第十九話~蜂の巣駆除でボロ儲けしました~
「では行って来ます!」
「おぉ、気をつけてなぁ」
未明、俺とマールはビエット村を発った。
昼行性のビッグホーネットは明るくなると餌を求めて巣から拡散していく。そこで朝早く、ビッグホーネット達が巣から拡散する前に叩こうという作戦だ。
それだけ多くのビッグホーネットを相手にすることになるか、そこは俺の範囲魔法で先制攻撃を仕掛けることによって解決しようと思っている。
初射と第ニ射でビッグホーネット達の大半を撃破するつもりだ。
「巣ごと吹っ飛ばそう」
俺の提案にマールは異を唱えた。
「ビッグホーネットの巣にある蜜は非常に高値で売れますし、巣その物からも大量の蜜蝋が取れるので高需要です! 丸ごと持って帰ったらきっと大儲けできますよ!」
「ほう、なら少々大変だが全滅させるか」
できるだけ巣を破壊しないようにビッグホーネットを倒すとなるとある程度距離を置いて攻撃し、突撃してくる所を迎撃するような感じにするのが良いだろうか。
いや、何も一度に片付ける必要はないか。
「マール、一度に片付けるのではなく複数回襲撃して徐々に数を減らす作戦で行こう。遠距離からチクチク削って巣を丸裸にしてやればいい」
「そうですね。ビッグホーネットに集られるのは正直あまりぞっとしませんし」
ヴゥオォォォォン!!
「うおーっ!」
「きゃーっ!」
俺達は逃げていた。
ビッグホーネットの巣を見つけ、魔法で先制攻撃を仕掛けたところまでは良かった。
結論から言うと、ビッグホーネット達の抵抗というか、数が俺達二人の予測を遥かに上回っていたのである。
「たたた、タイシさん! どうするんですか!?」
「もちろんやるさ! プランBだ!」
「プランBってなんですか!?」
相手は空を飛んでいるのでそのうち追いつかれるだろう。そうなるとジリ貧だ。集られて死ぬ。
だが、この逃走は咄嗟に思いついた作戦その二、プランBである。
ビッグホーネット達を巣から誘き出し、逃げることによって集団を縦に伸ばし、反転して真正面から貫通力の高い魔法で一掃するのだ。
俺は走りながら魔力を集中し始める。
発射数五倍拡大、連射数三倍拡大、魔力収束。
バトルスタッフの先に純白の光玉が五つ発生し、回転を始める。
「死ねぇぇぇぇぇ!」
振り返りざまに俺達を追ってきているビッグホーネットの大群に向けて杖を向けた。
回転する五つの光玉から貫通性の高い光線がマシンガンの如き勢いで発射される。
同時に、ごっそりと魔力を消費したせいか身体に脱力感を覚えた。ステータスを確認すると、ほぼ最大だった魔力量の七割ほどを消費していた。二回は撃てないな、これは。
今回使ったのは純粋魔法レベル3で覚えた光線という魔法だ。
貫通力が高く、弾速の早いレーザーのようなものを一秒につき一発の間隔で十発まで発射できる。
正直そのままだと、使えるようで使いづらい。
威力や貫通力、燃費は申し分ないのだが、一秒に一発という発射速度では発射間隔が長すぎて使いづらいのだ。
これなら発射数十倍拡大のエネルギーボルトで一掃したほうが早いし確実である。
しかし、今はその同時発射数を五倍にし、しかも一秒につき三発連射できるようにしてある。
つまり十秒間で百五十発ものレーザーを発射するのだ。
結果、ビッグホーネットの大群はその大半がレーザーの弾幕に撃ち貫かれて撃墜された。
それでも元の数が数なので、生き残ったビッグホーネットの数も決して少なくはない。
仲間の大半が撃墜されたのにも関わらず、ビッグホーネット達は果敢に俺達へと突撃してくる。
「やるぞ! マール!」
「は、はいっ!」
俺とマールは互いに互いの背を守りながらビッグホーネット達との直接戦闘を開始した。
突撃してくるビッグホーネットを砕き、斬り捨てる。
マールは機敏に動き、初めて会った時のへっぴり腰とは比べ物にならないほど堂に入った様子でミスリルショートソードを振るっている。
これも剣術レベル2の効果なんだろう。いや、それだけの努力を重ねたから剣術のレベルが2になったのか。
マールは近衛兵からかなり熱心に訓練を受けていたからな。
一体どれだけ戦っていたのか。
足の踏み場に困るほどのビッグホーネットの死体を積み重ねた頃、やっと戦いは終わった。
流石の俺も疲れた。マールはもうへとへとなのか、襲ってくるビッグホーネットがいなくなるなり地面に突っ伏してしまった。
俺もマールも何度かビッグホーネットに刺されたのだが、トロールハイドアーマーとミスリルチェインメイルの重ね着が止めてくれた。
流石に肌が露出している顔とかを刺されると危なかっただろうが、新調した防具は早速役に立ってくれたようである。
「死体を回収しながら巣に戻るぞ」
「は、はいぃ」
巣へと戻る途中に確認してみると、俺のレベルが二つ上がって20に、マールのレベルは11になっていた。
マールもこれで中堅冒険者並みのレベルになったという事になる。
確か俺はこれでスキルリセットができるようになるんだったか。今の所スキル取りに不満はないから、スキルリセット権は取っておこう。
発射したレーザーは射線上のビッグホーネットだけでなく木々も薙ぎ払っていた。
風穴が開いたり倒壊していたりする木々を乗り越え、ビッグホーネットの巣へと戻る。
そこには少数のビッグホーネットと、他のビッグホーネットより一際大きい女王らしき個体が残っていた。
一抱え程の大きさであるビッグホーネットに比べ、クイーンらしき個体はその倍以上の体躯だ。女王は知性があるのかどうかわからないが、じっとこちらに目を向けている。
ビッグホーネット達が翅を震わせ、威嚇音を振りまいた。
巣を構成する大半の家臣を殺された女王と、それを守ろうとする残された少数の家臣。そんな連想が浮かぶ。
彼らはただ必死に生きていただけだ、俺達にそれを滅ぼし、奪う権利があるというのだろうか?
「とか思うと思ったら大間違いだぜぇ! ヒャッハー! 俺の資金になぁれ!」
この世は弱肉強食である。
「これはなかなか大変な作業ですねぇ…」
ビッグホーネットの巣はいくつかの木にまたがって支柱を作り、ぶら下がっていた。
俺はまず地面に落とすことにした。
支柱は思ったより固かったので、木によじ登ってミスリルソードで閃撃を放つ必要があった。
次に落下した巣を解体する。
外殻は思いの他脆かった、しかし刃渡りの関係からミスリルソードで行うことになった。
もう既にミスリルソードは蜜でべとべとである。後で洗わなければ。
次に手ごろな大きさにハニカム構造の巣板をカットしていく。やはり蜜でべたべたである。
「甘くて美味しいですね!」
「色々使えそうだな」
指に掬って舐めてみると、やはり蜂蜜なので甘い。これは高く売れそうだ。
そしてハニカム構造の巣板にはビッグホーネットの幼虫やサナギ、卵がまだ沢山残っていた。
幼虫とサナギはしっかり殺さないとストレージに入らなかったが、卵はそのままストレージに入った。線引きが謎である。
かなりでかいが、幼虫とサナギはハチノコとして食えるのだろうか。とりあえずビエット村に持ち帰って聞いてみるか。
何かに使えるかもしれないので巣の外殻も含めて全て持ち帰ることにした。
ちなみに、蜜の詰まった巣板をストレージに収納すると解体メニューが出た。試しに解体してみたところ、蜜を綺麗に取った巣と、1キログラムごとに瓶詰めされたビッグホーネットの蜂蜜になった。
瓶がどこから発生したのかは気にしない事にした。深く考えるとヤツの高笑いが聞こえてきそうな気がする。
討伐したビッグホーネットの数は俺とマールの分を併せて軽く三百を超えている。これだけで大銅貨600枚、金貨6枚相当の討伐報酬が出る。
後はどれだけ巣や死体が売れるかだ。死体は多すぎて全部買い取ってもらえない予感がする。
その時は何かの役に立つかもしれないし、取っておこう。毒腺とかは錬金で使えるかもしれないし。
結局俺達は戦闘時間よりも遥かに長い時間を巣の解体に費やしてから村へと帰ることになった。
「冒険者が戻ってきたぞー!」
「駆除は上手くいったのか?」
俺とマールの姿を見つけた村人が声を張り上げ、戦果を聞いてきた。
武器を持っているところを見ると、一応警戒していたらしい。
「ああ、見事殲滅してきたぞ。この通りだ」
俺はストレージから女王蜂の死骸を取り出し、掲げて見せる。
普通のビッグホーネットよりも二回りほども大きい女王蜂の死体を見て見張りの男性二名は驚きの声を上げた。
その後は村の衆に取り囲まれ、口々にお礼の言葉や賞賛の言葉をかけられた。
なんだかむず痒かったが、俺は深い達成感を覚えた。マールも同じだったようで恥ずかしそうにしていたが、どこか誇らしげだった。
ちょうど昼時だったので、ビエット村で昼食をいただくことにした。
食材はビエット村の産物である野菜や、小麦を挽いて焼いたパン、そして俺が提供したビッグホーネットの幼虫やサナギである。
俺が次々とビッグホーネットから得た戦利品をストレージから出すと、村の人々は目を丸くした。
魔法だからと言うと、人々は特に疑うこともなく納得した。バイソン氏がトレジャーボックスのことを知っていたのも大きい。
そして、俺とマールや村の子供達は出てきた料理にドン引きしていた。
なんせ一抱えほどもある幼虫である。ぶっちゃけキモい。
しかし村の大人達はそれらを焼いたり炒めたりするわけである。味付けはちょっと塩を振ったりしただけだ。
食材として提供した手前、食べないわけにも行かない。
俺とマールは決死の覚悟でそれを口に運んだ。
柔らかい、そしてなんかドロっとしたような感触もある。そしてほのかに感じる甘み。
塩を振ってみる。味が締まり、より強く甘みを感じることができた。見た目さえ気にしなければ、特濃のシチュー? のような、甘めに味付けした玉子焼きのような……
「見た目アレだが、美味いな」
「そ、そうですね、見た目はアレですけど」
よくよく話を聞いてみると、王都などではかなり高値で売れる高級食材なのだそうだ。
勿論村でも滅多に食べられることはない。今回のようにビッグホーネットの巣が近場にできて、それが討伐されたときに口に入る程度らしい。
幼虫は長く生きられないし、鮮度も落ちやすいのであまり日持ちしないのだとか。
サナギの方は解体され、野菜と一緒に炒めて供された。
サナギはまだ甲殻も柔らかく、そのままイケる。
幼虫と同じでほんのりと甘みがあり、身はプリプリとした食感だ。エビっぽい気もする。
こちらもやはり王都では高級食材らしい。日にちがたつと次第に甲殻が硬くなってくるからだ。
他に蜂蜜も提供した。
朝絞ったばかりだという牛乳に混ぜて飲ませてもらったが、力が体の底から沸き上がってくるような味だった。
寝る前に暖めた牛乳に垂らして飲んだりすると、寝つきが良くなって疲れも取れやすいのだとか。
大量にあるので、これは少し多めに提供しておいた。各家庭にも十分行き渡るだろう。
「王都まで送ってってやるよぉ」
昼食を終え、さぁ帰ろうかとマールと話していたところでバイソン氏がそう申し出てくれた。
俺達はその申し出をありがたく受けさせてもらい、ビエット村に来た時と同じようにバイソン氏の操車する荷馬車で村を出た。
「ありがとう!」
「おねーちゃん、おにーちゃん、またきてねー!」
「ばいばーい!」
村の人々や子供達に見送られ、姿が見えなくなるまで手を振った。
今までの依頼には無かった達成感が俺とマールを深く満たしていた。
「なんだか、凄いですね。冒険って」
「ああ、凄いな」
そんな会話をする俺とマールを見てバイソンさんは『ほっほっほぅ』と笑っていた。
王都アルフェンに帰り着いた俺達はバイソン氏と別れ、その足で冒険者ギルドへと向かった。
俺の顔を見た受付嬢がギクリと身を強張らせる。なんでそんなに警戒するんだよ、傷つくぞホントに。
「い、いらっしゃいませ! 今日は……あっ、昨日のビッグホーネットの巣の退治の件ですよね?」
「ああ、終わらせてきたぞ」
「えっ?」
受付嬢が驚いた表情をした。
え、そこ驚くところなの?
「終わらせてきましたよ! はい、これが完了票です!」
「えっ? あっ、はい……確かに」
受付嬢はマールから完了票を受け取り、頷いた。
俺達は冒険者カードも同時に提出し、魔物の撃破履歴を確認してもらう。
一瞬目を剥いたのがわかった。そんなにビックリすることなんだろうか。
「……ええっと、合計討伐数は341匹、討伐報酬は一匹につき大銅貨2枚なので、大銅貨682枚になります。これに依頼報酬の大銀貨1枚を足すと、金貨7枚と銀貨3枚、大銅貨2枚ですね」
討伐報酬と成功報酬だけで約73万円の儲けである。やはり冒険者稼業はボロ儲けだ。
「ビッグホーネットの死体や巣をほぼまるごと持ち帰ってきているんだが、ここで買い取りしてくれるのか?」
「はい? ええっと、まるごと、ですか?」
「ああ、トレジャーボックスが使えるからな。俺のは特別製でな、容量がデカいんだ」
「そ、そうですか。向かいにある商業ギルドで素材の買取をしていますので、そちらに持ち込んでいただければ」
「わかった、ありがとうな」
俺の説明にとりあえず納得したらしい受付嬢にお礼を言って、報酬を受け取った俺とマールはそのまま冒険者ギルドの向かいにある商業ギルドへと向かった。
商業ギルド内はごったがえしていた。
魔物の素材を売りに来たらしい冒険者や、その冒険者が納品した魔物の素材を仕入れに来た商人や職人、魔法使いっぽい人。貴族っぽい人もいる。
カウンターに行く前に辺りを見回してみると、依頼掲示板のようなものがあった。
興味が沸いたので、マールを伴ってその掲示板を見に行ってみる。
予想した通り、これは一種の依頼掲示板だった。
早急に手に入れたいものであったり、滅多に手に入らないものであったりする素材や食材を相場より高くてもいいから買い取りたいという人達が利用しているようだ。
「マール、ビッグホーネット系の依頼票を探すんだ」
「任せてください!」
俺とマールは手分けしてビッグホーネット関係、それも巣や幼虫、サナギの買い取り希望が無いかを探した。
そうしたらあるわあるわ。
ビッグホーネットの巣が駆除されることはそんなに多くないらしく、また駆除のため巣に火をかけることも少なくないのでなかなか採取が難しいらしい。
よってその蜜や幼虫、サナギは思ったよりも貴重品のようだ。蜜蝋の材料として蜜を取った後の巣そのものの需要も高いようである。
俺とマールはそういった依頼票の中から条件の良いものから順に選り分け、カウンターへと持っていった。
「ようこそ、商業ギルドへ。随分熱心に見ていたな、何か目当てのものがあったのか?」
応対してくれたのは若い男の職員だった。
赤毛で、そばかす顔のちょっと軽い感じの男だ。マールを見て頬を緩ませている。おらっ、見世物じゃねぇぞっ。
「ビッグホーネットの巣と、蜜と、幼虫と、サナギがあります! 買い取ってください!」
そう言ってマールがずずいっと依頼掲示板から剥がしてきた依頼票を男に突き出す。
男はそれを確認し、顔を上げた。
「サナギと幼虫は鮮度が良くないとダメだぜ。見せてもらおうか」
俺は素直に従い、まず幼虫の死体をカウンター上に出してみせる。
王都ほどの大きさの街となるとトレジャーボックスの使い手も珍しくないのか、特に男が動揺することは無かった。
男はビッグホーネットの幼虫を仔細に鑑定し、頷く。
「まるで今殺したばかりみたいに新鮮だな。これなら十分だ。どれくらいある?」
「同じような鮮度の幼虫があと二十三匹、サナギが二十七匹だ」
「……マジか?」
「マジだ。ちなみに蜜は約650キログラム分ある。巣も相応の分量があるぞ」
俺はカウンターの上にビッグホーネットの蜂蜜の入った瓶を置き、蓋を開ける。蜂蜜の甘い香りがふわりと漂った。
男はどこかから取り出した小さな匙を使い、蜜を掬って舐める。
「……全部売ってくれ、いくらでも買うぞ」
「死骸も沢山あるんだが…買ってくれるか?」
「死骸か…わかった、任せろ。俺はヒューイだ、あんたは?」
「タイシだ、よろしく頼むよ」
依頼報酬や各種素材の売却など、全部合わせて金貨88枚と銀貨3枚になった。
ビッグホーネットの巣の退治で得た報酬と、素材その他の売却益は合わせて金貨95枚と銀貨9枚、大銅貨2枚である。
濡れ手に粟とはこのことだろう、心の中で笑いが止まらない。
ストレージのお陰で素材の取りこぼしが無いのが一番大きいだろう。
ちなみに、ビッグホーネットの蜂蜜20キログラムと幼虫一匹、サナギ一匹をお土産に屋敷に持って帰った。
俺から幼虫を渡されたメイベルが卒倒したりするハプニングがあったが、ジャック氏が幼虫とサナギを美味しく料理してくれた。
様々な香草や野菜を使って作られたビッグホーネットの幼虫のオーブン焼きは実に絶品だった。高級食材とされるのも納得だ。
フラムは過去に食べたことがあるらしく、特に拒否反応も起こさず久々のグルメに舌鼓を打っていた。
それと、美味しい美味しいと言ってたらふく食べた後に事実を知らされ、メイベルが絶叫を上げていた。南無。
「あーうーあーうー……」
「美味しかったからいいじゃない」
「そ、そうなんですけど……フラムさんは何で平気なんですか?」
「野営して魔物の肉を食べることなんて珍しくなかったもの。お腹に入っちゃえば一緒だしね」
「そ、そういうものですか」
「そういうものよ」