兵が死なずに死んだのも確かだよ。マーリエル殿下、今後の行程なのですが……」
エドワードの率いる軍勢はまず周囲に斥候を放ちながら最寄の街であり補給物資の集積場であるリュメールへと向かう。
そこで物資の補給と休息、負傷者の治療を行い、その後ミスクロニア王国の王都クロンへと帰投する予定であるらしい。
「うーん……」
その予定を聞いた俺は思わず唸り声を上げた。
「如何致した? 勇者殿」
「いや、全体の戦局がわからんから偉そうなことは言えないんだが、行き当たりばったり過ぎないか?」
軍を動かすにはとにかく金がかかる。
見たところこの軍勢の規模は約千人ほど、一個大隊規模だろう。この人数の人間を飢えることなく、長期間戦わせなければならないのだ。
重い装備を背負っているし、運動量も多いから行軍させるだけでも大変な量の糧食が必要になる。
いるかいないかわからん魔物の群れを探しながら行き当たりばったりで動かすのは経済的な負担が大き過ぎるだろう。
それに大氾濫の後ともなれば復興にも金を食われるだろうし、兵やその遺族への褒賞や補償もある。雇った傭兵――冒険者にも報酬を払わなきゃならない。普通に考えれば余裕なんてないはずだ。
「我が国はこうした兵の運用程度で屋台骨がぐらつくほどひ弱ではないのだよ」
「カレンディル王国とは地力が違いますからねー。多少金を食っても国民を守る方が大切ですし」
誇らしげな微笑みを浮かべるエドワード。
当然のことであるという様子で飄々と語るマール。
「フラム、何か一言」
「……ノーコメントでお願いします」
俺が活躍してなお割と余裕のないカレンディル王国と大氾濫がまだ収まっていないのに余裕のあるミスクロニア王国。この余裕が本物であるならば地力が違い過ぎるな。カレンディル国王が他国の王女とは言え小娘でしかないマールを恐れるわけだ。
カレンディル王国とミスクロニア王国との間の力関係は把握していたが、これほどまでとは思わなかった。
「あー、とりあえず俺たちはそれに随行するって形で良いんだな?」
「そうだな。足を用意するから、そちらに乗ってくれ」
「わかった。その前に負傷者の治療なら俺が広範囲回復魔法を使えるし、マールが作った上級ポーションもあるぞ」
「上級ポーションは百倍くらいに希釈しても患部にかけるだけで大概の外傷は治りますよ! 骨折してる場合は骨を正常な形に戻してから添え木をして十倍希釈のものを服用すれば大丈夫です。内臓が傷ついている場合は原液のままグイッとどうぞ!」
なんか怖いなその上級ポーション。一体何が材料なんだろうか。
瞬く間に傷が治るのは結構グロいからなぁ。それが薬品によって為されるとなるとマジで怖い。
「因みに材料は昨日タイシさんがとってきたアレの骨髄とか血ですよ」
「ああ、アレか……」
八岐大蛇さん早速活躍か。確かになんかやたら生命力高かったもんな。
フラムにはあの肉の正体を話していなかったので、エドワードと一緒に首を傾げている。
「毒じゃないから……毒じゃないよな?」
「勿論ですよ、ちゃんと処理してあります! 急いで作ったからちょっぴり味は刺激的ですけど」
また優しさ100%カットか。まぁ俺が使うわけじゃないからいいけど。
「じゃあ重症者はポーションで、比較的軽傷なのは俺がやるわ」
その後、俺が軽傷者をまとめて回復し終わった頃に断末魔のようなものが断続的に響き渡った。
何人かの兵が現場に駆けつけて行ったが、数分で帰ってきた。他の兵が何があったのか聞き出そうとするが、彼らは沈黙を守る。
いや、ただ一言だけある兵士が呟いた。
「重傷にさえならなければ、重傷にさえならなければ良いんだ」
やはり優しさ100%カットだったようだ。南無。
二日後、最寄の街であるリュメールに辿り着いたミスクロニア王国軍と俺達は一日の休息を取った。
リュメールの街並みは石造りの建物が多かったクロスロードやアルフェンと趣がかなり異なる。木造の高床式住居が多いのだ。水資源がかなり豊富らしいから、湿気や水害対策なのかもしれない。
そうそう、行軍中に用意された馬車が画期的だったんだ。
荒野の道無き道を土魔法で整地しながら走るんだよ。正確には馬車の裏に取り付けられた整地装置が凄かったんだな。
ミスクロニア王国軍は全ての軍用馬車、もちろん補給を担当する輜重車もこの整地装置を搭載していた。
騎兵はもちろん自身の馬に乗って移動していたんだが、その他歩兵を含めた全ての兵員がこの整地装置を搭載した馬車で移動していた。
カレンディル王国軍とは機動力が違いすぎる。まともにやりあったらカレンディル王国軍はまず勝てないだろうな。勿論この整地装置の運用にはそれなりにコストがかかるそうだから、長期戦になるとどうなるかわからんけど。
というわけでリュメールに滞在しているわけなんだが。
「ハフッ、ハフハフっ! ハムッ!」
「凄い勢いですね」
「タイシさんは本当にお米大好きですよねー」
エドワードが手配してくれた宿で出てきた料理に俺は舌鼓を打っていた。いや、がっついていた。
ミスクロニア王国であるから普通に米が出てくる。ここは高級宿なので出てくるのはピッカピカの銀シャリだ。
沢庵ではないが、白菜っぽい野菜の浅漬けも出てきた。酸味の少ない、どちらかというとしょっぱい系の味で俺の好みだ。
俺ががっついているのは主菜の肉料理である。
5mmくらいの厚さに切ったファングボアの肉を甘辛いタレに漬け込み、それを焼き上げた一品である。
「生姜焼きうめぇぇぇぇぇぇぇっ!」
極めつけに味噌汁である。残念ながら俺の好む白味噌では無かったが、きちんと出汁を取った赤味噌の味噌汁に思わず涙が出そうになった。
因みに具は大根っぽい野菜である。
使い慣れない箸に苦戦しながらなんとかフラムが食事を終える頃には俺はゆっくりと食後のお茶を頂いていた。
恥ずかしながらついつい二回も生姜焼きをおかわりをしてしまった。我ながら食い過ぎである。
「この味付けに使われている調味料が欲しい、切実に」
この生姜焼きらしき料理の味付けには間違いなく醤油が使われているはずだ。味醂か酒が使われている可能性も高い。生姜もきっとあるはずだ。
「あとで料理人を呼んで聞いてみましょうか」
「そうしよう」
その後タイミングを見計らって宿の料理人と接触し、頼み込んで先ほどの料理のレシピと使用した調味料について聞き出すことに成功した。
こちらで『ジャン』と呼ばれている醤油も、『ミニル』と呼ばれている赤味噌もこのリュメール独自の特産品らしい。
少数ながら旅人用に街の中心部にある雑貨店で販売もされていると聞いた俺は矢も盾もたまらず雑貨店へと走った。
「ジャンとミニルをくれ。ありったけ全部だ」
突如現れてそう言った俺に店主は困惑の表情を浮かべたが、俺が金貨を取り出して見せるとすぐに営業スマイルを浮かべた。
雑貨店には俺の好む白味噌もあった。熟成期間が短いと白味噌で、熟成が進むと赤味噌になるらしい。他にもジャンやミニルを使った漬物も売っていた。勿論樽単位で購入した。
サービスで酒と味醂を一瓶つけてくれた。ひゃっほい。
領地を得たら絶対にこの街と交易しよう。森から最寄の街だし、王都クロンまで整備された街道も伸びているらしいから、妥当だろうと思う。まだまだ先の話だけど。
ホクホク顏で雑貨屋の外に出る。店主と従業員がわざわざ俺を見送りに外まで出て深くお辞儀して見送ってくれた。
そうして宿に向かって歩いていると正面からフラムが小走りで近づいてくる。飛び出した俺を追ってきたんだろうか。
「ごめんごめん、居ても立っても居られなくてな」
「いえ、心配はいらないとは思いましたが……少し歩きませんか?」
「いいね、腹ごなしに散歩でもするか」
マールが後で拗ねそうだが、それは夜に埋め合わせしてやろう。存分にな! 流石に行軍中に致すのは自重してたからね、ふへへ。
防音結界を使うとか夜間は屋敷に帰るとかやりようはいくらでもあったんだけども、一応この国ではマールは正真正銘のやんごとなき身分のお姫様だからね。
リュメールに着いた時も市民の皆様の熱烈な歓迎ぶりが凄かった。
「何かスケベなことを考えている顔ですね」
「バレたか、鋭いな」
「そういう顔は見慣れてますから、自然と敏感になります」
なるほど、フラムはある意味マールよりもそういう視線に慣れているだろうなぁ。出るところは出てて引っ込むところは引っ込んでるメリハリのある身体だし、称号を見る限り元々は正規の騎士だったみたいだし。
カレンディル王国にも女性兵士や騎士がいないわけではないけれど、その数が決して多くないということは軍と一緒に行動した俺はよく知っている。恐らくなんだかんだ言っても男社会なんだろう。
その中で珍しい女性騎士となれば好奇の視線、あるいは下卑た視線に晒されることも少なく無かったと思う。
しかしそれがどうして暗殺者部隊の隊員になってしまったんだろうか?
「マール様……いえ、マーリエル様は本当に王女殿下なんですね」
「そうだな、俺も少しビックリだ」
フラムのポツリとした呟きに俺は頷いて答える。
確かにマールは色々残念な面があるからなぁ。普段は威厳とかいう言葉とは無縁な感じだし。
それがキリッとした表情と慈悲に溢れる笑顔を駆使して周りの人間に畏敬の念を抱かせまくってるんだぜ。朝とかだらしない笑み浮かべて涎垂らして寝てるくせに。
「私はその、本当にマール様とご主人様の傍に居ても良いんでしょうか。私は卑しい犯罪奴隷で」
「あー、やめやめ。そういうのは気にしないでくれ、頼むから。俺が領地を持ったり独立して国を作ったらフラムには俺の第二夫人になってもらうのが確定してるんだからな」
「えっ……?」
「えっ?」
「ええぇぇぇぇぇっ!?」
なぜだか急にフラムさんが慌て出しましたよ。いや、意味わかんないんですけど。
俺は妾とか側室ってそういうものだと思ってたんだけど。
「あ、えっ? あの、第二夫人に? あの、私は、そんな」
「今更何を慌ててるんだお前は。というか、最初に略奪愛を仄めかしてたのフラムだろ。あれは冗談だったのか? あんなマールに根回しして俺の逃げ場を塞いで迫ってきたのになんでそんなことで慌てるわけ?」
顔を真っ赤にしてあたふたとするフラムさんが史上最高の可愛さを発散しまくっている。普段クールな女性が顔真っ赤にしてあたふたするのって嗜虐心を刺激される。
俺だけか? いや、俺だけではあるまい。
しかし本当に意味不明である、何故今更になって慌てるのか。
「その、私は元々ご主人様とマール様の命を狙い、犯罪奴隷に落とされた上に買われた身ですし……マール様が身籠った際にご主人様のお世話をするだけで――」
そう言ってフラムは視線を逸らしながら赤い顔でもごもごと言葉を濁した。
あれ、ちょっとこの子凄い可愛いというか愛しいんですけど。これでやられない男って余程の朴念仁ではあるまいか。
まぁそれはそれとして。フラムは本当にあれか、性処理の道具か何かにでもなるつもりだったのか。
「というか、それじゃあんまりだろ、確かに俺達は色々あった仲だけどな。俺の甲斐性なんて高が知れてるかもしれないが、幸い腕は二本ある。既に一人抱えちゃいるが、お前もう一人くらいは抱えられるぞ。なめんなよ」
手を差し出す。
フラムはなんだか複雑な表情で少し逡巡していたが、最後には恐々としながらも俺の手を取ってくれた。
俺はその手を引いて、フラムを抱きすくめる。
急に抱きすくめられて強張ってはいたものの、その身体は女を感じさせる特有の柔らかさがあった。
よく鍛えられてもいるそのしなやかな身体をそのまま抱きしめていると、俺に身体を預けるようにフラムの身体から力が抜けた。
「これからもよろしくな、フラム」
「はい、ご主人様」
潤んだ漆黒の瞳が俺の目を見つめ返してくる。俺とフラムは自然と顔を寄せ合い、そして――殺気?
咄嗟にフラムを抱いたまま前へと跳躍し、フラムを背に庇って殺気の主と対峙する。
「ドーモ、タイシ=サン。マールデス」
そこには満面の笑みを浮かべたマール=サンがいらっしゃった。マール=サンの眼が笑っていない。アイエエェェ……何故怒っていらっしゃるのだろうか。
フラムとの仲は公認じゃなかったんですか!? やだー!
「ナンデ!? マール=サン怒ってるのナンデ!?」
「最近私を蔑ろにしすぎだと思います! 慈悲はありません! イヤーッ!」
マールが鞘に入れたままの愛剣を両手に構えて殴りかかってきた。
おいやめろ馬鹿、鞘に入れたままでも魔力撃は実際危険。やめるべき、殺されたくないのでやめるべき。
というか踏み込みが速い、こいつ風魔法を応用して加速してやがる!?
「グワーッ!」
リュメールの空に俺の断末魔めいた声が響き渡った。
この後滅茶苦茶絞り取られた。
「……?」
「どうしたのかしら?」
「ネーラ様の出番の霊圧が消えました」
「ステラ、貴女たまにわけのわからないことを言うわね」
「同時に私の出番の霊圧も消えたと思いますか? 残念、消えたのはネーラ様の分だけです。私はほら、ミドルサイズ&メイド枠なので。姫枠と巨乳枠のネーラ様ほど絶望的ではありません」
「なんだかよくわからないけれど、何となく腹が立ちますわね!?」