第19話
風が吹いて、空気を含んだ炎が膨れ上がり、弾けた。気付くと、私はそれから身体を引き離すように、前に出していた足を胸に引き寄せていた。
「焼き殺された……? まさか、そんな」
「作り話だと思うのか? 俺たちがそんなことをして、どんな得がある?」
マティアスの相変わらず怒ったような口調に、私は何も返せずに、一度は口を閉じた。でも少し考えて、まだいくつかの疑問が残っていることを思い出す。
「でも……でも、アンネリーゼは、あんたを知らないって言ってたわ。あの劇場に来る前は、その日暮らしの生活をしていたって」
少し落ち着きを取り戻したらしいカヤが、ゆっくりと首を振った。
「アンは、突然何も言わずにわたしたちの元を離れてフランツのところへ行ったの。復讐のために、全てを投げ打つつもりなのよ。だからきっと、知らない振りをしてるんでしょう。あの娘が、マティアスを知らないなんて馬鹿げてる。二人は幼馴染みなんだから」
「過去の話だって、半分は嘘をついてるんだろうな。確かにおれたちは家も持たずに、街から街へ転々としている。けど、そんなに悪い暮らしってわけじゃない。ちゃんと食べてやっていくくらいは稼ぐ腕を持ってる。それに関しちゃ、あんた達雇われガンナーだって同じだろう?」
二人の答えは、説得力があった。アンネリーゼとカヤ達のどちらかが嘘をついているのだとしたら、私から見たら、どうしたってアンネリーゼのほうだとしか思えない。
結婚を間近にひかえながらも、冷め切った様子の二人。
私たちが依頼を受ける時にマティアスのことを訊ねた時も、さながら暗記している舞台の台本を口にするように、完璧に答えてみせたアンネリーゼ。
あれは、本当に自分の中であらかじめ用意しておいた作り話だったからこそ、淀みなく出せた答えなのかもしれない。
そう考えると、「フランツが自分に生きる場所を与えてくれた」と言う科白だって、単なる口から出任せの嘘ではなく、彼女なりの皮肉だったようにさえ感じる。だって、あの男がいなければ、確かに彼女はあの場にはいなかったのだから。
そして、彼女は続けた。「私にできることをするだけ」と。あの時、私はアンネリーゼのことを、自分を貧しさから救った相手を一心に想う健気な少女だと、そう思った。
でも、今は――。
一度、その場の全員を見やる。バルドとセシルも、困惑気味に、私に視線を返す。そして、カヤとマティアス、それから、ハンス。
彼らが嘘をついているとは、思えない。けど、それが絶対に絶対って言い切れる? だって、証拠がないのだから。
だから私は、それが真実でもなんでもないと知っていながら、あえて口にした。彼らを試すように。
「アンネリーゼは、フランツを愛してると言っていたわ」
「――ッ、ふざけるな!」
途端、マティアスの怒りが爆発する。
「たとえ冗談でも、そんな話は聞きたくない!」
叫びながら、立ち上がり、私を上から睨み付ける。そのあまりの剣幕にセシルが反射的に身を引き、バルドは、マティアスが私に手を出すと心配したらしく、慌てて腰を浮かせた。
私はただ真っ直ぐに、目の前の人物の怒りを受け止める。固く握り締められた拳が、小刻みに震えていた。
「そうね、ごめんなさい。今の言葉は取り消すわ」
私がそっと宥めるように言うと、マティアスは顔を顰め、そのまま踵を返した。納まらない怒りを全身に漂わせ、どこかへと歩み去る。
カヤもハンスも、止めることはしなかった。ただ、責めるような表情を私に投げ掛けただけ。
「マティアスは、アンネリーゼをただの幼馴染とは思っていないの」
「ええ、あの様子を見たら分かるわ」
私は頷く。
これで彼らが真実を話しているということを認めざるを得なかった。あの怒り方は、嘘じゃない。演技をしている人間が、あんな風に身体を小刻みに震わせて憤ることまでできるはずがない。
しばらくの間、沈黙がその場に落ちる。やっとでそれを破ったのは、セシルだった。
「それを俺達に話して、どうしろと言うんだ?」
「彼女にはもうお願いしたけれど、フランツの元には戻らないで」
「そりゃ、こんなことを知った以上は当たり前だけどさ」
それ以前にも当たり前だわ。
カヤたちの話に比べれば、客観的に見たら小さなことかもしれないけど、私だってあのスケコマシには不快な思いをさせられているもの。仮に大金積んで頼まれたって、戻る気なんかさらさらない。
アンネリーゼの姉のことは心の底から気の毒だと思うし、しこりとなって記憶に残りそうだけど。でもとりあえず、この件とはもう私たちは無関係ね。
そう思い、あのスケコマシから解放されたことには安堵した、まさにその瞬間。カヤから意外な科白が飛び出した。
「それから、もうひとつ。わたしたちの依頼を受けてくれないかしら、ガンナーエディ。アンを連れ戻すのを手伝って欲しいの」
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