第三一話 順調也
昨日までにアップしたかったのだけど、ちょっと忙しくて、遅くなってしまった。
黒沢明人は、ボロい執務室でセリヨン・ハーネストと向かい合った。
二人が椅子に座りると床がギシギシと嫌な音を立てた。しかし、もうここも限界だなと半ば呆れかけ、ベック・トリスタを呼びつけ、何時新しい役所ができるのかと詰問したくなった。
暫くして秘書のリーズ・ミステスがお茶を運んできた。
「秘書ですか。ここもらしくなってきましたね」
「ああ、しかし、どんどん仕事が増えているが、人手が足りないのが現状でな。売り手市場ということもあって賃金が日増しに上がっている具合だ」
「なるほど、今、人口は何人ぐらいでしょうか?」
「2万2千人といったところか。だが、最近ネファール金貨の煽りを喰らって、財産が目減りし、経済が急激に悪化することもあってか、ネール公爵家の領民がこの都市に移住しつつある。毎月約百人単位で人口が増えている。まあ、この国に誘導するように仕掛けたのは、リファ・デルファリンだがな」
「ほう、彼女が。しかし、ネール公爵家が看過するのでしょうか?」
「その辺はうまくやっているようだ」
「ところで、今回はその話で?」
「いや」
黒沢明人は、お茶で口を湿らせた。
「エディ・グラープスの野盗をこの都市に迎え入れたい。それが不可能ならば討伐しなければならない」
「なるほど、要するに前者の使者を望んでおられるのでしょうか?」
「そうだ」
「いいでしょう。私が使者となりましょう。私としても彼らを討伐して欲しくないですし」
「それに関しては同意見だ」
「報酬は、月デューク銀貨十枚で詰めてくれ。現在のこの都市の兵士と同じ高給だ」
「わかりました。その条件を土産にしましょう」
暫くしてセリヨンが使者として出立した後、下水工事の進行状況を確認することにした、黒沢明人は、現場責任者のリース・カルオンの元を訪れた。
「下水工事の進行状況はどんな感じだ?」
「実のところ、近くに川が無いので、下水処理に悩みました」
黒沢明人は天井を仰いだ。失態だ。何故気付かなかったのか…。
リースは話を続けた。
「そこで、グームを数十頭購入しました。グームは人間の糞尿を食べて、栄養価のある臭いのしない糞を排泄します。
その糞を農家に格安で売る予定です。下水の管理、運用はその資金から出す予定です。あと、水が必要だったので、結果的に上水道の整備も必要でした」
黒沢明人は感嘆した。自ら考えて、最適な計画を立てるのは、受身な自治城塞都市ウェルデンの住人の大きな問題点であった。
その意識が変わったのか?
「実のところ、ベック・トリスタさんの知識を借りました。アキト様はお忙しいので」
「ほう、ベックか。思ったのだが、彼程の知恵者であればどんな国でも引く手あまたではないのか?」
「彼は、死刑になりかけてこの町に逃げてきたと言っていましたが」
「面白い過去だな。まあ何れにしても問題無いな。工事はあとどれくらいかかりそうだ?」
「ほぼ完了し、運用テスト段階です」
「そうか期待している」
「は、有難きお言葉です」
次に黒沢明人はディート・ウェルヘンの元へ訪れた。
黒沢明人が研究室に現れると、ディートは目ざとく黒沢明人に気づいて、走ってやってきた。
「どうだ。研究の方は」
「はい、カスタードクリームの開発に成功してから、かなりバリエーションが増えました。
同時にカラックスの葉に抗菌作用があると解り、粉末状にして生クリームとカスタードクリームに混ぜることによって、日持ちするようになりました。少々苦味があるのですが、それが逆に良い風味を出しています」
冷蔵庫の無いこの世界において日持ちするというのは重要なことだった。肉を香辛料を使うことによって日持ちさせるのと同じ話だ。
「試食しますか?」
「ああ、ごちそうになろうか」
暫くして、黒沢明人の前に1つの皿が置かれその上にケーキが乗っていた。切られた断面を見ると、フルーツと生クリームがスポンジの間に挟まれていた。以前のケーキでは、パサパサした感覚があったのだが、それが完全に改良されていた。
一口口に含む。甘さの中にほのかな苦味。
「美味いな」
黒沢明人は言葉少なに素直な評価をした。
「ウェルマンに近々店をオープンする予定なの」
「これならうまくいくだろう。必要な予算は早めに出しておけよ」
「あ、そうね。忘れてた」
黒沢明人は思った。実のところ、こうまでうまく町を発展させることに自信があった訳では無かった。
だが、全てが順調に進んでいる。
黒沢明人は、人前では決して見せない安堵の息をついた。




