第九話 「奴隷」その1
黒沢明人は、ディート・ウェルヘンの横に座りながら、宿を探す為に町の中央広場を探した。これだけの街なので中央広場が無いというのは非常識である。案の定すぐに広場は見つかった。結構広い円形の広場だった。
そこで、宿を探す為に周囲を見渡したが、ぱっと見ただけで5軒もあった。「探す」では無く「選ぶ」が正しい選択肢だったというわけだ。
どの宿も一階部分は、居酒屋で、二階部分が宿になっているようだ。3人は馬車を降り、広場をまわるように宿屋を見て回った。どうやら、それぞれの宿屋で得意料理が違うようだ。看板にも特徴を絵柄で書いてある。魚、鳥、オーロックス、カルッカ、菜食といった感じである。文字を見るのは初めてだが、見たことのない文字なのに何故か読めた。思えば話す聞くも最初からできていた訳で、並行世界だからかと思ったのだが、どうやら違うと言った方が正しいと思われる。カラクリは何だ?
黒沢明人は、2038の衛星に話しかけた。
『言葉に不自由しない。何かやったか?』
『はい、私と会話ができるように公用語類と文字と基礎知識をアップロードしました。準備が整ったので地図のアップロードも可能です』
『そうか…、それは、ありがたい』
黒沢明人は、気持ちを切り替え、ひと呼吸すると、
「何を食べたい?」
と二人に問うた。
ディートとリーナは、顔を見合わせた。戸惑っているようだ。そこで、黒沢明人は言葉を追加した。
「遠慮は要らんぞ。金の心配は無い。リーナ、お前は痩せすぎだ。肉が良いんじゃないか?」
「「ちょっと待って下さい」」
二人は息もぴったりに取り敢えずの返事をした。そして、二人は黒沢明人から離れて、相談を始めた。
リーナは、「実は私、村で食べたお肉が初めての体験なの」とおずおずと話した。
「どうだった?美味しかった?私も滅多に食べないのだけど」ディートが答えると、リーナは、うん、と頷いた。
「あんなに美味しいのは生まれて初めて。お酒も美味しかったわ」
「どうするリーナ?実はオーロックスの肉が一番美味しくて、一番高いのよ」とディート。
「流石に贅沢かしら?私、昨日から幸せな事ばかりで怖いくらいなの。もしまた元の…」
そういうとリーナは首を振った。恐ろしくて口に出せない。
ディートはそれを察すると、
「じゃあ、やっぱしオーロックスにしようよ。今日は三人で旅を始めた、言わば記念日よ!」
二人の会話は続く。
実は、この二人のやりとりは全て黒沢明人にダダ漏れだった。黒沢明人の耳は、常人の100倍以上なのである。
オーロックスか…あの絵を見た限り俺の知っている家畜の姿だったな。
本音を言えば、黒沢明人もオーロックスに興味を持っていたのだ。
黒沢明人は、声を張り上げた。
「お~い、ちょっと早いが決まらないんだったらオーロックスにするぞ~」
リーナとディートは、顔を見合わせ「「は~い」」と二人揃って声を張り上げた。
結果を言おう。
オーロックスは、リーナとディートにとって最高の逸品だった。二人は笑いながら次々と肉を頬張る。
「あれ?アキト様は食べないんですか?」ディートが口に肉を頬張ったまま質問した。
「味が薄いな。塩なり胡椒なり味付けにもっと気を使った方が良いと思うのだが…」
リーナは意味が解らなかったのでそんなものかな、なんて考えていたのだが、ディートは違った。
「塩はこの国では万年不足だけど、胡椒は貴族の為のスパイスですよ!」
「そうなのか?」と黒沢明人は肉を見つめた。
「アキト様は、実は貴族に所縁の方なのですか?」
黒沢明人は笑い、「そんな大層なものではないよ」と答えた。
実のところ、明人が食事をするのは娯楽の為で、実際には体の中にある対消滅炉の発生するエネルギーだけで、ほぼ無限にエネルギーを得られるのだ。
結局、黒沢明人の肉は、リーナとディートが二人で分け合って食べた。
黒沢明人は、会計を済ませると女将さんに「部屋を2部屋借りたいのだが」と聞いてみた。
「安い部屋は埋まっているけど、ちょっと良い部屋なら問題ないよ」と女将さん。
「ではそれで頼む。今チェックインできるか?」
「はい、いつでも。会計は先払いね」女将は軽快に答えた。
時刻は、恐らく12時。
「リーナ、服はその一着だけだろ。もう何着か買うといい。ディート手伝ってやってくれ。それと5人分で6日間分の保存食を買っておいてくれ」
「え、5人分ですか?」ディートが疑問を口にした。
「ああ、ちょっとウェルデンへ向かう為の人材を探してくる」
「ウェルデンですか、聞いたことがあります。それですと城塞都市ウェルマン経由ですね」
「そうなのか?」
「聞いた話ですが、そうですね、途中、どちらの町も魔獣がや山賊が跋扈していますので、余裕を見た方が良いかも知れません。今この街は乾燥肉がかなり安いので、城塞都市ウェルマンまでの3日分とウェルデンまでの5日分の食料を用意します」
「そうか、そうしてくれ」
ディートがいて助かる。黒沢明人は自分の幸運に感謝した。
黒沢明人は、リーナとディートにお金を渡すと1人別れて街の喧騒の中に姿を消した。
しばらく街を歩いていると、横に逸れた路地から妙な臭いが漂ってきた。臭いのだ。といっても汚物の臭いでもなく家畜の臭いでも無い。
黒沢明人は、その路地の入口に立った。
そこには、檻に入れられたり、枷をは嵌められた亜人間達がいた。
黒沢明人は、躊躇無く路地に入った。
奴隷達は、皆一様に諦めた目をしていたので、諦めていない強い目をもった奴隷を探し、ゆっくりと見て歩いた。
そして、耳の尖った細身の女性の亜人間と目が合った。彼女は俺を憎しみの目で睨んでいた。
黒沢明人は、そんな彼女に興味を覚えた。
檻に近づき話かけた。
「お前はウェルデンを知っているか?」
「…ウェルデン?私の故郷よ。それがどうかしたの?」
「詳しい者を探している。人探しでね。能力者だ」
「それだけ?貴方は私を性奴隷として見ないの?長旅の夜伽の相手でも探しているの?」
「俺はそこまで傲慢では無い。奴隷を持つつもりも無い」
彼女は黒沢明人の目をじっと見た。黒沢明人はじっと見返した。
「私は、奴隷になりたてで店に出されたのはつい最近よ。奴隷商がケチでなければ良いけど」
「そうだな。交渉してみよう。ところで名前は?」
「フェイ・アルディオーネよ」
頷くと黒沢明人は、ちょっと離れた距離でこっちを見ている奴隷商を手で招いた。
奴隷商は、手を揉みながら近づいてきた。
「御用でしょうか?この亜人間がお好みで?」
「ああ、そうだ」
「旦那さん、変わった服を来ていますね。外国の方ですか?」
「いや、この服は特別製でね。俺のデザインだ」
「ほう。それはそれは。見ない方でしたので。ところで、奴隷を買うのは初めてで?」
なるほど、いつもこのような質問をして、客を物色しているのだろう。さて、どうしたものか…。まあ、安く買いたい訳でも無いが。黒沢明人はいっそ強引に行こうと決心した。
「それはともかく、幾らだ?」
「はっ、そうですねぇ。イリート金貨一枚といったところでしょうか」
イリート金貨一枚は、デューク銀貨30枚に相当する。かなり高価だ。
「それは大きくでたな」
「胸も尻も小さいですが、かなりの器量良しですからね」
「夜伽としての相手としては問題があるんじゃないのか?」
「確かにおっしゃる通りで。ただ初物なのでそれだけの価値はあるかと」
「そうか、まあいいだろう」
そういうと、黒沢明人は腰に下げた袋からイリート金貨を一枚出し、奴隷商の手の上に落とした。
「まいど」
奴隷商人は、そういうと鍵束を取り出して、檻の鍵を明け、扉を開いた。
フェイ・アルディオーネは、ゆっくりと扉が出て、背を伸ばした。
「旦那様、これから私のことはフェイと呼んで下さい」
「俺のことは明人と呼べば良い」
「いいえ、ご主人様と呼ばせて頂きます。ふふ、それにしても高い買い物でしたね?」
「自分の価値を知った気分は?」
「悪くないわね」
黒沢明人がフェイと会話している間に、奴隷商はフェイの腕を縛り、黒沢明人に縄の端を渡した。
「では、旦那。今後ともご贔屓に」