第二十四話~オークの軍勢を蹴散らしました~
多くの天幕を張り終え、野営の準備がほぼ完了した頃合を見計らって俺は今回討伐に赴いている王都騎士団の団長と接触していた。
「結界魔法、ですか」
「ええ、魔物の進入を阻むものです。トロールの攻撃でもビクともしないレベルのものを張れますんで、良ければ野営地を囲むものを展開しようかと」
俺の言葉に騎士団長は考え込んだ。
騎士団側にデメリットは無い、飲むとは思うが、さて?
「それは有難いのですが、勇者様の魔力は大丈夫なのですかな? これだけの範囲を覆うとなると、尋常ではない魔力が必要な筈ですが。明日、いざ戦おうというときに魔力が万全ではないというのは危険かと」
「ああ、うん。それは大丈夫です、ハイ。マール――マーリエル王女が錬金術で作り出した魔力回復薬がありますしね」
魔力回復薬があるのは本当だが、言っていることは嘘だ。
俺とマール用の専用の天幕を張ってくれたので、人払いと防音の結界を展開して始原魔法を使いながらイチャイチャすれば回復できる。いやはやこんな活用方法があるとは、はっはっは。
「そうですか……では、お願いいたします。ここは既に敵の勢力圏内、夜襲に警戒せずしっかりと睡眠を取れるメリットは大きい」
「では、早速やりましょうか」
今、俺が騎士団長と話している場所は野営地のほぼ中心地点だ。結界の基点とするのにはちょうど良い。
ついでに、接合剣の魔法増幅テストも行なおう。
俺は鞘から接合剣を抜き放つ。特に魔力を込めているわけでもないのに、芯となる水晶体はぼんやりと青い光を放っていた。
ちょっと綺麗なのでその軌跡を楽しみたい衝動に駆られるが、騎士団長だけでなく周りの騎士達もこっちを見ているので自重しておく。
「では」
俺は剣を地面に突き立て、結界魔法を行使すべく魔力を集中した。
そして魔力をぐんぐんと接合剣に注ぎ込む。接合剣の水晶体が輝き、刀身に幾何学模様が走った。同時に、剣を突き立てた場所を基点として青い光を放つ魔法陣が爆発的に広がっていく。
これは凄い、予想以上だ。
魔法使用時の魔力効率が格段に良い。これは剣としてよりも、魔力を増幅する魔杖としての能力が高いんじゃないだろうか。
「セーフ・シェルター!」
魔法陣が十分に広がったのを確認してから結界魔法を発動した。
魔法陣の外周に沿ってドーム上に障壁が展開され、野営地をすっぽりと覆う。障壁を鑑定眼で見てみると、効果時間は十四時間と出た。十分だろう。
突き立てた接合剣は青白い光を発している。結界の基点として固定されているのか、触ってもビクともしない。多分結界魔法を解除しないと抜けないだろうな、これは。
魔力は700ほど消費して、残りは250くらいだ。明日の朝まで自然に回復を待つだけじゃ全快にはなりそうもないな。
「これで大丈夫でしょう。効果時間は七刻ほどです」
「あ、ああ……了解した。感謝する、勇者殿」
「いえいえ、じゃあ俺はメシ食ったら天幕に引っ込みますんで。失礼します」
そう言って俺は俺とマールに宛がわれた天幕へと歩きはじめる。
突然足元を覆った謎の魔法陣と頭上の障壁に驚き、戸惑っている騎士達もいたがすぐに混乱は収まった。流石は王国最精鋭と言われているらしい王都騎士団、統率が取れているな。
ここに展開しているのは輜重兵も合わせて五十名くらい。王都には七十名ほど残してきているらしい。
流石に城を護る近衛兵には及ばないが、平均レベルは二十五くらいじゃないだろうか? 魔法スキルを持っている人間は三分の一以下のようだが、魔闘術スキルを持っている人材もそこそこいる。
剣術などの戦闘系スキルも軒並み3なので、クロスロード騎士団に比べると全体的にレベルが高い。全員がワルツ隊長と同等かそれ以上の強さだ。名実共にエリート部隊だな。
「おかえりなさい、タイシさん。結界の方は上手く行ったみたいですね!」
俺達に宛がわれた天幕の前ではマールが俺を待っていた。
今日のマールはミスリルドレスアーマーを着てきている。俺もミスリルアーマーを着てきている。
王都騎士団と勇者の出陣ということで王都民に見送られたからだ。
まぁ、性能的にもトロールハイドアーマーよりは上なんだけどもね。この鎧は目立つからなぁ、正面きってのガチ戦闘じゃない限りトロールハイドアーマーの方が色々と安心ではある。
「ああ、これで今晩はゆっくりできるぞ。魔力を回復しなきゃいけないけどな」
俺の言葉の真意を読み取ったのか、マールは顔を赤くして困ったような表情をした。ふふふ、なかなか見られない顔じゃないか。
「あ、あの、タイシさん? 流石にここでそれはマズいんじゃないでしょうか? その、声も漏れちゃいますし……」
そう言ってごにょごにょ言いながら俯くマール。胸の前で両手の指を絡ませてもぞもぞしてる。可愛い。
「大丈夫だ、遮音結界を張るから」
「そ、そういう問題じゃ無いんじゃないですか? 突然入ってこられたりしたら大変ですし」
「大丈夫大丈夫」
量だけは多い騎士団の食事を平らげた俺達は天幕に引っ込み、原初魔法を使いながらひたすらイチャイチャした。
遮音魔法で外に声は漏れないのだが、必死に声を我慢しようとするマールの姿に燃えた。しかもドレスアーマーを着たままである。燃えた。
危なく燃え尽きるところだった。
「……ふぅ」
夜半過ぎ、俺は疲れて寝ているマールをそのままにして天幕を出た。陣内を見回りしてくる、とメモを残しておいたので起きたとしても心配をかけることは無いだろう。
魔力は既に全快している。
マールと魔力のやり取りをしてわかったことだが、俺はどうも魔力の出力が高いらしい。
上手く言い表せないが、電気で言えばアンペアが滅茶苦茶高いようなイメージか。
例えば、普通の騎士は魔力撃を一発打つのに五の魔力を使わないと物体を破壊できないが、魔力出力の高い俺は一の魔力で五の魔力を使った騎士の魔力撃よりも高い威力を発揮できる。
魔力の瞬発力とでも言うのだろうか、まぁ出力と言うのが一番しっくり来るか。これが高い。
なので、マールが始原魔法で俺に幾ら魔力を送って主導権を奪っても、俺が本気を出すと一瞬で主導権を奪い返せる。
魔力を循環させるには相手の体に自分の体を二箇所接触させる必要があるのだが、この条件さえ満たせれば俺は殆どの人間を一瞬で無力化できるだろう。
副作用はその、大変なことになりそうだが。気持ち良い筈だから許して欲しい。
とりあえず、始原魔法の検証は横に置いておこう。
俺がわざわざ天幕から抜け出した理由は、結界の様子を見るのと今のうちに騎士達と接触して交流しておこうと思ったからである。
ククク、こういう地味な根回しをしておくのも大人の嗜みというやつだよ。
酒や甘味などの賄賂は十分用意してきてある。さぁ、レッツ根回し。
「任務中ですので」
「恐れ入ります、しかし任務中なので」
「お気遣いは有難いのですが、すみません」
なんなんですかこの人達、頭固すぎるでしょう? 騎士かよお前ら。いや、騎士だったなこの人達。
しょんぼりしながら野営地の中心部、俺の接合剣を突き立てた場所に足を運ぶ。
椅子代わりに水の入った小さめの樽を置き、光を放つ接合剣を眺める。あーやだやだ、しかし心が洗われるような光だねぇ。けっ。
「勇者殿」
やさぐれながらドライフルーツを摘んでいると、一人の青年騎士が声をかけてきた。
この世界の人間は欧米風の顔立ちだから今ひとつ年齢がわかりにくいんだが、恐らく二十台半ばくらいだろう。
どこか緊張したような面持ちだ。まさか愛の告白じゃなかろうね、俺はノンケだからそういうのはノーセンキューだよ。
「何かな? 俺は騎士団の皆様方にフられて激しく傷心中なんだが」
そう言って俺はストレージから俺が今座っているのと同じ樽を俺の横に出し、着席を促す。
青年騎士は少し迷った後、俺の横に腰掛けた。別に膝を突き合わせて話す必要は無いだろう、俺は顔を横に向けて青年騎士の様子を窺う。
「その、実は俺――自分は昔から勇者に憧れていて、それで騎士になったクチなんです。その、どうですか? 勇者というのは」
「んー……」
俺は青年騎士の言葉を反芻しながら勇者ということが発覚してからのことを思い出す。
逃避行とか、暗殺者の襲撃とか、カレンディル王国との交渉とか武器作りとかそういったことをだ。
「役得なトコも多分にあるけど、それ以上に苦労が多い気がするな。正直、ずっとただの冒険者で居たかったと思うよ」
あのまま冒険者を続けていても、どこかでどうしても人を殺さなきゃいけない場面ってのは出てきたとは思う。
冒険者が相手にするのは何も魔物だけではない。賊と化した元冒険者の討伐なんかもあるらしい。
だが、あの遺跡で俺が起こしてしまった殺戮劇よりはマシな『童貞喪失』で済んだのではないかと思うこともある。
こんなのはくだらない『たら・れば』であるのは理解できるが、そう思わずにはいられないこともある。今でもあの時の事を夢に見ることがあるからな。
「まぁ、うだうだ言っても始まらないとは思ってるけどな。勇者として見出された以上はできる限りの範囲で力を尽くすさ。最優先はマーリエル王女だけどな」
「そうですか……答えていただいてありがとうございます」
その後、俺と青年騎士は取りとめの無い話を少ししてから別れた。彼も見回りの途中だったらしい。
まぁ、騎士団の中にも俺に興味を持ってくれる人がいる。それがわかっただけでも収穫かね。
再び天幕に戻って仮眠を取る。マールは幸せそうな顔で眠っていた。
「斥候からの報告では、奴らはこの先の平原に展開しているようです。数は百前後、密集陣形ですね」
翌日、昼過ぎに盆地へと入った俺達はごく簡素な野戦陣地を築いて軍議を行なっていた。
オークどもは既に俺達の襲撃を察していたようで、既に部隊を展開しているらしい。
長大な槍と強固な鎧で身を固めた重装歩兵を前面に置き、その後ろには弓兵が展開しているようだ。
オークは体格と膂力で優れるし、乱戦には滅法強い。正面からまともに突撃を仕掛けるのは無謀だろう。
いくつかの隊に分けて多方から一撃離脱を繰り返し、敵陣を崩してから後衛を蹂躙する、といった作戦を考えているようである。
そこで、俺は挙手をした。
「発言してもいいか」
「勇者殿、何か腹案が?」
「ああ、俺が単騎で突っ込んで敵を蹂躙し、混乱させたところに全軍で突っ込むというのはどうかね」
俺の提案に誰かが失笑を漏らした。
騎士団長の手が周辺の地図や彼我の戦力を示す駒の置かれた机を強く叩く。本陣がシンと静まり返る。
「勇者殿、相手はオークの軍団ですぞ。それも数は百にも届こうかというものです。幾ら勇者殿といえど、お一人でなんとかなるものではありません」
「何、その時は阿呆な勇者が一人死ぬだけの話だろ。これでも腕にはそれなりに自信がある、敵陣を混乱させるくらいのことはして見せるさ」
俺の提案に騎士団長は眉間に皺を寄せて考える。マールは俺の腕を引っ張り、心配げな視線を向けてきていた。
実のところ、勝算があるからこんな提案をしているのだ。
昨日結界魔法を使用して実感を得た。この結合剣は成功している。まぁ、最悪一当てして逃げてきても良いしな。
「まぁ、無駄死にするつもりは無いよ。格好悪いがヤバかったら逃げてくるさ。ここは一つ、勇者の顔を立てて任せてみてはくれないか?」
「タイシさん……」
軍議を終え、騎士達が三々五々散っていく。俺が突撃した後に臨機応変に対応するため、小隊を掌握しに行ったんだろう。
マールは俺の腕を放さず、くっついている。今にも泣き出しそうな顔だ。
「心配するな。防具も新調してるし、俺に矢の類は届かない。俺の強さはわかってるだろ? 大丈夫だ」
そう言ってマールの頭を撫でてやる。
実際の所、怖くないかというとそれは嘘だ。
今にも足が震えそうだが、それを言ったら今までの戦いだってそう変わらない。ゴブリンを倒した時だって、トロールを倒した時だって、暗殺者を相手にした時だって俺は戦えた。
だから、今回も戦える。
「マーリエル王女、貴女の護衛は我々が致します」
騎士が数名現れた。
誰かと思えば、昨晩話をした青年騎士だった。
「騎士さん達に迷惑かけるんじゃないぞ」
「タイシさんっ……!」
「大丈夫だって、心配しすぎだ」
そう言って俺はマールを騎士達に預け、踵を返す。
向かう先は、戦場だ。
こちらの陣容は既に整っていた。騎乗した騎士達が戦列を組み、突撃の準備を終えている。
「んじゃ、行ってくる」
「ご武運を」
騎士団長にそう言って、俺は歩き出した。
オーク達の密集している場所までの距離は1kmくらいだろうか? もう少し短いかもしれない。
魔力を集中し、風の防壁をイメージする。
「ウィンドシールド!」
渦巻く風の防壁を展開し、俺は一人オークの群れへと駆け出した、
足に魔力を込め、土を大きく抉りながら突撃する。恐らく、騎馬の突撃をも上回る速度が出ていることだろう。
慌てたようにオークの後衛から矢が放たれ、雨あられと降ってくる。
しかし、一射目は俺の突撃速度に追いついていない。全て俺より後ろに突き刺さった。
二射目、今度は何本かが俺に迫ってくる。ウィンドシールドに包まれているのにも関わらず、危険察知が働く。
俺に突き刺さるコースの矢だけを接合剣で切り払う。いくつかは風の防壁を突き抜けて俺の身体を掠めた。どういうことだ?
三射目、飛んできた矢のうち一本を掴んで鏃を見る。
「黒鋼か」
オーク達は黒鋼の武具で身を固めているようだ。戦闘に魔力を行使せず、力任せに戦うのであれば最適な選択だ。
魔力の干渉を防ぐ黒鋼を使えば風の防壁を突き破ってくるのも納得できる。
俺は矢を圧し折り、投げ捨てて走る。オーク達の戦列に肉薄した。オーク達が黒光りする穂先を構え、迎撃体制を取る。
走ってくる間ずっと魔力を込めていた接合剣は既に魔力容量の限界近くまで魔力を蓄え、眩しいほどの光を放っていた。
「せぇい!」
まだ間合いのずっと外だ。そんなことはわかっている。
だが俺は踏み込み、接合剣を袈裟懸けに振り下ろした。
次の瞬間、剣から放たれた膨大な魔力が衝撃波と化し、目の前の全てを薙ぎ払った。
地面が大きく抉れ、槍と大盾を構えていたオークの重装歩兵が血と臓物を撒き散らしながら木の葉のように吹き飛ぶ。
オーク達は何が起こったのか判らなかっただろう。
遥か後方で様子を見ていた騎士団の面々にも何が起こったのか判らなかっただろう。
俺が剣をたった一振りするだけでオーク軍の中央に展開していた重装歩兵、軽装歩兵、弓兵、合わせて三十体ほどのオークが消し飛んだのだ。
「なんだこれ! なんだこれ!?」
無論、俺にも何が起こっているのか判らなかった。
剣を一振りしただけで広範囲の敵兵が消し飛んだ。何を言っているか判らないと思うが、俺にもよく判らない。
精々最前列の重装歩兵が吹き飛ぶくらいだろうと思っていたらこれである。
何はともあれチャンスなので、戦列に開いた穴に飛び込んで内部を蹂躙することにした。
「うおおぉぉぉぉぉっ!」
常に接合剣に魔力を込め、切れ味を大幅に増加する『閃撃』を常時発動させた状態で暴れまくる。
なんせ右も左も前も後ろも選り取りみどりのオークだらけだ。振ればザクザク倒せる。
オーク達は単身突っ込んできた俺を慌てて押し潰そうとするが、俺が接合剣を振るう度に鎧ごと、そして武器ごと真っ二つになった。
放出される魔力が、刀身に触れる前に全てを切断する。
周囲に血と臓物の臭いが充満している。吐きそうになるのを堪えながら、無心に剣を振るい続ける。
少しするとオーク達は陣形を崩して散り散りに逃げ出し始めた。
「チャーーーージッ!」
ここで騎士達の登場である。
逃げるオーク達の背中に槍を突き刺し、サーベルで掬い上げるように斬りつけて敗走するオーク達を屠っていく。
「勇者殿!」
「タイシさんッ!」
青年騎士がマールを乗せた馬を引き連れて俺のすぐ傍へとやってきた。
マールが馬から飛び降りて俺に抱きついてくる。
俺は片手に接合剣を持ったまま、その頭を撫でてやった。
「今はゆっくりしてる暇は無いぞ、追撃だ」
「はいっ!」
俺とマールは馬に乗り、敗走するオークの追撃を始めた。
盆地にあったといわれる町は、オーク達によって補修され村落ではなく半ば砦と化していた。
しかし、先ほどの野戦に出てきていた戦力が砦の戦力の大半だったらしく、抵抗は散発的だ。
「おらぁっ!」
閉じられた木製の城門を魔力を込めた接合剣の薙ぎ払いで文字通り消し飛ばし、俺達は易々と砦内へと侵入した。
まだ年若いと思われるオーク達が武器を手に立ちはだかるが、よく訓練された騎士達の敵ではない。
俺はマールとペアを組んで砦内の残敵掃討を行なっていた。
「やぁっ!」
「グォァッ!」
マールの放った斬撃がオークの腕を斬り飛ばし、返す刀で胴を深く斬り付ける。
その一撃で絶命したのか、オークがどうと倒れた。マールはしっかりとその首を斬り、止めを刺す。
俺がちゃんと止めを刺すように徹底したのだ。殺したと思って油断したところを攻撃されてはたまらない。
砦内の残敵掃討では俺はマールの援護に回り、主にマールが前衛として戦っている。
実戦経験を積み、レベルを上げるためだ。
俺のレベルは一気に5つ上がって25に、マールは現時点で15に上がっている。
「そろそろでしょうか」
「かもな。戦いの音が随分小さくなってる」
特にこれといった騒ぎも起こっていないし、この砦に残っている戦力では騎士団に歯が立たないだろう。
あとは隠れているオーク達を掃討して終わりである。
俺達は砦内を歩き回り、残敵を掃討した。
そして、その先で見つけた。見つけてしまった。
「ウ、ウゥゥ……」
肉厚の肉切り包丁のようなものを手に、オークの幼子達を庇うメスのオークだ。
幼子とは言えオークはオーク。俺達人間の感覚から言えば醜い、豚もどきだ。
オークのメスも同様で、乳房が大きく、他のオークよりも細身だからメスだとわかるだけで、やはり醜い。
だが、紛れも無く幼子を守ろうとする母の姿であった。
「……殺るぞ」
「……はい」
俺の言葉にマールは頷き、一歩前に出た。そして剣を構える。
静寂の一瞬。
先に動いたのはオークのメスだった。
予想に反するほど素早い身のこなしでマールに肉薄し、肉切り包丁を振り上げる。
だが、マールの速さはその先を行った。
マールは身を低くしてオークのメスの脇を通り抜け、擦れ違いざまにその胴体をカットラスで切り裂いていた。
続けてその場で素早く身を翻し、背中から心臓のある辺りに深々とカットラスを突き立てる。
オークのメスはビクンと一瞬身を震わせ、崩れ落ちた。
マールがカットラスをオークのメスから引き抜き、呟く。
「……これが、戦争なんですね」
「……ああ、そうだな」
そして、俺とマールはオークの子供達に視線を向けた。
「大勝利、ですな」
「ああ」
俺とマールは砦の中央にある広場にいた。騎士団長も一緒だ。
広場には武装解除されたオークの死体が次々と積み重ねられている。
回収された武装は戦利品として持ち帰り、死体は集めて焼く予定だ。
こういう死体を放置すると近隣に疫病を招きかねないし、下手をするとアンデッドと化して人を襲ったりするらしい。
積み重ねられた死体には、小さなものも含まれていた。
マールはその光景を虚ろな瞳でじっと見ていて、俺はそれに付き合ってただじっと立っていた。
慰めて、忘れさせることは出来るだろうと思う。だが、飲み込んで、乗り越えるのはマール自身にしかできない。
気の利いたことを言えればその後押しをできるんだろうが、残念ながら俺にはそういった言葉が浮かんでこなかった。
「あまりそう死者を見るものではありません。連れて行かれますぞ」
死体を見つめるマールに騎士団長はそう言って言葉を続ける。
「これは戦で、そして相手は魔物だったのです。魔物どもには話し合いなど通じませんし、見逃せばまた誰かに牙を剥きます。情けは不要、これは必要なことだったのです」
大柄な彼は俺達の前に進み出ると、死体を運ぶ騎士たちを指差した。
そして笑みを浮かべる。
「死者ではなく、生者に目を向けてください。今はどいつもこいつも酷い顔をしておりますが、貴方達は彼らの命と、彼らの家族の笑顔を守ったのです。今回は一人も死者がいません、これは誇るべきことですぞ」
俺とマールは死体を運び、積み重ねる騎士達を見る。
確かに、誰も彼も酷い顔だ。
返り血と埃に塗れて白銀の鎧は見るも無残な状態だし、全員どこか目が虚ろで、表情が死んでる。
だが、彼らは生きていた。一人も欠けず生き残っていた。
「そうですね、私達が沈んでちゃいけませんね」
そう言ってマールは自分の頬を両手で叩き、顔を上げた。
「いいとこを騎士団長に取られちまった」
「はっはっは! 亀の甲より年の功です! 私とて新兵の頃は同じように悩みましたからな」
そう言って騎士団長は感慨深げな表情をした。過去に思いを馳せているだろうか。
マールは自作の回復薬が入った薬を俺から受け取ると、怪我人を治療している騎士達の下へと走っていった。
その目にはしっかりとした意思の光が戻っていた。
五分後、マールの薬を飲んだ騎士達の口から悲鳴が上がった。
うん、それね。すっごいマズいんだよね。効くんだけど。
広場に集めた死体は俺を含めた騎士数人の火魔法で焼き払い、骨も残さず灰にした。
回収された武具や金品の類は持ち帰って戦利品とする。
これらは王国によって処分され、俸給として騎士達に還元されるのだそうだ。
オーク達に黙祷を捧げ、簡易ながらも供養をした。他ではどうか判らないが、王都騎士団は戦う相手がなんであれ慣習としてこれを行なっているらしい。
それから数日かけ、野戦を行なった平原の死体も処理をして王都へと帰還する。
死体を処理していた最初の二日は騎士団の面々も皆酷い表情だったが、帰路では少しずつ笑顔が出てきた。
盆地を抜け、農村を通るたびに村人達に諸手を上げて歓迎される。戦場から離れて生き残った、という実感が沸いて来たんだろう。
「キツかったですねー」
王都に凱旋し、簡単な式典を経てやっと解放された俺とマールは屋敷の風呂に入ってぐったりとしていた。
二人で体中を丹念に洗いっこをして、それ以上イチャイチャする元気も無くぐったりである。
肉体的にも精神的にもキツかったが、得るものの多い経験だった。
昨日はそうでもなかったが、マールは夜毎にうなされていた。あの砦での体験がやはりショックだったのだろう。
うなされては目を覚まし、その度に俺が慰めては泣き疲れて寝る。そんな夜をいくつか明かしていた。
「今日明日はゆっくり休んで、明後日からまた頑張ろう」
実のところそんなに悠長にしてる暇は無いのだが、根を詰めても効率が悪い。
レベルアップして得たスキルポイントの使い道も考えなければならないし、マールのレベルはやはりもう少し上げたい。
どうにもレベリングが難しいんだよな、この世界は。
当たり前だが、手頃な敵が手頃な数ポンポン沸いてくるような場所は無い。
俺のレベルアップをするのであればそこそこ強力な敵の出る依頼をぽんぽんこなしていけばいいんだが、マールをレベルアップさせるとなると極端に難しくなる。
ゴブリン以上、オーク以下くらいの強さで数を狩れる敵がいないものだろうか。ううむ。
「タイシさん」
そうやって考え事をしていると、マールが俺にしなだれかかってきた。
俺が肩を抱くと、ぎゅっと抱きついてくる。
今日は沢山慰めてやろう。いつかの借りを返さないとな。
「無事、凱旋したとのことです」
「そうですの。手筈は整ってまして?」
「はい、既に招待状も用意しておりますし、魔力を封じる束縛具の類も万全です」
「うふふ、よろしいですわ」
「しかし、本当によろしいのですか? 王やゾンターク卿が黙っていないと思いますが」
「私は昔から欲しいものは必ず手に入れますのよ。どんなことをしてでもね」