イシとシンジュ
あるところに大きなイシがいました。
イシは自分のことを石だとわかっているので『ああ、そうか。おれは石なのだな』としか思ってません。
そんなある時イシはシンジュに出会いました。
シンジュはキラキラと光を放ちます。
「キミはイシなのに光るのだね。たいしたもんだ」
「石は石でも私はシンジュなの。本当は磨いたりお手入れすればもっと綺麗に輝けるんだけど」
「オレもそんなふうになれるかな? 」
「あなたはムリよ。だってただのイシだもの。もともと種類が違うわ」
「そうか……だったら光るのは無理でも、友達にはなれるかな? 」
シンジュは答える代わりにキラリと光を放ってみせました。
それから二ヶ月が過ぎ、三ヶ月が過ぎました。
イシはシンジュと話をしていると楽しくて時間がたつのも忘れてしまうほどでした。話すことがない時でもシンジュの放つ光を眺めているだけでなんだか自分までもが輝いている気持ちになれました。もちろん
実際にそんなことがあるはずもありません。
そりゃそうです。
彼はただの“石”なのですから。
それでも時々「あなた、最近ツヤが出てきたわ」と、シンジュに言われるとイシは少しだけ自分が光を放っているような錯覚におそわれました。
ーー ひょっとしたらいつか自分は光ることができるようになるんじゃないか。
いつしかそんな空想をするようになったのてす。
一方、シンジュはといえば「あなた、最近輝きが足りないんじゃない? 」と、仲間に言われることが多くなりました。
「あんなイシとばかり一緒にいるからよ」
シンジュはべつだん気にも止めませんでしたが、ひとつだけ不安になることがありました。
ーー もしも……自分がこのまま光らなくなったらイシは自分のことを嫌いになってしまうだろうか?
ということです。
ーー わたしはイシと同じ“ただの石”になったってかまわないけど、その“ただの石”になってしまったわたしのことをイシはどう思うのだろう?」
それが怖かったのです。
光が大きければ大きいほど影はいっそう濃くなっていきます。
そんなシンジュの様子に気が付かないほどイシは固くありません。
ーー シンジュが最近うまく光を放てないのは“ただの石”である自分と一緒にいることが多くなったからじゃないんだろうか……。
イシはそんなことを考え始めました。自分がシンジュの光を吸いとっているんじゃないかと思うと胸が痛み、居ても立ってもいられなくなってきたのです。
ある日を境にイシはーー その心とは裏腹に、なるだけシンジュに近寄らないことにしました。
シンジュが訪ねてきても「オレはイシ仲間と話すので忙しいんだ。シンジュはシンジュ仲間といた方がいい」と、あしらいました。
「そう…… ごめんなさい」
そんなことを言うたびにイシはいつも嫌な気分になりました。いやぁな、いやぁな気分になりました。
ーー シンジュにさえ出会わなければこんな気持ちになることもなかったのに…… 。
そんなことを考えている自分がまた嫌になりました。
一方シンジュといえば『やっぱりイシは私のことを嫌いになってしまったのだ』と悲しみました。
その悲しみがまた光を放ちます。皮肉なことにそれはシンジュが今まで持っていた天然の光よりも数段美しい光を放つのです。その光が美しければ美しいほどシンジュはますます悲しくなり、それがさらに美しい光を放つことになります。
そんな繰り返しが数えきれないほど続いたある日のことでした。
「これは、なんという美しさじゃ…… 」
そう言ってシンジュを掬い上げたのは人間の女の細い指でした。
女はシンジュをただちに女王のところへ持ち帰ることにしました。
イシはシンジュのことが頭から離れませんでした。
ーー これでよかったのだ。
そう言い聞かせることしかできない自分を憐れみ、苛立ち、イシはだんだんと考え方が悲観的になってきました。
ーー かまうものか。オレは所詮ただの石なのだ……。
うだるような熱射にさらされながら、イシは自分が光を放とうなどと少しでも考えたことを恥じました。
ある時は滝のような雨に打ちつけられ、少しだけあったツヤも無くなっていきました。雷が落ちた時には『いっそのことこのまま砕け散ってしまえばいいのに』と、願いましたがイシはビクともしません。いつしかイシの体には無精髭の如き苔が生え、それからまた長い長い年月が経ちました。
ある時、イシは自分の体を誰かが触っているのを感じました。
「こいつは頑丈だぞ…… 見てみろ!」
そう言っているのは人間の男たちでした。男たちの野太い腕はイシをどうにか動かそうと梃子をかませました。
「完成だ!」
長い時間をかけてイシがてっぺんに乗せられるとひとびとの歓声が辺りに響き渡りました。
まるで国中を包み込んでしまいそうな歓声の中、その“巨大な三角形の墓”に納棺される手筈の女王の亡骸が下僕たちによって厳かに担がれてゆきます。
「皆、いったい何を騒いでるのだろう」
イシがぼんやりとそんなことを思っている時です。イシは横たわった女王の胸元に一際輝く光を見つけ、ハッとなりました。これまで自分の中で眠っていた何かが時を越え急激に目覚めるのを感じました。
「あれは、シンジュだ……」
そう、それはシンジュでした。
彼女は女王が生前肌身離さず纏っていた首飾りとなり、まさに美と威厳のシンボルに恥じない輝きを民衆に向かって放っていたのです。
その輝きはイシがシンジュを最後に見た時よりも、いや、初めて出会った時よりも、何百倍も何千倍も美しく輝いていました。
「シンジュ……」
イシはまるで自分が光を放っているかのごとく喜びました。嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。
その後もイシは“自分の中”でシンジュが時折輝くのを感じました。シンジュも“イシの中”でそっと語りかけてくるイシの声を確かに感じていました。
ーー イシ。ほら、わかる? あなたも光り輝いてる。
イシは今度こそ誰に恥じることなくシンジュを守り続けることを誓いました。そして朝陽を浴びると、王家の墓を象徴するかのごとく堂々と光を放ちました。
何百年、
いや、何千年先までも。