第四話 記者会見
食事の時間となった。浩子たちは一階へと集まった。この山荘の持ち主である岡部幸成・政子夫妻手作りの夕食を孫の政也が並べる。
岡部夫妻はいかにも人の良さそうな夫婦である。この料理の味と見栄えの良さを見ると、この初老を迎えた夫婦は、ここをペンションにするつもりだったのではないか。
孫の政也はあまりしゃべらない男であるが、そのしぐさからやはり老夫婦から受け継いだ人の良さが感じられた。
「ごちそうさまでした」
食事を終えた浩子が部屋へ戻ろうとすると、幸成は目を細めて笑顔で、
「味はどうだった」
「うん、すごくおいしかった」
浩子は素直に答える。
「そうかい、それはよかった」
目がますます細くなる。
「思ったより早かったな」
地下室と食堂をつなぐロビーで、隼人が政也と共にテレビを見ていた。
時刻は午後九時である。「ニュース速報」というテロップの後で、アナウンサーがお辞儀をした。
「こんばんは、この時間は当初の予定を変更して臨時ニュースをお送りします。政府より何か緊急の会見が開かれるそうですか……」
「何か」ということは、まだ誰も事件のことは知らないようだ。その「何か」で集まった記者の前に、官房長官の直江信太郎が現れた。
「本日午後六時頃……」と直江は事のあらましを記者団に伝えた。その中には田原明美のことも含まれていた。
記者団に動揺が走った。人質を取って要求をする、といった事件は過去に無かったわけではない。が、主要政党の党首の家族を人質に脅すといったような事件は前代未聞であり、この国の議会政治に挑戦状を叩きつけたといっても過言ではない。
「次に少年法改正案に対する、彼らの要求を申し上げます」
「一つ、刑事罰対象年齢をその年に中学校に入学する者からとすること。
二つ、犯罪者の顔と名前を公表すること。
三つ、少年裁判は成年の刑事裁判と同じくすること。
最後の四つ目は、最高刑を死刑とすることであります」
直江の姿が、カメラのフラッシュによって激しく点滅している。
「我々は人質の命を最優先に、全力をもって人質の解放と事件の解決に取り組む方針でございます」
と叫ぶと、直江は記者団の質問を無視して会見場を後にした。
想像もつかなかった会見の内容と、自分にいきなりカメラが代わったことでアナウンサーは慌てながら、
「お、お聞きのとおり……」
と言ったところで画面は変わり、コマーシャルが流れた。着ぐるみの動物たちが、女の子と楽しそうに遊んでいた。
「政府はどう対応するのでしょう?」
「そうだなぁ……」
政也の問いに答えようとした隼人だったが、浩子を見るなり政也を手で制した。
「見たいのならこっちで見な」
浩子は見るべきものは見たので必要はない、と隼人に断った。
里美と明美がバスタオルを片手にロビーへ入ってきた。
「上杉先輩、まだ入ってなかったんですか?」
「う、うん……」
浩子は返事をするなり、ある事実に気づき表情を暗くした。
(私の服、この制服だけじゃない……)
「大丈夫よ、女の子の服なら私が用意しているから」
里美が浩子の心配を打ち消すように肩を叩くと浩子は反射的に「えっ!」と顔を上げた。
「衣食住の保証はすると言っただろう」
テレビを見ながら隼人が一言、さらにもう一つ。
「サイズの保証はしないが。……大丈夫だろう」
余計なお世話だ、と浩子は隼人を睨むとスタスタと風呂場へ向かった。
浩子たちの寝る部屋は地下にある。きれいな畳十何畳分の広さにきちんと六人分の布団が敷かれている。男女別というわけには行かなかったが、まるで修学旅行のような雰囲気を浩子は感じた。
「先輩……」
右隣の布団に寝ていた明美だ。
「ここの人たちっていい人って思えるのは私だけでしょうか」
「……」
実は浩子も気になっていたことである。隼人は別として、それ以外の人物の人質の接し方は普通の誘拐犯とは思えぬものだった。特に人質と犯人が一緒に風呂へ入るなど考えられるだろうか。
彼らは本当に自分たちを殺す気なのだろうか?最初から乱暴する気があまり無いように思えた。しかし彼らは誘拐犯である、時間が経つに連れて凶暴化する可能性も無くは無い。
「そうなんですよね……」
浩子の思念を遮るように、浩子の左隣の女の子―大西直子が口を開いた。二人よりも背が低くてサラサラの長い黒髪を持つ彼女は、野党第一党である民進党の党首の孫に当たる。
「特にあなたたち二人が来てか態度が穏やかになっていったんです。岡部一家はあたしが来たときからすごく優しくて……」
「人質が全員揃って、要求も言えたからひとまず安心できたんじゃない」
一番妥当な考えだろう、浩子は思った。二人もそれで納得したようだ。 |