第29話
それからは、大忙しだった。
バルドが早く次の人を治療できるように、セシルと私は、まずは人の群れを落ち着かせるよう努めた。
それが済むと今度は、ごった返して足の踏み場もない噴水の周囲をどうにかしようと動く。治療を待つ人々を適度な間隔を保って並べるように、集まった街人たちに指示して回った。
そこから少し離れた位置の劇場は、いまだ火の勢いが収まる様子がない。全てを燃やし尽くすまで、止まらないかもしれない。
そう考えて、数日前の夜に見た、幻想的だったその姿に思いを馳せた時。
「エディ!」
半ば悲鳴に近い叫びが、私を呼んだ。セシルではない、女性の声。
「カヤ?」
驚いて、駆け寄る。カヤの肩に腕を預けて支えられていたのは、ハンスだった。
「どうしてハンスが!?」
思わずその疑問が口を突いて出る。
だって、カヤ達は絶対にアンネリーゼの舞台を観に行くはずがないもの。あんなことがあった後なのだから。
「マティアスを追ったんだ」
腕と足に怪我を負っているらしいハンスは、けれど、はっきりとした口調で答える。
「まだ中にアンがいると聞いて、マティアスが飛び込んだ。それを止めようとしたんだが、途中で上から降って来たものに当たって、このざまだ」
「本当は、わたしたちも明日にでもここを離れるつもりでいたの。でも、火事の知らせを聞いて、それで慌てて来てみたのだけど」
ハンスの説明をカヤが早口に補足する。
「じゃあ、マティアスは!?」
「見失った」
ハンスが顔を歪めて俯くと同時に、天を裂くような凄まじい音があたりに轟く。
振り返ると、ドーム型の屋根の一部が崩れ落ちていくところだった。その衝撃で起こった風に煽られ、一瞬、炎がオレンジ色に変化して大きく弾ける。
私もカヤもハンスも、そして広場の誰もが、息を呑んでその光景に釘付けになる。
この街の象徴でもある巨大な劇場が、壊れてゆく……!
「……バルドが向こうの噴水のところにいるわ。ハンスの怪我を治してもらって」
「待って、どこに行くの?」
「マティアスを探してみる」
「でも!」
カヤの反論を聞く前に、駆け出していた。
いくら探すと言っても、私だって無茶をするつもりはない。けれど、せめて、まだ火の回っていない入口だけでも確認してみようと考えた。
炎に包まれたそれを一度だけ見上げ、意を決して、足を踏み出す。
「――っ、すごい煙」
開け放たれた両開きの扉から中を覗くと、そこは一面、薄く白い煙が充満していた。
「マティ……」
名前を叫ぼうとしても、瞬く間に喉が塞がり、それすらも叶わない。口元を手で覆い、恐る恐る、前に進む。
わずかに奥に進んだだけで、視界が、どんどん悪くなってゆく。奥から流れてくる煙も、勢いを増し続けている。
もし、炎がここまで噴き出してきたら――。
その考えを意識して頭から締め出し、もう一度ぐるりと辺りを見回す。気付けば、真っ直ぐに伸ばした自分の指先すら霞んでしまっている。
だめ、煙の回りが早過ぎる……!
さすがに自分の身の危険も感じ始めて、引き返そうと踵を返した。けれど、方向すら掴めないほどの煙の濃さに、息が詰まり、気が動転し始める。
出口は、どっちだったっけ? ほんの少ししか進んでいないはずなのに!
喉に閉塞感を覚え、咽る。目にも痛みが走り、何度も瞬く。
その刹那、視界の端に何かが引っかかった。白だけが広がる空間の中で、やっとで見つけたそれを逃さないようにと必死に目で追うと、長い黒髪がふわりと揺らいだ。
「アンネリーゼ!?」
そう叫んだつもりだったけど、きっと声にはなっていないはず。とにかく彼女を見失わないように、手を伸ばす。
そこで私は、そのことに気付いた。
確かに、顔立ちはアンネリーゼに似ている。でも、違う。別人だわ。
哀しみの色が濃く浮かんだ青い瞳が、私を捉える。かと思うと、彼女はふいに背を向けた。
「……! 待って」
私は慌てて、その後ろ姿を追う。不透明な空間の中で、不思議なほどに、その輪郭だけははっきりと浮かび上がって見える。
指先があと少しでその肩に触れそうになり、安堵に気を緩めた瞬間。
「……んの馬鹿ッ!」
突然の大声に加え、伸ばした腕を掴まれて、強く前に引っ張られる。
少女に追い付いたと思ったのに、その姿はなく、代わりに目の前に現れたのはセシルだった。
――え、あれ、なんで?
目を丸くするけれど、セシルはそれにかまわず、私を外まで引きずって行った。煙を抜けて、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだところで、待ってましたと言わんばかりに、怒鳴る。
「一人で行くなんて、自殺行為だろ!」
混乱した頭で、さっき見たことを説明しようと口を開いた時に、それは起こった。
耳を劈く轟音が頭上から降り注ぎ、身体が激しく揺れる。私たちは咄嗟に飛びのいて、頭を抱え、地面に身を伏せていた。
激しい熱風に、砕けた石の破片が、周囲に無造作に降り注ぐ。
――それは、劇場が完全に崩壊した瞬間だった。
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既に押して下さった方、ありがとうございます(^^)
現在はセシルがトップで、その後をエデルトリダ、バルド、
そしてなんとアンネリーゼがそれぞれ同点で追いかけています。
メインキャラと張り合うとは……恐るべし、アンネリーゼ(笑)
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