第十三話 城塞都市ウェルマンへの道中
城塞都市ウィニックの周辺は大地の栄誉に恵まれているのか、城塞を出ると延々と田畑が広がっていた。流石にこの辺は治安が良いのだが、やがて未開拓の森が近づいてくると。まだ安全だというのに黒沢明人以外、皆緊張を隠せないようだった。
ちなみに今回は、御者がブロン・バーリエンスでその横に黒沢明人が座っていた。つまり、馬車の中は今は女しかいない。普段一般的な人の100倍の耳を持つ俺は、通常人レベルまで落としていた。
この世界では、情報は様々形で伝達されるが、一般庶民の間では、吟遊詩人がその役を引き受けているようだ。実に興味深い。
「ねぇ、アキト様は何歳なの?」ディートが全員に質問を投げた。
全員が顔を見合わせる。
「どうしてだろ誰も聞いていないねぇ」とリーナ。
「見た目は若いわね。20歳位でもその年齢にしては達観しているようだし、剣術でブロンを凌駕する、となると…」
「…となると…何歳?」
残りの二人がずっこけた。
「フェイさん、それを知りたいんですよぅ」
リーナは「よし」というと両手をグーにして気合を込めた(つもり)、そして馬車の外に顔を出して、馬車の走行音に負けずと叫んだ。
「アキトさま~」
黒沢明人は、気だるげに答えた。
「なんだ?」
「アキト様って何歳なんですか?」
「あー今年、26歳になったところだ」
「ありがとうございます~」
リーナは馬車の中に引っ込むと「26歳だって」と報告した。
「もう、そこそこの歳ね。気前が良くて精悍で整った顔立ち。恋人の一人二人はいるんじゃない?」
フェイの言葉にリーナとディートは、ガクと肩を落とした。
しかしリーナのたち立ち直りは早かった。
「確か、並行…えっと、つまり、この国に来てまだ間も無いそうなんですよぅ」
リーナには見えた。二人の瞳が爛々と輝くのを!
「あわわ、待ってください!あたしも…えい、メラメラ!」
「リーナ…貴方には無理よ…」
ディートの助言であった。
「もう、あ、それはともかく、ちょっと聞いておきたいのだけど、二人とも能力者?」
フェイは、よく解らない二人に直球を投げた。
ディートが答えた。
「私は人間よ、ちなみに23歳。なんの能力も無いね。良いのか悪いのか解らないけど…でね、ある村の村長の一人娘だったのだけど、軍人に村を取り上げられちゃった。まあ、そんなもんよ」
次にリーナが答えた。
「私は16歳、遠くの声が聞こえるの。会話とか。地面の下での会話も分かります。開花したのは10歳の時」
そういって、前髪につけている飾りを取り去った。額に菱形のエメラルドグリーンの宝石が埋め込まれていた。
「10歳の時にこれが出たの。両親は必死でそれを隠そうとしたけどダメだったわ。油断した時に見られてしまったの。で奴隷商人に売られ、両親は町を追い出されたと聞いた…」
前髪に飾りをつけると「さあ、次はフェイさんですよぉ~」と明るくフェイを促した。
「私はねぇ。そうね。皆知っていることだけど、故郷は今向かっているウェルデンよ。辺境自治都市で領土は広いけど不毛の地よ。毎日のように魔獣が現れるしね。まあ、その皮が村の財源の一つなんだけど」
フェイは一息着くと、続きを話始めた。
「ウェルデンは、亜人種にも能力者に対しても差別は無いわ。代表自体が能力者ですから。
私は、奴隷商人に夜に紛れて連れ去られだのよ。それがつい一ヶ月前の話」
そして今度はまた黒沢明人に話題が移ったが、出た結論は。
「良しも悪しも善人」
だった。
最初に異変に気づいたのは、リーナだった。リーナはまた窓から身を乗り出すと明人に叫んだ。
「アキト様~。この先で殺し合いをしているようです。片方は山賊です」
黒沢明人とブロンは顔を見合わせた。
黒沢明人、走る馬車から飛び降りると「先に行く」と言うと、猛烈な速さで駆け出した。あっという間に姿が見えなくなる。
「旦那、足も速いでやすか…」
リーナに距離を聞いておけばよかったかな。と思った刹那、キン、カンと剣と盾のぶつかり合いの音が聴こえてきた。
更に近づくと視認できる範囲で、山賊と思われる統一性の無い装備をした者が23人、対して商人と思われる男の護衛が7人、地面には何人かの死体が転がっていたが、明らかに商人側がフリだ。
黒沢明人は衛星を使おうかとも思ったのだが、この見通しの良い場所と敵人数から衛星を使うまでもないと判断し、背中の反りの無いブレードを引き抜いた。
「商人、加勢するぞ」
そう叫ぶと一番近くにいた山賊にブレードを振り落とした。山賊は剣でそれを防ごうとしたが、紙切れのように山賊の剣は、切断され山賊もとろも両断された。
それを見た山賊が浮足だった。そして2分とかからず山賊は全滅した。
黒沢明人のあまりの強さに商人側の戦士が、黒沢明人に近づいてきて疑問を口にした。
「ありがとうございます。おかげで助かりました。お名前をお聞きして宜しいでしょうか?」
「ああ、構わない。俺の名は黒沢明人。旅人だ」
そこへ商人がやってきた。
「それほどの腕で旅人とは勿体ない。あ、失礼。私の名はグルド・エイヘン。助けてもらって感謝します」
黒沢明人はどうってことない無表情な顔で、
「なんてことは無い」
とあっさり述べた。
そこへ、急ぎの馬車がやってきた。ブロンである。
「ありゃ、もう終わりやしたか。残念、旦那の戦うところを見てみたかったのでやすが…」
馬車の中の三人の女性も互いに急ぐように出てきた。
「「「アキト様、大丈夫ですか!」」」
三人がハモッタ。
「ああ、問題無い」
黒沢明人のいつもの無表情に三人は安堵の息を吐いた。
黒沢明人の殺した山賊はとても運べる状態では無いので、片付けるのを諦めて、場所を移動した。
商人が黒沢明人に話しかけた。
「目的地は、城塞都市ウェルマンでしょうか?」
「ああ、その町を経由して、ウェルデンへ行く予定だ」
「おお、それは奇遇です。実は私もウェルデンで商いをする予定なのです。もし宜しければご一緒にどうですか?」
ほう、無料で用心棒を得ようと。まあ、いい。些事なことだ。
「そういう旅も良いな。道すがら商売のことも聞いてみたものだ。いいだろう」
黒沢明人はそう答えた。