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29歳独身は異世界で自由に生きた…かった。  作者: リュート
『押し掛け』ならぬ『押し売り』女房
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第十話~何やらキナ臭いので逃げることにしました~

「ただいまー」


 俺が冒険者ギルドに戻ってきたのは日が暮れ始めた頃だった。

 魔法兵団の魔法使い達に魔法の基礎理論や様々な種類の魔法について教えを受けてきたのだ。

 実に有意義な時間だった。

 なんせスキルリストの中には許可無く行使すると重犯罪になるような類の魔法もあったからな。

 支配系の魔法や精神操作系の魔法は迂闊に取得しない方が良さそうだ。


「おかえりなさい、随分かかりましたね」


 カウンターで何か書き物をしていたマールが席を立って傍まで寄ってくる。

 今日手に入れた情報をまとめていたのかもしれないな。


「ああ、勇者認定されちゃってな」


「…えっ?」


「勇者なんだってさ、俺。正式に認定されるために近々王都に行かなきゃならんかもしれん」


 まぁチートなのは認めるけどね。

 まさか勇者とは恐れ入ったぜHAHAHA。


「えっと、冗談ですよね?」


「残念ながらマジだ。ステータスチェッカーとかいう魔法道具で確かめられて断定された」


 俺の言葉を聞いた瞬間、マールが親の仇を見るような目でウーツのおっさんを睨みつけた。

 睨まれたおっさんはギョっとした顔をしたあと、バツが悪そうに頭を掻く。


「勘弁してくれよ嬢ちゃん、俺もお上にゃ逆らえねぇんだ」


「…行きましょう、タイシさん」


 急に険悪な雰囲気になった。

 なになに? 何が起こってるの?

 わけがわからないままマールにぐいぐいと引っ張られて冒険者ギルドを出る。

 こんなマールを見るのは初めてだ。

 いつもにこにこと愛想の良いマールがウーツのおっさんに向けた目も気になる。


「おかえりー…ってどったの?」


「ピニャさん、夕食は部屋に運んでください」


 そう言ってマールは事態を飲み込めないピニャに大銅貨を1枚押し付け、そのまま二階の部屋へと俺を引っ張っていく。

 俺はというとマールの迫力に押されて結局ここまで黙って引っ張られてきてしまった。

 部屋へと俺を引っ張り込んだマールは後ろ手にドアを閉め、深い溜息を吐いた。


「タイシさん…勇者になるということの重大さがわかっているんですか?」


「お、おう…?」


 マールの剣幕に押される。

 何か不味いんだろうか。


「勇者は国家の枠を超えて魔族やドラゴンなどの強力な魔物を討滅する。その代わり国家は勇者を保護する、ということになっています。建前上は」


「建前上?」


「その実態は勇者という制御の難しい戦力を飼い殺すためのものです。良いですか、タイシさん。勇者というのは騎士団が多大な犠牲を出しながら倒すような魔物を、一人で簡単に屠る存在なんですよ」


「マールは所謂『勇者の末路』ってヤツを警戒してるんだな」


 俺の言葉の意味がわかったらしいマールは目を見開いた。

 そりゃ俺だって勇者なんて言葉が出てきた時に考えたよ。


「国から見れば厄介な存在だよな。もし機嫌を損ねて暴れだしたりしたら手に負えない。そうでなくとも野心に燃えて王位簒奪なんかを企てるんじゃないかと王様たちは戦々恐々とせざるをえない。もし勇者が王位簒奪を宣言すればその尻馬に乗っかって反乱を支援するような勢力も必ず出てくるだろうし」


 となると、相手の初手は暗殺か、それとも懐柔か。

 不安要素は早々に消し去ってしまう方が精神衛生的に良いだろう。

 俺が王の立場ならそうする。


「どう思う? 殺しに来ると思うか?」


「可能性は否定できません。カレンディル王国にこの五十数年間勇者が現れていない、というのはカレンディル王国が秘密裏に勇者の芽を摘んでいるからではないか、という話がありますから」


 神妙な顔でマールが頷く。

 現段階ならまだ手に負える、そう判断すればカレンディル王国は俺を殺しに来るだろう。

 こちらのステータスは既に把握されてしまっている。使えるスキルもだ。

 その情報を元にすれば戦力の計算はできる。

 いけると判断すれば迷わず殺しに来るだろう。

 なら俺たちの初手はどうするか。


「マール、これから暫く野営することになる。ついてこれるか?」


「タイシさんの行く所が私の行くところですよ。ミスリルの短剣も頂きましたから」


 可愛い事を言ってくれるマールを抱きしめ、頭を撫でる。

 これからの事を考えると、一人じゃないってだけで涙が溢れそうなほど嬉しい。

 下手をするとカレンディル王国そのものを敵に回すかもしれないのだ。


「でも、何をするつもりなんですか?」


「まずは野営に必要な道具を買い揃える。武器の手入れに必要なものや、予備の武器も要るな。あとはしこたま食い物も買い込むぞ」


「…逃げるんですか?」


 不安げな表情をするマールに俺はニヤリと笑ってみせる。


「短期的にはな。まだ俺は正式に勇者認定されていない。ということは、義務も発生しない」


 そうだろ? と目で問いかけると、少し考えた後にマールは頷いた。


「なら今のうちに外に出て、魔物を狩りまくる。魔物を倒すとレベル――階位が上がりやすいってのは知ってるよな?」


「はい、そして階位が上がると強くなれますね。勇者は階位が上がった際の能力上昇が著しいですから…なるほど」


 マールも俺の意図に気づいたらしい。


「力をつけてそう簡単に手を出せないようにするんですね」


「そうだ、強くなって抑止力を高める。そうすることによって国家から命を狙われるリスクは少なくなるはずだ」


 容易に殺せないとなればあとは懐柔するしかない。

 別に野心を持つつもりは今のところ無いが、暗殺者に狙われ続けるというのは精神衛生的によろしくないしな。

 それに、マールが人質に取られたりするというリスクを軽減するためにもマール自身にも強くなってもらう必要がある。


「色々調達しなきゃならんな…ギルドで揃えるのが楽か」


「ダメです、冒険者ギルドは国と繋がっていますから、情報が筒抜けになります。冒険者ギルドは元を正せば勇者を見つけ出すために作られた組織なんです」


「…なるほど」


 冒険者を管理して魔物を討伐させ、異常な戦果を上げる冒険者=勇者を見つけ出すための組織ってことか。

 人口の抑制、人材の育成、治安の維持、経済効果、その他諸々な面で有効な施策に思える。

 この仕組みを考え出して定着させたのはかなり優秀な施政者だったに違いない。


「よし、今から街に走るぞ。必要なものを掻き集めるんだ」


「はいっ」


 俺とマールは日の暮れ始めた街に駆け出した。

 色々集めて戻ってきたらわざわざ夕飯を部屋に運んだのにすっぽかされたピニャに怒られた。




 翌日の早朝、街門が開かれると同時に俺達は街の外へと脱出した。

 街に入る時はともかく、出るときは殆どチェックが行なわれないのでコッソリ出ることは容易だ。

 昨日のうちに手に入れていたフード付きの外套で顔も隠しておいた。


 灼熱の金床亭は「街中で家を借りて住む事にする」と言って引き払ってある。

 転居先は伝えていないので、俺達がクロスロードから脱出したことが発覚するまでに数日はかかるだろう。


 野営するための物資を買い漁ったことは隠蔽のしようが無いので仕方ない。

 便利であれば魔動具でも惜しみなく買ったので、金貨が15枚ほど吹っ飛んだ。

 日本円に換算して150万円ほどがたった一時間足らずの時間で吹っ飛んだのだから、本当に隠蔽のしようがない。


 とりあえず今は歩いて、クロスロード騎士団の勢力圏内から脱出するのが先決だ。


「向かうなら南東の森が良いと思います。大きな森で、深部には古代遺跡があるという噂ですよ。それにそのまま森を突っ切れば、ミスクロニア王国へのショートカットにもなります」


 マールが言うには、ミスクロニア王国は諸国の中でも勇者を手厚く保護する傾向の国であるらしい。

 王家の人間も元を正せばご先祖は勇者で、国内の貴族にも先祖が勇者やその仲間であった者が多いのだとか。


「ほう、興味深いな。まずはその古代遺跡を目指すとしよう」


 とりあえずの目的地を決めて歩き出す。

 買いこんだ食糧や物資の類は全て俺がストレージに収納しているので、俺達自身は身軽なものだ。

 一応マールには最低限の食料と水、医療品を身につけさせているけどな。はぐれる可能性も皆無じゃないし。


 少し歩くといつぞやのスモールボアが現れた。

 ザコだが肉は美味かったしマールの訓練相手には丁度良い。


「よし、マール頑張れ。突進を避けて、擦れ違い様に斬り付けろ」


「は、はいっ!」


 ミスリルの短剣を抜いたマールがへっぴり腰のままスモールボアに向かっていく。

 スモールボアもマールを敵と認めたのか突っ込んでいった。

 マールはへっぴり腰ながらも意外と素早い動きでスモールボアの突進を回避し、ちくちくとダメージを重ねていく。

 なんというか、回避は悪くないが攻撃が今ひとつだな。

 生き物を傷つけることに抵抗があるのかもしれない。

 時間はかかったものの、なんとかスモールボアを仕留めた。


「まずは剣の扱い方から覚えないとな」


「が、頑張ります」




 その後、ザコを何匹か狩りながら森の手前まで辿りついた頃には日も暮れかけてきた。


「ここで野営をするのはいいんですけど…大丈夫なんですか?」


「おう、任せとけ」


 マールが心配しているのは夜行性の魔物による夜襲だろう。

 しかしその点に関しては大丈夫、 魔法兵団に聞きこんで野営に便利な魔法を聞きだしておいたのだ。

 余っていたポイントでその便利な魔法をレベル3と魔力強化、魔力回復もそれぞれ2に上げておいた。

 これで残ポイントはゼロ、新しいスキルの取得のためにもレベルを上げていかないとならない。


 俺はバトルスタッフを構えて魔力の集中を始める。

 今日はこれ以降戦闘をする予定は無いので、多めに魔力を注ぎ込もう。


「セーフ・シェルター!」


 魔力を込めたバトルスタッフを地面に突き立て、魔力を流し込む。

 一拍を置いて突き立てた場所を中心として半径5mほどの魔法陣が形成された。

 魔法陣の外周からドーム上に光の障壁が発生する。


 MPを100ポイントほど突っ込んでみたのだが、障壁を鑑定眼で見ると効果時間が10時間と表示された。

 10ポイントで1時間になるのかね、これは。

 しかしMPの自然回復速度を考えると、ペース配分を考えて魔法を使わんといかんな。

 今の最大MPが670だから、100という数値はかなりデカい、魔力強化と魔力回復を上げておいてよかった。


「わー、なんか凄いですね」


「町を出る前に魔法兵団に習った結界魔法だ。いかにも魔法って感じがして良いよな。とりあえずこの魔法陣の中なら安全に夜を明かせる。トロールの攻撃でもビクともしないらしいぞ」


 雨風も凌いでくれるらしいが、火は焚いても大丈夫だとか。何と言うご都合魔法、ご都合主義万歳。

 トイレはどうするかって? へっへっへ、そこは携帯トイレな魔動具があるんですよ。

 炊事とトイレは野営する時の悩みの種、ってことで持ち運び型の魔動具が色々と揃えられていたんだよね。

 携帯型魔動コンロは金貨3枚、トイレは金貨5枚だった。

 魔力を込めれば繰り返し使えるというエコ魔動具だ。


「さて、飯の用意をするか」


 調理台代わりの木箱にまな板、魔力を込めて使用できるコンロ、鍋、フライパン、食器等次々とストレージから取り出す。


「今日のメニューはスープと朝のうちに狩ったスモールボアの肉にしよう」


 生活魔法で生成した水を鍋に入れて塩漬け肉と、適当にザクザク切ったキャベツっぽい野菜やニンジンっぽい根菜をぶち込んで煮込む。

 多めに作っておけば明日の朝も食えるだろう。


「タイシさん、料理できるんですね」


「料理って程のもんじゃないけどな」


 ストレージ内で解体したスモールボアの肉に塩と胡椒を振って下味をつけておく。

 沸騰してきたスープのアクを取り、味見してみる。少し塩が足りないか、振り足そう。

 塩や香辛料を始め食料は金に任せてたっぷり買い込んで来たので問題ない。

 多分二人なら余裕で二ヶ月は生活できる。


「俺のは男の雑な料理だから、繊細な味は期待するなよ。そのうち余裕ができたら凝った料理にも挑戦してみたいな」


「私は食べる役で!」


 女子としてどうなんだそれは、と心の中で突っ込みつつ肉を焼く。

 干し肉から出た旨みと野菜から出た甘みがマッチしてスープは中々の出来だった。

 スモールボアの肉も新鮮だったからか野趣溢れる味で食い応えがあった。

 ストレージに収納してきたふかふかのパンに挟んで食うと実に美味い。

 いやぁ、便利だわストレージ。




「ほう、これが遺跡か」


 クロスロードを出て三日。

 道中の魔物という魔物を掃討しつつ森の中を進んだ俺達は件の遺跡とやらに辿りついていた。

 苔むした建造物で、構造材は石材のように思える。

 どうやら今立っている場所が丁度正面のようだ。

 苔むした階段を上がると神殿のような建物が奥に見え、真っ直ぐに道が伸びている。

 敷地は結構広いな。恐らく野球場一つ分くらいあるんじゃないだろうか。


「うーん、見た感じ祭殿のようですね。奉神は外から見ただけではわかりません」


 マールがクロスボウにボルトを装填しながら辺りの様子を窺う。

 この三日で俺がレベル16、マールもレベルが7まで上昇していた。もうゴブリンくらいなら楽勝で捌くことができるようになっている。


 マールには新しく剣術スキルが生えたほか、隠密行動や気配察知といったスキルも習得していた。

 ガチの王女様なのに生えていくスキルがどう見てもスカウト系というかシーフ系だ。強くなってくれるのは良いんだがなぁ。

 俺は新しく魔眼系のスキルを一つ取得しただけで、スキルポイントは18ポイント余らせてある。


「タイシさん、入ってみましょう」


「おう、祭殿なら罠とかは無いと思うが気をつけて行くぞ」


 古代遺跡の敷地に踏み込んだ瞬間、妙に清浄な空気が感じられる。

 昨日レベルアップした時に取得した魔力を視る魔力眼で周囲を視てみると、済んだ魔力が辺りに満ちていた。

 なんというかこう、魔物が出るような場所というのは魔力が濁っているのだが、この敷地内の魔力は気味が悪いほど澄んでいる。

 森が開けているせいか明るいし、土が露出している場所には色とりどりの花が咲いていた。


「なんというか、落ち着く感じがするな」


「忘れられて久しくとも、やはり神を奉る祭殿の周りは神域ですからね。案外、古代人の作った結界がまだ生きているのかもしれません」


 苔むした階段を登り、辺りを見回してみる。

 よくよく考えてみればこの祭殿の周りだけ森が開けていて、妙な感じだ。

 長い年月の間に森に呑み込まれるのが当然のはずなんだが、そんなことは無く祭殿は原型を保っている。

 祭殿を囲むように作られている水路には小魚が泳いでいた。


「しかし綺麗な場所だな。場所が場所じゃなければ観光地になりそうだ」


「そうですね…」


 祭殿の他にいくつかの石造りの建物がある。

 恐らく祭殿を管理する神官が住んでいた住居じゃないだろうか。

 とりあえずスルーして俺達は祭殿の中へと進む。


「…何も棲みついてないみたいだな」


 動物や魔物が棲みついていれば食い物の残骸や排泄物の臭いなどが必ず発生するはずだ。

 しかし、この祭殿からはそういった臭いが一切感じられない。

 なんだか妙じゃないか? 水の確保も容易で雨風も凌げ、しかも外敵が少ない環境だぞ。

 何か棲みついてもおかしくないと思うんだが。


「マール、何か感じるか?」


「…わかりません。危険な感じはしませんけど」


 そう言ってマールは首を傾げている。

 マールの危険察知か気配察知が何かを訴えているのかもしれないな。

 俺は何も感じないんだが。


 祭殿の奥へと進むうちに亡骸を見つけた。

 壁にもたれかかるように朽ちているが、骨などに損傷は見当たらない。

 衣服や身体の大半は長い歳月で風化してしまっているが、あたりには金色に光る装飾具がいくつか散らばっていた。

 装飾具からして、ここの神官か巫女なのだろうか。

 いくつか散らばる遺品の中に一つだけ気になるものがあった。


「指輪、ですか?」


「ああ、ミスリル製で魔法が付与されているな」


 鑑定眼で見てみると『守りの指輪』と表示されている。一度だけ致命的な攻撃を防いでくれるらしい。

 呪いなどもかかっていないようだし、頂いておこう。


「遺品をつけるのは抵抗があるかもしれんが、つけとけ。気休め程度だけど防護の魔法が付与されてるみたいだから」


 俺はマールに指輪を渡し、亡骸に向かって手を合わせる。

 本当の効果を言うと遠慮しそうなので、適当に嘘を吐いておいた。

 俺は良いが、まだ弱いマールにはピッタリのアイテムだ。


 見るとマールも同じようにして手を合わせる、というか祈っていた。

 壁にもたれかかっていた亡骸をそのままに奥に進むと、礼拝堂というか大きなホールに出た。

 大きなホールの一番奥には台座があり、その後ろに大きな男性の石像がある。

 なにより、目を引くのは。


「亡骸が、沢山ありますね」


「ああ、皆台座の方に向かって祈ってたように見えるが…」


 どの亡骸も衣服は風化し、骨も辛うじて原型がわかる程度にしか残っていない。

 やはりどの亡骸も目立った損傷は無く祈ったままの姿勢か、あるいは祈った体勢から崩れ落ちたような姿勢で亡くなっている。

 魔力眼で視てみると、亡骸のいくつかから微小な魔力が確認できる。多分さっきの指輪みたいな魔法のアイテムだろう。

 その他、台座に魔力が集中しているのがわかる。

 台座の上に何かあるんだろうか。


「亡骸から魔力を感じる。多分さっきの指輪みたいなのがあると思うから、回収するぞ」


「はい、私たちは冒険者ですしね」


 魔物を倒す以外にも遺跡やダンジョンに潜ってお宝を獲得するというのも、冒険者の収入源の一つだ。

 見た感じ人が入った形跡は無かったので、もしかしたら結構なお宝があるかもしれない。


「指輪とかネックレスの類ですね」


「地味によさげなモノは多いけどな」


 手に入ったのは魔法防御の指輪、闇魔法耐性のアミュレット、魔法の発動体となる指輪の三点だ。

 他には特に効果の無いミスリル製の指輪や金の装飾品などが見つかった。

 それ以外の金属製品は朽ちてしまったようだ。


「発動体の指輪は俺がつけとく。他の魔法のアクセサリは一応マールが装備しておけ」


 遺品を布で磨いてからストレージに収納し、魔法の発動体となる指輪だけは左手の中指に装備しておく。

 これで無手になっても魔法を使った戦闘は万全だな。

 マールも同じように装飾品を装備したようだ。


「なんだか微妙な気分です」


「死んだ人には使えないだろ。使ってやるのも供養のうちだ」


 装飾品を作った昔の職人だって誰にも使われず忘れ去られるよりは良いと思うだろう。

 次に奥の台座へと向かう。

 台座といっても人一人が寝そべることができそうな大きなものだ。


「特に何もないな」


「ですね」


 魔力はこの台座に向かって集まっているが、特にこれといって何かがあるわけではないようだ。

 なんかこう、伝説の武器があったり全裸の女の子が寝ていたりというようなドラマチックな展開を予想していただけに拍子抜けである。


「何があったんでしょうね?」


「さぁなぁ、何かの儀式の結果こんなことになったように見えるが」


 俺は大きな男性の像を見上げる。

 年月によって風化したのか、男性像の顔はのっぺりとしていてはっきりしない。


「多分この像が祭られてた神なんだろうが、わかるか?」


「ちょっとわかりませんね…お顔もはっきりしないですし、象徴たる聖器の類もありませんから」


 マールの話によると、この世界の神は何かしらの聖器を象徴として持っているらしい。

 通常、神の偶像にはそういった神を象徴する聖器を持たせるのだそうだ。

 となると、この像はそういった風習が一般的になる前に作られたということなんだろう。


「となると、古代に祭られていたけど廃れた神ってことか?」


「その可能性はありますね。古代文明の専門家ならわかるかもしれませんけど、私はちょっとわからないです」


 首を振るマール。

 まぁ全部が全部わかるわけないよな、と振り返った瞬間それは起こった。


 昼間の日差しが差し込んでいたはずの神殿内は暗くなり、壁にかけられたいくつもの松明が聖堂内を照らしている。

 なんだ? 幻覚か?


『遣わせ給え、遣わせ給え』


 声に気づき祭壇の下に目を向けると、亡骸であった者達は皆同じ服を着た老若男女になっていた。

 一心不乱にその魔力を――いや、命を捧げて祈り続けている老若男女だ。

 中には年端も行かない子供もいる。


『遣わせ給え、遣わせ給え。神よ、勇者を遣わせ給え』


 一人、また一人と命を捧げ切って倒れてゆく。

 いや、倒れてもなお力が注がれ続けている。

 これは命を捧げるなんて生易しいものじゃない、魂までをも捧げているんだ。

 台座を振り返る。

 そこには、学生服を着た黒髪の少年が――そこで、周囲の風景が元に戻った。




 マールも同じ光景を目撃していたらしく、青い顔で辺りを見回しながら俺に身を寄せてきた。

 今の幻視は、ここで過去に起こったことなのか?


「なぁ、マール。勇者ってのは、皆ああやって召喚されるものなのか?」


「い、いえ、勇者は稀に生まれてくる非凡な才能を持ったヒトというだけです。あんな、魂までも捧げて喚び出すようなモノではありません」


 つまり、マールが言うこの世界の一般的な勇者というのはヒト種の突然変異個体ということなのだろう。

 異世界から呼び出された異分子ではない。

 ではこの人たちが喚ぼうとしていた『勇者』とは何なんだ?


「…何か手がかりになるものが無いか探そう」


「…はい」

 ~魔動具~

 魔力を動力源として動く道具を指す。

 高価ではあるが、最近になって徐々に量産されてきているため、それなりの規模を持つ街であれば気軽に購入することができるようになってきている。

 売れ筋は生活に役立つもので、少量の魔力で煮炊きが出来る携帯型のコンロ、繰り返し使える携帯型トイレ、火口箱よりも簡単にすぐ着火できるティンダーロッドなど。

 値段もピンからキリまであるが、一番安いティンダーロッドでも銀貨1枚。

 高いものだと設置型の風呂用ボイラーで金貨70枚からである。


 魔剣などの魔力付与品とは似ているようでまた別のものである。

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