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ゲームだからといって楽しめるとは限らない~Star of Rest and the Adventure事件まとめ 作者:電気スナーク

わんちゃん編

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「さてと、話を整理しよう」

 食べ飽きた冷凍食品を半ば作業的に腹に詰め込み終わると、500ミリリットルのペットボトルからジンジャーエールを一口飲み、俺は本題に取り掛かる事にした。

 木目調のテーブルを挟んで座っている梨美は俺に比べて食べるペースが遅いので、未だもぐもぐとから揚げを咀嚼そしゃくしているが、別に待ってやるつもりはない。どうせこいつに口で喋らせても効率が悪いだけだ。
 方向性は違えど面倒くさいのはどちらも一緒なのだが、まだディスプレイ上の”Limi”の方が得られる情報量は多い。

 梨美は俯いていた顔を上げて、前髪の隙間からちらりと非難めいた視線を送ってきたが、手に持っていた箸を一旦テーブルに戻し、素早くホログラムディスプレイを操作する。

『 Limi:まだ食べ終わってないですよ。それに誰かさんのせいで大した情報はないです』

「またキャラがブレてるぞ」

 おそらく実際に顔を合わせている事の影響なのだろう。指摘してやると咽むせ始めたので、立ち上がって冷蔵庫からジンジャーエールのペットボトルを取ってきてやる。

『 Limi:けほり。 とにかくおかしな部分はないよー、感覚もふつうだったと思う』

 手渡したそれを一気に半分ほど飲んだ後、涙目になりながらそう続ける梨美。どうでもいいが、炭酸飲料の一気飲みなんぞよくできるものだ。冷蔵庫にそれしか入っていなかったので仕方ないが。

 他ならぬ梨美が言うのならば、あのゲームのショックアブソーバー及びセンスアブソーバーは、法の基準に従ったものなのだろう。
 だとすると、今回の件はやはり依頼主の勘違いという事になりそうではあるが、一応隅々まで調べた上で報告書を作成しなければ納得するはずがないだろうし、そうなればお金も貰えない。
 ちょっと潜って、「はい気のせいでした」では駄目なのだ。結果がどうなるにせよ、もう一度ダイブする必要がある。

「……にしても、電子ドラッグねぇ。今の一般普及のオンラインゲームなんかで、まだそんなもん作れるとは思えないんだが」

『 Limi:ファンタジージャンルをなめちゃだめだよー。りみの知ってる限りでも、もう3回か4回は穴を抜けた人たちがいるんだし』

 ――俗に”バッドステータス”と呼ばれる、ファンタジーに限らずロールプレイングゲームには必ずと言っていいほど存在するであろう、毒や麻痺等の状態異常。
 それらを組み合わせることによってVR世界での麻薬が作り出された事件は、実際過去に何度か起きている。

 一般人には実物の入手が難しいであろう、ドラッグの材料になり得るものを元手無しでいくらでも入手できる環境にあるわけだから、当然といえば当然である。

 尚且つ”VRゲーム”という環境が、その取り締まりを難しくしている部分もあった。

 VRヴァーチャルリアリティ内での財産は、今やただのデータと一言で切り捨てる事のできるものではなく、言わば”実体を持った”財産と言って差し支えないほどになってしまっている。
 ディスプレイ上の平面に映し出されるだけだったそれらは、”実際に触り”、”実際に身に着け”、さらには”実際に食べる”事が出来るものにまでなっているのだ。

 仮想ヴァーチャル現実リアルの線引きがとても曖昧なものになってしまっている現在、如何にゲーム内の物品であろうとその所有権は運営会社ではなく所持しているユーザーに帰依きえするものとし、それらの現実の金銭との交換、所謂いわゆる”RMTリアルマネートレーディング”までも法律で認められる事になるまでに、そう長い時間はかからなかった。

 そんな現状でうかつに警察の捜査が入り、そのゲームタイトルのサービス停止を招いたり、ましてやそれが誤認捜査であった場合などどうなるであろうか。
 賠償請求で訴訟を起こすのはたった一人の個人ではなく、ましてや企業でもない、”一個人の群れ”なのである。

 全く関係のない不特定多数の人間までも巻き込む可能性の高いVRゲーム内での薬物がらみの犯罪は、そういった意味で非常にデリケートな問題と言えた。


「だがそれだって全員捕まって、その都度つどシステム修正がされてきたわけだろ。できるできない以前に、そもそもやろうと思うもんかね?」

『 Limi:わんちゃんって、やっぱり馬鹿だよね』

「うるせえ。 ……まあ確かに、今の発言は浅はかだったな」

 できませんのでやりません。では、そもそもここまで科学やらなんやらの発展はなかっただろう。……俺はできない事はやらない主義だが。


 ――そう、できない事はやらない。そんな生き方をしてきて、結果辿り着いたのが今のこの仕事だ。
 内容は主にゲーム内での失せもの探しやおつかいから始まって、警察やら運営の関知しないレベルの問題事の処理まで。
 トラブルバスターと言えば聞こえはいいが、要するにただの使い捨ての雑用係である。

 リアルマネートレーディングが解禁されている昨今、ゲーム内での物品を売ったり、または用心棒のような事をして金銭を稼いでいる個人やグループは多数存在するが、俺達にそれと同じ事を真似することはできない。
 それらの需要に応える為には必然的に、その買い手よりも高いレベルや技術力、組織力が必要になるからだ。

 元々VR適性値の低い俺は言わずもがなだが、適性値は高いにも係わらず、梨美は同じゲームタイトル内の、それもグループに留まり続ける事を苦手としている。

 別に性格が悪いわけではなく、リアルはともかくVR内では明るく人当たりの良い梨美の周りに集まってくる人間は多いのだが、そんな”役割ロール演じて(プレイング)いる”背景には実のところ、高い承認欲求と、それに反比例した低い自己評価がある。
 ただのゲームプレイの一環としては些か過剰であり、しかし素の人格というわけでもない歪なそれは、長く集団にいるにつれ、様々な綻びを生み出した。

 ……曰いわく、人当たりは良いのに付き合いが悪い。 遊びに誘ったら避けられた。
 ……曰く、話し方やテンションがいつも違って気持ち悪い。
 ……曰く、もしかして、中身は複数人で動かしてるんじゃないのか。

 結果、やがて集団の中で浮いた存在になった梨美は、俺と再会するまでの間にもいくつかのタイトルを追われる事になっていたらしい。
 たとえモンスターに殺されても、所定の時間さえ経てば復活することのできるゲーム内での、本当の意味での”死”とは何か。
 それは、居場所を無くす事である。



 そんなわけで、ゲーム内でトラブルに係わる事は、多大なリスクを負うことになる。
 対処できないほどの問題をご近所さんと抱えてしまったとき、それが現実なら極端な話引っ越せば済むという手もあるのだが、VRゲームの中でそれをやってしまえば家財道具一式どころか全財産がパーだ。
 ならば身代わりとして首を突っ込み、可能ならば問題を肩代わりしたまま消えてしまえる役を雇えばいい。

 ――人付き合いが苦手な梨美とVRが苦手な俺がやっているのは、そんな汚れ役にも似た仕事だった。


 まあとにかくリミの餌やりは済んだわけだし、これ以上ここでぐだぐだしていても仕方がない。
 俺は感傷的な考えを脇へ追い払うと、自室に戻って仕事の続きをすることにする。再度ダイブできるまでにはまだ時間があるだろうが、潜らなくても調べものくらいは出来るだろう。

「飯食ったなら俺はもう戻るぞ。 片付けはやっといてくれ」

『 Limi:えー、自分が食べたあとの食器くらい洗っていってよー』

「皿一枚くらい構わないだろ、食料はこっち持ちなんだからそれぐらいやってくれ。……それから、俺が再ログインできるまでに少し時間が空くだろうから、先に装備も買っておいてくれ。……倒したんだろ? あのでかい虫」

『 Limi:ぅ、なんでわかるのさ。ないしょにしてたのに』

「デスペナ食らってたらもっとぶー垂れてるだろうしな。それにお前にも、あのモンスターの名前は見えてたはずだ。俺には赤く見えてた名前表示、お前には違う色に見えてたんだろ?」

『 Limi:うーん、わんちゃんは馬鹿なんだかそうじゃないのかわかんないときがあるなぁ』

 ――失敬な奴だ。まあ、先ほどやらかしたばかりのため、返す言葉もないのだが。
 相変わらずホログラムディスプレイでの応答を続ける梨美に背を向け、玄関へと行って靴を履く。

「それとな、持ってきた食い物の残りは冷凍庫に入れといてやったから、また腹減ったら食べろ。……インターホンの電源入れろとは言わないが、いい加減配達の受け取りくらい自分とこでしろよな、宅配ロボットは噛み付きゃしねぇんだから」

 背中越しにそう声をかけて玄関の扉を開けると、こちらが見ていないので文字での会話は出来ないと諦めたのだろう。
 小さくか細い声ではあるが、口頭でもって梨美が答えた。

「……うん、ありがとう……お兄ちゃん」


 梨美の過剰なまでの、しかし演じ切る事が出来ていない歪な演技ロールプレイ。
 ……その原因の一端は間違いなく、実の兄妹である俺と梨美の姓が違う事にあるのだろう。

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