第十二話~王城で王様に謁見することになりました~
灼熱の金床亭を出て一時間後、俺達は馬車に揺られていた。
護衛はクロスロード騎士団の一番隊、ワルツ隊長の率いる部隊である。
『……』
四人乗りの馬車内に会話は無い。
俺の隣にはマール。
正面には涙目になってかけている魔法兵ちゃん――リネットである。
「ひっ!?」
俺が彼女に視線をやると顔を青くしてガタガタと震える。
遺跡からクロスロードに帰る時にはフラムの世話を一番隊に任せたから、きっとフラムが何故ああなったのかよく理解しているんだろう。
面白いのでさっきから時たま彼女をビビらせて遊んでいる。
「タイシさん?」
「…サーセン」
マールが俺の遊びを見咎め、太ももを軽くつねる。
しょうがないじゃない、他に娯楽がないんだもの。
久々にステータスとスキルの点検でもするか。
【スキルポイント】25ポイント
【名前】タイシ=ミツバ 【レベル】18
【HP】251 【MP】882
【STR】215 【VIT】219 【AGI】201
【DEX】155 【POW】336
【技能】剣術4 格闘3 長柄武器4 射撃1 魔闘術2
火魔法3 水魔法3 風魔法3 地魔法3 純粋魔法3 回復魔法3
結界魔法3 生活魔法 身体強化1 魔力強化2 魔力回復2 交渉2 調理1
鑑定眼 魔力眼 毒耐性2
スキルポイントが大分あるな。
さし当たって役に立ちそうなのは毒耐性をレベル3のマックスにしてしまう、気配察知や危険察知のスキルを取得する。
いつどこで刺客に襲われ、毒を盛られるかわかったもんじゃないしな。
自由に生きるはずだったのに、何故俺はこんなことを気にしているんだ…いやいや、これらのスキルは十分に役立つ。
毒を気にしなくていい、罠や奇襲から身を守れる、周辺の索敵をこなせるようになる、良い事だらけじゃないか!
ウン、ソウダ、マチガイナイ。
というわけでサクサクっと9ポイントで毒耐性をレベル3に、12ポイントを使って気配察知と危険察知をレベル3にしよう。
毒耐性と危険察知は今ひとつ実感が沸かないけど、気配察知はすぐに実感が沸いた。
なんかこう、頭の片隅にレーダーが搭載されたような気分だ。
自分を中心としてどれくらいの距離にどれくらいの強さのものが何体いるのか、というのが把握できるようになった。
名前と顔が一致すれば大体どの気配がどれなのか、っていうのも識別できる。
例えば騎乗してこの馬車を護衛しているクロスロード騎士団一番隊の騎士達やその騎乗馬の気配。
この馬車を引く馬や操車している御者の気配も感じられる。
これは便利だ。
能動的にオンオフもできる。
恐らくこの気配察知スキルや危険察知に対するステルス性を獲得できるのが隠密行動スキルなんだろうと思う。
これで残りは4ポイントか。
そろそろ腰を落ち着けて生産系のスキルも伸ばしてみたいんだがなぁ。
鍛冶スキルで自分の武器作るとかさ。
錬金スキルで薬作ったりとかさ。
そうだ、いい事を思いついた。
もしお詫びに何か貰えるなら鍛冶工房とか錬金工房とかついた拠点になる屋敷か何かを貰おう。
駄目なら購入権とか、最悪建築許可と信頼できる業者の案内とかでも良い。
「あ、あの…」
「あァ?」
「ひぃっ! す、すみません!」
幸福で完璧な未来展望を描いている時に声をかけられたのでついつい威圧的な返事をしてしまった。
いかんいかん、まだ心が荒んでるな。
リネットに当り散らしたり、イビったりしても仕方が無いじゃないか。
大人になろう、大人に。
「いや、すまん。まだちょっと気が立ってた。どうしたんだ?」
俺は努めて普通の声音でリネットに聞き返した。
リネットは何度か口を開きかけては閉じ、というのを繰り返してからやっと言葉を紡ぎ始める。
「あ、あのっ、実はトワニング団長から手紙を預かっているんです」
「…ほう?」
リネットが差し出してきた手紙の封蝋を剥がし、中身に目を通す。
手紙に書いてあるのは、トワニング団長がワルツ隊長率いる一番隊をあの遺跡に派遣した経緯だ。
トロール討伐の報告をしたところ、軍の上層部より追跡の秘印を施した品を褒章として贈るように命令が下ったということ。
不審に思っていたところ、俺のステータスチェックによって俺が勇者であるということが判明し、それを報告したということ。
その時上層部からは俺に対するアプローチはしばし待つように命令されたこと。
やはりおかしいと調べ始めたところ、軍の中で『掃除屋』と呼ばれる非正規部隊が俺を狙っているということを知ったということ。
そして早急に俺の身柄を保護しようとしたところ、既に俺達がクロスロードから逃亡しているのを知り、追跡の秘印を利用して一番隊を派遣したということ。
「…ある程度は辻褄が合うな」
俺は手紙をマールへと渡し、考える。
つまり、カレンディル王国――というか『カレンディル王国軍』はステータスチェックをする前に俺をマークしてたわけだ。
タイミングとしては、トロール討伐の報告を受けた時。
既にこの段階で俺を排除する方向に動いていたんだろう。
「この手紙だけじゃ判断材料には乏しいな」
「そうですね。判断の速さを考えると、軍部の独断の可能性が高そうではありますけど」
そう、それがネックだ。
時間的に考えて、動きがあまりにも早すぎる。
トロール討伐報告の時点で俺が勇者だと断定したとしよう。
報告そのものは通信用の魔動具があるので、ほぼタイムラグ無しで行われる。
俺達が襲われたのはトロール討伐の報告がされた日を一日目とすると六日目だ。
俺たちの行動を振り返ろう。
一日目はお大尽して食って飲んで寝た。恐らくこの日にトロール討伐の報告が入っているはずだ。
二日目はマールとデートをして一日を過ごした。このタイミングでトワニング団長はハンターナイフを用意したはず。手紙にはいつその命令が下されたかは書いていないが、遅くともこの段階で用意しないと間に合わない。
三日目に騎士団へ行き、ステータスチェックを受けて勇者と断定された。俺とマールはその日のうちに旅支度を整えた。
四日目の早朝にクロスロードを発ち、それから三日かけて遺跡へと辿り着いた。
それが六日目、その日の日暮れ頃に暗殺者に襲われた。
話によると王都アルフェンからクロスロードまでは馬で急げば一日、徒歩で約三日。
徒歩ではまず間に合わないから、少なくともクロスロードまでは暗殺者たちは馬で移動したことだろう。
森を出たところで馬が見つからなかったことを考えると、クロスロードから遺跡へは徒歩で移動したんだろうか。
道中の敵は俺達が始末していたはずなので、行軍速度は俺たちと同じか、少し速いくらいか? まぁここは誤差だろう。
俺達と別ルートで来た可能性も無くはないが、誤差のはずだ。
暗殺者部隊は俺達がクロスロードを発った日か、遅くともその翌日にクロスロード入りしているはず。
つまり、騎士団でステータスチェックをした時には既に暗殺者部隊はクロスロードへと発っていた、つまり俺への暗殺命令は下されていたと考えて良い。
ハンターナイフを準備する時間も考えれば、報告から一日以内で俺の暗殺を決定していることになる。
常日頃から追跡の秘印を刻んだナイフを用意してある、ということでも無ければタイムスケジュール的にこれはほぼ間違いないはずだ。
「やっぱ早いよなぁ」
「そうですねー。軍部の独断でなければ、あまりに動きが早すぎます。とにもかくにも話はつけなきゃいけませんし」
ここら辺は深く考えても仕方が無い。それにマールの言うとおり、しっかり話をつけておかないといつ寝首を掻かれるかわかったもんじゃないからな。
とりあえず、今は道中での『不幸な事故』を警戒するほか無い。
クロスロードを出て二日。
俺とマールを乗せた馬車は滞りなくカレンディル王国の王都、アルフェンに到着していた。
「ふぉー、すっげぇなこれは」
「王都アルフェンの人口は七万人。短期滞在の冒険者や行商人、スラムに住む人々を入れれば十万人を越すと言われています」
町並みを見て感動する俺にリネットが解説を始めた。
王都アルフェンは建設中の物も含めると四つもの城壁に囲まれている。
今俺達の馬車が走っているのは建設中である第四城壁の外縁部で、様々な商店や雑多な宿が軒を連ねる混沌とした区画だ。
もっとも、建設中の城壁に近づくにつれてきちんと区画整理されているようだが。
奴隷市場なんかは外縁部にあるんだそうだ。
「こういうとこはどこの国も同じですねー」
というのはマールの弁。
第四城壁の建設には多くの人が従事していた。
こういう労役は奴隷や犯罪者だけでなく、日雇いの仕事として駆け出しの冒険者もやったりするらしい。
体作りにもなりそうだし、戦士を志す冒険者にとっては一石二鳥なのかね。俺は真っ平ごめんだけど。
第四城壁を超えると、活発に人々が行き来している。
ここが所謂平民区画で、外縁部よりも上等な店や宿、職人の工房なんかがあるらしい。
クロスロードの街をもっと大きく、活発にしたようなイメージだな。
こちらには通常の市場があり、様々な商品が売り買いされているのだとか。
冒険者ギルドもこの区画に設置されているらしい。
第三城壁の内側はより上等な大店や、宿が立ち並ぶ。
その他には役所や教会、魔法学校などの公的な建築物が建っているのだとか。
他には裕福な商家の家や城勤めの兵士、平民上がりの騎士の家もこの区画に多いらしい。
「私の実家もこの区画にあります。帰ってくるのは一年くらいぶりですね」
リネットは久々の帰郷に目を細めて町並みを見ている。
なんでも彼女は魔法学校の卒業生らしい。この美貌とプロポーションだ、さぞかしモテたことだろう。
しかし魔法学校とは興味をそそられる。この歳で足を運ぶことも無いだろうけど。
第二城壁の内側はほぼ貴族の区画と言って良い。
見かけるのは身なりの良い人々か、衛兵ばかりだ。冒険者などもこの区画には用が無いのか、ほとんど見かけない。
そしてついに見えてきたのが王城である。
「デカいな、さすが王城」
俺がイメージできるお城なんて某夢の国にあるお姫様の名前がつけられたアレくらいである。
目の前に建つ城はデカい。なんというかそれに、生きているのだ。
うまく言い表せないが、そこに王様が住んで国の中心として生きて、呼吸している。
尖塔がいくつか見える。あの尖塔もただの飾りでなく、何かの目的で作られていて、実際に使われているのだろう。
なんだかワクワクしてくる。初めてクロスロードの街並みを見た時のようだ。
ここから見る限り、城はぐるっと堀に囲まれているようだ。
城壁の門前には跳ね橋がかけられており、防衛する時にはこの跳ね橋が上げられるのだろう。
この城はきっと多くの戦を経験しているんだろうな。こんな大国になる前は、この第一城壁が魔物や他国との戦争から人々を守っていたのだろうし。
王城を見上げて感慨に耽っていると、王城の守護兵に引継ぎを終えたらしいワルツ隊長が声をかけてきた。
「我々の護衛はここまでです。タイシ殿、お気をつけて」
「ああ、ありがとう。遺跡の時はすまなかった」
俺の言葉にワルツ隊長は首を振り、笑みを見せてくれた。
「気にしないでくれ。私もタイシ殿の立場なら同じだったと思う。マール殿を大切にな」
そう言ってワルツ隊長は一番隊の面々を引き連れて去っていった。
最後に砕けた口調で話してくれたのは、彼の気遣いだろう。
「ここからは我々がご案内します。どうぞ」
「ああ、今行く」
俺とマールは第一城壁の門を潜り、カレンディル王国の王城へと足を踏み入れた。
「いやはや、すごいなこりゃ」
「正に王宮、って感じですよね」
前後を高そうな鎧を着た兵士に、左右を執事さんやメイドさんに固められて俺達は王城の中を歩いていた。
どこに向かっているのか聞いてみると、まずは応接間に通されるらしい。
それにしてもさすが王宮。ザ・王宮。
そこらに飾られている壷一つ、絵画一つにも高級感が溢れている。
新人メイドさんが壷を割ってお仕置きとかされちゃうんだろうか。いや、この世界だと借金まみれになって奴隷に落とされるのか? 調度品には触れないようにしよう、ウン。
「こちらでお寛ぎください。何か御用がございましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
執事さんがピシっとした気持ちの良い礼をする。
案内されたのはこれまた高そうな調度品満載の応接室みたいな部屋だった。
謁見の準備が整うまでここで待機ということらしい。
「なぁマール、武装したまま謁見ってのはマズいよな」
「うーん、そうですね。やめたほうが良いと思います。私のは貞操の剣ですから、大丈夫ですけど」
そう言ってマールは柄に結わえられた赤いリボンを俺に見せた。
なんでも柄に赤い布をつけた短剣を帯びるのは『貞操の剣』ということで王族の前でも失礼にならないらしい。
『自分は既に貞操を誓っている男がいるから側室に迎えるとか言わないでね』というサインなのだとか。
そんなことを聞くとマールが急に愛しくなって抱きしめたくなってしまった。我慢だ我慢、駄目男製造機に負けてはいかん。
「執事さん、武器を預けておいていいか?」
「はっ、承ります」
ナイスミドルの執事さんが俺の武器を丁重に預かってくれた。
預けたのはミスリル剣とハンターナイフ、バトルスタッフの三点だ。
発動体の指輪は指に嵌めたままだし、ストレージの中には暗殺者どもから取り上げた毒を塗った短剣だの長剣だのが入っている。
いざとなったらこれで応戦だな。
それから暫くして俺達は謁見の間へと向かった。
少々待たされたが、元の世界でも飲んだことがないような上等なお茶とお茶菓子があったのでそれほど退屈せずに済んだ。
今は、というと謁見の間で国王に向かって跪いているところだ。
「余がカレンディル王国の王、カレンディル四十一世である。勇者よ、面を上げよ」
「お初にお目にかかります、タイシ=ミツバと申します」
そう言って俺は顔を上げる。
この国の王であるカレンディル四十一世。
見た目は四十過ぎのおっさんだ。上品なカイゼル髭に豪奢な衣装、頭に頂いている王冠には大小様々な宝石が付いている。
うむ、見るからにな『ザ・王様』だな。
「うむ、良い目をしているな。従者の娘も面を上げよ…ッ!?」
「国王陛下にご機嫌麗しく存じ上げます。タイシ様の従者、マールでございます」
マールの顔を見た王様の顔が一気に青くなる。王家の人間なんだからポーカーフェイスぐらいはお手の物なんだろうが、今回は相手が悪い。
何てったって他国の王族、それも第一王女だもんな。
他国の王族に向けて暗殺者を放ったということが公になれば、大問題どころの騒ぎじゃないのは間違いない。
王の横に控える重鎮達も顔面ブルーハワイである。
「お久しぶりです、陛下。三年ぶりでしょうか。この度は『お招きいただき』ありがとうございます」
にっこりと花のような笑みを浮かべるマール。お招きいただき、を強調することを忘れない。いいぞマール、もっとやれ。
国王が側近にぼそぼそと何かを言うと、周りを固めていた近衛兵を始め謁見の間にいた人間の殆どが退室していった。
残っているのは俺達と国王、王妃らしき女性、その他には側近と思われる人が数人だけだ。
マールは俺の手を引き、立ち上がった。
手を引かれたので俺も立ち上がる。
「マ、マーリエル王女、此度は、だな」
「陛下、私から提案がございます」
カレンディル四十一世の言葉を遮り、マールが発言する。
王様は暫くパクパクと口を動かそうとしていたが、諦めたのか溜息を吐いた。
「よい、申せ…」
「はい、ありがとうございます。では陛下、私からの提案なのですが、『無かった事』にしませんか?」
「無かった事、とな?」
「はい。タイシ様は今日、勇者として認められるためだけにこの城に訪れた、『その他には理由は何もなかった』ということです」
つまり、暗殺部隊の襲撃そのものを無かった事としよう、という提案だ。
これによってカレンディル王国が得られるメリットは明白だ。
今回の俺に対する暗殺未遂事件を『無かった事』にするということは=カレンディル王国暗殺部隊によるミスクロニア王国の第一王女の暗殺未遂事件も『無かった事』にという事になる。
両国間に致命的な亀裂を入れかねない今回の事件を『無かった事』にできるというのは、カレンディル王国にとっては願ってもないことだろう。
何せその王女自身がそうしようと提案してきているのだ。
事が公になれば戦争になってもおかしくない。
その上、勇者保護条約に違反したとなれば国際社会で総スカン間違いなしだ。
「幸い、私は勇者様のお陰で傷一つ負っておりませんから」
「う、うむ、僥倖であった…して、何が望みだ?」
「まずは今後『間違い』が起きないように徹底していただきたく存じます。それと私のことについては、秘密という事で」
「う、うむ、くれぐれも徹底させよう。し、しかしそなたの行方については」
「もし国許に帰されるようなことがあっては、私は『すべて』包み隠さず話さねばならなくなってしまいますわ、陛下」
「わ、わかった。そなたの言うとおりにしよう」
マールさんマジパネェっす。王様タジタジだぜ。
しかし大丈夫かね。あまり追い詰めると強硬手段に出てきて闇から闇へ葬られたりしそうなんだが。
その辺りの匙加減は大丈夫なんだろうか。まぁマールは強かだし大丈夫そうだが。
今の所、マールの要求は今後暗殺などを企てないよう徹底することと、マールの国許にマールの存在を通報しないことの二点だ。
後者は知らぬ存ぜぬを貫けば良いだけだから大したデメリットではない。
前者は強硬派の貴族や軍部が暴走しているのであれば、それを抑える必要がある。それは多大な労力だろうが、そもそもそう言うのを抑えるのは王族の仕事とも言える。
態度は高圧的だが、理不尽な要求でもないのか。
「ありがとうございます、陛下。では、タイシ様への支援についてですが」
「良い、望みを申せ…」
「はい、ありがとうございます。では、タイシ様」
そう言ってマールは俺の斜め後ろへと下がった。
王様の疲れきった視線や、重鎮達の緊張を孕んだ視線が俺に集中する。
落ち着け、マールが舞台を整えてくれたんだ。俺は自分の要求を言えば良い。ついでに多少妥協して相手の歓心を買えば良いのだ。
「よろしければ、王都アルフェンに拠点を用意して頂きたいと思っております」
「拠点、とな?」
王様の眉がピクリと上がる。
「はい。陛下が治める王都アルフェンは商人達が活発に往来し、人々は笑顔に満ちておりました。私はこのような素晴らしい場所に拠点を置き、活動したいと思うのです。私は冒険者、人が集まる場所には情報と仕事が集まりますので」
「ふむ…しかし良いのか?」
王様が言うところの『良いのか?』というのは、敵対勢力のお膝元に身を置くのは危険ではないのか? ということだろう。
「はい、その点に関しては陛下を信頼させていただきたいと思います。私としても、降りかかる火の粉を払うためであれば力を出し惜しみしようとは思いませんので、その時はご連絡をいただければ」
そう言って俺は笑顔を作ってみせる。
要は、言うことを聞かない貴族の力を削いで王権の強化を図るのであれば協力を惜しまない、ということだ。
最低でも騎士団一個部隊に相当する『体面上は無所属の戦力』が使える、というのは国王を筆頭とする王権派にとってアドバンテージになるだろう。
なんせ『勇者のやることだから仕方ないね。わしは何も知らんよ』が罷り通るのだ。
「私は冒険者として自由気ままな生活を送りたいだけなのです。金や名誉には惹かれますが、権力には一切興味がございませんので悪しからず」
興味のある内容に『女』は入れないでおいた。マールがいるからね、うん。
「…あいわかった。詳細についてはゾンダークに任せる」
「はっ!」
王の傍に控えていた側近が頭を下げる。
うん、交渉はこんなもんか。
暫くは面倒が続くだろうが、最終的に王様に恩を売れれば旨みはあるはずだ。
本当に面倒になったら逃げれば良いしな。
「私の名はゾンダーク=フォン=マイスター。まぁ、陛下の側近とでも覚えてくれれば良い、勇者殿」
「タイシ=ミツバです、よろしくお願いいたします」
「マールです。私のことはお構いなく」
謁見を終え、俺達は国王の側近であるゾンダークと共に先ほどの応接室に戻ってきていた。
お茶を出すとメイドさん達は退出し、この部屋にいるのは俺とマール、ゾンターク、そしてこの部屋に最初に案内してくれた執事さんだけだ。
マールは、というと俺の隣で優雅にお茶を飲みながらにこにこしている。
ゾンダークは王の側近を勤めている、と言う割には若い。
恐らくまだ二十台中盤くらいだろうと思う。
黒に近いブラウンの髪、隙のない目付き、体格は俺と同じくらいだ。顔は、というと特別イケメンってわけではない。貴族だからか高貴さは漂ってるけど。
「腹を割って話そう、言葉遣いも気にしなくて良い。私も格式ばった口調を維持するのは疲れるのでな」
そう言ってゾンダークはお茶を一口飲んだ。
なかなか話のわかりそうな男だ、気に入った。
「まず今回の件だが、軍部と軍部に近しい強硬派貴族の暴走だ。冒険者ギルド経由で我々も勇者殿の情報は把握していたのだが、対応を決める前に動かれた。勇者殿とマーリエル王女には本当に申し訳ないことをした」
そう言ってゾンダークは頭を下げた。地位があるのにちゃんと頭を下げられるってのは、凄いな。
「特に勇者殿には感謝してもしきれん。軍部の暴走とはいえ、マーリエル王女が我が国の手の者に暗殺されていたりしたら、非常に不味いことになるところだった」
「…ああ、俺も必死だったんでな」
怯えるフラムの顔や殺した暗殺者達の事を思い出す。罪悪感はあるが、あれは必要なことだった。『童貞』を散らすためには必要だったのだ。
「具体的な話に移ろう。まず、勇者殿が掃除屋を壊滅させたことで軍部の力を大きく削ぐことに成功している。加えて、マーリエル王女の存在によって政治的にも相手方の勢力を削ぐことができるようになったし、易々と相手方も手出しができなくなった」
「つまり、俺の手助けはいらない?」
「滅多な事ではな。絶対に無いとは言わないが、任せてくれて大丈夫だと思う」
そう言われて内心ホッとする。
ああは言ったが、できることなら貴族同士のドロドロな権力抗争に関わりたくなんて無いからな。
必要とあらばやるけど。
「我が国としては勇者を発見した以上、条約に加盟している国々に勇者殿の情報を共有しなければならん。本来は大々的に発表するところなのだが、勇者の意向によってそうしないこともある。これには前例があるし、問題は無い。勇者殿は発表についてはどう考えているのだ?」
「俺としては自由気ままな冒険者生活を送りたい。大体的には発表しないでほしいな。マールはどう思う?」
「私もタイシさんと同じ考えです!」
「わかった、ではそういう方向で進めよう。後は勇者殿の希望していた件だが、具体的にはどういった物件を望んでいるのだ?」
ゾンタークの言葉に俺は少し考え込む。
折角なので、ここは大きく出てみるか。難色を示されたら譲歩していけば良い。
「まず最低限、それなりの大きさの風呂が欲しいな。他には鍛冶や錬金に使える工房も欲しい。マールは何かあるか?」
「そうですねー、大きなベッドや座り心地の良いソファは欲しいですね! あと、冒険で家を空けることも多いでしょうから、信頼できる管理人やメイドも欲しいところです」
管理人にメイドか、その発想は無かったな。さすがは王女。
「わかった、最大限希望に沿うように手配しよう。それと、暫くの間は城内に滞在してくれ。地盤固めをする時間が欲しいのでな」
今のうちに攻勢に出て、軍部や強硬派の勢力を大きく削ぐつもりなんだろう。
それまでの間はチョロチョロするなってわけだ。
「わかった。マールも良いな?」
「仕方ありませんね。街中を歩いていて背後からブスリ、っていうのも怖いですし」
「そう簡単にさせやしないけどな」
こうして俺達の王都アルフェンへの滞在が決まった。
今回はマール無双でした。
さぁ、ストックがなくなったのでここから先は少し更新が遅れてくると思います!