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【 番外編 】 最終話
 その夜、私たちはあの酒場で盛大なもてなしを受けた。主役はもちろん、エディ(仮)。
 私はその場を笑顔で過ごした。もちろんそれは建前上とかじゃなく、心からのもの。セシルは少しばかり釈然としないとでも言いたげな顔をしてテーブルに頬杖を付いていたけれど、いつの間にやら背後に迫っていたエディ(仮)に絡まれて、なおかつ強いお酒を勧められ、そのまま騒ぎの渦中に引きずり込まれて行ってしまった。
 バルドは私の隣に座り、中央で大騒ぎする主役を眺めて、相も変わらず派手なその泥酔っぷりにほんの少し眉を下げて笑っただけだった。
 だから私も何も言わずに微笑んで、彼の肩に頭を預けた。


******


「なんか頭がガンガンする……」

 明るい灰色の愛馬に跨り、その太く逞しい首に身体を伏せたセシルがぼやく。

「無理して強いのを飲むからよ」
「しばらくは仕方ないですね。走らないで、ゆっくり行きますか」

 私たちは翌朝、町を出ようとその入り口まで馬を引いて来ていた。
 二日酔いに苦しむセシルは『もう一日この町で休んでから行きましょうか?』というバルドの提案にもゆっくりと首を横に振り、自力で鞍によじ登ったものの、身を起こすのも辛いというような状態だった。
 潰れた喉から絞り出しているような唸り声に、私も一度肩をすくめてから、あぶみに足を掛ける。

「おーい! 待ってくれ!」

 慌てるような大声と共に駆けつけたのは、エディ(仮)。セシルの倍以上は飲んでいたはずなのに、もうすっきりした晴れやかな顔で、その足取りもきびきびしていた。
 恐るべし、酒豪。と、私は口の中だけで呟く。

「何も言わずに行くなんて冷たいなぁ」
「だって、あんた朝まで飲んでたから、今ごろは大イビキかと思って」
「あんなのは飲んだうちに入らないって。けど、なんでか変な感じに頭が痛ぇんだよな、どこかにぶつけたのか?」
「ああ、それはエデルトリダが蹴」
「調子に乗りすぎて椅子から転げ落ちたのよ」

 バルドの答えを遮り、私は素早く言葉を重ねる。
 あの後、またしても人格の変わったエディ(仮)にバルドとの仲を冷やかされた私は、遠慮なく足を振り上げていた。
 レディにあんなプライベートなことを訊くなんて、失礼ったらないもの!

「私たちは、もう行くわ。あんたは、まだこの町にいるんでしょ?」
「ああ、あと数日はな。あの女泥棒を然るべき人間に引き渡した後は、また流れ者のガンナーとして他に向かうさ。ここじゃそうそう仕事はないからな」
「そう」

 私は頷いて、あの女のことを思い出す。
 泥棒の片割れの女は、エディ(仮)の放った弾丸に倒れた。とは言っても、肌を少し掠めただけ。けれど肩に散った鮮やかな赤にパニックに陥った女を、エディ(仮)は易々と片手で制したのだった。
 その女は今、町はずれの小屋に縛り上げられて閉じ込められている。近くの街から、罪人を預かる立場の人間が来て無事にそこを離れるまでは、エディ(仮)が町に留まるということになっていた。
 馬に合図を出す前にふとそのことを思い出して、私は訊ねた。

「ところであんた、本当の名前は? 商売仲間なら、聞いたことあるかもしれないわよね」

 私の質問に、彼は一瞬だけ間の抜けた表情になる。まだそれを口にしていなかったことを、どうやらすっかり忘れていたらしい。
 それから太い親指で、己の胸を指して答えた。

「俺はエドワードだ」
「エドワード?」
「それなら、あなたも『エディ』じゃないですか。(仮)を付ける必要もなかった」
「ああ、だけど俺は別人である『エディ』を名乗った。この町を出たら、ずっと自分自身のままの『エディ』でいようと思う。……許してくれるか? 本物のガンナーエディ?」

 私の名を語った偽者ニセモノのエディは、口角を引き上げて、馬上の私を見上げた。それは、私が自分を許すということを疑っていないからこそ出た余裕の笑みだった。
 相変わらずのそのお調子者っぷりに、私もちょっとばかりわざとらしく首を傾げて見せる。

「あら、信じる気になったのね?」
「ああ、噂で聞いたことをぼんやりと思い出してな。ガンナーエディは、足蹴も半端じゃねぇって話」

「はぁ!? ちょっと、何よその噂!」

 まさかの返答に、思わずまた足を出しそうになったのをぐっと我慢しながら私は叫んだ。ここでそれをやってしまったら、実証してしまうことになるもの!
 途端にセシルの声で『ぶふっ』と押し殺したような笑いが聞こえて、素早く振り返る。けれど彼はさっきまでと変わらずに、馬の首に組んだ腕に顔を埋めていた。
 私が手を腰に片眉を引き上げたところで、ふと、今度は軽い足音が響いた。それはエドワードの姿を探していたらしいマーシャのものだった。
 彼の元に着くなり、嬉しそうにはしゃいだ声を上げて、その分厚い身体に跳ねるようにして強く抱き付く。

「ずいぶんと好かれたようですねぇ」

 その微笑ましい光景に、目を細めたバルドがのんびりと言うと、マーシャは花が綻ぶように顔を輝かせた。

「うん、エディお兄ちゃん大好き! マーシャね、大きくなったらエディお兄ちゃんのお嫁さんになるの」
「よ、嫁!?」

 これにはさすがにエドワードも目を剥く。

「良かったわね、エディ。可愛い彼女ができて」
「えっ、いやいやいや、ちょっと待て、いくらなんでも歳の差有り過ぎだろう!?」

 おかしいほどにわたわたと慌てるエドワードに、全身で自分を否定されたと感じたらしいマーシャの笑顔が、みる間に萎んでゆく。エドワードのシャツの裾を両手でぎゅっと掴み、潤んだ瞳で見上げる。

「エディお兄ちゃん、マーシャがキライ?」
「や、嫌いとかそういうことじゃなくてだな? その、マーシャにはそのうち年齢的にも相応しい相手が」

 何とか言い聞かせようと必死になるけれど、マーシャの表情は晴れるどころか、ますます泣き出しそうに歪んだ。眉間に深い皺が寄り、両の口角が大きく下がる。
 つつけばすぐにでも涙を溢れさせそうなその様子に、とうとうヤケを起こしたとでも言わんばかりに、エドワードが叫ぶ。

「わかった、わかったから泣くな! その、なんだ、お、大きくなったらな!」

 途端に、マーシャの顔にいっぱいの笑顔が戻った。

「うん! エディお兄ちゃんは、マーシャのダンナさまね!」

 再びセシルから『ぶふっ』と聞こえたけれど、今度は私もバルドもそれにつられ、声を上げて笑った。



 私たちは、そのまま町を後にする。エドワードと、彼にぴったりと身を寄せたままのマーシャに見送られ、ゆっくりと馬を進めた。セシルの頭痛が治まるまでは、このまま並足で行くしかないみたい。

「よく落ちませんね」

 相変わらず馬の首に上体を伏せたまま、手綱すら自然と揺れるに任せているセシルに、バルドは本気で感心しているようだった。

「あー、俺とコイツは息ぴったりだから……って、話すと気持ち悪ィ……」

 セシルはほんの少し顔を上げたものの、抑揚なく言って、そのまま口を閉ざした。

「エドワードに対抗しようとなんかしないで、断れば良かったのよ。あれは底なしだわ」

 私の言葉にも、微かに手を持ち上げて何やら意思表示をしようとしつつも、そのままパタリと力なく落としてしまう。手綱だけではなく、腕までがまるで無機質な物のように、くうに重々しく揺れる。よく見ると、鐙につま先すらかけていない。

 まったくもう、『酒は飲んでも飲まれるな』なんて、誰の言葉だったかしらね?
 時々年齢にそぐわないような大人びたことを言うけれど、やっぱりまだ世話の焼ける弟のような気がして、私はこっそりと口元を緩めた。

「ところで、道はこっちで合ってるのよね?」

 それから、そのことを改めてバルドに確認する。
 あの町に寄ったのは、元々は一晩の宿を求めてのことだった。それがまさか、もう一人の『ガンナーエディ』と会って、あんな一件に巻き込まれることになるなんて思いもしなかったけれど。
 私たちは、バルドの故郷に向かっている途中だった。そしてそこまでの道筋を知っているのは、当然のことながら彼しかいない。

 誰の目にも映ることがないという、不思議な力で守られた、魔導を扱う人々の暮らす閉鎖的な町。それは、鬱蒼と茂る森の中に隠れて存在しているという。
 文字通り人目を避けて隠れ住んでいるのだから、それも当然と言えば当然のことなんだろうと思うけれど、それでは辿り着くのでさえも一筋縄ではいかなそうな気がしてしまう。
 けれど私たちは、そこを目指すことを決めていた。

 『バルドが無事だということを、きっと心配しているはずの家族や友人に伝えるために』と言う私に続けて、彼は、『それに村の人々にも、外の世界のことを恐れずに知ってもらうために』と、穏やかな声にも固い意志を滲ませて、そう言ったのだった。

 私の確認の問いに、バルドはしっかりと頷いた。

「はい、大丈夫です。このまま暫くは、この広い街道沿いに進みましょう」

 それから、全身の力が完全に抜けてしまっている様子のセシルを、一度見やる。
 そして短く付け加えた。

「できるだけ、ゆっくりと」

 途端に静かな寝息が辺りに響き始め、私たちは顔を見合わせて弱々しく笑う。


――ああ、これはなんだか本当に、長い旅路になりそうだわ。



< END >
軽い気持ちで始めた番外編でしたが、毎度の如く、予定していたよりも倍ほど長くなりました(^^;)
ここまでお付き合い頂き、大感謝です! ありがとうございました(*><*)

ラストがそれっぽくない中途半端な終わり方してますが、この流れの通りに、またそのうち第三部を書きたいと思ってたりします。
その目処が付きましたら、ここでお知らせしたいと思いますので、完結ボタンはとりあえず押さないままでいようと思います。
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