第三十五話~獣人の村を支援することにしました~
こりゃ思った以上に深刻だな、というのがソーン達に案内されて村を見回った感想だ。
明らかに急場しのぎで作られたと見て取れる粗末な木製の柵、踏み荒らされて無残な姿を晒している畑、家屋の大半は半壊か半焼といった雰囲気だ。
十分に風雨を凌げなさそうな家屋には呻き声を上げる負傷者が複数横たわっているし、看病している人々も疲れきっているようだ。
そして何より。
「うーん、予想を遥かに超える視線の痛さ」
「当たり前でしょ、人間に住処を追われたり家族を奪われたりした人達が多いんだから」
メルキナはそう言いながら立ち位置を変えて俺に厳しい視線を送ってくる住人達の間に入ってくる。良いヤツだな、こいつ。
マールが居なかったら惚れてたかもしれん、残念。
シェリーは少し距離を開けているが、カレンがぴったりくっついてくれてるのは同じような気遣いだろう。良い子だなぁ。
「どこに向かうんだ?」
「まずは倉庫だな、そこで食糧と医薬品を出してくれ。トロールは倉庫の裏で捌こう」
ソーン達も俺の周りを固めてくれている。まぁ食糧も医薬品も足りないような状況だ、人々の心も荒んでいるだろうし……と思っていると俺達の行く手に武装した獣人達が立ち塞がった。
一番目立つのは屈強な体躯の熊だ。
いや、正確には熊の獣人なんだろうが……熊そのものとそんなに違いがないだろうこれ。手に鬼が使うような金棒を持っているから辛うじて獣人だってのはわかるけど。
その他には槍を持った虎耳の女と、人間の上半身を持つ馬のような女、こりゃケンタウロスってやつかね。得物は薙刀と短弓か。
なんなんだろうな、この獣人ってのは。人間の身体に獣の身体の一部を持つようなのと、二足歩行する獣って感じのガチの獣人と両方が混在している。
よし、人間ぽいのを半獣人、二足歩行の獣っぽいのを獣人と呼ぼう。そう決めた。口に出したらなんか怒られそうだけど。
「随分な拾い物をしてきたわね、ソーン。今日の獲物というには食いでが足り無すぎるんじゃない?」
「そうでもないさ。そこを通してくれないか? デボラ」
熊さんことデボラの声を聞いて一瞬耳を疑った。なんかすげぇ色っぽい大人の女性って感じの声だった。ギャップありすぎだろ、熊のクセに。
ドスドスと音を立てて熊が俺に近寄ってくる。なんですかおい、マルカジリされるんですか俺。
でけぇ、軽く二メートル以上あるなこいつ。俺も背が低い方じゃないけど見上げるレベルだぞこれ。
じっと見てくるので俺もじっと見返してやる。意外とつぶらな瞳だなこいつ、モフモフさせてくれないだろうか。
「ふ、ん……害意は無さそうね。どうしたのよ、この子」
「パトロンになってくれるってよ」
「はぁ?」
デボラが気の抜けた声を上げる。
それにしてもこの子、はないだろうに。あ、そういや俺今十九歳くらいの外見なんだっけ。ついつい忘れがちだな。
道すがらソーンがデボラに事の経緯を説明し始めた。国作りの話に入ったときにデボラがなんとも言えない微妙な視線を向けてきたが、概ね納得してくれたようだ。
「与太話はともかくとして、物資は魅力的ね」
全然納得してなかった。私の物資だけが目的なのね! 悔しいっ!
というか与太話と斬って捨てるのが早すぎやしませんかねぇ? 絶対に見返してやるんだからな畜生。
虎耳娘とケンタウロス娘の様子を窺ってみるが、俺と目が合うと殊更に厳しい視線で睨みつけてきた。なんだよもう、俺が君らに何かしたわけじゃなかろうに。
そうしているうちに倉庫らしき場所に辿り着いた。
ネズミっぽい耳を生やした小柄な半獣人が二人で入り口を警護している。倉庫の警護にネズミとはこれいかに。
「「ソーンさん、お帰りなさ――げぇっ!? 人間!?」」
二人でハモって驚いている。よく見るとこの二人、見分けがつきそうにないレベルで顔が一緒だな。双子だろうか。ネズミだけに双子どころじゃなかったりしてな。
とりあえずこの手の反応は今日一日続きそうだし華麗にスルーしてトロールの死体をその辺に放り出しておこう。
ネズミ半獣人の双子っぽいのと話しているソーンを放って置いて猫獣人のレリクスに指示を仰ぐ。
「ああ、その辺に適当に出しておいてくれ。俺は人手を集めてくる」
そう言ってレリクスは来た道を戻っていった。俺はそれを見送りながらトロールの死体をストレージから取り出した。
ううむ、この巨体を捌くのは大変だろうな。ストレージのメニューで解体してやっても良いが、そこまではしてやらんでもいいか。
話がついたのか倉庫の中に案内されたので次は食糧をどんどん出していく。
「随分と出てくるな……」
「最近はそうでもないけど、王都に着いたばかりの頃は国を敵に回して逃亡するかもしれなかったからな。その頃にかなり買い溜めたんだよ」
ソーンの呟きに答えながら焼きしめたパンや干し肉、ドライフルーツをはじめとして豆類、干し野菜、乾物に燻製、自作の塩漬け肉。そういった保存食だけでなく温かいスープや肉の串焼きなど屋台で買った品も出てくる。
温かいスープやシチューは鍋ごと購入したようなものもあり、そこそこ量がある。冷ましても仕方ないのでソーン達は早々に配給の手筈を整え始めた。
最低限、というか俺が取っておきたい僅かな高級食材やすぐに傷んでしまうものを除いてほぼ出し切る。
保存の利く食糧は倉庫の奥に、できるだけ早く食った方が良いものを手前に、すぐに食うべきものは倉庫の前に並んだ。
他には傷薬や解毒剤、各種病気に効く薬等も分けて倉庫に突っ込んでおく。一瓶ずつラベルが張ってあるから文字さえ読めれば整理には困らないだろう。
包帯や清潔な布、水の入った樽なども放出する。燃料となる薪も多少ストックがあったので放出しておく。
「ざっとこんなところだな。ほぼすっからかんになったぜ」
「ありがと、これでしばらく凌げるわ」
倉庫内に並んだ物資を見てパメラが目をパチパチしている。どこか耳がピンと立ってる感じがするので、きっと喜んでいるんだろう。
残っているのは魔物の素材とか食えそうに無い死体、武器や鉱石、自分用に最低限取っておいた食糧や魔法薬の類だ。かなりストレージの中身がスッキリした。
配分や整理はソーン達が勝手にやるだろう、俺は知らん。
「次は怪我人と病人の治療だな。確か怪我人達が集められている建物があったよな?」
「私が案内するわ。着いてきて」
デボラがそう言って歩き出す。虎耳娘とケンタウロスの女はこの場に残って荷物の整理か何かに従事するようだ。
ノシノシと歩く巨熊女の背中について歩く。俺の目の前には身体に対して小さな尻尾が尻の動きに合わせてふりふりと揺れていた。ヤバい、触りたい。
「ふぉおおぉぉぉぉっ!」
「ひゃんっ!? ちょっ!? こらぁっ!」
誘惑に負けてデボラの尻尾をぼふぼふと触ったら金棒でぶん殴られた。
危なく首から上が無くなる所だった、なんて凶暴な熊なんだ。
「何するのよ!? ぶん殴るわよっ!」
「もうぶん殴ったじゃないですかやだー! というか目の前でそんな可愛い尻尾がふりふり揺れてたらモフりたくなるだろう、常識的に考えて」
「むっ……そ、そう? それなら仕方ないわね。でも勝手に、いきなり触るのはやめなさい。貴方は人間だから知らないんでしょうけど、私達にとって尻尾を触られるのは恥ずかしいことなのよ」
何故かデボラの怒気が収まり、どことなく照れているような仕草をし始める。これが色っぽいお姉さんなら生唾ゴックンものなのだが、目の前にいるのは体長2mを超える熊である。しかも凶悪な金棒つき。実にシュールだ。
「わかった、許可を取って触ることにする。ということで触って良いか? もっと念入りに」
「こ、こんな人目のあるところでそんなの無理に決まってるでしょ……もう、馬鹿なこと言ってないで早く行くわよ」
声だけなら色っぽい、なんという残念熊。しかし人目につかないところなら良いのか! 胸が熱くなるな!
馬鹿なことばかり考えていても仕方ないので大人しくその後ろについていく。
傷病者を収容している建物に近づくにつれて饐えた匂いが鼻を突いた。衛生状態もあまり良くないようだ。
「清潔な布や水、衣類もあったほうが良いな」
「そうね、残念ながらそういった物も不足している有様」
「とりあえず汚れてても良いから布をありったけ集めてきてくれ。俺が魔法で綺麗にする」
汚れている布でも浄化をかけて煮沸消毒すれば使えるだろう。煮沸消毒するための釜だの水だのお湯だのは俺が魔法でなんとでも出来る。
デボラが頷いて去っていくのを見送り、俺は半ば野戦病院の様相を呈している建物の中へと足を踏み入れる。
酷い切り傷を負っている者、左足の膝から下を失っている者、創傷から膿を滲ませて苦悶の声をあげている者。その他にも大小の傷を負った者達を合わせて十六人の患者が居た。
人間である俺が怖いのか、看病をしていた数人の女の子達は建物の隅に固まってこちらをじっと見ている。
「ソーンに紹介されてこの村に来たタイシ=ミツバだ。ここの患者に回復魔法を使いに来たんだが、適当にやっていいのか?」
怖がられるのは仕方ないので、できるだけ平静に、優しい笑顔を浮かべて問いかけてみる。
ちなみに怪我人の世話をしていたのは小柄でヨークシャテリアっぽい顔の犬獣人の子と、アライグマかレッサーパンダかタヌキかわからないけどそれっぽい感じの獣人の子、あとウサミミの半獣人の子だ。ウサミミきたこれ。
犬獣人とタヌキ獣人の子もモフモフ加減が実に良さそうだな、ふへへ。
『……』
浮かべた笑顔が嘘っぽかったのか寧ろ引かれた。何故だ。解せぬ。三人が抱き合ってフルフルと震え始める。
しかしやたら敏感に反応するな、ここの人々は。獣人には超感覚とかそういうものが備わっているんだろうか。
とにかくこうしていても仕方ないので、俺は魔力を集中してまずはこの建物ごと患者達に浄化の魔法をかける。
体中が一瞬シュワっとしたような感覚に包まれ、俺の身体と着ている物も一緒に浄化された。隅っこで震えていた三人も一瞬ブルっと震えて目を白黒させている。
次に俺は一番手前の患者に近寄った。
鋭い刃物のようなもので斬られたような傷が左肩口から右脇腹までザックリと入っている。
包帯を剥がしてみると、傷口は膿んでヤバげな匂いを発し始めていた。怪我人は屈強な感じの虎顔の獣人なのだが、意識が無いのか苦悶の声すら上げていない。
身体を触ってみるとまだ温かいし、弱々しげにだが呼吸はしているのでまだ生きているんだろう。ただ、気配察知で感じられる気配の大きさは体格や屈強さに反して消えかけだし、魔力眼で見てみるとかなり魔力が弱くなっている。所謂瀕死状態だな。
まずは普通の回復魔法をかけてみる。
「……効かんな」
半ば予想していたことだが、普通の回復魔法は殆ど効果を現さなかった。
普通の回復魔法というのは健康で、栄養も行き渡っている対象には問題なく効果を現す。その反面、この患者のように満足な食事も摂れず基礎的な生命力が弱っている対象には効きが悪い。
対処法がないというわけではない。俺は今使用した普通の回復魔法――ヒールとは別種類の回復魔法を使うべく魔力を集中する。
回復魔法レベル3で修得した魔法、リジェネレーションだ。
このリジェネレーションは術者の魔力をエネルギーに変換して対象の損傷箇所を補填する。つまり相手が弱っていても関係なく癒せる。それどころか欠損した四肢すら再生できる。
「すごい……」
俺の手に宿ったリジェネレーションの魔法光が虎獣人の胸の傷をジワジワと癒す。膿んで変色していた傷口がビデオの早回しのように急速に治っていく。何度見てもちょっと気色悪い光景だ。
いつの間にか近寄ってきていた犬獣人の女の子がその様子を見て目を輝かせていた。
ちなみに回復の魔法薬なんかは原理的にはリジェネレーションに近い。強力な魔法薬は四肢の欠損すら治すのだそうだ。マールの魔法薬はそこまでいってないようだけども。
全身の傷を癒し終わる頃には虎獣人の寝息は穏やかなものに変わっていた。とりあえずこれで死ぬことはないだろう。あとはちゃんとメシを食って体力を戻せば動けるようになるはずだ。
「次行くぞ、ヤバいのから先にやるから案内してくれ」
「は、はいっ!」
犬獣人の子に重症の患者から先に案内をしてもらう。
次は馬っぽい獣人で、背中に多くの刺し傷と右脛から先の欠損が見られた。背中の刺し傷はやはり化膿しており、欠損している右脛の傷口も壊死が始まっているようだ。今生きているのが不思議なくらいの傷だな。
「ぬぬぬ……」
再度リジェネレーションを発動させて馬獣人を癒し始める。
魔力がぐんぐん吸い取られて行くのがわかる。実はこのリジェネレーションという魔法は回復魔法を操る人間にあまり人気の無い魔法だ。
何故なら魔力効率が滅茶苦茶悪い。そして普通の回復魔法より治癒に時間がかかる。指一本再生するのに一人前の回復魔法の使い手が三人くらい魔力をからっぽにしなければならない。
例えば先ほどの虎獣人が健康で普通の回復魔法か効いたのであれば恐らくMPの消費は10から15くらいで済んだだろう。
実際に先ほどの虎獣人の治癒に使ったMPは72である。単純計算で最大七倍くらいに消費が跳ね上がるのだ。平均的な回復魔法の使い手のMPはせいぜい100から120くらいなので、一日に二人は癒せない。
この馬獣人のように右脛の先を失って死にかけ、となると恐らく一日では癒しきれないだろう。数日に分けて癒すことになるか、数人がかりで癒すことになる。
「お、おお? 俺は……?」
新たな右脛から先を生やした馬獣人が意識を取り戻した。流石俺、指どころか足一本生やしてもなんともないぜ。
その後も次々と患者達を癒していく。一番酷かったのは先ほどの馬獣人で、他は最初の虎獣人と同程度かそれ以下の患者ばかりだった。
とは言っても数が数、十六人も居たので流石の俺も少々疲れてしまった。見てみると4438もある俺のMPが半分以下の2122まで減っていた。
「あ、あの、お疲れ様でした。ありがとうございます」
犬獣人の子が俺の横で俺を見上げながら尻尾をフリフリしている。なにこの可愛い生き物、お持ち帰りしたい。
とりあえず距離が近かったので捕獲して存分に頭を撫でてやる。よーしよしよしよしよしよし!
なんか最初変な声を上げていたが、すぐに大人しくなったのでそのまま撫で続けた。さっき浄化をかけたせいか触り心地が非常に良い。
立ったまま撫でるのも今ひとつに思えたので座って胡坐の上に抱いて撫でまくる。あー、いいわー、これこそ癒しだわー。
「持ってきたわよ……って、ええ?」
山ほどの布を抱えてきたデボラが建物内の様子を見たのか素っ頓狂な声を上げる。
「おう、大体終わったぞ」
「そ、そう……」
そう言って大量の布を抱えたデボラの視線はチラチラと俺の胡坐の上に抱かれて撫でられまくっている犬獣人の子に向かっていた。
犬獣人の子はもうされるがままに目を閉じて俺に撫でられている。ゆらゆらと振られている尻尾が可愛くて生きるのが辛い。
「と、とにかく折角持ってきたんだからこれなんとかして頂戴。良いわね?」
そう言ってデボラはさりげなく犬獣人の子を俺から取り上げて布の山を押し付けてきた。ご無体な。
「おお、怪我人はどうなった?」
「俺にかかればちょちょいのちょいってやつだ。全員治ってピンピンしてるぞ」
デボラに押し付けられた布の山に浄化をかけ、土魔法で作った釜にぶち込んで煮沸消毒を終わらせてきた俺は倉庫まで戻ってきた。
倉庫の前では既に炊き出しが始まっており、村人達が久々の十分な量の食事に舌鼓を打っている。トロール肉を燻製にする作業も始まっているようだ。
「……本当よ」
ソーンの疑わしげな視線にデボラが答える。
え? 疑われてたの俺? 信用無さすぎじゃね? いやまぁ仕方ないんだろうけども。
「そうか、本当にただものじゃないんだな」
「だから勇者だって言って――」
気配察知と危険察知が同時に警鐘を鳴らす。
村に近づいてくる複数の気配がある。危険察知も働いたということは何か悪いものだろう。
数はそう多くは無いが、気配察知で感じる気配というか生命力がトロールよりかなり大きい。
「何か来るな」
そう言って俺は踵を返し、気配が接近している方向に向けて歩き出す。
ソーンとデボラも遅れて後ろについてきた。途中で二人とも近づいてくる気配に気付いたのか、雰囲気が変わる。
そう広くない村なので、すぐに村を囲む柵へと辿り着いた。俺の身長と同じくらいの高さの柵を飛び越え、柵の外で気配を待ち構える。
「ここは任せておけ」
そう言って俺は腰のミスリルソードを抜き放ち、同じく柵を乗り越えようとしていたソーンとデボラを制した。
他にも勘の良い住人が武器を持って集まってくる。兎獣人のパメラやデボラに付き従っていた虎獣人の女の子も駆けつけてきたようだ。
木々をなぎ倒して気配の主が姿を現す。
「なんだこりゃ」
見たことのないタイプの魔物だった。数は三匹。
三匹のうち一匹の見た目は直立した竜のような感じで、首が長くて生えている角が捻れている。どことなく禍々しい雰囲気を発しているソレは魔物というより悪魔っぽい。
背中には小さな翼もあるようだが、あの小さな翼では飛べるようには思えない。飾りだろうか。
後ろの二匹はなんか真っ黒い身体に異様にひょろ長い手足の魔物だ。なんか癪に障る声でウヒョウヒョ笑っている。
魔力眼で見てみると、やたらと放射している魔力が強い。ちょっと今までに見た事がないタイプの魔力パターンだ。
そんな感じで観察していると、直立した竜のような魔物が唐突に凄い勢いで突進してきた。避けるのは簡単だが、避けると背後の柵を突き破って村に侵入されるのは確定だろう。任せろと行った手前、そうするわけにはいかない。
対処法を考えているうちに近づいてきた魔物の長い首が素早く伸び、その牙で俺に喰らいつこうとしてくる。
「とうっ」
とりあえず噛まれたくないので全力でその顎を蹴り上げた。魔物の巨体が縦回転しながら吹っ飛ぶ。
『えっ』
後ろのソーン達だけでなく突進してきた魔物の後ろでウヒョウヒョ笑っていた黒い魔物からも驚きの声が上がった。あ、普通に喋れるんだね君たち。
縦回転しながら飛んで行った魔物は地面に叩きつけられてピクリとも動かない。
「隙あり」
足に魔力を込め、地面を爆砕させながら二匹居る黒い魔物のうち一匹へと迫る。
振り下ろした刃が黒い魔物の頭頂部から股下までを一気に叩き斬り、次いで放った横薙ぎの一閃がひょろ長い両腕ごと胴体を真っ二つにした。
どばっ、と赤黒い体液を撒き散らして黒い魔物が崩れ落ちる。
「死ねー」
返しの刃ですぐ近くにいるもう一匹の黒い魔物に斬りかかる。
咄嗟に逃げようとしたようだが、俺の剣の方が遥かに早い。背中をざっくりと切り裂き、倒れたところを容赦なく踏み抜いて更に剣を突き立てて止めを刺す。
この間僅か十秒足らずの出来事だ。
『……』
後ろで見ていた獣人の皆様は口をあんぐりと開けてポカーンと呆けている。仕方ないね、俺の圧倒的な力に平伏すが良い。クハハハハ!
とか悦に浸っているとさっき縦回転しながら飛んでいった直立した竜っぽいのがプルプル震えながら起き上がった。生まれたての子馬のようなプルプル加減だ。へいへーい、足に来てるよー。
奴との間合いは二十メートル弱だろうか。俺が蹴り上げた顎の辺りから白い煙が上がっている。どうやら治癒しているらしい。面妖な。
『GHAAAAA!!』
魔物がよくわからない叫びのようなものを上げる瞬間、危険察知が警告を発した。魔力眼に反応、魔力の塊のようなものが眼前に迫っていた。
「うおっとぉ! なんだ魔法か?」
咄嗟に魔力を込めたミスリルソードで魔力の塊を切り払う。魔力眼じゃないと見えないところからすると空気弾か衝撃波か何からしい。魔法を使ってくる魔物って初めて見る気がするな。
そういえば特に深く考えずにやったが、魔力撃であれば魔法を剣で破壊することも可能なんだな。使い勝手良すぎだろう魔力撃。魔力撃が使えるかどうかで一流か二流か分かれるってのは伊達じゃないな。
竜魔人(勝手に名づけた)がギャーギャー言いながら次々と放ってくる不可視の攻撃魔法を次々と斬り捨てながら俺は悠々と歩を進める。
『GHUOOOOOOO!』
鋭くて頑丈そうな爪の生えた腕を振り上げ、竜魔人が俺に向かって間合いを詰めてくる。
今度は最初のような愚直な突撃ではなく、明らかに近接戦闘を意識した間合いの詰め方だ。
「よっ、ほっ、はっ」
こいつ、かなり頭が良いな。
ただがむしゃらに腕を振り回してくるのではなく、きちんとした戦闘技術として確立された攻撃を行なってくる。
両手の爪で牽制し、時には肘を使って攻撃し、蹴りの隙を尻尾での薙ぎ払いによってカバーしながら攻撃してくるのだ。しかも先ほどの不可視の攻撃魔法まで織り交ぜて攻撃してくる。
デボラの実力はわからないが、ソーンがこいつと戦ったら多分五分と持たないんじゃないだろうか。
ただまぁ、相手が悪い。
『GHYUUU!?』
突き出してきた腕を爪ごとバッサリと切り裂き、返す刃で薙ぎ払ってきた尾を切断する。
こちらの顔に向かって飛んで来た不可視の魔力弾を魔力を込めた拳で打ち砕き、回転しながら放った後ろ回し蹴りで竜魔人の横っ面を打ち抜いた。
頭部への打撃で竜魔人の身体がグラリ、と傾ぐ。
「ふんっ!」
気合一閃、ミスリルソードの斬撃が竜魔人の首を刎ね飛ばした。巨躯が膝から崩れ落ち、倒れる。
俺はさっさと竜魔人の死体をストレージに収納した。ついでに他二体の黒い魔物の死体も回収しておく。後で冒険者ギルドか商業ギルドに持って行って鑑定してもらおう。
振り返り、村へと一歩踏み出すと獣人達の半分ほどが身じろぎして一歩後ろに下がった。
「……うーん」
流石に苦笑いするしかない。
まぁ当然と言えば当然か。彼らの大半は人間に対して良い感情を持っていないようだし、その人間が想像もつかないほど強い力を持っているのを目の当たりにすればそりゃ怖いだろう。
ソーンやデボラもそれに気付き、なんとも言えない表情をしている。
「ソーン、とりあえず今日のところは帰るぞ。明後日また来るから、必要なものがあればリストアップしておいてくれ」
「ああ……」
すまなさそうな表情でソーンが頷く。
確かに少し哀しいが、こればかりは仕方がない。まだ俺はここの村人達と信頼関係を築けていないんだから。
「あとカレンかシェリーか治療所に居た犬獣人の子お持ち帰りさせてくれないか」
「帰れ!」
ちっ、けち臭いやつめ。ソーンの罵声を浴びながら俺は王都アルフェンの屋敷へと転移した。
「おかえりなさいませ」
屋敷につくとすぐにメイベルが俺を出迎えてくれた。ジャック氏は恐らくマールに付き添っているんだろう。
「ああ、ただいま。マールは?」
「まだお戻りにはなられておりません」
もうじき昼か。今の時点で帰ってきていないなら、恐らく話し合いの後に食事、それからお茶してから戻ってくる感じかね。
帰りは昼過ぎってとこだろう。
「タイシ様、昼食は如何なされますか?」
「そうだな……フラムを連れて外で食ってきても良いか?」
「はい、ではそのように」
マールが居ないならフラムに付き合ってもらうとしよう。フラムと二人で話す良い機会だしな。
未だにどう接したら良いのかわからないんだが、いつまでも苦手意識を持っていても仕方ないしここは少し頑張ってみる。そういう仲にもなってしまったしな。
一旦寝室に行き、革鎧をストレージに放り込む。これ便利なんだよな、スポーンと脱げるし。
これを利用すれば某怪盗三世ダイブもやろうと思えばできる。やらんけど。
激しく汗を掻いたわけではないが、一応もう一回全身と着ている下着に浄化をかけておく。エチケットとしてね。
「ご主人様、失礼します」
浄化をかけ終わったところでフラムが寝室に入ってきた。俺の姿を見て固まっている。
「ああ、ちょっと待ってくれ。今服を……ってなんで服を脱ごうとしているんだ」
「いえ、呼ばれて来たらご主人様が脱いでいらしたのでそういうことかと」
真面目な表情でふざけたことをのたまるフラム。アレなんだよね、こいつほんと真顔でこういうこと言うんだよね。微妙なセクハラ発言とか普通にしてくるし。
いや、別に嫌じゃないってかウェルカムなんだけど。美女とか美少女にセクハラされるのって興奮するよな。マールも対抗して色々してくるので鼻の下伸びまくるよ。
「違う。それも魅力的な選択肢だが違う。外に飯でも喰いに行かないかと思ってな。デートだよデート」
しかし今日は色々とやることがある。なので鋼の意思でここはNOと言っておく。
「……なるほど、お楽しみは最後にですね」
「そっちから離れようぜ」
「欲求不満なんです。もっと求めて下さっても良いんですよ」
「明け透け過ぎる……! だがそれが良い。でも今日は飯とデートな。デートっつっても商業ギルドとか冒険者ギルドとか市場とか回るだけになるかもしれんけど」
肉体的に繋がるのは気持ち良いし、安心する。スキンシップをもっと取っていくべきなのかもしれない。
というかマールからして、まず最初に下半身をがっちり捕まえてきたからな。やっぱ女が男を落とすなら胃袋かキンタマをがっしり握るのが一番なんだろうね。男の子だからね、仕方ないね。
「今日はお預けですか?」
「夜になったら二人まとめて相手にしてやるよ」
とりあえずそう言ってお茶を濁しておく。
マールが居ない間にこっそりこう、関係を持つっていうのはどうにも後ろめたくていけない。
フラムのことはマール自身が認めているし、きっと気にしないかやきもちを妬いて迫ってくるくらいで済むとは思うんだけどな。
メイド姿のフラムを伴って第三城壁を越え、新市街へと入る。
新市街の様子はまだまだ大氾濫の影響を払拭できたとは言えない状況だ。大氾濫直前に比べれば大通りにまで溢れていた無宿人の姿は減ったものの、まだ路地裏には疎開してきた人々が溢れている。
一方で大氾濫を乗り越えた今、復興は急ピッチで始まっている。
第四城壁の外にはしっかりとした区画整理の元、新々市街とも呼べる区域が整備されつつあり、区画整理から漏れた場所には早くもバラックが立ち始めている。
過去に比べて類を見ないスピードで大氾濫が収束したため王都近郊の農村部は比較的被害が少なく、流通や経済に対する影響も思ったより少なくて済みそうだ、という見通しも国により発表されている。
混沌とはしているもの、全体としてみれば決して悪くない方向に事態は転がり始めているようだ。混沌とした街を行き交う人々の顔には笑顔がある。
「混み合っていますね」
「そうだな、周りには気をつけていこう」
メイド服の美人を横に侍らせて歩いているので目立って仕方ないわけだが。まぁこれだけ目立っていれば逆にトラブルには巻き込まれ難いだろう。
俺は、と言うとクロスロードで買った古着よりも生地からして上等な服を着ている。見た目だけなら貴族の子弟が着ているのと同じような品質のものだ。
腰には先ほど竜魔人を倒すのに使ったミスリルソードをそのままぶら下げている。フラムは武器を持ってきていないらしい。
新市街を暫く歩き、商業ギルドへと足を踏み入れる。
カウンターを見てみるが、いつも鉱石や薬草、素材の類を取引しているヒューイが見当たらない。
「ヒューイを呼んでくれ。超お得意様が来たからダッシュで来いって」
仕方ないのでカウンターの担当者にそう言うと三分ほどしてヒューイが現れた。俺の顔を見てあからさまに嫌な顔をしている。
「なんだそのいかにも『うわ、めんどくさい奴がきやがった』みたいな表情は」
「わかってんなら言わせんな恥ずかしい。今日はなんだ? 見ての通り忙しい――おい、その美人のメイドさんはなんだ、マールちゃんはどうした」
「お初にお目にかかります、タイシ様の妾のフラムと申します。よろしくお願いいたします」
「畜生爆ぜろ!」
フラムの自己紹介を聞いたヒューイが天井を仰いで絶叫する。クハハ、負け犬の遠吠えが心地良いわ。
しかし割と切実に遊んでいる場合でもないので早速本題を切り出すことにする。
「食糧や衣類、医療品なんかをまとめた補給物資を買い込みたいんだが、手配できるか?」
俺の注文にヒューイは少し考え込んだ。
「手配が出来るか出来ないか、で言われれば出来る。だが大量にとは言うが、実際どれくらいの量が欲しいんだ? わざわざここに来て買い付けるくらいだから、まともな量じゃないのはわかるんだが」
「そうだな、四十人から五十人くらいの兵をとりあえず一ヶ月飢えさせないで済むだけの食糧が欲しい」
「騎士団一個小隊の一ヵ月分ってところか。かなりの量になるぞ?」
「どれくらいになるんだ?」
「馬車で八台から十台分くらいだな」
想像以上の量である。ストレージの限界に挑戦だな。
「オーケー、それで良い。すぐ用意できるのか?」
「まぁ一日貰えれば用意は出来るが……本気か? やっぱ無理です受け取れませんとかナシだぞ」
「大丈夫だ、問題ない」
全部入らなかったらテヘッ、ごめんとか言えば良いだろう。なんとかなるなる。
「じゃあ明日の今頃にもう一度来る。代金は商業ギルドに預けてる俺の資金から引いといてくれ」
「毎度、今度また武器を持ってきてくれよな。問い合わせが殺到してるんだよ」
「気が向いたらな」
そう言って商業ギルドを後にする。フラムが律儀にヒューイに向かってお辞儀をしていた。
そういや外でメシを食うって言ったってどこがいいもんかね。適当に歩きながら探すか。
「あんなに大量の物資をどうするんですか?」
「ちょっとな。そうだ、フラムは獣人についてどう思う?」
歩きながら俺はフラムにそんなことを聞いてみた。フラムは少し考えた後に口を開く。
「特に思う所はありません。今も昔も、これからも人間に仕えているんじゃないでしょうか」
うん?
「仕えているってどういうことだ?」
「? 獣人は人間に仕えるものですよ?」
何を当たり前のことを、という顔でフラムは首を傾げる。
むぅ、これがカレンディル王国の人間の一般的な反応ってことなんだろうか。無条件に何の疑いも無く『獣人は人間に仕えるもの』として認識しているとなると、かなり根が深いな。
「あー、いや。よくわかったよ。たまに獣人を見かけるから、どういうものなのかと思ってな」
「そうですね。感覚が鋭く、強靭な身体を持ちます。繁殖力は人間より高く多産で、人間との間に子を為すこともできます。寿命は人間より短く、長くても五十年くらいと言われていますね」
血が濃い者は所謂獣人となり、人間との混血度によって半獣人になったりならなかったりするらしい。
半獣人と人間の子はほぼ半獣人となり、獣人と半獣人の子は半獣人になったり獣人になったりするそうだ。そして人間と獣人の間には比較的半獣人が生まれやすいという。
「昔は妾に半獣人を持つ貴族の方が多かったそうです」
「何故だ?」
「獣人や半獣人には家督を継ぐ権利がそもそもありませんからね。孕ませても跡目争いが起きないので。それに獣人や半獣人はアッチの方も具合が良いんだそうです。根っからの奉仕種族ですからね。今は避妊が簡単ですから、人間の妾を持つ貴族のほうが多いようですけれど」
そう言ってフラムは右手で作った輪っかに左手の人差し指を通す。やめなさい、淑女がそんなはしたないサインするんじゃありません。
「今でも獣人や半獣人の妾を孕ませて産ませた子供同士をトレードするのが流行っているそうですよ、一部の貴族の間では」
「トレードしてどうするんだよ」
「育てて新しい妾にしたり、自分の奴隷と掛け合わせて愉しんだりするらしいです。妾の獣人や半獣人に産ませた子供を奴隷商に売り払うということもよくある事だと聞きます」
反吐が出るような話だった。そもそも同じ人間として見ていないというわけだ。
この辺りは黒人奴隷なんかと同じ、と考えれば良いだろう。彼らはこの世界の獣人や半獣人と同じく、人間ではなく家畜のようなものとして扱われていたそうだから。
これは思ったよりもずっと根の深い問題なんじゃないだろうか。
いや、俺自身別にそんなに道徳的な人間でもないし、人種差別という言葉を聞くとアレルギーのように過剰反応するような性質も持っていなかったはずなんだが。
というよりそういう差別問題と無縁だったんだよな。俺の住んでいた国にも色々な形での差別はあったようだが、幸い俺はそういったものと関わることがなかった。
『豊かで文化的』な世界でも差別というものは無くならないっていうのに、この世界でそれを無くすことなどできるんだろうか?
「ご主人様?」
「ああいや、少し考え事をな」
「獣人が気になるなら奴隷市場に行きますか? きっと色々居ると思いますよ。買うならマール様に一言相談した方が良いと思いますけれど」
「いや、そういうつもりは今のところは無い。それよりもメシ屋を探そう、メシ屋を」
まぁなんだ、戦闘能力という意味ではほぼ極地に達しているんじゃないかと思うし、そういう『実体の無い敵』と戦うのも一興だよな。
いざとなれば暴力に訴えればなんとでもなるだろう。ならないか? いや、なんとかなるだろう。色々と形振り構わなければだが。
とにかく今は色々と準備を進めていくとしよう。全面的に俺の為にだけど。
「それで終わりですか?」
「ぐっ、こ、これ以上は!」
「まだまだ私のターンは終わって……!?」
「如何なされた?」
「なんだかここで粘っているせいで凄く損をした気がします!」
「「なら早く帰って、どうぞ」」