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ゲームだからといって楽しめるとは限らない~Star of Rest and the Adventure事件まとめ 作者:電気スナーク

わんちゃん編

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 真っ白な雪が大地と岩肌を染め上げ、白銀の世界を作り上げている。
 視線を遠くへやると、白いキャンパスを飾り付けるように等間隔に並んだ針葉樹林。
 この景色を切り取って絵画にするとしたら、タイトルは『雪と林』だろうか。なんにせよ、どこかで見たことのあるような平凡な絵になることは間違いないだろう。

 そんな、絵に描いたような雪景色の中を――俺はおっさんに追われて転げまわっていた。

「うわあっ……っと、だああ! こっちくんな!」
「わんぱらっち! 真面目にやってよ!」
「やってるって!」

 おっさんから放たれた右フックをスウェーバックで避けようとして転倒。そのまま横にごろごろと転がりながら足でのストンピングを回避した俺は、手の中の銃をおっさんに向けようと振り返り、その顔がかなり近い位置にあることに驚く。
 首を曲げながら再び転倒することで、すんでのところでおっさんの噛み付き攻撃を回避し、今度こそ距離を取りながら新しい愛銃『リトルリボルバー』の引き金を、続けざまに3発分引き絞る事で追撃を阻止する。――あっぶねぇ、おっさんとキスするところだった。

 胸のあたりに3つの小さなダメージエフェクトを輝かせながら、俺を鼻息荒く見据えているおっさんの名前は”イエティ”身長2メートルは超えようかという、毛むくじゃらのナイスガイである。
 全身を白い体毛で覆われているが顔の部分だけは毛が薄く、動物園にいる疲れた表情のオランウータンに、さらに人間味を加えたような顔をしている。
 主な攻撃パターンは打撃の他に”噛み付き”攻撃と”抱き着き”攻撃。これをくらうと動きを拘束されるばかりか、精神的なダメージまで受けることになるという非常にやっかいなモンスターである。

「だあっ……っと、全然効いてないんじゃないのかこれ!?」
「だから射線に立たないでってば! それとあんた保護色になってて危ない!」
「無茶いうなっ」

 再度の右フックを今度はしゃがむ事で避けて、続いて抱き着き攻撃が来るはずなので斜め前方に飛び込むことでそれを先に回避しておく。振り返りざまに銃弾をさらに2発撃ち込むと、やっと”イエティ”はその動きを止め、ガラスの砕けるような音と共に粒子となって消えていった。

「おー、倒したねー」
「……よくでき、ました?」
「倒したのはあたしの矢だけどね……」

 レベルアップを告げるシステムウィンドウが目の前に浮かび上がり、防寒用の黒いファーコートを着込んだリミとコトリがぱちぱちとおざなりな拍手をする。
 カナデは矢を放ったあとの構えから、ゆっくりと息を吐きながら姿勢を戻した。確か【残心】というスキルだったはずだ。スキル使用後のリキャストタイムが短くなり、少量だがスタミナも回復するとか。

 カナデの服装も雪山仕様になっていて、弓道着の上から赤い菱模様の羽織を装備している。
 モンスターから目立つんじゃないかと思うが、味方の位置を視認しやすくするために雪のフィールドでは目立つ色を着るのがセオリーらしい。

「まあ、今ので経験値の減衰もだいぶ少なくなってきたわね」
「こっちは死ぬ思いだったぞ、もう下がってもいいよな? 前衛はコトリ一人に任せよう」
「……なにいってんのよ」

 カナデが近寄ってきて、俺の体についた雪をはたき落とす。――別に放っておいても付着した雪のエフェクトはすぐに消えるのだが、たぶん面倒見のいいタイプなのだろう。
 リミとコトリは先ほどから俺がイエティに追い回されるのを見学しかしていないが、別にさぼっているわけではなく、俺のレベル上げのためらしい。

 SRAでパーティを組んだ場合の経験値は基本的に”ダメージを多く与える””攻撃を受ける””攻撃を回避する”などの戦闘への貢献度を計算して分配されるが、最も多く経験値をもらえるのは”ダメージを多く与えた”ものである。
”全く何もしない”場合でも見える範囲にいれば経験値は入るが微々たるものになり、またパーティー内にレベル差がある場合はレベルの低い方に合わせて得られる経験値が減少する。
 ならばパーティーを組まずに壁役としてモンスターを引き付けておいてもらえばいいのかといえばそうでもなく、その場合は”横殴り”という扱いになりモンスターの持つ経験値自体がガクッと下がってしまう。

 ここまでの道中うさぎやらイタチやらを倒しながら来たので、(リミとコトリには大不評だったが)それなりにレベルが上がってきた俺は”氷の洞窟”へ着くまでの間、レベル上げと練習のために一人で前衛を任されている。
 さすがに一人では倒せないのでカナデのサポート付きではあるが、それなりに戦えるようにはなってきていると思う。……思うのだが、コトリとの共闘に慣れているカナデからしたらまだ俺の動きは不服らしい。

 一度だけ3人の連携を見せてもらったが、コトリはカナデが弓で攻撃するための射線を通しつつ、リミの考えなしの【詠唱魔法】を見もせずに避けていた。アクロバティックな動きといい、あれはちょっと真似できそうにない。

 前衛が難しいのを差し引いても、うさぎやらの小動物モンスターのときは気にならなかったのだが、何しろ”イエティ”は気持ち悪すぎるのだ、主に顔が。
 打撃だけならばいいのだが、隙あらば抱き着いてこようとしたり噛み付いてこようとしたりするので、それを回避することばかりに集中してしまい射線を通して立ち回るということまで意識が向きそうにない。
 そういえば俺は前衛がやりたくないがために”ガンナー”を選んだはずなのに、どうしてこんなことになったのだろう……。

「それにしてもわんぱらっち、避けるだけはよく避けるわねー。なんか格好悪いけど」
「鼻息荒いサル顔のおっさんから熱烈なハグを受けるなんてご免だからな。それと、呼び方はさっきみたいに”あんた”でいいぞ?」
「うげ、なんかその発言きもちわるいわ……」

 カナデが顔を仰け反らせて嫌そうな表情をする。……なぜだ? ”わんぱらっち”より呼びやすいだろうに。

「まあ、わんぱらっちがなんかキモいのは放っておくとして、そろそろ”氷の洞窟”に着くわよ。あの林の中に入口があるから」
「わー、ドラゴンでるー?」
「……出るけど倒せないわよ。リミっち本当にドラゴン好きなのね」
「んーん、ぜんぜん?」
「じゃあなんで聞いたのよ……」
「…………たぶん、なんと……なく?」

 このあたりのイエティはあらかた狩りつくしたようなので、再度湧き出さ(リポップし)ないうちにさっさと移動してしまうことにする。
 それにしても、リミ達は初めからそれなりに打ち解けてはいたが、だいぶ仲良くなってきたようで何よりである。あと俺はキモくないぞ、キモいといえばさっきまで俺を追い回していた白い類人猿の方だろう。

 ――そういえば今は自分も白いのだったと、なんとなく悲しい気持ちになりながら3人の後に続いて針葉樹林に足を踏み入れる。周囲を警戒しながらしばらく進むと、目の前に氷で覆われた岸壁が見えてきた。

 崖には大きな洞窟が開いていて、その周辺には氷でできた悪魔のレリーフが飾られている。
 多分ここが入口なのだろう。隣でコトリがインベントリから『ドラゴニカルティアー』を取り出して、それを小型化して首にかける。
 ……どうやらネックレスになるタイプのようだ。王冠を被ったドクロのモチーフはなんだか呪いのアクセサリーみたいだが、黒いファーコートと紫の髪に似合っていなくもない。魔女みたいで。

「それ、小型化もできたんだな。なんでいつも装備してないんだ?」
「…………首がつかれる……から?」

 コトリがわずかに考え込んでから答えた。なるほど、ちゃんとした理由になっている気もするがなぜか疑問形である。たぶん本人もそのあたり考えていなかったのだろう。

「さてと、ここからはコトリとリミっちにも戦ってもらうわよ。わんぱらっちは……まあがんばんなさい」
「まて、そういえば聞いてなかったが、ここはどんなモンスターが出るんだ?」

 カナデがそう仕切り直すと、3人はさっさと先に入ろうとするので呼び止める。先ほどおっさんに追いかけ回されたばかりであるからして、なにが出るか先に知っておいて心の準備をしておきたい。

「そうね……人型はもう出ないから安心していいわよ。メインは”クリスタルワ―ム”に”ブルースライム”、それと”フロストデーモン”だったかしら。 ワームとスライムは雷属性がよく通るわ。群れてるときがあるから、そこを狙えば結構稼げるわよ」
「わー、楽しそう」
「リミっちの【詠唱魔法】には期待してるわよ」

 ……なんだか、聞かなきゃよかったような気がする。ワームとか、大きいのだろうか。小さくてもそれはそれで嫌だが。

「なあ、がんばれっていうが、俺は何をすればいいんだ?」

 顔を引きつらせながら質問すると、カナデはにっこり笑って俺の肩に手を置いた。
 コトリもそれを真似するように、俺の腕をぽふぽふと叩く。

「もちろん、おとりよ。がんばってね」
「…………いっしょに、がんばろ?」


 ――レベル上げなんかしてないで、街で聞き込みでもやっているべきだったかもしれない。


――――

 ”氷の洞窟”の内部は、その名の通り氷で覆われていた。いや、氷で作られていたという方が正しいだろう。
 群青色の半透明なクリスタルオブジェクトで構成された回廊には、数メートルおきに岩がぽつぽつと配置されており、そのどれもに白銀色の粉雪が積もっている。
 どういう原理なのかクリスタルの壁や天井は薄い輝きを放っていて、洞窟の中は外の光が届かないにも関わらず十分な明るさで満たされていた。
 まあファンタジージャンルのゲームに、このあたりの説明など求めてもあまり意味のないことなのだが、調べてみれば公式設定くらいはあるのかもしれない。

「わー、キレーなとこだねー!」
「リミっち、気をつけなさいよ。壁からいきなりワームが飛び出してくることもあるから」
「はーい」

 水晶のごとく澄んだ氷の輝きに吸い寄せられるようにリミが内壁を覗き込むが、カナデに注意されてこちらに戻ってくる。どうやら”クリスタルワーム”は、まるでトラップのような湧き方をするらしい。その場合、壁を食い破って現れるのか、壁から染み出すように現れるのか、どちらにしてもあまり見たくない光景だ。

「ああ、そういえばコトリがわんぱらっちに作ってあげた”溶けない氷”って、ここの洞窟で取れるのよ。……ほら」

 カナデがそのあたりに落ちていた氷の塊を適当に拾い上げて渡してくるので、試しに表面をタップしてみると、確かに『溶けない氷』とシステムウィンドウが表示される。

「マジかよ。……外の雪男イエティとかはどうするんだ。初心者に倒せるレベルじゃないぞ」
「わんぱらっちだってまだ二日目じゃない。まあパーティ組んだりだとか、そういうのでなんとかするって想定だったんじゃないかしら」

 カナデの話によれば、ゲーム初期のうちは初心者による通行証クエスト攻略パーティーも盛んに募集されていたそうだが、ある程度新規プレイヤーの参入が落ち着いたころには滅多に集まらなくなってしまったらしい。
 そして果敢にもソロでクリアしようとする人間がこの雪山でイエティを引き連れて逃げ回るという、いわゆる”トレイン”行為が問題になり、修正パッチによって魔法タイプのクラスが作り出した氷エフェクトが少しの時間アイテムとして残るようになったそうだ。
 それからというもの、北ゲートできょろきょろしている初心者おのぼりさんを見かけたら「氷いるかい?」と声をかけるのは先輩プレイヤーの義務となっているとかいないとか。

 クエストアイテムを差し替えるなりなんなりすればいいのに、なんとも斜め方向の修正である。
 しかもこの方法で作り出した”溶けない氷”はインベントリの外に出た状態で放っておくと普通に消滅するらしい。もはやツッコミどころしかない。

「それにしても、モンスターもなにも出てこないな」
「そうね……こういうときってたいてい、どこかに溜まってたりするのよね。そろそろ一つ目の小部屋だから……」
「……いた……よ? ……たくさん」

 前方を歩いていたコトリが、曲がり角の向こうを顔だけ出して確認すると、こちらを振り返って手招きする。
 リミとカナデが先に進んだので俺は後ろから続くかたちになり、カナデから「早くきなさいよ、前衛でしょうが」とのお叱りを受けながら角の向こうを確認すると、そこにはなんとも形容しがたい光景が広がっていた。

「……なあ、ログアウトしていいか?」
「なに言ってんの、ダメに決まってるでしょう」
「いっぱいいるねぇ……」

 通路と同じように氷の結晶に包まれた群青色の小広間には、緑色の半透明なクリスタルが、まるでつららのように壁や天井からいくつも生えている。
 それ自体に光る作用はないようだが、壁からの淡い光を反射してある種幻想的な景色をつくり出しているそれらは、よく【観察】すれば表面が波打っていることが分かった。

――そう、氷のクリスタルを緑色に染め上げているのは、ちょうど枕くらいの大きさの、短いワーム(みみず)なのである。

 それらの頭だと思われる部位には、ノコギリ状のエッジがついたサメのような歯が細かく並び、そこだけぽっかりと空いた空洞は、どういうわけか真っ暗に塗りつぶされていて中が視認できない。
 ときおりボトボトと氷の上や天井付近から零れ落ちては、何かを捕食しているかのように蠢いているのは、考えたくないが本当に何か”モンスターを”喰っているのだろう。再湧き(リポップ)するときに起こる光のエフェクトと、それが消失するエフェクトが、微かにその粒子を散らすのが見てとれる。

「……ここからリミの【詠唱魔法】でどうにかできないか?」

 俺が一縷いちるの希望をかけてそう提案すると、カナデはゆっくりと首を横にふった。

「ダメよ。あいつら攻撃的(アクティブ)な上に詠唱(スキルキャスト)に反応するから、唱え始めたと同時に群がられるわよ」
「……じゃあどうするんだよ?」
「決まってるでしょ、【詠唱魔法】が唱え終わるまで、わんぱらっちとコトリで引き付けるのよ」
「……冗談だろ?」
「マジよ」

 嘘だと言ってほしいが、隣を見るとコトリはすでに戦斧を構えて準備万端といった様子だ。……どういう胆力してるんだ、この子。

「待て、せめて攻撃パターンを教えてくれ」
「……なに言ってるのよ、見たら分かるでしょ? 飛び掛かって噛み付いてくるだけよ」

 ……対策もなにもないじゃないか、純粋な反射神経だけであの数を相手しろっていうのかよ。

「それじゃ行ってきな、さいっ!」

 無言の訴えも虚しく、カナデに突き飛ばされて広間へと足を踏み入れる。

 ――とたん、ぶわっと空間全体が、俺を”餌”として認識するのが分かった。


 右上から、左上から、足元から、正面から。緑色のワームがその体をバネのように跳ねさせ、俺に飛び掛かってくる。
 一瞬思考に空白ができた。目の前には体ごと戦斧を回転させてワームの群れを弾き飛ばすコトリが見える。

 ……落ち着け、ゲームだ。これはただのゲーム。
 右下から飛び掛かってくるワームを体を捻りながら避ける。あまりに大きく避けすぎたため体が倒れそうになるが、その流れに逆らわず正面からのワームを右足を跳ね上げて蹴り飛ばす。倒れながら避ける。
 倒れた俺に群がってくる”はず”なのでそのまま転がる。一拍前に【観察】した位置と最初に見たワームの飛び掛かる速度からして、起き上がりに5匹ほどに喰いつかれるはずだ。【クイックドロウ】から3発連続で『リトルリボルバー』の引き金を引き絞る。
 2匹は向かってくるが、喰らい付かれたのは左腕だ。腕を振って引きはがす、その際に1匹叩き落す。

 腹を狙って飛び掛かってくるのが同時に6匹。後ろに飛んで避ける。背中に誰かがぶつかる感触、俺の背中を支点にコトリが回転しながら入れ替わる。……そうか、刃の側面を使って殴り飛ばしているのか。さらに右から2匹、慣性に逆らわず腕を伸ばして引き金を絞る。

「――”朝霧の檻”、”蠅の心臓”、”時雨葬”」

 同時に8匹以上、右上と正面、それから左下方――喰われる。いや、コトリが上から落ちてきた。どんな移動の仕方したんだ。コトリが突き出した左手から氷の幕が張られ、ワームの群れがぶち当たって動きを止める。いや、薄い。幕が砕け散る、とっさに前に出て盾になる。なぜミスした? 分からん、だが間に合う。

「”琥珀の錆”、”雷の童”、”反射する獅子”――」

 足と腹に喰いつかれる、その衝撃で前のめりに倒れながら銃床で1匹殴り落とす。ダメージ判定はないだろうが時間が稼げればいい。あと4秒。
 地面に体を打ち付ける寸前に引き金を絞る、衝撃で照準が狂うが的は目の前にあるので外れない。カナデの放った矢がワームの群れを横合いから撃ち抜いて弾き飛ばす。……時間だ。


「――”葬列来たりて霞と消えろ” 『えれくとりかる・ですとらくしょん』!!」



 真っ白に塗りつぶされた視界の中、紫の閃光がジグザグにはしりまわるのが見える。
 これは髪……か? ――いや、リミの放った【詠唱魔法】だろう。音がよく聞こえない。視界の端で、何か細い線のようなものが、ゆっくりと短くなっていくのが見える。

「…………ごめんな、さい」

 聞こえないはずなのに、声が聞こえた。……なぜだろう、まいったな――。



 ――HPヒットポイント管理、するの忘れてたよ。


 『 Game Over 』
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