バルドの短編の、エデルトリダ視点です。
セリフと展開は全く同じになってます。
【 おまけ短編 エデルトリダ 】
始めに耳に入ったのは、銃声だった。
自分もガンナーであることから聞き慣れているそれに、私は無意識のうちに反応していた。
今いるのは、茂る草木が極端に少なく、岩肌がむきだしになっている山間に伸びた一本道。その音は、背後から聞こえて来た。そして、それはまだ止むこともなく続いている。
「……」
私は、少しだけ考えた後、馬首を回らせた。来た道を引き返す。その尋常じゃない物音は、どんどん近付いてきている。
間違いない。誰かが追われてる!
馬を止めて、その体で道を塞ぐようにして、遥か先を見据えた。やがて先頭に、身を低くして馬を駆る人影が現れた。そしてその背後に迫る複数の影も。
先頭の人物ただ一人が追われているのは、一目瞭然だった。その手には、武器となるようなものは納められていなかったから。
その後を追っている輩が、威嚇でもするかのように、銃を上空に向かって放つ。この、明らかに結果の分かっているレースを楽しんでいるらしい。すぐにでも捕まえられそうな相手をわざと追い詰めて、いたぶっている。そんな様子だった。
――全く、趣味が悪いったら。
別に、追われているその男を助ける義理も何もない。
でも、私は半ば無意識のうちに腰の銃に手を掛けていた。追われているのが明らかに凶悪なお尋ね者とかなら、放置していたかもしれない。けれど今回は、一見しただけでも様子がそれとは違うと分かる。
それに、進行方向からいっても、どっちみちいつかは私とすれ違う。あんな暴走する一団に追い抜かれて、全身埃まみれになるのもごめんだもの。
顔をこちらに向け、私に気付いたらしい逃亡者に、声を張り上げる。
「止まらないで、こっちまで走って!」
あの男からしたら、突然目の前にもう一人の脅威が立ち塞がったように見えたはず。だから、叫んだ。 ついでに「そこで止まったら追っ手に捕まるどころか、その前に他の馬に轢き殺されてきっとお終いだけど」とかも思ったけど、口に出すと長いから、心の中だけに止めておいた。
そこまで考えたかどうかは分からないけど、とにかく、その男は止まらなかった。私は、握り締めた銃の撃鉄に指を掛ける。そして、放った。
一、二、三、四……と、声に出さずに、衝撃を唇だけで数える。
私の弾丸は、追っ手の腕や手綱を貫く。突然走った痛みや、切れた手綱に身体の支えを失い、次々と追っ手の男たちは落馬していった。そのまま馬に蹴散らされたり、命からがら逃げ出したり。最後に残った一人は、その様子に驚き、慌てて逃げ出した。
ちょうど弾丸が切れたところだったこちらとしても、大助かりだった。あの位置からじゃ、弾込めをしてもう一度放つには、ギリギリの時間とも言える距離だったもの。
私は、背後に回っていた逃亡者の男を振り返る。
ずっと馬を飛ばし続けて来たんだと思う、その黒い髪も服も乱れてぐしゃぐしゃで、肩で大きく息をしていた。この辺りではあまり見ない肌の色をしている。
まさか、その程度で追われてたなんてこともないとは思うけど……。
「まったく、あんたのせいで、弾倉がすっかり空になっちゃったじゃない!」
私の当然の科白にも、どこか呆けたような表情をするばかり。やっとで口を開いたと思ったら、ただ短く、私の言葉を反芻しただけだった。
「弾倉?」
弾倉という単語すら知らないということは、この男は、あの追っ手のように銃の使い手じゃないってことよね。
私はひとつ大きな溜息を吐いて、手に持ったままだった銃をホルスターに収めた。
「ていうか、あんた一体何をして、あんな武装した大勢に追われてたのよ? どっかの組織から足抜けでもしてきたの? それにしてはまぁ、そんなタイプの人間には見えないけど」
「そ、組織? 足抜け?」
「ちょっと、大丈夫?」
「はい、あの、助けてくださって、ありがとうございます」
「大丈夫って、そういう意味じゃなくて、私の言ってる意味が分かってるのかってこと!」
「あ、そっちですか?」
「そっちですかって、ああ、もう、なんかペースが狂うったら!」
なんだろう、この掴みどころのない性格と言うかなんというか……。
私は思わず空を仰いでいた。
「いえ、組織とかそういうことではないんです。そうではなくて、わたしの」
私の様子に焦ったらしく、男は慌てて説明をする。かと思えば、突然、そこで言葉を飲み込んだ。そして何やら考え込む様子で、じっとこちらの顔色を窺っている。
私はとりあえず、おとなしく待った。やがてゆっくりと、続きが語られた。
「――わたしの持つ能力が、追われた理由です」
「能力? どんな?」
戦闘能力ではないことは確かなはずよね。だとしたら、頭を使うタイプの特殊能力かもしれない。
そう思い、私は訊ねる。
けれど、返ってきた答えは。
「魔導です。先日、怪我をした人を治癒したところを見られてしまったようでして」
……あまりにも現実離れしたものだった。私は思わず閉口してしまう。
こういう場合って、どう反応するべきかしら? ああ、そうだ、これよ、これ。
「……あんたもしかして、妄想癖とか虚言癖とかある?」
言って、その問いに対する答えを、私は期待して待つことはなかった。だって、それで「はい」と言うような人間なんて、まずいないと思うもの。
「まぁとにかく、今後は変な人間と付き合わないように気を付けなさいよ」
手綱を操りながら忠告すると、相変わらずのんびりとした口調で男は頷いた。
「ええと、はい、そうですね、そうします」
それを軽く聞き流しながら私は、再び馬を進ませた。
ヘンな男だった、とぼんやりと考える。
ほんのちょっと特殊な外見を除いては、これと言って狙われるような理由があるようには思えない。あんな大勢に追われる人間なんて、これまで会ったことがあるのは、高額な懸賞金を懸けられたお尋ね者だけだった。
魔導? とか言ってたけど、そんなのは、伝説とかお伽噺でしか聞いたことがない。常識で考えたら、そんなことを言うなんて、頭が茹だってるとしか思えないけど……。
でも、もし、もしも。
もし、それが本当だとしたら? だとしたら、あの状況にも説明はつく。そんな人間が実際にいたとしたら、どんなことになるかだって、簡単に想像はできる。大金を生み出す道具として利用されるのが、きっとオチだと思うもの。
けど、まさか――。
そこまで考えたところで、私はふと、そのことに気付く。
……あれ、私、こっちじゃなくて、反対側の街に向かっていたんじゃなかったっけ?
のんびりボケボケとしたあの雰囲気に、いつの間にやら自分まで影響されていたみたい。慌てて手綱を引き、方向転換をした。軽い速足で来た道を引き返すと、すぐにあの男の後ろ姿に追い付いてしまった。
さっき別れたばかりで追い越して行くのもあまりにも間が抜けている気がして、つい、そこでスピードを緩めてしまう。
どうしようかと考えていると、ふいにその顔がこちらを振り返った。気まずいことに、そこでばっちりと目が合ってしまう。
「うわ!」
すると一言、本気で驚いた様子で叫ばれてしまった。
「な、なによ!? レディの顔見てうわって、失礼ね!」
思いもしなかった反応に、私は声を荒げる。
「あんた、なんで付いて来るのよ?」
「それって普通、自分よりも先を行っている相手に言うことじゃないですよ。あなたこそ、なぜ? さっき反対側へ行きましたよね?」
――い、一番訊いて欲しくなかったことを!
私は、自分でも顔が赤くなるのを感じた。
「か、勘違いしないでよ、あんたに付いて行ってるわけじゃないんだからね! さっきはうっかりしてただけ。元々私もこっちに行く予定だったんだから!」
これは本当のこと。
でもまさか、考えごとに気を取られてつい反対方向に行ってしまった、なんて我ながらあまりに間抜け過ぎて、口が裂けても言えなかった。
私のヤケとも言えるその返事に、男の口元が緩む。何となくそれが癪に触って、私は眉を上げて見せた。
すると。
「あの……、名前を訊いてもいいですか?」
私のその様子にめげる様子もなく、名を尋ねられた。予想外の展開に、私は一瞬だけ間の抜けた表情になってしまう。
ほんとに、何と言うか、変な男。……でも、嫌いじゃないかもしれない。自分でも意外だと思うけど。
「エデルトリダよ。あんたは?」
「アーチーバルドです」
「そう。ちょっと珍しいわね。バルドって呼ばれてるの?」
「そうですね。ほとんどの知り合いに」
「ふぅん」
見た目も珍しいけど、名前も初めて聞くものだった。どこか、遠い国から来たのかもしれないなぁ。
またしてもぼんやりと考えながら、バルドと名乗った男の後をゆっくりと付いて行っている自分に気付く。
私、何してるんだろう? これ以上のことを知ったって仕方がないのに。どうせすぐに別れるのだから。
そう考えてふと我に返り、軽く馬に合図した。そして前を行くバルドを素早く追い抜いた。
「じゃあね、バルド!」
言って、手を振る。バルドも、そうするかのように見えたけど、上げかけたその手が止まり、代わりに私の名を呼んだ。
「――エデルトリダ!」
私はそれに、反射的に馬を止めていた。
助けた時と同様に、別にそうする義理もなかった。そのまま馬を進めたって一向に構わないはずだった。
なのに、自分でも不思議なことに、そうはしなかった。
「なに?」
「いえ、あの」
訊ねると、彼は曖昧に言い淀む。けれど、それは一瞬だった。
「行き先が同じなら、もう少し、一緒に行きませんか?」
その口から出た思いもしない誘いに、私は少しだけではあるけれど、内心で驚いていた。そしてそのことを考えてみる。
もしかしたら、エデルトリダという名前を一度でしっかりと覚えているあたりに、好感を持ったのかもしれない。
この長い名前を初めて聞いた相手からは、「エディ」と勝手に略されたり、良くても、もう一度訊かれたりするのが常だから。
気付いたら私は、はっきりと頷いていた。それも、淡く微笑んで。
「そうね、いいわ、たまには話し相手がいるのも悪くないし」
こうして出会った彼にまさか惹かれるようになるなんて、この時はまだ、微塵も想像すらしなかった――。
< END >
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