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ゲームだからといって楽しめるとは限らない~Star of Rest and the Adventure事件まとめ 作者:電気スナーク

わんちゃん編

3/33

 安物のベッドの硬い感触を体全体に感じながらゆるゆるとした動作で頭に被っていた物を脱ぐと、無機質なLEDライトの光が瞼越しに目を刺す。
 俺は脱いだばかりのVRヘッドギアを適当に放り、左手で顔を覆った。

 「……明かりが強すぎる」

 半ば無意識のうちにそうぼやくと、部屋の管理システムは律儀にそれを認識したようで照明が淡いオレンジ色に切り替わる。助かるが、今はコンピュータ故のその勤勉さが少し憎らしく思えた。
 まあ、ただの八つ当たりなのは自分でも分かっている、子供の癇癪かんしゃくみたいなものだ。

 体を起こすと軽い酩酊感めいていかんに似たものを感じた。――ダイブの後はいつもそうだ、自分が何処にいるのかはっきりしないような不快感を感じる。

 俺は凝り固まった筋肉をほぐす為に軽く肩を回すと、左手の手首を右手で握るようにして軽く爪を立てた。ダイブ後にいつもやる、癖というか儀式のようなものだ。
 痛みと呼べるほどの刺激ではないが、これをやるとリアルな感覚というものが体に戻ってくる気がする。

 聞くところによれば、VR空間に対する適性値が低い人間は多かれ少なかれ、これと似たような事をする傾向があるらしい。
 酷いやつになるとダイブから戻ってくる度にリストカットを行うというのだから、難儀な話だ。

 しかし一昔前ならいざ知らず、”フルダイブ”という技術が確立されてからこっち、もはや「そこまでするなら潜らなければいい」なんて言葉を吐くことはできないほどに、現代社会にVRヴァーチャルリアリティ空間は食い込みすぎていた。

 何せ会社や学校、さらにはショッピングに至るまでも、自室に居ながらにして済ませてしまうのが当たり前の時代なのだ。
 一部の業種によって例外はあるだろうが、殆どの作業がロボット産業によって賄まかなわれている現状、人間の仕事といえばデスクワークが主になる。

 遠く離れた場所にいる人物とも”実際に顔を合わせる”ことができるVR空間がある以上、それらの仕事や学業の為に、わざわざ外に出かける必要はないというわけだ。

 ショッピングに関してもそうだ。食品などの物品は購入したものがその日のうちにロボットによって配達されるし、衣類に関するに至っては極端な話、”データとして持っていれば良い”とまで言える。
 ただまあそれは本当に極端な例で、実際そうもいかないのが現実ではあるが……。


 そんな現状認識とは名ばかりの、何の生産性もない思考の波に身をゆだねながら体に残る不快感を追い出していると、ベッドの脇に置いたデスクトップ型のパソコンからポーンと気の抜けた電子音が響いた。

 パソコンの画面上には俺が先ほどまで操作していたふざけた名前のキャラクターが棒立ち姿で映し出されていて、実際の人物より多少筋肉質で背の高いそのキャラクターの横には赤文字で『Death Penalty』と表示されており、さらにその下には『Remaining time 56:47/60:00』と表示されている。

 一般に普及している全てのVRゲームはゲームオーバーの後、最低でも一時間は再ログインすることができないようにロックがかかる設定にすることが法律で義務付けられている。
 これはたとえ仮想空間での出来事であろうとも死というものを体験したことに変わりはないからで、その心因的ストレスに配慮した安全策というわけだ。

 また、連続して8時間以上のダイブもできないようになっているのだが、ヘビーユーザーの中にはこのセーフティを勝手に外してしまうものが少なからずいるらしい。
 見つかって罰金を取られ、VRゲームのアカウント削除処置を受けるだけならまだいいが、実際に精神に異常を来したり、汚い話だが体の排泄欲求をVRヘッドギアが読み取らず、なんというか酷いことになったやつもいるという話だ。


 まあつまるところ、俺はあのホーンテッドスタッグなる巨大昆虫に、道路に飛び出した野良犬よろしく跳ね飛ばされて死亡したわけだ。
 画面の中の俺の分身が、心なし不機嫌そうな顔で俺を睨み返しているような気がする。
 特に顔のパーツを変更したりはしていないのだが、俺はいつもこんな表情をしているのだろうか。鏡を見たりするのとはまた勝手が違うので、正直なところよく分からない。

 若干の居心地の悪さを感じるので、マウスを操作してそれを最小化すると、画面の右下で点滅しているアイコンをクリックする。


『Limi:もーっ!! わんちゃんのせいでしごとが遅れちゃうでしょー!!』

『Limi:だいたいそうびも持たずにフィールドにでるなんてばかー!!わんちゃんのばかー』

『Limi:ばかーわんちゃんのばかー』

『Limi:おなかすいた(T_T)』


 四角いボックスがデスクトップ上に表示され、その中に表示されているチャットメッセージを流し読むと、俺はため息を一つ吐いて備え付けのキーボードで『了解』と打ち込み、立ち上がって軽く伸びをする。
 まだ多少気分は優れないが、動くのに支障はなさそうだ。

 シンプルなガラス製のテーブルの上に用意していたプラスチックケースを手に取ると、中から酔い止め薬の錠剤を3つ取り出し、同じく用意しておいたペットボトルの水で飲み込む。
 水は常温になってしまっているが、別にこれで構わない。空きっ腹にいきなり冷たいものを流し込んでも体に悪い。

 部屋の隅の冷蔵庫を開き、温めればすぐに食べられそうなレトルト食品をいくつか見繕ってビニール袋に詰めてから、床に置きっぱなしになっていた灰色のジャケットを羽織ると、玄関に向かい靴を履く。
 「消灯」と管理システムに告げて明かりが消えたのを確認してからエントランスに出ると、俺はエレベーターの方へ足を向けた。

 途中すれ違った小型の掃除ロボットが俺の足元を小突いてきたが、蹴とばしてやりたいのをぐっと我慢する。
 以前、俺をゴミと勘違いしやがるこのポンコツを本当に蹴とばしてやったことがあるのだが、憎たらしいことに警報機を鳴らすという反撃に出られ、管理会社から修理費を請求されたことがあるのだ。
 決して安くはない金額を払ったように記憶しているのだが、これまた腹立たしい事に、その後こいつが新調されたような様子はなく、へこみ跡もそのままだ。


「Dブロック、12階」

 エレベーターに乗り込み行き先を告げると、束の間軽い浮遊感と横移動の感覚が体に伝わる。
 それが収まってから、カタカタと音を立てて開いた自動ドアをくぐり、代わり映えのしない廊下を進むと、俺は『12-08』と書かれた扉の前で足を止めた。

梨美りみ、俺だ。開けてくれ」

 そう言いながら、緑色に塗られた鉄製の扉をノックする。少し手が痛いが、あの引きこもりはインターホンの電源を切ってしまっているので仕方がない。

 ガタン、とノックしてすぐに中で何かが倒れるような音がしたので少し待つが、一向に扉が開く気配がないので、少し声のトーンを大きめにして再度がんがんと強めに叩く。

「おい梨美、いい加減開けろ! 呼んだのはお前だろうが! 飯持ってきたぞ!!」

 また管理会社に騒音で注意されては敵わないので、もう放っておいて自室に戻ろうかと頭をよぎるが、「飯」という単語に釣られたのだろう。中から消え入りそうな不安げな声が聞こえてきた。

「ほ、ほんとうに犬走(いぬばしり)さんですか……?」
「おう、俺だ。……早く開けてくれ」

 そう答えると、ガチャリと音を立ててドアノブが動き、扉がゆっくりと開く。

 やれやれ、やっとか……と、肩の力を抜いてほっと息を吐くが、扉は少し開いたところで掛けられたままのドアチェーンに引っかかって止まり、その隙間から長い黒髪の背の低い少女が半分だけ顔を出して、こちらを恐る恐るといった感じで覗き込んでくる。

「……ほんとうに犬走さんですよね? 偽物じゃないですよね?」
「なあ、このやり取り、毎回やらなきゃいけないのか?」


 少女は俺の顔を確認し、それでも少し逡巡(しゅんじゅん)するような様子を見せたが、やがて一つ小さく頷いて見せると半開きの扉をゆっくりと閉めた。

 それっきり扉が開く気配は無いが、カチャカチャとドアチェーンを外す音が中から聞こえたので、入っても良いということなのだろう。

 俺が扉を開けると、少女は両手を胸の辺りで軽く握ったまま玄関で立ち尽くしていた。
 黒のショートパンツの上に、シンプルというか全くの無地の白のTシャツを着ているだけの服装で、よく見ればぷるぷると小さく震えているその姿は、どことなく小動物を連想させる。

 パッと見、伸ばしっぱなしのように見える長い黒髪は一応手入れはしているようで艶やかであるが、前髪で右の片目が隠れてしまっているのが少々野暮ったい。

 ……今度、前髪だけでも切ってやるか。などとぼんやり考えると、俺の視線からそれを感じ取ったわけでもなかろうが、少女は「ひっ」と小さく声をあげた。――ちょっと傷つくが、こいつは基本的に誰にでもこうなのだ。

 俺はなるべく気にしない事にして玄関に上がり込むと、後ろ手に扉を閉めて靴を脱いだ。
 「上がらせてもらうぞ」と一声かけてから少女の横を通り過ぎると、後ろからおずおずと付いてくる気配がする。

「キッチンを借りるぞ、まずは飯にしよう。会議はその後だ」

 そう告げて、勝手知ったるとばかりに部屋に上がり込むと、手に持っていたビニール袋を台所に置く。
 俺の部屋と同じ間取りのさほど広くない部屋の中には、いくつか女性ものの服やら下着やらが散らばっているのが見てとれるが、少女がそれをこそこそと拾い集めているのを俺は見ていないふりをしてやった。

 脱いだ服をその辺りに放置してしまう癖があるのは俺も同じなのだが、来ることが分かっているのだから事前に片づけておいてほしいとは思う。

 キッチンの上の食器棚から皿を二枚取り出し、その上に冷凍のから揚げやら春巻きやらを適当に乗せて電子レンジに放り込むと、俺は少女の方に向き直った。


「……なんというか、やっぱ調子狂うなぁ」

 洗濯物の片付けは一応済んだのだろう。少女……”川島梨美かわしまりみ”は、今はこちらに左手を差し出したポーズで固まっており、伏し目がちなのでその表情を読み取ることは出来ないが、その手首に巻かれたリストウォッチ型デバイスから出力されたホログラムディスプレイには、


『 Limi:ごっはん♪ ごっはん♪ ('ω'*) 』


と映し出されているのであった。
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