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第9話
「銃を渡すなんて」

 私を振り返ったバルドの第一声はそれ。
 相棒の喉元を見ると、糸のように細く血が滲んでいた。褐色の肌に浮かんだその鮮やかな色に、私は思わずカッとなって声を荒げる。

「だって、いくら大丈夫だって言われたって、あんな状況じゃ逆らうなんて無理よ! 仲間を失うくらいなら、銃を失うほうを選ぶわ!」

 己に馴染んだ銃は、ガンナーにとって、命とも言えるもの。だけど、本物の命には代えられない。

「そもそもあいつらが人を殺すつもりはないって分かっていたのなら、なんで私を庇ったりしたの? 私は少しくらい怪我したって、あなたがいるから平気なのに! 自分で自分は治せないんだから、無茶はしないで!」

 私の視線を追って、バルドは喉元に手をやる。それから、「すみません」と短く謝った。
 そこで私は、負けた悔しさからつい彼に八つ当たりしてしまっていることに気付く。そんな自分に更に腹が立って、足元に目を落とし、手を握り締めた。

「……ごめんなさい。本当は、ありがとうって言うべきなのに」

 つま先を見つめたまま小さな声で囁くと、頭にぽん、と手が置かれる。驚いて顔を上げると、バルドはもういつものように笑っていた。
「わかってます」
 それに何だかほっとして、私も少しだけ頬を緩ませる。子供扱いされたようなのは、若干気にはなったけど。……まぁ、いいか。

「バルド。本当に、あいつらには人を殺せないって思うの?」

 私には、相棒みたいな能力はない。決して彼の能力を疑っているわけではないけれど、いくら口で「大丈夫だ」と言われても、自分の目に映ったその状況が……怖かった。そして、その感情に従って動いてしまった。

 私の改めての問いかけに、バルドはしっかりと頷く。
「ええ。彼らには、いつもエデルトリダを狙ってくるような相手が放っている殺気というものを、全く感じないんです。剣を突き付けてきたあの人物からさえも。剣を動かして見せたのも、単なる脅しで、本気ではなかった」
「そう」

 確かに、もしもあの二人が私たちを確実に殺そうと考えていたのなら、バルドは私を庇った時点で斬られていたはず。
 それに投げられたナイフだって、咄嗟に弾き飛ばしはしたものの、その軌道は私よりも少し外れていたような気がする。バルドの言うように、人を殺すつもりがないのだとしたら、それは意図して、ということになるのかもしれない。

「でも、困ったことになりましたね」
「そうね。今回の仕事は単純に変態から歌姫を守ればいいだけだと思っていたけど、どうも違うみたいだわ。おまけに銃まで取られた」
 あのマティアスという男が去ったほうへ顔を向けて、私は腰に手をやった。そこにいつも納まっているものの重さがないと、身体の一部が抜けているような、妙な感覚を覚える。
「どうします? 状況が状況ですし、依頼を断りますか?」
 バルドの提案に、ちょっとだけ考える仕草をして見せる。
 けれど、私はその案を受け入れる気にはなれなかった。こうなってしまう以前にも、この依頼を受けたことを後悔したことだってある。でも、それでも――。

「それはだめ」

 首を横に振って、きっぱりと言い切る。
「一度受けると言ったのだから、最後までやり通すべきだわ。それに、またあのマティアスとかって奴になんとしても会って、私の銃を取り返さなきゃ! けど、とりあえずは明日、この街に銃を扱う店がないか探してみる」

 言いながらも実は、ほとんど期待はしていなかった。だってここは、そういった(たぐい)の物とは無縁にさえ思える華やかな芸術の都だもの。あったとしてもきっと旅人が護身用に持つ簡単な短剣とか、その程度かもしれない。
 もし私の手に合う銃が見つからなかった場合は、また何か他の方法を考えるしかない。私の銃なしで、あの只者ではない男達からアンネリーゼを守り通す方法を。

******
 
「お、帰ってきたな。どうだった?」
 床に胡坐をかいて、扉によりかかった姿勢で愛用の銃を手にしていたセシルが顔を上げた。やけに(たの)しそうにニヤニヤしている彼に、私はひとつ頷き、あったことを報告する。
「ナイフで刺されそうになったわ」
「剣で斬られそうになりました」
「ちょ、デートに出てって何やってんの!?」

「はぁ!? デート!?」

 私はセシル以上に驚いて、()頓狂(とんきょう)な声を上げた。それから慌てて口元を押さえて、扉に注目する。いけない、アンネリーゼ達はもう眠っているはず。

 中で誰かが起き出した様子がないか耳を(そばだ)てて確認してから、私は、答えを求めるようにバルドを見上げる。
「いえ、あの、別にそういうつもりではなかったんですけど」
 下からの二つの視線に苦笑して、彼は頭に手をやった。
「なんだ、違ったのかよ、俺はてっきりそうだとばかり」
 独り言のように呟きながらセシルは、起こした上半身を再び背後の扉に落ち着かせた。私はほっとしたようなそうでもないような、複雑な心境になる。

 そう言えば、この街へ着く少し前、バルドがそんな約束を私にしていたんだっけ。でも結局依頼を受けてそれどころじゃなくなって、これまでその話すら出ていなかった。
 約束したからと言って、それを恋煩いの少女のように心待ちにしていたとか、そういうことじゃない。ただ、軽くあっさりと否定されたことが、なんとなく引っかかった。
 あのスケコマシ・フランツならともかく、バルドはまさかそれを忘れているとは思わないけれど……。

 そんな私の胸裏(きょうり)を知る(よし)もなく、セシルが改めて首を傾げた。
「で、何なんだ、その剣とかナイフとか。二人で派手な喧嘩でもしたのかよ?」
 その質問に、重要な問題へと引き戻される。

 ―― そうだ、今は、それどころじゃない。

「いつから私が剣を扱うようになったって言うのよ。違うわよ」
「それにその状況じゃ、喧嘩を通り越して殺し合いですよ」
「だとしたら、今頃ここにいるのはエディだけだな」
 にやりと笑みを浮かべてのセシルの軽口に、私は目を細め、両腕を胸の前で組んだ。
「そんなの当然でしょ」
「うわ、否定しねぇの!? 」
 私が自分の唇に素早く指を当て、扉に向かって首を少し傾けると、セシルは慌てて口を引き結ぶ。

 冗談はさておき、私とバルドは交互に、つい数刻前に起こった出来事を語ってゆく。合間合間にセシルが疑問を差し挟むと、バルドが更に細かく補足した。
 一通り話が済んだところで、私は空のホルスターに手をやった。
「それから、私の銃を持っていかれたわ」
 その報告にセシルは目を剥いて、手に持っていた自分の銃を取り落とす。ごとり、と重い音がその場に響いた。

「何だって! どうすんだよ、これから?」

 思わず大きな声を出してしまい、再び私に注意される前に「いけね」と小さく呟いて顔を(しか)める。
「依頼は放棄しない。明日、銃を売っている店を探すわ。それまではセシル、あなたがアンネリーゼについていてくれないかしら?」
「ああ、うん、それは構わないけど」
 すぐに頷いて、セシルは床に落ちた銃に気付き、慌てて拾い上げた。それは、彼の肘から(てのひら)ほどまでの長さがあるものだった。

 私の愛用のものに比べて大きさも重量も遥かに勝っている銃を、セシルは易々(やすやす)と使いこなす。一度だけ、無我夢中で手元にあったそれを放った時があったけど、私の手には反動が強過ぎた。それこそ衝撃で手首を傷めるほどに。

 とは言っても、セシルの愛用の銃が特別大きいものというわけではない。むしろ私が使っている銃が通常よりも小型の、少しばかり珍しいものだったりする。
 そんなわけだから、仮にこの街にある全ての銃を集めてみたとしても、私の手に合うものを見つけられる可能性はほぼ皆無に等しいかもしれない。
 それを思い、私はひとり眉を曇らせた。 


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