第三十一話~大氾濫の謎が深まりました~
11/1より新しい職場へ。
開幕6連勤務とはたまげたなぁ……
働きたくないでござる! 働きたくないでござる!_(:3」∠)_
王都へと部隊を送り終わった俺は、マールと一緒に第四城壁の外、元々『壁外』と呼ばれていた場所に留まっていた。
元々壁外と呼ばれる区域があった場所には多くの天幕が張られ、王国軍や義勇兵達の野営地と化しているのだ。当然、グロウディスから転移してきたばかりの俺達もそこに留め置かれることになった。
俺達が地方に救援に行っている間にかなりの数の廃墟や残骸が撤去されたらしく、均された広大な土地に吹く風がどことなく冷たく感じる。
「タイシさん、魔力はどうですか?」
「半分と少しって所だな」
同時に複数の転移門を作ったりして移動効率を高めたのだが、そのせいで魔力消費が激しくなってしまった。
これからすぐにクロスロードまで戦力を移動させたら結構カツカツになってしまいそうだ。
「とにかく、マールは防具を修理してこい。慣れない防具を調達して無理についてこようとしてもダメだからな」
「トロールハイドアーマーもありますし……」
「ミスリルメッシュとミスリルチェインの重ね着でも傷を負ったんだぞ。トロールハイドアーマーだったら腕が落とされていたかもしれん。却下だ」
ついてこようとするマールの言葉を却下する。
どちらにしろもうカレンディル王国の大氾濫は終わるだろうし、マールが無理に危険を負う必要は無い。
俺はズルいから自分のことは棚に上げるけどな、経験値欲しいし。
「まずは現地の偵察に行ってくる。部隊の展開地点も決めなきゃならんしな」
「はい、気をつけてくださいよ」
俺は頷き、接合剣を掲げて長距離転移を発動する。移動先は……冒険者ギルドで良いか。
フッと視界が歪み、少し懐かしいクロスロードの冒険者ギルドの光景が目に入ってきた。
ギルド内に人はまばらだ。恐らく魔物討伐に駆り出されているんだろう。
突然現れた俺にギルドカウンターの人がぎょっとしている。ウーツのおっさんはいないみたいだな。
「よう、久しぶり。ウーツのおっさんかクロスロード騎士団のトワニング団長、あるいは一番隊のワルツ隊長に会いたいんだけど、どこに行ったら会える?」
トワニング団長には西門周辺に行けば会えるということなので、俺はすぐに取り次いでもらえるよう緊急伝令の腕章を借りてさっさと西門へと向かった。
西門付近には武装した冒険者や兵士達、炊き出しをしているおばちゃんや怪我人を治療している聖職者や錬金術師達でごった返していた。
俺はそこら辺の兵士を捕まえ、緊急伝令だと告げてトワニング団長の下に案内してもらう。
「誰かと思えば……久しぶりだな、タイシ殿。いや、今は勇者殿と呼んだ方が良いかな?」
「好きなほうで呼んでくれ。状況はどうなんだ?」
「悪くはないが、良くもないな」
トワニング団長が言うには魔物の質はともかく、数が多すぎて対処に苦労しているのだそうだ。
数の圧力が高いから野戦を仕掛けることもできず、かと言って城壁上からの攻撃ではなかなかな敵の数を減らせない。
一日に数度、羽の生えた赤い魔物が大挙して押し寄せてくるのもよろしくない。こいつらだけは質も高いうえに飛んでいるので厄介らしい。
実際、負傷者の殆どはその赤い魔物にやられているらしい。すぐに戦線が崩壊する程ではないが、日ごとに負傷者が増えてジリジリと消耗しているとのことだ。
「赤い魔物ねぇ」
俺が今まで戦ってきたモンスターの種類なんてものは大した数じゃない。
『大氾濫』だし普段出てこないような魔物も出てくるんだろう、と考えていたのだが今まで全く見たことのない魔物が沸いてくるとなるとそいつらは一体何処から来るんだろうか?
思いつくのは首都で見たあの黒い闇だ。恐らく転移門の一種だろうということは想像に難くない。
アレがどこか街の近くに開いて次々と魔物を吐き出しているんじゃないだろうか?
あの闇の奥がどこに繋がっていて、何がいるのかっていうのはあまり想像したくないけど。
ただ、デカブツを倒したら王都の事態が収束したことを考えれば、あの闇の奥に大氾濫を引き起こす何かが居るんだろう。
うーん、魔物という存在とか起源について調べていけば良いんだろうか。
何はともあれ、まずは大氾濫を乗り越えなければ話にならない。
城壁の上から展開場所の目安をつけた俺は再び王都へと引き返した。
混成軍の指揮官との検討を重ね、クロスロードの外側にある丘の上に展開することになった。
クロスロードの街中に戦力を送る案も出たが、クロスロードの城壁は王都の第四城壁に比べて展開できる戦力が限られているため、大部隊を展開することが出来ず増援の意味があまり無い。
魔物の質の低さを考えると、俺の突撃で敵を減らした後に野戦で片付けるのが良いだろうと判断された。
再び暇な部隊輸送を開始する。
正規兵と義勇兵から構成される混成軍は併せて約2000人程も居る上に、義勇兵は正規兵に比べて行軍速度が今ひとつなのでなかなか部隊展開が進まない。
全ての部隊が展開を終えるまでに残りMPが1000を切ってしまった。
「さて、どうしたもんかね」
丘の上に展開した正規兵・義勇兵混成軍を見て溜息を吐く。
野戦に備えて布陣を開始しているようで、武器を手に兵達が動き始めている。
日が落ちるまでは一刻ほどか。
日が落ちる前に片付けられるだろうか? 今までのペースを考えれば不可能ではない。
魔力が少々心配だが、魔力消費が比較的少ない接合剣での攻撃や魔力爆発を多用すればやれないことはないだろう。
魔力の回復を待ち、明日の朝になってから戦う方が確実ではある。
その分クロスロードの防衛戦力、及び今しがたこちらに転送してきた混成軍の被害が大きくなる恐れも大きくなるわけで……判断が難しい。
夜になれば魔物の攻撃は確実に活発化する。この夜を越せない人が何人いるだろうか。
「んー……」
俺は難しく考えるのをやめた。下手の考え休むに似たり、こういうときは身体を動かすに限る。
そもそも考えても結論の出ない問題だ。
やらない後悔よりもやる後悔をここは取っていこうと思う。
俺が動くと動かざるとに関係なく魔物はクロスロードを襲い続けるわけで、それなら俺が一匹でも多く減らした方が被害は少なかろうし。
俺一人なら逃げるのもなんとでもなるしな、うん。そもそも俺が突っ込んで戦って注意を引いたほうが防衛戦力にせよ混成軍にせよ被害は少なく済むだろう。
よし、決めた。
俺は混成軍の指揮官に突撃する旨を伝え、機を見て魔物の掃討に移るよう伝えておく。
今回の混成軍の指揮官は王都での俺の戦いしか見ていなかったため了解を得るのに多少苦労したが、グロウディスでの俺の戦いを見ていた仕官の口添えもあってなんとか了承を得ることが出来た。
「くれぐれも気をつけてください、貴方が倒れれば士気に大きな影響が出ます」
「大丈夫だ、ヤバくなったら逃げるからな。吶喊するぞ!」
そう叫んで俺は混成軍の頭の上を跳び越すように大ジャンプし、魔物の集団に突撃を開始する。
敵軍の中核戦力はゴブリンで、中にはトロール等の中型の魔物も居るが強力な個体は殆ど居ない。
グロウディスを襲っていた魔物に比べれば魔物の質は月とスッポン、とまでは行かないがかなりの開きがある。
接合剣を振り回して雑魚を蹴散らしつつ群れの中心へと進んでいく。
上空からもしこの光景を見ていれば、魔物の群れを切り裂いていく俺の姿を見ることが出来るんじゃないだろうか。
立ちはだかったトロールを飛び蹴りで吹っ飛ばし、巻き込まれたゴブリン達が悲鳴を上げる。
退路は既に大量の魔物達が塞ぎ、全周囲を囲まれたような状態だ。群れの中心まで吶喊した俺に魔物達の視線が集まる。
そんなに見つめるなよ、照れるじゃないか。
飛び掛ってきたゴブリンを裏拳で粉砕し、別方向から飛び掛ってきた大型の狼のような魔物を後ろ回し蹴りでミンチにする。
魔物の密度が更に高まってきた。そろそろ頃合か。
魔力を体内で循環させ、加速し、圧縮する。
「クロスロードよ! 私は帰ってきた!」
通常よりもかなり多めの魔力を圧縮し、全周囲に解放して全力全開の魔力爆発を発動させた。
範囲面積辺りの魔力効率は魔力爆発の方が極大爆破よりも上だ。使い勝手は、と言うとわざわざ突っ込まなくても良い極大爆破のが上だけども。
目論見通り、広範囲の魔物が俺を中心に発生した衝撃波で吹き飛ぶ。
よし、あとは適当に――ん?
王都で感じたのと似たような寒気を背筋に感じた次の瞬間、頭上に王都で見たような黒い闇が発生した。
マズい、アレが来るのか? 今残りMPが800くらいしか無いぞ。ええい、ままよ。
「極! 大! 爆! 破!」
頭上に四発の光弾を発生させ、黒い闇に向かって発射する。
光弾が空気を引き裂くような音を立てながら闇に突き刺さり、そして爆発音が一回、二回……二回!?
闇が降りて、いや噴出してくる。
漆黒の闇から黒い闇が瘴気のように噴出し、俺の視界を閉ざそうとする。
危険察知がガンガンと頭の奥で警鐘を鳴らす。
魔力を足に篭め全力でその場を離脱、何かが今まで俺の立っていた場所を抉った。
後頭部がチリつくので咄嗟にしゃがむ、何かが今まで俺の後頭部があった場所を薙ぎ払った。
この黒い闇の中はヤバい。次々と襲ってくる正体不明の攻撃を無様に避けながら何とか黒い闇の中から脱出する。
「いよっしゃあぁぁ!? うおぉ!?」
と思ったら抜け出した闇から鋭い何かが飛び出して俺に向かってきた。
咄嗟に黒い槍のようなものを接合剣で切り払い、消し飛ばす。
よく見たらミスリルプレートのあちこちに斬られたような跡がついている。ちゃんと修理してなかったら怪我してたかもしれん。
『スキャン――魔力パターン、ユニット343を破壊した者と一致。魔力量、ダブルエックス』
壊れたスピーカーのような不快な声が黒い闇から聞こえてくる。
なんだこいつは、まるでロボットか何かみたいな感じだな。
『司令部より抹殺命令を受信、排除する』
「おいおいなんだよそれ、一方的過ぎるだろう」
闇が収縮し、一つの形を取る。
それは赤く光る目を持つ漆黒の獅子だった。
たてがみの一部と脇腹が欠けているのは極大爆破を受けたからだろうか。
『予定されている調和を乱す者は排除されねばならない』
黒獅子が無音で飛び掛ってくる。
予想外のスピードと奇妙な感覚のズレが俺の行動を一瞬遅らせた。
そして、その一瞬は獅子の攻撃を俺に届かせるのに十分な時間だった。
「うごぁっ!?」
黒獅子の巨体による体当たりをまともに受けて吹っ飛ばされる。
何かがミスリルプレートを突き破り、俺の胴体に沢山の刃物が突き立ったかのような痛みが走った。
吹っ飛ばされる俺の視界に赤いものが映る、血だ。
何だこいつ、身体から刃物でも出すのか?
「げはっ……くそがはっ! げほっ」
息が苦しい、だらだらと血が地面に落ちる。咳をすると一緒に血が出る。
刺し傷が肺か気道を傷つけているのか?
意識が遠くなりそうになるがなんとか回復魔法を発動。頭上に危険を察知、咄嗟に横に転がる。
漆黒の塊が音も無く俺が今まで居た場所を押し潰し……音が無い?
「げふっ、タイミングが、ずれたのは、それのせいか」
こいつの動作には一切音が無い。しかもよくよく見れば地面を蹴っても土煙の一つも上がらない。
これがさっき違和感を感じた正体か。タネが割れれば対処はできるな。
起き上がりながら黒獅子が追撃の為に振るってきた尻尾を接合剣で斬りつけてやる。
太い尻尾が中ほどから千切れて宙に舞った。攻撃は通る、ならなんとかなるか?
回復魔法が利いてきたからか、呼吸が楽になってくる。HPは八割方回復していた。
黒獅子に向かって斬りかかろうとしたところで背後から危険を察知したため咄嗟に伏せる。
『グオォォォォォォッ!』
黒獅子に無数のボルトが突き刺さる。
黒獅子と戦っている間に混成軍が前進を開始したらしい。
どうやら俺の戦っている黒獅子に向かって市民兵がクロスボウで援護射撃をしてくれたようだ。
三発くらい俺の背中に当たるボルトがあったっぽいけどな。おのれ混成軍、俺をこっそり亡き者にするつもりか。
俺は黒獅子が怯んでいる隙に懐に飛び込み、胸の辺りを斬り付ける。同時に魔力の収束開始。
ごっそりと黒獅子の胸部分が消滅し、反撃とばかりに黒獅子の胸から漆黒の槍が無数に飛び出してきた。発動。
一瞬視界がブレて3メートルほど横にずれた場所に俺は短距離転移する。
それに反応して黒獅子の胴体から俺に向かって更に漆黒の槍が伸びてきた。
「しゃらくせぇ!」
魔力を篭めた接合剣の一振りで向かってきた槍を消し飛ばし、再度肉薄する。
俺の接合剣の間合いから逃れようと黒獅子はサイドステップで大きく跳んだ。巨躯が音も無く10メートル以上跳ねる。
だが、今の俺には間合いなど意味は無い。
黒獅子が跳んで稼いだ距離を短距離転移で『跳んで』詰める。黒獅子の赤い目が一瞬見開かれた。
袈裟懸け、踏み込んで横薙ぎ、黒槍が伸びてくる、掴んで振り回し、黒獅子を地面に叩きつける、音は無い。
「!」
黒獅子が起き上がろうとする前に滅多切りにしてやる。
接合剣の触れた場所がごっそりと消滅し、巨躯だった黒獅子がどんどん小さくなる。
せめてもの抵抗か、黒獅子の一部だった黒い塊が槍を伸ばしてくるがタネが割れればどうということはない。
伸びてくる槍も接合剣を振って消し飛ばす。
黒獅子の大半が既に消滅し、既に残っているのは頭部の一部のみだ。
こんな状態でも攻撃してくるって事はこいつ、不定形生物なのかね。
「おいコラ答えろ。お前はなんなんだ? 司令部や予定された調和ってのはどういうことだ?」
『戦闘ログを送信……機能停止』
黒獅子だったものは俺の質問に応えず、どろりと溶けて地面にしみこんだ。
後で復活して来ても困るのでしみこんだ地面を爆裂光弾で吹っ飛ばしておく。
辺りを見ると、いつの間にか魔物の数が随分と減っていた。
俺が黒獅子と戦っている間に混合軍が野戦で魔物を掃討したらしい。
改めて鎧を見ると、ミスリルアーマーはズタズタに穴だらけになっていた。傷口から出た血も固まりかけている。
よくこんな傷を負って生きているもんだな、これが四桁のVITおばけの為せる業なのだろうか。
冷静に考えると内臓どころか心臓や肺もズタズタにされて即死してそうなもんだが。
「しかしなんともすっきりしねぇなぁ」
もう戦闘は収束に向かっている。
俺は接合剣を鞘に収めて黒獅子の発言を考える。
確か俺の『魔力パターン』が『ユニット343』を破壊したのと一緒、と言っていたな。
魔力パターンってのはよくわからんが、指紋みたいなユニークな情報だと推測は出来る。黒獅子がそれを知っていたって事は、王都に現れた『手』と黒獅子は情報を共有しているということだよな。
それに司令部って言葉も出てきてた。つまり『手』と『黒獅子』は同じ『司令部』の指示で動いている『ユニット』ってわけだ。
で、周りの状況を見る限り『ユニット』ってのは地区ごとの大氾濫を指揮・統括している存在と考えられる。
「予定された調和ねぇ……」
『司令部』はなんらかの目的を持って大氾濫を起こしている。
目的は『予定された調和』なんだろうが、その手段が大氾濫ってことだよな。
大氾濫で各国を攻撃し、人間を減らすことによって達成される『予定された調和』ねぇ。いや、減ってるのは人間だけじゃなく魔物もか。
人間と魔物、双方の勢力を削って得る調和。
「人間同士の戦争を防止するためとか?」
安易な推測ではあるが、それくらいしか思いつかない。
定期的に魔物が大量発生するんじゃおちおち侵略戦争なんてする暇無いだろうしな。
しかしそれで犠牲になる方はたまったもんじゃないよなぁ。他に何か理由があるんだろうか。
「まぁいいか、今は疲れた」
MPが200くらいしかない上に重症を回復魔法で無理矢理治したからなのか、身体がすごくダルい。
あっ!? あの黒獅子野郎苦労した割に素材の一つも落としてないじゃないか! レベルは二つ上がったが……ギギギ。
くそう、グロウディスで手に入れたドラゴンが最大の収穫かよ。
ダルい身体を引きずってクロスロードに戻ると大歓迎状態で迎えられた。
俺が大量の敵を魔法で吹っ飛ばしたり黒獅子と死闘を繰り広げたりしていたのを固唾を呑んで見守っていたらしい。
「凄い怪我してるじゃないか!? おい、診療所に運べ!」
「おいやめろ、怪我なんてしてない」
「怪我人はそう言うんだよ! 大丈夫だ、任せろ!」
半ば強制連行状態で野戦病院じみた場所に担ぎ込まれ、屈強な男達に鎧を剥ぎ取られる。
大丈夫大丈夫、痛くないからとか言って俺を押さえつけるな、おいやめろ、俺はノンケだ。胸板を触るな!
「あれ? 見た目の割に傷らしい傷がありませんね?」
ちょっと本気で抵抗しようかと思っていたら胸板を触っているのはリネットだった。
どうやら俺の姿を見て重症を負っていると勘違いされ、運び込まれたようだった。
「自前の回復魔法で治したんだよ」
「血だらけだから勘違いされたんですよ」
そう言ってリネットは苦笑しながら俺の胸板にもう一度触れた。俺の全身の汚れが一気に綺麗になる。
そういえば生活魔法に浄化とかあったよな、すっかり戦闘脳になって忘れてたわ。
「一番隊は無事なのか?」
「ワルツ隊長が怪我をしましたけど、命に別状はありませんね。全体で見ても死者は出てなかったと思いますよ」
「そりゃ良かった……あー、疲れた腹減った」
とりあえず脱がされたミスリルプレートはストレージに仕舞い込み、普通の服を着る。
部分鎧も全部ストレージに入れてしまおう、今日はもう戦いたくないぜ。
「なんだかつい何ヶ月か前に一緒にトロール退治に行っていたのに、凄い人になっちゃいましたね。あの時から大概凄かったですけど」
俺が強制的に寝かされたベッドから起きるのを手伝いながらリネットがしみじみとそんなことを言う。
「周りが騒いでるだけで俺はそんなに変わってないけどな、まぁ確かに強くはなったかもしれんけど。ああ、それと金持ちにもなったぞ。げっへっへ、リネットを金の力でいいようにしてやろうか」
「何言ってるんですか、マールさんに刺されますよ?」
「ですよねー! 最近マールも剣の腕が上がってきてるからな、アホなことやってると背後からブスリとやられるかもしれん」
クスクス笑うリネットにそう返して俺も笑う。
そうしているうちに混成軍の怪我人が運ばれて来たので俺はその場を後にした。
ウーツのおっさんはどうでもいいな、灼熱の金床亭に行くか。
「いらっしゃいませ……おや、お久しぶりです。活躍の噂はクロスロードにも届いていますよ」
灼熱の金床亭を訪ねると初めて訪れた時と同じように亭主が迎えてくれた。
そういや亭主の名前を聞いていない気がする。不便でもないから良いけど。
「今も外で大活躍してきたところだよ。食堂でメシ食えるか?」
「まだ仕込み中ですからねぇ、おおいピニャ!」
亭主がピニャの名を呼びながら食堂へと向かったので、俺もその後についていく。
食堂に入ると、そこには何かの内臓を下処理しているピニャの姿があった。どうやらタレか何かに漬け込んでいるらしい。
「何さ? 今仕込みの途中……ってタイシじゃない。久しぶり、マールちゃんはどうしたの?」
「マールは王都でお留守番、俺はクロスロードに出張して勇者業だよ」
俺がそう言いながらカウンターに腰掛けると亭主が厨房からエールを一杯持ってきてくれた。
ああ、疲れた身体にエールが沁みる。
まだ色々な処理で忙しいからかそれとも単純に仕込み時間だからか、俺のほかに客は居ない。
「あら? じゃあ外の魔物はいなくなったの?」
「おう、半分くらいは俺が倒したと思うぞ。というわけでメシ食わせてくれ、腹減った」
「はいはい、銅貨5枚ね」
俺を労う態度の見えないピニャに嘆きながら俺は銅貨5枚をカウンターに置いて突っ伏す。
暫くして出てきた食事は宿を取っていた時とは比べ物にならないくらい大盛りだった。
何の肉かはわからないがじゅうじゅうと音を立てる肉厚のステーキに、野菜のたっぷり入ったポトフ。大盛りのパスタに果物までついている。
「大サービスだよ」
「ピニャさんマジ天使」
「はいはい」
笑いながら厨房に戻っていくピニャの小さな後姿に両手を併せて拝んでから肉厚のステーキにナイフを入れる。じゅわっと肉汁がしみでてきた。
表面はよく焼けているが、絶妙なミディアムレア。ただ焼いただけでなくしっかりと肉に下味がつけてあるし、ちょっとピリ辛のソースが実によく合う。
ポトフにはごろんとした食い応えのあるニンジンやジャガイモのような野菜やしっかり味のしみたキャベツなどが入っており、塩味は若干控えめでさっぱりとした印象。
大盛りのパスタはニンニクと塩味の利いたぺペロンチーノっぽい。俺が知っている唐辛子は赤いが、この世界のは緑色らしい。
全体的に濃い味で辛め、正直ジャックさんの作る料理の方が上品で繊細だ。
だがガッツリ食いたいこんな時にはこういう味付けが至高だと俺は思う。実に満足だ。
「あー、食った食った」
「良い食いっぷりだったね。今日はウチに泊まっていくのかい?」
「いんや、帰るよ。また今度マールと一緒にメシ食いに来るわ」
たらふく食ってひと心地ついた俺はそう言って席を立った。
MPもある程度回復したし、トワニング団長に挨拶して帰るとするかね。
「勇者様の身体はどうだった?」
「うーん、普通でしたね。引き締まってはいましたけど、特に特別なことは」
「ちょっとー、もう少しこう、ときめいたりしようよ!」
「異性の裸なんて見慣れてるんですよ。私は治療兵ですし」
「ぶー」