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ゲームだからといって楽しめるとは限らない~Star of Rest and the Adventure事件まとめ 作者:電気スナーク

わんちゃん編

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 リノリウムのエントランスを抜けて、ガラス扉の自動ドアを通過する。
 無機質な高層ビルが立ち並ぶマンションの外には、ドライブと少女が言っていたように黒塗りのリムジンが停車していた。

「ふふふーん、ふふふ。外に出るのは久しぶりかな? どうだろう? 自然の空気は」

 どこか調子はずれの鼻歌を歌いながら少女が近づくと、車のドアが自動で開く。
 ……自然の空気ね。空調の効いた建物内の方が空気の質はいいはずだが、何が言いたいのだろうか。

「まあ乗りたまえよ。冷えたシャンパンも用意した……と言いたいところだが、この身なりでは購入できなくてね」
「……どこへ連れていくつもりだ?」
「なに、ちょっと街の中を軽く周るだけさ。一時間もせずに戻ってくる。……ふふ、構わないだろう?」

 信用できないが、ここまで来たからには乗るしかないだろう。
 車に乗り込んで高級そうなシートに腰を沈めると、少女もあとから対面に座り、ドアが自動で閉じる。
 運転手はどんな人物なのか、仕切られていて車内からでは確認できないようだ。乗るときに確認しなかったのは我ながら注意力不足だ。それともまだVR酔いが残っている所為だろうか。

「うーん、飲み物は何がいいだろうね。オレンジジュースでいいかな?」
「……必要ない。それより何が目的か早く言ってくれ」
「つれないなぁ。オレンジジュースは嫌いかい? 健康にいいのだけれど」

 俺が黙っていると、少女は洋画の登場人物のように大げさに肩をすくめてみせる。

「まあ、いいか。僕も喉が渇いているわけではないしね」
「……その口調、どうにかならないのか。特に”僕”ってのが気持ち悪いぞ」
「おや、これは手厳しい」

 せめてもの意趣返しのつもりで言ってやるが、あまり効果は期待していない。しかし少女は少女はあごに手を当てて、何かを考え込むように視線を天井に泳がせた。

「……うーん、物語の主人公はたいていの場合、”僕”という一人称を使っていると記憶していたのだけどもね。ああ、最近の流行は違うのかもしれないな」
「”主人公”ときたか。ずいぶんと夢見がちなんだな」
「そりゃあもう。思春期だからね!」

 少女はなにが琴線に触れたのか、ばっと手を大きく広げてクスクスと笑いをこぼす。いちいちリアクションが芝居がかっている。

「とはいえ、誰もが自分の人生の”主人公”だというのは有名な言葉だろう? そう、誰もが物語の役者なわけだ。役者なら健康には気を使わなければいけないね。ところで、きみは健康かい?」

 健康か? だと? 質問の意図が分からないが、世間話のつもりなのか、何かの時間稼ぎのつもりなのだろうか。音がしないので気づかなかったが、いつの間にか車は走り出していたようだ。

「……さあな。気にしたこともないが普通なんじゃないか」
「普通。普通ね! ”健康かどうか?”という質問に対して”普通”と答えるとは。言葉は大事にしなくてはいけないよ? おっと、これは僕にも言えることなのかな? 自分じゃ分からないものだけれども」

 少女はそう言うと、いきなりこちらへと身を乗り出してきた。
 首筋に触れるほど近い位置で一度鼻を鳴らすと、またリムジンのシートに腰を落ち着ける。ふわりと、花のような香りがしたと思う。

「うん。健康状態は問題ないようだね。冷凍食品ばかり食べているようだから心配していたんだ。ああ、余計なお世話だったかな?」
「……そうだな」

 なんと答えるべきか分からない。

「しかし健康といえばゲームのやり過ぎもよくないね? きみはずいぶんご執心のようだが、ゲームは一日1時間までと親に言われなかったかな? まあこのご時世にそんな事を言う親なんて少ないのかもしれないね。……ああ、親と言えばきみのところは家庭が複雑だったかな。これは失礼した」
「おい、なにを知ってる。なにが言いたい?」

 頭の片隅が熱くなるのを感じる。――やめろ、ほじくり返すな。

「別に、なにもかも。気を悪くしないでくれ、せっかくのデートだ、お話をしよう。僕はきみと話すのを楽しみにしていたのさ。僕が欲しくて欲しくてたまらないものを持っているからね」
「……なにを持っているって言うんだ? あいにくと、俺は金もリムジンも持っていない、VR適性値が低いだけのただの一般人なんだが」 
「適性値が低い! これはまた不思議な事を言う。……ああ、なるほど確かに”言葉は大事にしなくてはいけない”ね? なるほど、なるほど」

 何が言いたいのか分からない。吐き気がする。――コイツハナニヲイッテイルンダ?

「うん? 気分が悪そうだね。大丈夫かい? 車に酔ってしまったのかな? VR酔い、ではないね。だってきみは――」

 ……やめろ。



「”VRヴァーチャルリアリティ空間フィールドから”戻ってくる”と酔うんだろう? 普通という言葉がさっき出たが、そう、普通ね。”普通”は”逆”なんじゃないのかな? それは」

 ……いうな。


「うん、それにデバガメしていたみたいで申し訳ないのだけれど、きみがVR内の喫茶店でコーヒーを飲むところを僕は見ていたよ。知っていたかい? 知っているよね? VR空間への”親和性が低い”人間は、VR内でモノを食べたり飲んだりしないんだよ。それが食べ物ではないと強く認識しているがゆえに、無意識に拒否反応が出るからね」

 ……黙れ。

「ふむふむ。”適性値が低い”か、言い得て妙だね。確かにきみのVRへの親和性の数値は”適性ではない”……言葉遊びとしてはまあまあの出来じゃないか。おっと!」

 掴みかかろうとしたがかわされ、ペンライトのようなものの光で目を刺される。これは……なんだ、視界が定まらない。思考がまとまらない。あれはなんだ? 今のが”そう”なのか?

「おや、これが気になるかい? そうだね、これを探していたんだものね。……ああ、勘違いしないで欲しいんだが作ったのは僕ではない。作った連中を探しているのは僕も同じなんだ」

 声が遠くに聞こえる。頭がぼんやりしてきた。

「……あらら、効きすぎちゃったかな。健康を害さないように出力は抑えめにしたんだけれど、なるほどこうなるのか、これはやっぱり社会から失くさなきゃいけないなぁ」

 瞼が重い。意識が飛びそうだ……。

「もうあまり時間がないみたいだからサクッと言おうか。梶原かじわら氏からのきみへの依頼はキャンセルさせたよ。そしてきみには僕からの依頼を受けてもらおう。なに、今までやっていた事と同じでいい。ああ、条件を追加しよう。カナデちゃんとコトリちゃんを”フレンドリーガーデン”のマスターに会わせないように気を付けてあげてほしい、可哀想だからね。梶原氏も悪い人間ではないのだよ? 二人を守ろうとしてきみを送り込んだみたいだけれど、きみが二人に接触してしまうとは……おっと、話が長くなってしまうね、それから――」




 幼い記憶だろうか、小さな梨美が泣いている。
 思い出のはずなのに、梨美の髪はなぜかピンク色だ。

 あの子がちゃんとカギをかけていれば――母さん、それは違うよ。

 リミがわんわん泣いている。ごめんなさい、ごめんなさいって、何度も謝っている。

 リミは悪くない、裏切ったあいつが悪い。たまたまカギがかかってなくて母さんが見つけただけで、悪いのはリミじゃない。

 守らなくちゃ、俺がリミを。守らなくちゃならない――

 ――ああ、でも俺にはあいつの血が流れてるから。

 俺もいつかたぶん、家族リミを裏切るのだろう…………。






 目を覚ますと、自室の床に寝かされていた。
 なにか夢をみていた気がするのだが、よく思い出せない。

「まったく、なんだってんだ……」

 ぼやきつつ立ち上がると、少しめまいがする。……しかしあんなのが電子ドラッグだってのか、視覚情報から頭をかきまわすだけじゃないか、お粗末に過ぎる。
 だがこれでも効果を落とした方だというのならば、確かに少女の言う通り、あれは排除しなければならない危険なものだろう。

「……というか、俺で試すなよ。親和性がどうとか言ってたし、目的は実験か、あの女」

 気に喰わないが、いう事をきくしかないのだろう。
 俺はベッドに倒れ込むと、目を閉じて体を休める事にした。

 パソコンのデスクトップ画面には俺の口座情報が表示されていて、桁の増えた数字が並んでいる。
 そしてその下にメッセージ。


 『よく働くように。――Arty――』



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