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ゲームだからといって楽しめるとは限らない~Star of Rest and the Adventure事件まとめ 作者:電気スナーク

アーティ編

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 意識が浮上してくると、俺は『イカロス』の入口付近にある復活地点(ターミナルポイント)に立っていた。
 近くには茶色い煉瓦の石垣、遠くには巨大な時計塔。

「……大丈夫かい?」

 振り返ると、ペールゴールドヘアーの女の子が俺のことを気づかわしげに見ていた。
 束の間、その人物がアーティであることに思い至らず俺は一瞬びくりとしたが、”そんなこと”はすぐに思考の隅に追いやってしまった。

 俺は自分の姿を確認する。――紺色の布地の袖から、肌色の手が五本の指を備えてそこに存在していた。――二本だ、右も左もある。
 それに俺には足もあった。――こちらも二本ちゃんと右も左もあって、ブラシが付いていたりキャスター式だったりもしない。二足歩行をする、人類の足だ。
 視界になにか黒いものがちらつくので手を動かして触れてみると、それは俺の前髪だった。

 ――鏡はないのだろうか? 俺は自分がどんな顔をしていたのか思い出そうとしてみたが、どうしても具体的な映像が頭に浮かんでこなかった。
 ……確か平均的な顔だったと思う。SRAで平均的な、整った顔だ。髪は黒くて……瞳は少し赤みがかった色に設定したような気がする。――考えてみれば、ゲーム内で人の特徴を決めるのはパーツごとの色ばかりがほとんどの要素(ファクター)を占めている。
 全員が”平均的な”美男美女なのだから仕方がない。あとは耳が長いとか短いとか、それぐらいだろう。

「……ねえ、ルシくん、大丈夫?」
「――ん? あ、ああ……」

 隣で”ペールゴールド色の髪で黒色のワンピースを着た少女”がなにかを言ったが、俺は生返事を返してメニューウィンドウを開いた。
 ”アイテムインベントリ””ステータス””メッセージチャット”――各種項目の中に『ログアウト』の文字を見つけて、俺はようやく自分が呼吸をしていなかったことに気付いた。

 何度かそれをタップしてみて、なんの反応もないことに首を傾げ、それからそれが”選択不可能”を示す灰色であることに気付く。
 そしてまたメニューを開き直して、もう一度タップしてみる。――反応がない。灰色だ、おかしいな。

「ルシくん? なにをしているんだい?」

 少女(アーティ)にそう聞かれて、俺は自分がなにをしようとしているのか少し考えてみてから、とりあえず彼女(アーティ)に訊いてみることにした。――そうだ、白くもないし小さくもないが、彼女はアーティなのだ。――なら多分知っているだろう。

「なあ、ログアウトできないんだよ。どうしてか分かるか?」
「……それは、僕の『コクーン』を経由しているからだね。……僕がログアウトするときじゃないと、きみは”船”に戻れない」
「いや、船に戻りたいわけじゃないんだ。ログアウトしたいんだよ」

 彼女はなにを言っているのだろうか? 俺はただログアウトして、SRAのアバターではなく”現実の自分の姿”を確認してきたいだけなのだ。

「……ルシ……くん?」

 アーティが愕然とした表情で俺を見ている。――いや愕然としたいのはこっちだろう。ログアウトできないんだぞ? どうなっているんだよ、これは。……空中に浮かぶ『ログアウト』の文字を何度もタップするが、それはなんの反応も示さない。

「あああ……あ……あ……」

 やがてなんだか情けない嗚咽というか、ホラー映画のゾンビみたいな声が聞こえてきた。”なんだよ、うるさいな”と思ってから、俺はそれが自分の喉から出ている事に気付いて驚いた。

 ――なにをやっているんだ俺は。これじゃまるっきり馬鹿みたいじゃないか。

 ……そうだよ、出られるわけがないんだ。さっきまで全部受け入れていたじゃないか。記憶(データ)がすっ飛んだわけじゃあるまいし、なにを――


 ――怖い。

 怖い、怖い、怖い。――そうだった、なんだか焦っているなと思っていたが、そうじゃなかった。――怖いのだ。掃除ロボットの(ボディ)だったときには分からなかったが、俺は怯えているのだ。
 いや掃除ロボットのときだって”恐怖”という感情はあった。データとしてあった。だがそれは漠然とした、なんだかふわふわしたものだった。
 ”知っている”のと”感じている”のは違うことなのだ。そんな当たり前のことを、俺は今更思い知らされた。

「ルシくん……ごめん……ごめんよ……」

 なぜかアーティが俺を抱きしめていた。――知らずうちに俺はしゃがみ込んで、頭を抱えて小さく丸まってしまっているようだ。――自分が情けないのは分かっているのだが、この”感情”を飲み込むのにしばらく時間がかかりそうだった。

「ごめん……ごめんよ……ごめんなさい……」

 謝罪の言葉を呟き続けるアーティに、なにかを言ってやらなくちゃいけないのかもしれない。
 ――しかし、どうやら俺の消化できない感情の中には、”怒り”と呼べるものも含まれているようだ。……俺は結局なにも喋ることができそうになかった。――なにも喋るわけにはいかなかった。

 宇宙船でも泣き虫だったが、ここでもアーティは泣いているようだった。――そういえば、単なるゲームのエフェクトだと思っていたから忘れていた。
 初めて出会ったときも、こいつは巨大ヒヨコの上で涙目だった。――きっと泣き虫なのだろう。

 顔無し野郎になにかされた俺をあの”宇宙船”の世界に拾い上げたときだって、”どうしてこんなこと”なんて泣いていた。……きっと寂しかったからなのだろう。
 あんなところで小さな女の子が、訳の分からない事情を抱えて何十年も一人きり。耐えられるはずがないのだ。

 ――だからこそ拾い上げられたという事実と、アーティは結構泣き虫であるという発見。
 俺がなにか恨み言のようなものを吐き出してしまうのを、あと少しのところでそれらが防いでくれていた。



 ……だから正直助かった。本当に来てくれてよかったよ。


「おやオや、もしかシテお邪魔だったでしょうカ? 話ヲ聞かせてもらいたカッたのですガ、オ祝いは今度にしまショうカ?」
「……いや、歓迎するよ」

 驚くほどスムーズに声が出た。いや、本当に助かるよ。正義の味方を名乗るだけのことはある。

「る、ルシくん……? きゃっ」

 俺はゆらりと立ち上がると、戸惑うアーティを軽く突き飛ばして距離を離した。ちょっと手荒だったかもしれないが許して欲しい。――なにしろとてもはしゃいでいるので。

 目の前には顔の判別のつかない、ねずみ色のスーツ姿の男が立っている。
 緑のネクタイは趣味がいいのか悪いのか――まあ相変わらず、ファンタジーの世界にそぐわないのは確かだろう。
 こいつの顔が認識できないのは、きっとデータがないからなのだろう。以前あったときには不気味な奴だと思ったが、今はただ滑稽だという印象しか浮かんでこない。

 ――俺は自分が今からしようとしていることの意味を考えてみようとして――やめた。
 だってなあ……俺は”善良”じゃないし”正義の味方”じゃないし、どうやら”一般市民”でもないらしい。

「……なあ、あんた、なんて名前だっけか?」
「オや? 名乗っタよウに記憶しておりますガ――」
「そうか、じゃあいいや」

 俺は【エクスチェンジ】で”スローイングナイフ”を三本呼び出すと、それを顔無し野郎に【投擲】した。
 それらは白いライトエフェクトと化して吸い込まれるように顔無し野郎に命中する。

 最大値までスキルポイントを注ぎ込んだ【投擲】は、ただの”スローイングナイフ”といえどそれなりの威力を持つ。――顔無し野郎は衝撃で体が弾かれるように浮き上がり、数歩たたらを踏んでこちらを見据えた。

「……ワタシはお話をシにきたノですがネ」
「そうかよ、話には付き合ってやるからこっちにも付き合ってくれ――インベントリ、オープン」

 俺の音声コマンドに反応して開いたインベントリのアイテムを右手でなぞりながら、同時に左手で半円を描くように位置を指定する。
 ――実体化された六本の宝剣が、地面に突き刺さる。

 準備完了だ。――我ながら最低だと思うのだが、まあ最悪な事態を引き起こしてくれたのは向こうだ。俺は顔無し野郎に低俗な台詞を告げた。

「……”正義の味方(サンドバック)”なんだろ?」

 ――顔無し野郎はキシキシと嗤う。

「でハ、お誕生日会の続きヲしましょウ」
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