第三十八話~未開の森で未知との遭遇をしました~
「ほっ、はっ……っと!」
飛びかかってきたワニの首だけのような外見をしている魔物を蹴り砕き、素手で粉砕しつつ俺は密林の中を疾駆する。
獣人の村を発った俺は一度屋敷に戻った後、クロスロード東にある森の中の遺跡へと長距離転移を行い、そのままミスクロニア王国に向かって森の中を走り出したのだ。
マールとフラムも着いてきたがったのだが、俺の進行速度について来られないのは確実だったので、屋敷に置いてきた。
代わりにミスクロニア王国で必要になりそうな物資やなんかの手配を言いつけてきたので、仕事には不自由しないだろう。
因みにマールは朝一番で登城してクロスロード東の領有権についてカレンディル王に了承させてきたらしい。昨日話し合ったように、ミスクロニア王国との擦り合わせをしっかりと行うことを条件として、だったらしいけども。
それに関しては仕方ないだろう。森自体がミスクロニア王国との国境としても機能している以上カレンディル王国の意向だけで決定するわけにもいかない。
塩の流通を押さえられているカレンディル王国の立場は弱いようだしな。
それはそれとして、問題は。
「うおぉっ!?」
欝蒼と茂る密林を抜けてちょっとした広場に出た俺の目の前に先ほどのワニの頭のような魔物の横隊が展開していた。ガバッと顎を開いたその奥には純白の光が煌々と輝きを放っている。
「おい、馬鹿、やめろ」
顎の魔物の口腔から純白の光弾が一斉に発射され、俺に向かって殺到してくる。
俺はその光の津波に対して一歩も動かずに両手を突き出す。
魔力を集中、発動。
俺の前面に光の障壁が発生し、その障壁に当たった魔物の光弾が次々と爆発を起こす。
生意気にも純粋魔法レベル2で習得できる魔弾相当の威力があるようだ。
威力の基準となるPOWが俺に大きく劣るのか今のところ大事はないが、これは確かに一般的な冒険者や騎士団では突破するのが困難だろうと思う。
まずこいつらの数が問題だ。
多い、なんかもう四方八方から襲いかかってくる。
そしていくら仲間がやられても向かってくる攻撃性の高さと、集団で狩りを行う狡猾さ、おまけに口から魔力光弾まで放ってくるときたもんだ。
俺の魔力障壁を抜けるほどの威力はないが、板金鎧くらいなら貫通して内部から人体を粉砕する程度の威力はあると思う。
しかもキルゾーンを設定して獲物を追い込んで、横隊を組んで一斉射撃とかゴブリンよりも頭が良いんじゃないだろうか。
「フハハハハ! 無駄無駄ァ!」
次弾が来る前に横隊に飛び込み、抜き放ったミスリルソードと四肢を使った格闘攻撃で顎の魔物達を蹂躙する。
あ、レベル上がった。
十数分後、流石に形勢不利と見たのかやっと顎の魔物達は撤退して行った。軽く百匹以上は倒したんじゃないだろうか。
気配察知の反応を見る限り、俺を襲ってきた群れの約九割を殲滅したと思う。損耗率九割でやっと撤退とか攻撃性高すぎるだろ。やっぱ頭悪いのかね。
できる限り奴らの死体も回収しておく。
身体の構造が気になったので何体か掻っ捌いて見たところ、体の半分以上が顎で構成されていた。専門家じゃないから詳しいことはよくわからないが、生物としてどうなんだこれ。
内臓とかそういうの足りてるの? というか足無いんだけどこいつらどうやってあんな高速で走り回ったり飛びついてきたりしたの? 謎すぎる。
今度出会ったら一匹くらい生け捕りにしてみるか。
「んー、次行くか」
一直線にではなく、大きくジグザグの軌道で蛇行しながら東へと向かう。
何をやっているのかというと、森の事前調査だ。
先住民的な人々がいたら接触を持とうと思って生き物の気配が多い場所を探してはダイナミックに突っ込んでいる。
今のところゴブリンの集落を三つほど、トロールの巣を二つほど発見している。
一応コミュニケーションを取ろうと試みはしたが、見事に襲われたので殲滅しておいた。
我ながら理不尽な話だと思うが、放置して後に俺の領民が襲われたら大変なので仕方ない。コミュニケーションが取れず敵対的な先住民にはご退場願うことにする。
俺の気配察知レーダーは現在最大範囲で展開中だ。
多分半径数kmくらいが範囲になっていると思……ん? 今一瞬反応があったと思ったんだが、消えたな?
五個か六個くらい反応があったんだが、急に消失した。よし、調査しよう。俺はすぐに反応があった方向へと足を向けた。
足を向けたと言っても、走るというより木々の間を縫うように跳んでいると言った方が正しい。
密林の中は意外と高低差もあるので、手頃な岩や木を足がかりにポンポンと飛び跳ねて移動している。風魔法で空を飛んでも良いんだけど、それだと木々に隠れた遺跡とか見逃しそうなんだよな。
実際に遺跡とか遺構らしきものも幾つか発見したし。流石に探索まではしてないけど。
考え事をしながら森を疾駆していると、微弱に危険感知が働いた。
正面から包み込むような感覚を覚え、咄嗟に腕を顔の前で交差させてガードの態勢を取る。もちろん走ったそのままの勢いでだ。
「うおわぁぁぁっ!? なんじゃこりゃぁぁぁ!?」
目に見えない何かに宙吊りにされ、思わず叫び声を上げる。
そして何処かから更に何かが俺に向かって発射され、あっという間に俺はぐるぐる巻きにされてしまった。なんだこりゃ、蜘蛛の糸か? かかったのもデカイ蜘蛛の巣っぽい。
ガサリ。
と音がしたので不自由な身体をなんとかよじってその方向を見る。
木の上から逆さまに女性の上半身が覗いていた。俺は真正面から蜘蛛の巣に突っ込んだので、普通に逆さまに見える。
肩くらいまで伸ばしていると思われる綺麗な銀髪が重力に従ってゆらゆらと揺れていた。顔立ちは整っている。ルビーみたいな紅い瞳。
眉毛のあたりと額にも目の色と同じ紅い宝玉のようなものが合計で三対、つまり目と合わせて八つのルビーが俺の顔を覗きこんでいる。
女性が重力に従って樹上からドスン、と降りてきた。
シュタッ、ではなくドスン、である。
「魔物娘……そういうのもいたのか!」
彼女の下半身は蜘蛛そのものだった。
いや、本来蜘蛛の頭部がある場所から人間の女性の上半身が生えていると言った方が正しいか。
頑丈そうな紅の甲殻で構成された蜘蛛の身体を動かして彼女が俺の側まで歩いてくる。落下音は大きかったが、動きは機敏でしかも音もほとんどなかった。
よく見ると上半身というより膝から下が蜘蛛の身体と繋がっているらしい。蜘蛛の頭部は頭部で別にある。首の後ろから生えている感じだろうか。
肌の色は普通の人間と変わらないように見える。残念ながら綺麗な藍色の着物の下に隠れているが、なかなかのおっぱいである。カリュネーラ王女と良い勝負か。
というかあるんだな、着物。彼女が着ているのはどことなく浴衣っぽいデザインだ。
「怖がらないのね」
彼女は不思議なものを見るような顔をして小首を傾げた。うむ、綺麗だし可愛いな。
「引っかかった時はびっくりしたけどな」
「そう。私達の姿を見ると人間は普通怖がるんだけれど」
そう言いながら近づいてきた蜘蛛女はおもむろに俺の頬を撫で、いきなりキスをしてきた。しかもディープなやつである。
何を考えているのかわからないので取りあえずされるがままにしておく。何か唾液とは明らかに違う甘い液体が送り込まれてくる。これが目的か。
美人が相手だからって役得とか思ってませんよ、ええ。ほら、拘束されてるし仕方ないよね。
あ、でもこの前もこういうので油断して失敗したんだよな。いかんいかん。
でもほら、マールさんも一番がマールさんなら多少は許すって言ってたしこれは許されるよね。俺許される!
ごめんなさい。仕方ないじゃない、男の子だもの。
「一応俺には結婚を前提としてお付き合いしている愛しい女性がいるんだが」
「減るもんじゃないでしょ?」
「まぁ確かに。でも良心の呵責がだね」
「ごちゃごちゃ五月蝿い……それにしても随分と余裕ね?」
破ろうと思えばすぐに破れる拘束だしね。毒の類も俺には効かないしそりゃ余裕ですわ。
「まさか、いきなりキスされてドキドキしてきたよ。まさかこれが恋」
「私のオクスリが効いてきたんだと思うわ。激しい動悸と息切れが起きるのと、あと興奮作用があるの」
適当に言ったら衝撃的事実が返ってきたでござる。
「あまり危険はなさそうだな」
「たまに心臓が破裂しちゃうけど」
「うぉい!? すっげー危ないじゃん! そんなもんホイホイ飲ますなよ! というかそんなもん飲ませてどうするつもりだよ!」
「ペロリと頂くに決まってるじゃない」
そう言って蜘蛛女はペロリと俺の頬を舌で舐め、妖艶な笑みを浮かべた。
「やめて! 私に乱暴するつもりでしょう!? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!」
「そのえろどうじんとかいうのは知らないけど、乱暴はするわよ。捕食的な意味で」
うは、きたこれ! 俺的にはもうね、ばっちこいですよ。守備範囲広いんで。
これきっとアレですよね、エロいやつですよね。聞いてみちゃおうかな! 俺聞いてみちゃおうかな!
「性的に?」
「肉的に」
ん?
「……性的に?」
「肉的に」
うん、わかってた。そんな都合の良い展開なんてないですよね。
ごめんよマール、俺調子に乗ってた。浮かれてた。やっぱお前が一番だ。
「そういうのやめようぜ。せっかくこうして話し合えるんだ、争うことはないだろう。というかわざわざ人間なんて食わんでも肉なんていくらでも食えるだろ」
「あ? 本気にした? 嘘に決まってるじゃない、お馬鹿ね」
「ちくしょう! 騙された!」
じゃれている間に目の前の蜘蛛女に似た気配が複数近づいてくるのを気配察知レーダーで捕捉した。
かなりのスピードだ。つまりこの森での生活に順応してるってことか。
「お疲れ。人間か、珍しいな」
ガサガサと藪を掻き分けて出てきたのは蜘蛛男だった。目の前の蜘蛛女と同じように、大蜘蛛の首の付け根辺りから男の身体が生えている。こっちは草色の着流しのようなものを身につけている。腰には鉈みたいなのをぶら下げてるな。
顔の造形はかなりのイケメンだ。複眼だけど。蜘蛛男は俺に顔を近づけてまじまじと凝視してくる。
おいやめろよ、男に顔を近づけられても嬉しくないんだよ。
「取りあえずお持ち帰りだな、毒は?」
「飲ませたんだけど全然ダメ。耐性でもあるのかしら」
「もっと飲ませてくれても良いんだぞ?」
「じゃあ俺が飲ませてみるか」
「おいやめろ馬鹿ごめんなさいやめてくださいやめろおぉぉぉぉっ!」
糸に雁字搦めにされたまま身を捩って必死に抵抗する。あっちもわざわざ男とディープキスはしたくなかったのか、すぐに諦めてくれた。
危なかった、無理矢理にでも拘束を破って暴れるところだった。
そうしているうちに他の蜘蛛人間達も集まってきた。全部で五人か。
「行きましょうか」
俺の身体が蜘蛛の巣から外され、最初に俺を捕まえた蜘蛛女の背の部分に乗せられる。うつ伏せに乗せられたので蜘蛛女の形の良い尻が目の前のにある。眼福だ。なんまんだぶなんまんだぶ。
多分村とか巣とかそういう感じの場所に運ばれるんだろう。
おお、動き出した。揺れも少ないしかなり速い。そしてお尻がふりふりと目の前で揺れておる。良いぞ良いぞ、苦しゅうない。
蜘蛛女の背に揺られること十数分、急に森が開けてだだっ広い空き地のような場所に出た。いや、よく見ると大きめの建物が幾つかある。
あと地面にでかい扉みたいなのがたくさんある。ハリケーン対策のシェルターみたいだな。俺の記憶にあるのより扉がでかいけど。
どうやら蜘蛛人間達は地上にある大きな建物に向かっているらしい。
「で、俺はどうなるんだ?」
「悪いようにはしないわよ」
俺の問いに蜘蛛女はそう答えてズンズンと建物に向かって歩いて行く。
何やらこっちを見てる蜘蛛人間が結構いるな。みんな浴衣とか着流しっぽい和風テイストの衣服を身につけている。
鑑定眼で見てみると、どれもこれも高品質以上の『アルケニアシルク』製の衣服と表示される。あの服、自前の糸で織ってるのか。
結構着心地良さそうだなぁ、一着作ってもらえないだろうか。
「着いたわよ」
「おう……おぅ?」
到着した大きな建物はどうやら倉庫のようだった。
天井からは様々な獣の干し肉や干し魚などがぶら下がっており、中身が詰まっていそうな樽や、植物を編んだ籠に入れられた色とりどりの野菜や果物が置かれている。
わぁい、ぼくさいきんこんなかんじのたてものみたことあるよ。
「お姉さんや」
「何かしら?」
「俺が思うにここはいわゆる食料庫とか呼ばれる場所ではないかね?」
「あら、よくわかったわね。褒めてあげる」
「肉的な意味では食べないんじゃ?」
「肉的な意味では食べないと言ったわね。あれは嘘よ」
そう言って蜘蛛女が手をワキワキさせながら迫ってくる。しかし顔がにやけているので冗談というのがバレバレであった。
一応こっちも様式美として抵抗する素振りを見せる。様式美って大切だよな。
「必要以上に怖がられるのも嫌だけど、全く怖がられないのもそれはそれでなんかイヤ」
「そんな我儘言われてもなぁ」
いつでも拘束から抜け出せる上に毒は効かないとわかってるし、怖がる理由がない。でかいし威圧感はあるけど、元の世界でそういうのは慣れてるしなぁ。ゲームでだけど。
「興味はすごく沸いてるぞ。どんな種族なのか、何故こんなところに住んでいるのか、どんな文化を有しているのかとかな。着ている服にも興味津々だ」
そうして話している間になんか豪華な着物を着た蜘蛛女が現れた。
むむ、美人さんだな。普通の眼だけでなく、ルビーみたいな複眼が三対ついてるの同じだけど。他の蜘蛛人間は銀髪だけど、この美人さんだけしっとりとした艶やかな黒髪だ。
他の蜘蛛人間よりも甲殻が重厚で黒っぽい辺り、ボスっぽい。ここのまとめ役とかなんだろうか。
「ふむ、この男が……?」
俺を見下ろし、首を傾げる美人さん。こっちも相手をガン見してやる。ついでに鑑定するか。
名前:クスハ=ツチミ
レベル:38
スキル:長柄武器3 格闘4 危険察知2 気配察知3 隠密3 結界魔法3 回復魔法3 土魔法3 水魔法2 風魔法2 火魔法1 弦楽器3 調理3 裁縫4 手芸4 鑑定眼 粘糸 鋼糸 毒糸
称号:生体兵器 統率ユニット 捕食者 呪縛を破りし者 知性ある魔物 魔物の統率者 導く者 機織り名人 嫁き遅れ 百年乙女 未亡人(嘘) 五百年乙女
賞罰:なし(時効)
んげっ!? こいつ鑑定眼もってやがる!?
向こうは向こうで俺の鑑定結果を見たからか冷や汗的なものを垂らして固まっている。
訪れる沈黙。
周りの蜘蛛人間は俺たちの様子を見て不思議そうに首を傾げている。そうだよな、鑑定眼持ってないとこの状況は意味不明だよな。
取りあえず俺は拘束を解くことにした。
力任せに俺をぐるぐる巻にしている糸を引き千切り、立ち上がってポンポンと体についた埃やら糸の残骸やらをはたき落とす。蜘蛛人間達はそんな俺の様子を見てあんぐりと口を開けていた。
なかなか丈夫だったからね、この糸。下手するとミスリル糸よりも丈夫かもしれん。
「ドーモ、クモニンゲン=サン。勇者です」
『うぇえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』
そこは『アイエェェェェェ!? ユウシャ!? ユウシャナンデ!?』と言って欲しかった。
その後は大混乱だった。
一目散に逃げ出す者、武器や己の肉体を使って俺を攻撃しようとする者、それを必死で止める者、きょとんとした表情で固まる者、あたふたと右往左往する者……ちなみにボスっぽい人は必死で攻撃を止めていた。
「や、やめよ! 無理じゃ! 我らが束になってかかっても敵わん、皆殺しになるだけじゃ! やめよ! 許してたもれ! 我らはただ静かに暮らしているだけなんじゃ! 許してたもれ!」
黒髪の美人蜘蛛が泣きながらそう言うので、とりあえず襲いかかってきた蜘蛛人間に関しては攻撃を避けたりいなしたりするだけに留めておくことにする。
というか魔法障壁張っちゃえばいいか? いや、魔法を行使するのは危ない気がするからやめておこう。
戦闘に巻き込んで食料がダメになったら勿体無いし、外に出るか。
攻撃を防ぎながら食料庫から脱出し、更に四方八方から飛んでくる攻撃を防ぐこと数分。やっと攻撃が止んだ。
飛んでくる矢やら投げ槍やらを素手で掴んで投げ返し、飛んできた糸は魔力を込めた蹴りだの拳だので吹き飛ばし、武器や蜘蛛の足による攻撃は飛んだり跳ねたり転がったりして避けた。
俺の周りは飛んできた糸の塊やら折れた矢やら投げ槍やらがいっぱいである。本気で殺す気だっただろこれ。
「この通りじゃ。平に謝罪する故、許してたもれ……」
そしてこの土下座である。
黒髪の美人蜘蛛を始めとして俺を襲った蜘蛛人間やらその他の蜘蛛人間やらがそのでかい図体で器用に俺に土下座している。いや、なんかこれ俺が悪者みたいな構図じゃない?
というかよく見ると普通の人間もいるし、どういうことなの。
「いや、まぁ……いいけども。怪我したわけでもないし。それよりも落ち着かないから顔を上げてくれ、話し合おう」
俺がそう言うと黒髪の美人蜘蛛ーークスハは安堵の表情を浮かべた。
「我らはアルケニアと呼ばれる種族じゃ。古くは二十六式特型歩兵と呼ばれておった」
「……なんで種族名が二つあるんだ?」
地面にあったシェルターのようなもののうち奥まった場所にあるものに招待された俺は緑茶のようなものを啜りながらクスハにそう尋ねた。
なんだか急にファンタジーに似つかわしくない名前が出てきたぞ、特型歩兵とか。
「アルケニアという名は我らが世に放たれてから自然とついた名で、二十六式特型歩兵というのは創造主たる者達が付けた名じゃよ。もっとも、二十六式特型歩兵と名付けられた時より我らは大きく変質している故、アルケニアというのが正しいじゃろうな」
クスハの話をまとめるとこうだ。
大昔、クスハ達は創造主とやらに造られた生物兵器であったらしい。その頃は殆ど理性らしい理性はなく、仲間以外の全てを殺して喰らうだけの怪物だった。
しかし、長い時の流れの中で理性と知性を獲得する個体が現れ始めた。突然変異なのか、それとも。
「恐らく長い年月を経て思考制御術式が緩んだんじゃろ。我らは元々人間を素体として造られた存在じゃ。理性と知性を得るのも道理というものよ」
しかし、理性と知性を獲得した時には全てが遅すぎた。
人間を始めとした殆どの知性体に理性のない魔物としての認識が広まりきってしまっており、和解して溶け込むことは難しくなってしまった。
そこで彼らは人間が足を踏み入れないような場所にひっそりと住むようになったのだという。
「結構な人数がいるようだが」
「先ほど言ったように素体は人間じゃからの、人間と交配が可能なんじゃよ」
「マジで? 生命の神秘だな」
卵生なのか胎生なのか気になるな。胎生だとしたら出産する時に蜘蛛部分が母体を傷つけたりしそうだぞ。
というかどっちが生まれるんだ? アルケニアがいっぱいいるってことはアルケニアが生まれやすいのだろうか。
「言っておくが、人間を攫ってきたりしているわけではないぞ。森に入り込んで魔物に大怪我を負わされたりした人間を救助したりして、村に残ってくれると言った者にだけ残ってもらっておる」
「拒否したら?」
「魔法で我らの事を忘れてもらってから森の外に帰しておる、やましい事は何一つない。まぁ、残るのは足や腕を失った者が多いの。外に戻ってもロクに働けないし、そうなれば生きてゆけん。ここに居れば食いっぱぐれることは無いからの。種族が違うとはいえ嫁なり婿なりがつくしの」
蜘蛛っぽい部分を除けば美男美女ばっかだったよな、アルケニアの皆さんは。
どうやって致すのか気になる。正常位は無理だろう、この身体構造だと。
「何やら視線がいやらしいんじゃが」
「大いに興味があるが、今はそれよりも話すことがあるな」
興味が沸くのは男として当然だよな、クスハもすごい美人だし。え? そうでもない? 人外はちょっと? 俺はイケるね。
俺はクスハに俺の計画を話した。
この森の領有権をカレンディル、ミスクロニア両国から頂くつもりであること。その後に獣人達の村を作るつもりであること、そしてカレンディル、ミスクロニア両国を結ぶ交易路を敷設する予定であること。
「……我らは古くからこの森にひっそりと隠れ住んできたのじゃ。いきなり領有権を主張されても承服しかねるの」
「まぁそうだよな」
頷ける話だ。
どれくらいの期間なのかはわからないがこの森は彼女らの生きる場所であり、また彼女らを守る要塞でもあるのだ。
後からいきなり入ってきて『ここ俺の領地ね!』と言われて『はいわかりました』という話にはならないだろう。
「そもそもお主は何故この森を選んだのじゃ? 他に適した土地はいくらでもあるじゃろうに」
「囲うのが獣人だからな、自然が多い場所のが良いだろうと思った。後は俺の嫁がミスクロニア王国の姫だから出来るだけ近い場所が良かったんだよ」
「ならばミスクロニア王国で領地をもらえば良いでは無いか」
「俺の、俺による、俺のためだけの国を作りたいんだよ。だから両国の法が及ばない未開の地を選ぶ必要がある」
「……それはどんな国なのじゃ?」
「人間、獣人、アルケニア、その他の知的種族全てが平等に生きられる国にしたいな。そうすれば俺は誰に憚ることもなく獣人をモフモフできるし、アルケニアの作る着心地の良さそうな服を着られる」
「我らも入っているのか?」
「それくらいの甲斐性は見せるさ。俺はお前らが欲しい。その代わり、俺はお前達を守る」
赤い複眼が俺の顔をじっと見つめてくる。心の奥底まで覗き込もうとでもしているようだ。
勿論俺は目を逸らさないで見つめ返す。やましいことなど何もないし、事実そうしたいと思うからな。
アルケニアの作る服はどう見ても和服っぽいし、協力を得られれば浴衣姿のマールを見ることも夢ではない。
「欲望に濁った目じゃのぅ」
「そりゃな、徹頭徹尾自分のためにやってることだし。細かいことはうちの嫁をそのうち連れてくるから、その時に話し合ってくれ。まだミスクロニア王国との話もついてないし、現状は絵に描いた餅でしかないのも確かだしな」
頭を掻く。
本当に、まだ現段階でははっきりしたことは何も言えないからな。
「近いうちにまた寄るつもりだけど、何か欲しいものはないか? 調達して欲しいものがあるなら出来る範囲で調達してくるぞ」
「いやいや、お主自然な流れでそのまま何処かに行こうとしているようだが、そうはいかんぞ。ここから出るならばこの場所の記憶を全て消させてもらう」
「断ったらどうする? 無理矢理にでもやるか? やれると思うのか?」
俺の返答にクスハは苦虫を噛み潰したような顔をした。鑑定眼を持っているだけにそれがどれだけ無理なことか理解出来るのだろう。
卑怯だが暴力を背景としたこのやり方は俺が切れる最強のカードであることは間違いない。俺としては出し惜しみするつもりなど毛頭ない。使えるなら最大限使う。
汚いは褒め言葉だ。
「……汚いのう、卑怯すぎるじゃろ」
「はっはっは! まぁ、天災に巻き込まれたとでも思って諦めてくれ。それに悪いようにはしないぞ。言葉が通じて、交渉の余地があって、しかも俺の望むものを持っている相手なら尚更な」
笑ながら俺はストレージから幾つかの短剣と槍を取り出し、クスハの前に並べて見せた。
クスハは俺が何もないところから物を取り出したのを見て興味深そうに片眉を上げたが、すぐに俺の取り出した短剣に目を奪われたようで手に取ってマジマジと観察し始めた。
「長く生きてきたが、これ程の品を見たことは今まででも一度きりじゃぞ」
短剣を革製の鞘から抜き、その刃を仔細に眺める。
鑑定眼を持っているクスハの目にははっきりと『超越的』な品質のダガーと表示されている事だろう。というか一回見たことあるのか、それはそれで凄いな。
「俺が作った物だ。協力してくれるならこういうものも融通出来る。代わりに俺もアルケニアの作る着物が欲しい。ビジネスとしても悪くない話だろ?」
お互いに鑑定眼を持っているからごまかしも利かないしな。
「というわけで、俺はミスクロニア王国に急ぐんでまた今度な。アルケニア以外にも話が通じそうな連中が居るなら今度来た時に教えてくれ。あと、まぁ色々考えておいてくれ」
「断っても無駄なんじゃろ?」
従うくらいなら一族郎党死に絶えてでも戦うとか言われたら流石に諦めるけどな。別にそこまでして従えようとは思わないし。
その時は互いに不干渉って辺りを落とし所にしたいもんだ。
「まぁ、そうだな」
とは言えこの本音を伝えるわけにもいかないので適当に返事をしてお茶を濁しておく。
クスハが深く溜息を吐いた。うん、悪いとは思っている。だが私は謝らない。
「……はっ!?」
「どうしました?」
「またタイシさんに新たな女の気配が近寄っている気がします!」
「良いじゃないですか、囲う甲斐性があるなら」
「それはそうですけど、私の知らないところで増えるのはちょっと」
「そうですね……じゃあ今晩も二人で尋問しましょうか」
「そうしましょう! 先手は私で」
「昨日もそうだったじゃないですか。今日は私で」
「ぐぬぬ」