第二十七話~そろそろ準備が整ってきました~
カリュネーラ王女の騒動から二週間と少し。大氾濫発生まで残りあと二週間程。
徐々に大氾濫に対する気運が高まってきている。
急ピッチで進められていた第四防壁の建築も大氾濫に間に合いそうだという目処が立ち、新市街では未曾有の建築ラッシュが起こっているらしい。
壁外に建築されている雑多な建物の撤去や、陣地構築も進められている。
そこに住んでいた人々にとっては大変迷惑な話ではあるが、どちらにせよ大氾濫で魔物達が大挙して押し寄せてくれば戦火に焼ける。
概ね大きな混乱も無く、粛々と作業は進んでいるようだ。
新市街にはそういった住居を失った難民や、防備が手薄な遠方の小さな農村の人々を収容するための巨大な集合住宅が次々と建てられているらしい。
ただ、そういった集合住宅に入れた人々は運の良い人々だ。
新市街や壁外には、住居を求める難民達が溢れかえっている。
「ままならないねぇ……」
俺はそんな人々を第四城壁の上から眺めながら苦々しげに呟くしかない。
俺の屋敷にはまだまだ部屋が空いているが、ここに溢れる難民達全員を収容できるわけもない。
難民達は新市街までしか立ち入りを認められていないのだが、最近は壁内にも住居を求める難民達が流入しつつある。
まぁ、その殆どは見つかり次第摘み出されるのだが。
しかし、新市街における難民の流入問題は深刻だ。
治安の低下、衛生環境の悪化、物資の高騰など問題が山積している。
幸い、麦などの基本的な食糧についてはカレンディル王国の食糧生産能力が高いために高騰などは免れているようである。
肉なども王都騎士団が討伐してきた魔物を安値で市場に放出しているために比較的価格が落ち着いているらしい。
俺が王都騎士団と一緒に出撃した時には食える魔物は全て持ち帰ってきているので、少しは助けになっているのかもしれない。
俺とマールのレベルもあれから更に上がり、俺のレベルが31、マールのレベルが20に上がっている。
ステータスをチェックする。
【スキルポイント】21ポイント(スキルリセット可能)
【名前】タイシ=ミツバ 【レベル】31
【HP】407 【MP】2317
【STR】805 【VIT】830 【AGI】809
【DEX】249 【POW】492
【技能】剣術5 格闘5 長柄武器5 射撃1 魔闘術3
火魔法3 水魔法3 風魔法3 地魔法3 純粋魔法5 回復魔法5 始原魔法2
結界魔法3 生活魔法 身体強化5 魔力強化5 魔力回復5 交渉2 調理1
騎乗2 鍛冶5 気配察知3 危険察知3 鑑定眼 魔力眼 毒耐性3
身体強化のレベルを最大にすることによってステータスがとんでもないことになった。魔力強化も最大まで上げてMP総量もヤバい。
後は武器スキルをレベル5に、純粋魔法と回復魔法をレベル5にしたのが大きな変更点だろうか。
どれくらい凄くなったかというと、まず大の男が四人がかりで持ち上げるような石材を空のダンボールを持ち上げるかのようにひょいと持てるようになった。
魔力強化も使わず普通に走って馬の全力疾走よりも早く走れるようになったし、そのペースで何時間走っても息切れもしない。なんかあれです、リアルでスーパーマンにでもなった感じ。
あとは魔法か。
純粋魔法はレベル3で光線と魔力爆発の魔法、レベル4で魔砲と爆裂魔弾、レベル5で極大爆破という魔法を覚えた。
光線は前に使ったからいいとして、魔力爆発は自分を中心に周囲を衝撃で吹き飛ばす魔法だ。
魔物の群れに突っ込んでこれを発動すると盛大に魔物が吹っ飛ぶ。
魔砲は光線の単発&威力強化バージョン。ぶっといレーザー状に魔力を放出する。か○はめ波とか叫びたくなる。
爆裂魔弾はロックオン式で飛んでいく魔弾の強化バージョンの魔法。
ただ、爆裂とわざわざついているだけあって爆発力が段違い。一発で小さめの家屋なら吹き飛ぶレベル。
極大爆破は長射程の光弾を発射する。着弾した地点には半径100メートルくらいのクレーターができた。
まさかそんな広範囲だと思わず50メートル先に撃って死に掛けた。正直威力が高すぎて大氾濫で大挙する魔物にぶっ放す以外の利用法を思いつかない。
本気で撃ったら城くらいは吹っ飛ばせるかもしれんね。
回復魔法はより効果の高いヒールと、病気に対する治癒魔法、範囲回復魔法、部位欠損を修復する魔法といった内容だった。流石に蘇生魔法はないらしい。
部位欠損の回復は千切れた腕とかがあれば魔力消費が少なく済むけど、無いなら無いで魔力を篭めればにょきにょき生えてくる。軽くホラーだった。
ただ、元通り動かすにはリハビリが必要だし、生やした場合には戦闘に耐えるほど元通りになるのに数年単位で時間がかかりそうだった。
実験台は魔物討伐に同行した冒険者の皆さんである。
やはり騎士に比べると実力で劣る者が多いため、負傷者が絶えなかった。ただ、何人か騎士を圧倒するレベルの猛者もいたけど。
例えばAランク冒険者のトリオ。三人ともレベル40以上で武器も魔法も使える魔法剣士だった。やっぱりああいう実力者はいるんだな。
勿論全員おっさんだった。現実は甘くない。
マールも順調に成長し、剣術もレベル3になって、なんと二刀流スキルを覚えた。
錬金術もレベル3になって生活魔法も覚え、水魔法と風魔法もレベル2に。魔力撃も覚えて魔闘術もレベル1に。
HPやMPが見られないのが残念だが、魔法や魔力撃、そして高品質の装備のせいでそんじょそこらの騎士よりずっと強くなった。
巷ではドレスアーマーで目立ってる上に本物の王女だからというのもあって、『疾風の剣姫』とか呼ばれて人気らしい。聖女(笑)よりはマシなんじゃないだろうか。
俺も最近は王都騎士団と一緒に征伐に出てはその度に大戦果を上げてくるので、有名になってきた。
元々『トロール砕き』だったのがオークの軍勢を一人で壊滅させたからと『破軍』になり、調子に乗って極大爆破で魔物の群れを吹っ飛ばしたら『殲滅』だの『皆殺し』だのと呼ばれるようになった。
殲滅とかはまだかっこいいから良いけど皆殺しはないだろう、皆殺しは。
「タイシさーん」
新市街をぐるっと囲っている第四城壁の上をドレスアーマー姿のマールが駆けてくる。
どうやらずっと向こうまで行って街並みを眺めてきたらしい。マールの姿を認めた人々が城壁の下で歓声を上げる。
マールはその声に笑顔で手を振って応えた、歓声がどっと沸く。アイドルかよ。
「えへへ、有名になっちゃいましたねぇ」
そう言ってマールが俺の腕に抱きつく。城壁の下からブーイングが鳴る。
「うるせー! マールは俺のだ! 絶対にやらんぞ!」
俺が叫ぶと今度はブーイングに混じってどっと笑いが沸いた。
何だかんだ言って俺もそんなに嫌われたりはしていないようだ。少しホッとする。中には本気でブーイングしてる奴もいそうだが。
俺とマールは第四城壁を降りて騎士達と合流する。
大氾濫発生時はまず俺が第四城壁上から広範囲を魔法で吹き飛ばすという手筈となっている。今日はその下見だ。
マールを一目見ようと民衆が押し寄せて歓声を上げている。騎士団の人々はそれに対するガード役だ。ほんとアイドルみたいだな、こりゃ。
騎士団にガードされながら新市街を突き進み、壁内に入る。
壁内まで来ると流石におっかけもなりを潜める。この辺りは衛兵も多いし、騎士なんかも住んでいたりするので治安が良いのだ。
それでも道行く人達が俺達を振り返ったり、注目したりはするけどな。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
屋敷に着くと、フラムが俺を出迎えてくれた。
フラムを買ってからもう一ヶ月以上経つが、フラムはあの話し合い以来何も言わずに真面目にこの屋敷での仕事に従事してくれている。
精々誘惑するフリをして俺とマールをからかう程度だ。
ここらでもう一度話し合っておく必要があるだろうと思う。
「フラム、話があるからリビングに来てくれ」
「かしこまりました」
鎧をストレージに入れて身軽になる。
自分が装備している鎧や服に関しては直接ストレージに入れることが出来るので、脱ぐのは非常に楽だ。着るのは普通に着なきゃならないから面倒だけど。
マールは寝室で着替えてくるらしい。
俺は一足先にリビングへと向かい、ついでにメイベルにお茶を淹れてリビングに持ってくるよう言っておく。
フラムはそのまま俺の後ろについてきた。
「座ってくれ」
「はい、失礼します」
程なくしてメイベルがお茶を乗せたカートを押してきた。
マールが来るまでしばしフラムと二人でお茶を飲んで待つ。すぐにマールが降りてきた。
全員が揃ったところで話を切り出す。
「まず一つ」
そう言って俺は一振りの鋼鉄製の長剣を取り出し、リビングのテーブルの上に置いた。
フラムは一瞬長剣に目を落とし、俺の言葉を待つ。
「あと二週間ほどで大氾濫が来る。ここは壁内だから滅多な事は無いと思うが、何があるかわからない。火事場泥棒が押し入ってくるかもしれないしな。だから武器をフラムに渡しておく。これで自分やメイベルの身を守ってくれ」
ジャック氏は大丈夫だ。あの人地味に剣術とか格闘とか隠密系スキル持ってるからな。
「以前から何度も申し上げていますが、私は犯罪奴隷です。しかも過去にご主人様とマール様の命を狙った身です。武器を持つわけにはまいりません」
「これはお願いじゃない、命令だ。フラム、この剣を手に取って自分と館の者の命を守れ。ただ、この館を死守するようなことはしなくていい。人命優先だ、わかったな?」
「……わかりました」
俺とフラムの間には隷属魔法の契約が交わされている。命令、と言えばフラムに拒否することは出来ない。
そういえばこうやってあからさまに命令をしたのは初めてのような気がするな。
フラムがテーブルの上の鋼鉄製の長剣を手に取り、鞘から抜き放つ。
これも俺が作った剣で、勿論品質は『超越的』な一品だ。シンプルで装飾の少ない普通の直剣にしてある。
ミスリル等の高価なものだとフラムが遠慮するような気がしたからだ。それに目立ってしまうし。
「少々モノが良すぎる気がしますが」
「俺が作ったらそうなるんだ、我慢しろ。他に何か待遇の面とかで要望は無いか? 無理を押し付けた分、できることは叶えたいと思うが」
フラムは俺の言葉に頷き、剣を鞘に収めて口を開いた。
その顔には今まで見たこともないような満面の笑みが浮かんでいる。
「そうですね。ご主人様に買われて一ヶ月を過ぎますが、私はいつになったらご主人様のお慈悲を頂けるのでしょうか?」
ビキッ、と音を立てて場の空気が凍る。
マールのカップを持つ手が小刻みに震えていた。冷や汗が出てくる。
メイベルは目を爛々と輝かせている。興味津々のお年頃ですよね、わかります。
「休みの日ということだな、うん。では毎週日曜日は休みにしようそうしよう」
「違います。わかってて話を逸らすのは卑怯ですよ、ご主人様。奴隷としてそういった務めを求められないというのは、いつ放り出されるのかと恐ろしいことなのですよ」
学習できてねぇええええええええええ!!
どうしてこう、迂闊な発言をしてしまうんだ俺は!
「そ、それはナシで」
「『できることは叶えたい』と言ったのは嘘ですか?」
考えろ、考えるんだ俺。上手く説得をするんだ。
フラムは『そういったこと』も奴隷の仕事の一環と考えていて、それを求めない俺に不安を抱いているってことだよな。
つまり最初からそんなことはしなくてもいいんだ、ということを諭してやれば良い。よし。
「そ、それは本心だ。だが、これは違うだろう? フラムは冷静じゃないだけだ。俺がお前にしたことを忘れたわけじゃないだろ? 幾ら俺がお前を買ったとはいえ俺にそんな資格はないし、フラムだってそんな望まないことをする必要は最初から無いんだ。不安に思うことなんて何も無い」
俺の言葉にフラムは頷いて深みのある笑みを浮かべ、マールは溜息を吐いてうなだれてしまった。
あれ? 俺失敗した? 変なこと言っちゃった?
「つまり私がご主人様を認めて、私が望めばご主人様はお慈悲を下さるということでよろしいですね?」
「……えっ? や、いやいやいや! そうじゃなくて! なんでそうなるの!? だめでしょう常識的に考えて! 俺にはホラ、マールが居るし!」
俺の言葉を聞き流し、フラムは笑顔のままマールに視線を向ける。
マールはその視線を受けて苦々しげな表情だ。
「マール様? 約束は覚えていらっしゃいますね?」
「拡大解釈に過ぎませんか?」
「ですが、このパターンも認めるという約束でしたよね?」
フラムの笑顔にマールが溜息を吐く。まるで負けを認めたかのように。
「くっ、致し方ありません……約束しましたからね」
「えっ? 約束? なにそれ!?」
「女同士の約束です。ご主人様には秘密です」
何かマールとフラムの間で俺の知らないところで密約が交わされていたらしい。
つまり……どういうことなんだってばよ!?
「いいです、今日はメイベルちゃんと一緒に寝ます。タイシさんの馬鹿」
そう言ってマールはメイベルの手を引いてリビングを出て行こうとする。
「えちょ、マールさん!? 待って待って! なんでこうなるの!?」
「約束なんです。いいですか、タイシさん。逃げたらダメですからね。逃げたら怒りますよ?」
マールは恨みがましい目でジトリと俺を睨み、パタンとリビングの扉を閉めて行ってしまった。
リビングには俺とフラムだけが取り残される。
どういうことなの、これどういうことなの?
「ではご主人様、寝室に参りましょう。お慈悲を下さりますね?」
フラムが俺の正面のソファから立ち上がり、テーブルの鞘を片手に持って俺に手を差し出してくる。
この手を掴んではいけない、掴んだら戻れなくなる。
「逃げればマール様が恥をかくことになりますよ? マール様に恥をかかせるおつもりですか?」
俺はその手を掴んだ。
「あ、ああ、うああぁぁぁ……」
日差しを見る限り、まだ夕方のようだ。
俺の胸の上ではフラムが艶かしい息を吐きながら呼吸を整えている。
フラムにされるがまま、俺は――俺って奴は。
「そこまでです!」
マールの叫び声と共にバァンと扉が開く。
視線を向けるとそこには下着姿のマールがいた。
ってアイエェェェェェ!? ナンデ!? 下着姿ナンデ!?
「マール様、約束が違いますよ?」
「いいえ、約束は違えませんよ! 邪魔はしませんから!」
「ではどういうつもりで?」
「混ぜてください!」
そう言ってベッドに突っ込んでくるマール。
おいやめろ馬鹿。
結局その日は三人でロクに夕食も取らずに過ごした。
しかしVIT830は伊達じゃない。勝ったのだ、俺は。
「どうしてこうなった……」
目を覚まして呟く。
左右にはマールとフラムがすやすやと寝息を立てている。
確かにこういうのは男の夢だが、罪悪感がこみ上げてくる。
いや、マールもフラムも同意の上だからそんなに気にすることはないんだろうか?
だが経緯を考えるとそう簡単には……などと考えつつフラムの方を覗き見ると、ちょうどフラムと目が合った。どうやら起きてしまったらしい。
「ご主人様も男なら細かいことは気にしないことです。本当、根は小心者ですよね」
そう言って微笑み、身を寄せてくる。
マールとは比べようも無いぷるんぷるんの柔らかいものが押し付けられた。おおう、これはこれは。
とか思ってると反対側のマールも抱きついてきた。こっちは本当にまだ眠っているだけのようだ。
「なんかなー。俺は根がダメ人間だからこう、できるだけちゃんと物事を考えてないと溺れそうでな」
「その時はマール様が発破をかけてくれますよ。もう少し自堕落に過ごしても良いかもしれませんよ? ご主人様はどこか生き急いでらっしゃるように見えますから」
「ぐぬぬ、まるで悪魔の囁きのようだ」
そうやってマールが起きるまでフラムと喋り続けた。
こんなにフラムと話したのは初めてだった。
身体を近づけた分、心も近づいたのだろうか。なんだか微妙だが、悪い気分ではなかった。
どこか、心につっかえていたものが落ちていった気がする。
「マール様、約束ってなんですか?」
「タイシさんが良いよって言ったら私も認めますよってことです」
「むむ、良いんですか?」
「良いんです。将来私が身篭った時にタイシさんに我慢させるのも可哀想ですしね」
「そ、そういうものですか」
「側室ってそういうものですよ。メイベルちゃんもなりますか?」
「え、えっと……考えておきます」