第十八話~おじいさんが無双をしました~
新市街の市場へと赴いた俺達はバイソン氏を探して広い市場を歩き回っていた。
そこらで色々な商品を売っている商人達に聞き込みをするものの、なかなか有力な情報を得られない。
「……うーむ」
「見つかりませんね」
「あ? ああ」
俺が唸っているのはバイソンさんが見つからないのとは別に原因がある。
朝に名状し難いあの声のお告げを聞いてから何度も神コールで連絡を取ろうとしているのだが、何度コールしても繋がらないのだ。
あの時は一方的に向こうが通信を切ったので、聞きたいことが聞き出せていない。
大氾濫の情報は早く伝えれば早く伝えるほどに多くの人命が救われるであろう事が考えられるので早急に人々に伝えなければならないとは思うのだが、事が事だけに慎重を期したい。
神官でもなんでもない俺が騒ぎ立てても頭の変な奴と思われるか、下手すれば人心を騒がせたとかいう理由で逮捕される恐れがあるからだ。
マールの話では各神殿の神官達にお告げが下るという事だったので、大氾濫の発生に関して殊更に俺が動かなくても情報は伝わると思う。
思うのだが、あの名状し難い声の事なのでどこか不安を拭いきれない。
『失礼な。ちゃんと世界中の街の人々に伝えてきたぞ。そのため忙しかったのだ』
頭の中に突如憮然とした声が響いた。
どれくらいの人数に伝えたんだ? ちゃんとした人間に伝えたんだよな?
『うむ、街や村に住む十五歳以上の成人にちゃんと伝えてきた』
勿論情報をちゃんと拡散できる立場の人間だよな? 各集落毎に何人くらいの割合で伝えたんだ?
『成人している人間なら誰でも大丈夫であろう? 大氾濫の脅威は身に沁みているであろうし。ちなみに伝えたのは一つの街につき一人だ。疲れるのでな』
「おい!?」
「ん? どうしましたタイシさん」
つい声を上げてしまった俺をマールが不思議そうな顔で見てくる。
「ああいやすまん! 独り言だ!」
アホかお前は! 然るべき立場の人間じゃないと信じてもらえるわけないだろうが!
というか一人って事は、この王都で情報を知ってるのは俺一人なのか!?
『うむ、問題あるか?』
「大問題だよ馬鹿たれ!」
「タ、タイシさん? 大丈夫ですか?」
突然の俺の大声にマールがびくりと身を震わせ、心配げな表情をしている。
どう見ても変に思われてるじゃないか、クソ。
「す、すまん。ちょっとな、そう、疲れてるんだ」
『私の声を伝えようとする人間は大体今の君のように他人からそういう表情を向けられるんだ、はっはっは』
お前わかっててやってるだろ!?
ヤバい、ヤバい、ヤバい。バイソン氏を探してる場合じゃない!
どうする? どうすればいい? ギルドに言うか? いや、ただでさえ怖がられてるのに更に頭のおかしい奴というイメージもついて最悪なことになる。しかも信じてもらえるとも思えない。
なら神殿に駆け込むか?
『神の声を聞いた! 二ヵ月後に大氾濫が起こる!』
どう考えても頭のおかしい人です、本当にありがとうございました。
懺悔室に連行コース確定じゃないのか、懺悔室なんてもんがこの世界の教会にあるかどうかは知らんが。
てかお前、今の聞く限りやっぱわざとだろ?
『テヘペロ』
いつか絶対お前に会ってぶん殴ってやる。絶対にだ。
「タイシさん、本当に大丈夫ですか? 別に馬車でなくても歩いていくこともできますし、なんなら一日待ってもらって明日出発した方が……」
「すまん、ちょっと考えさせてくれ。俺はここで待ってるから、すまんがこの辺りを探してきてくれないか?」
「はい! 無理しないで下さいね?」
「ああ、ありがとう」
人ごみに消えていくマールを見送り、考える。
どうする、どうすれば良い? マールを連れて王城に乗り込むか? いくら勇者認定されたとは言え門前払いにされそうだが、これが一番確実な気もする。
いや、待てよ? ジャック氏を通じてゾンタークにアポを取れないだろうか? そうだ、この手が良い。ゾンタークには変な目で見られるかもしれないが、直接王城に行くよりは確実だ。
手紙というわけには行かないだろうから、直接会うべきか。
だがビッグホーネットの方はどうする? 二手に分かれるか?
マールも剣術スキルは上がっているし、レベルも俺よりは低いが一般冒険者と同等くらいの7レベルまで上がってる。ビッグホーネット如きに遅れは取らないだろう。
だがどれくらいの数がいるかもわからん。一人で行かせるのは危険だ。
じゃあゾンタークのところに一人で行かせるか?
ゾンタークは一応今の所味方のように振舞っているが、どこまで信用して良いかはわからない。
今までの経緯と態度を見れば滅多な事はないと思うが、マール一人で行かせるのはやはり不安がある。
だめだ、マールを一人で行動させるのは怖い。
「タイシさん! バイソンさんが見つかりましたよ!」
「ああ、行こう」
バイソン氏を見つけたというマールに着いていく。
「おんやぁ、あんたがタイシさんかね? 確かになかなか強そうなお人だなぁ」
マールに案内された先にはジャック氏よりも年上であろう、のんびりとした雰囲気の男性が荷車の野菜を売っていた。
まだ荷車の野菜は多く残っている、これはもしかしたらもしかするか?
「ああ、タイシ=ミツバだ。こいつはマール。ビッグホーネットの依頼を出しているビエット村のバイソン氏で間違いないか?」
「んだぁ、俺がバイソンだぁ」
「正午に王都を発つ予定と聞いていたんだが、もしかして予定が後ろにずれ込みそうだったりしないか?」
頼む、そうであってくれ。
「んだなぁ、ちょっとまだ売れ残ってるかんなぁ。本当ならとっくに売り切って、村さ持って帰る品を仕入れてるとこなんだがよぉ」
そう言ってバイソン氏は困ったように荷台の野菜を見た。
よし、よしよし! ありがとう神様!
『それほどでもない』
お前じゃない、失せろ。
「ならもう少し準備を整えてからもう一度来る、それでも良いか?」
「おう、おう。でも暗くなっとあぶねぇから、あと二刻くれぇしか待てねぇが、いいかぁ?」
「ああ、わかった。できるだけ早く戻ってくるから、待っていてくれ。屋敷に戻るぞマール!」
「え!? あ、はい! ってちょっと待ってくださいよタイシさん!」
俺は急いで屋敷へと向かった。
問題なくゾンタークとアポが取れれば良いのだが。
「お帰りなさいませ、お館様。如何なされましたか? 使いの者から伝言は受け取りましたが」
屋敷に着いた俺をジャック氏が落ち着いた様子で迎えてくれた。
よし、まずは第一関門突破だ、
「ジャックさん、ゾンタークにアポは取れないか? どうしても伝えなきゃならない話があるんだ、緊急で」
「は、ゾンターク侯爵閣下にですか。確実に、とは参りませんがお取次ぎはできるかと。直接お会いになるのではなく、書簡の類を届けるということであれば確実にお届けいたします」
ジャック氏に任せるのであれば書簡でも大丈夫だろうか?
いや、できれば面と向かい合って伝えた方が良いだろう。
「すまないが、取次ぎを頼む。あと、会えなかった時のために書簡も書いておくから紙とペンを用意してくれ」
「かしこまりました。少々お待ちを」
そう言ってジャック氏は奥へといったん下がって行った。
それを見送ったところで後ろからへとへとになったマールが追いついてきた。
玄関から入ったところで膝に手をつきながら肩で息をして、苦しそうに喘いでいる。
「タイ、シ、さん……ぜぇ、はぁ、はやすぎ、ます」
「すまん、緊急でな」
マールの背中を撫でて呼吸を落ち着くのを待ってやる。
そうしているうちに水差しとコップをお盆に載せたメイベルがやってきた。
ジャック氏の気遣いだろう。できる男だなぁ、ほんとあの人は。尊敬する。
「ありがとう、メイベル」
俺の言葉にメイベルはニコニコしながら微笑む。癒されるな。
俺はメイベルから水差しとコップを受け取り、水を注いでマールに渡した。
水を渡されたマールがぐびぐびとコップの水を飲み干し、一息吐く。
「はぁ……急にどうしたんですか、タイシさん」
マールからコップを受け取り、俺も水を一杯飲み干す。
俺も何とか一息つけたな。
さて、どう話したものか。とりあえずメイベルを下がらせるか。
「ありがとう、メイベル。仕事に戻ってくれ」
「はい! 失礼します!」
メイベルはコップと水差しの乗ったお盆を持ってパタパタと駆けていった。
そこに便箋と封筒、羽ペンやインクを持ったジャック氏が戻ってきた。
ジャック氏に聞かせて大丈夫だろうか? ジャック氏は聞いたことを漏らしたりしないだろうとは思うが……いや、いずれはわかることか。
「心して聞いてくれ。二ヵ月後に大氾濫が起こる」
『な、なんだってー!?』
まだ居たのかよお前は、失せろ。
『面白いから見てます』
死ね。マジで死ね。つーかお前、神だとしても絶対邪神だ。
お前がなんと言おうと俺の中で決定、お前は邪神。
『なんという暴論』
「タイシさん、あの、どうやってそれを?」
「神のお告げだ。ホラ、俺勇者だし」
玄関ホールになんとも言えない沈黙が満ちる。
うん、そうだよね、やっぱそういう反応だよね。わかってた。
ジャックさんは顔色一つ変えずに俺を見ている。見事なポーカーフェイスだ。
「各町に一人ずつ、十五歳以上の人間で俺と同じ内容のお告げを聞いている人間が居るはずなんだ。それも同時に調べてもらえば……つっても対象が多すぎるんだよなぁ」
「そうですな。証明するのは難しいかと。不用意にその話を流布すれば、騒乱を起こした罪に問われる可能性があります」
そう、このお告げの厄介なところは証明が難しいということだ。
他の街で同じお告げを受けている人を複数探し出してそれを証拠とするにしても、調査する対象が多すぎる。
しかも実際にお告げを聞いた人が真実を言うとも限らない、騒乱を起こした罪に問われる可能性があるからだ。
お告げを聞いていない人が嘘を言う可能性もあるので、証言者を集めたとしても信憑性に乏しい。
「ともあれ、閣下にお伝えするのは無駄にはならないかと。閣下の伝手ならば、神殿に問い合わせることもできましょう」
「そうですね、王都の神殿なら神から神託を賜ることのできる神官も一杯居るでしょうし! タイシさんの言うことならゾンターク侯爵も無碍にはできないはずです!」
マールの言葉にジャック氏が頷く。
「お館様とマール様は依頼の途中でしたな。私よりゾンターク閣下には必ずお伝え致しますので、どうぞお任せください」
「大丈夫か?」
「ハッ、お任せください」
任せて大丈夫だろうか。
ジャック氏はゾンタークが手配した執事だから、きっとゾンタークに渡りをつけられるだろう。
ゾンタークも俺よりはジャック氏の方が信用しやすいだろうし。適任ではないだろうか。
「くれぐれも頼みます」
「かしこまりました」
単純なものだが、肩から荷が少し下りた気分だ。
どっと疲れた気がする。しっかり確認してよかった。
何もしなくても神殿から発表されるだろうと高を括っていたあの瞬間の自分を殴りたい。
多少遅れたが、ゾンタークに伝わりさえすれば俺一人で騒いで回るよりはよほど効率が良いはずだ。
進捗の確認は逐一聞いたほうが良いだろう。それと必要と思えばゾンタークは俺を呼び出すだろうから、心の準備もしておいた方が良いな。
「それで市場に行った時タイシさんの様子がおかしかったんですね。納得しました」
納得したように頷くマール。
心が痛い、本当は朝一番に知っていたのに。
いかんな、全然だめだ。もっと気をつけていこう。
「とにかく、今はやれることをやろう。魔物を狩って金を稼いで、それで良い装備を揃えて強くなるぞ」
「はい! 頑張りましょう!」
再び新市街への市場へと赴いた所、ちょうどバイソン氏が出立の準備を終えたところだった。
気味が悪いくらい良いタイミングだ。作為的なものを感じる。
『色々大変だったようなので少しサービス中。アフターケアも万全な私はどう考えても良い神様』
わかった、お前は良い神だ。だからホント失せろ。用があったら呼ぶから。
あと良い神様なら他の奴もフォローしてやれ。
『ふむ、良かろう。頑張ってくれたまえ』
そして神との通信が途切れた。
なんだか妙な話だが、そんな確信がある。どういう仕組みなんだ、これは。俺とマールの間でも同じような事はできないんだろうか。
「おおう、おう。いいとこにきてくれたなぁ。ちょうど準備ができたで、出発するぞぅ。ええがぁ?」
「ああ、問題ない」
マールも頷く。俺達は荷台の空きスペースに乗り込み、市場を出発した。
ガタガタと荷馬車に揺られて街道を行く。
荷台に積まれているのは塩や生活雑貨などのようだ。
ビエット村で生産した農作物を売り、その対価で自給できない必需品を買っているのだろう。
この馬車はある意味村の生命線なわけだ。
「バイソンさん、街道の行き来に危険はないのかい?」
「大丈夫だぁ、騎士様や兵隊さんがここらの魔物を倒してくれてっからなぁ。たまぁーにはぐれたのがでてくることもあるけども、そん時はこいつで追い払うのさぁ」
そう言ってバイソンさんが御者台の影から取り出したのはマールが使っているのよりも大きく、威力も高そうなクロスボウだった。ただ、かなり年季の入った代物のようで、あちこちの塗装が剥げている。
そのクロスボウを見て、マールが目を輝かせた。
「バイソンさんもクロスボウを使うんですね! 私もなんですよ!」
と言いながら得意そうにライトクロスボウを取り出してみせる。
バイソンさんはそれを見てほっほぅと声を上げた。
「嬢ちゃんもクロスボウ使いかぁ。こんな馬車の上ではふんばりもきかねぇから、弓よりもクロスボウの方がええんだぞぉ」
バイソンさんがクロスボウの扱いに関する薀蓄を披露し始める。
マールはその薀蓄を目を輝かせて聞いていた。亀の甲より年の功とはよく言ったもので、馬車上での戦闘についてバイソンさんの話は実にためになった。
昔は結構大きなキャラバンで、各国を渡り歩いていたのだとか。
前の前の大氾濫で怪我負って引退し、今はビエット村で小さな畑を耕しながら収穫期にはこのように村と王都を往復して暮らしているらしい。
「次の大氾濫は越せねぇかもしれんがなぁ、でも死ぬ前に一匹でも多くこいつで魔物をぶち抜いてやるつもりだぁ」
クロスボウの腕は年老いても確かなようで、射撃スキルはレベル3だった。バイソンさん自身のレベルも26なので、昔キャラバンに参加していたというのも本当だろう。
「大氾濫が起きたら無理しないで、王都に逃げてくださいね」
「はっはっは! おらももう老い先短いからなぁ、村さ最期まで守るつもりだぁ」
そう言って笑うバイソン氏が、俺には何故か眩しく見えた。
「そらよっと! マール、そっちにも行ったぞ! 気をつけろ!」
「はいっ! たぁっ!」
ビエット村に着くなり、俺達は荷馬車から飛び降りて武器を振るっていた。
村の中まで複数のビッグホーネットが入り込み、縦横無尽に飛び回っていたからだ。
村人達は仕事を放り出して家の中に避難しているらしく、人影は見当たらない。
「こんのクソ蜂どもが! おらたちの村からでてけ!」
バイソン氏が荷馬車の上に立ち、固定砲台のごとく次々とクロスボウでビッグホーネットを撃ち落していく。
俺とマールは荷馬車の周りでバイソンさんが撃ち落し損ねたビッグホーネットを迎撃していた。
バイソンさんの射撃スキル3は如何なくその効果を発揮している。
百発百中とまではいかないが、かなりの命中精度だ。
「私より上手ですね!」
「経験の差だな。頑張ろうぜ」
「はい!」
そうしているうちにバイソンさんの射撃が止まった。
「くそっ、矢が切れちまったぁ!」
「バイソンさん、これを!」
「おおう、悪いなぁ嬢ちゃん!」
マールが自分のライトクロスボウ用のボルトをバイソンさんに手渡す。
バイソンさんが射撃を再開してから数分でビッグホーネット達は撤退していった。
辺りには俺が砕いたもの、マールが斬り捨てたもの、バイソンさんが撃ち抜いたもの、沢山のビッグホーネットの死体が散乱している。
半分くらいはバイソンさんが撃ち落したものだ。老兵恐るべし。
「スカッとしたなぁ! 昔さ思い出したぁ!」
カラカラと愉快そうに笑うバイソンさんを横目に、俺は次々とビッグホーネットの死体を回収していった。
ビッグホーネットの大きさはカモメと同じか、もう一回り大きいくらいだ。
それがブゥゥゥンと不快極まる音を立てて突進してくるので、数が居るとかなり迫力がある。
ここにある死体は全部で37体だった。巣にどれだけいるのか不安である。
いくつか戦果として荷馬車に積み込んだ。
「おおぅい! 帰ったぞぉ! 蜂どもも追い払ったぞぉ!」
バイソンさんが村の広場で叫ぶと家々のドアが開き、何人かの子供達が飛び出してきた。
続いて大人達や、飛び出さないよう大人達に捕まえられていたと思われる小さな子供達も出てくる。
最初に出てきたのは村の子供達の中でも年かさの子供達だったんだろう。
「うおー! すっげー! これじいちゃんがやったの!?」
「おねえちゃんだぁれ?」
「おお、冒険者か! さすがバイソンさん、その日のうちに連れてきてくれるとは」
もう大騒ぎである。
俺とマールは子供達に取り囲まれて質問攻めにされるし、バイソンさんは村の大人達に賞賛されて誇らしげだ。
今日は村で一夜を明かし、退治は明日の朝からが良いのではないかという話になった。
ビッグホーネットは昼行性らしく夜間は大人しいが、照明を持って巣に近づくと明かりに向かって突進してくるので逆に危ないのだそうだ。
それにビッグホーネットの巣があると思われる夜の森には夜行性の魔物も居るそうな。
それはそれで危ないんじゃないかとも思ったのだが、この辺りの夜行性の魔物は夜間に外に出ない限り襲ってくることも畑を荒らすこともないそうなので、問題ないらしい。
これも一種の共存だろうか。
「……本気か?」
「少なくともあの方は本気で言っておりました」
「……わかった、神殿に働きかけてみる」
「恐れ入ります」