第七話 旅立ちの時
扉から出てきたリーナ・サーリエントは、青と赤を基調としたモダンな雰囲気のドレスを身に纏っていた。
まさかこれほどの器量良しだったとはな…。あの奴隷商人は馬鹿だったか、金に飽きて無頓着になっていたのかも知れない。
案外良い商品になっただろう。もっとも奴隷貿易など理性が許せても感情が許せないが。特にリーナに負わせた傷は、激しい怒りを感じる。こんな小さな女の子を鞭打ちとは…皮は裂け、肉は弾け、骨は露出し…想像するだけで怒りが沸々と沸き上がる。
ふと横にいるディート・ウェルヘンに目をやると、拳を固めていた。「わ、私も着替えなくちゃ!」そう言うと怒涛の勢いで店を出て行った。
まあ、解らんでも無いな。と黒沢明人はこめかみに手を当てた。
黒沢明人は、リーナに「行こうか」と声をかけ階段へと向かって歩きはじめた。慌てるようにリーナが後を追いかけてきた。
「その服で階段は危険だな。俺の手をとれ」
そういうと黒沢明人は、右手の平を上に上げた。
リーナはおずおずと左手を差し出し、黒沢明人の手の上に載せた。
リーナの頬がほんのりと赤くなる。
リーナは思った、当の黒沢明人は紳士だが、色恋とは別の世界にいる人のように思えた。それとも自分が若いから?幼く見えるの?リーナはほんのちょっぴり怒りのようなものを感じた。自分でも気持ちがコロコロと変わっていくのが自覚できた。奴隷から開放され、ようやく女心が芽吹いたのだろうか。
村の広場では、豪快に炎が上がっていた。それと遠くとりまくように女達が、椅子に座って歓談しながら料理に舌づつみを打っていた。多くの女性が木製の大きなコップを持ち一気に飲むと「プハー」と息をはいた。どうやら酒を飲んでいるようだ。
「アキトさん、アキトさん、こっち空いているわよぉ」
一人の女性が話しかけてきた。すると、「こっちも空いてるわよ!」と彼方此方から声をかけられ黒沢明人は珍しく戸惑った。
そこへ、ディート・ウェルヘンがやってきた。
薄い青のドレスが炎の灯りを受け、ゆらゆらと揺れていた。長い髪はアップで止めて、後に垂らしている。
「どお?」
ディート・ウェルヘンはシナを作って、こくりと首をかしげた。美人では無いが、それに近い造形で表情の機微に長けている。つまり可愛いということだが…これは反則だろう。基本無表情の黒沢明人は、今日2度目の無表情を返上した。
「アキト様、麦芽の発酵種です。そしてこれがカルッカのお肉だそうです」
何時の間にやら飲み物と食べ物を持ってきたリーナが黒沢明人を冷静に戻した。
心無しかディート・ウェルヘンが微かにむっとした表情を見せたような気がする。しかしそれは一瞬の事で、真偽の程は定かでは無い。
リーナとディートは、競うように黒沢明人に料理と酒を飲ませた。黒沢明人は、殆ど人間では無いが、多少酔うことはできる。ただし、いつでもすぐに正常状態に戻すことができるのだが。
結局、リーナとディートが先に酔い潰れた。どうでも良いが16歳の子供のリーナは酒を飲んで良かったのだろうか?真っ先に酔い潰れたのはリーナだった。
翌朝、8時頃にフルプレートの鎧を着た騎士が村を訪れた。
早速ディートが二日酔いで頭抱えながら対応した。
「この村は、現在の戦況上重大な意味を持つことになった。ということでこの村を要塞化する。それに先立ち、村の責任者を我が部隊最高責任者であるヴェルフェン・リ・ガーナ卿に移譲してもらう。明日からこの村の管理は我が部隊によって行われる」
ディートは驚いた。
「しかし、今この村には若い女性しかいません」
「調理くらいは、できるであろう」
ディート・ウェルヘンはそれ以上食いつくことができなかった。
混乱したまま、頭を下げて退場した。
「この村で戦争が起こるってこと?皆に知らせないと」
ディートは住民を集めて事の顛末をを話した。
しかし、多くの人が家を失うことに躊躇った。結局3家族だけが従兄弟の家に世話になることになり、他は村に残ることになった。
「ディートは、どうするのですか?」
村人の一人が心配そうに訪ねた。
「もう明日にも私の意見は通らなくなるだろうからね。アキト様に頼んで旅のお供をするわ」
「それなら安心ですね」
「連れて行ってくれたら、だけどね…」
「それなら問題無い」
ディートは振り返った。黒沢明人だった。
「路銀がたっぷりあるのでね。連れが一人増えたところで心配無い」
「本当ですか!ありがとう。アキト様」
ディート・ウェルヘンの目に涙が浮かんだ。
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