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ゲームだからといって楽しめるとは限らない~Star of Rest and the Adventure事件まとめ 作者:電気スナーク

わんちゃん編

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――女の買い物というのは、どうしてこうも長いのだろう。

 多くの男性が一度は思ったことのあるかもしれない、少なくともよく聞く言葉ではあるそれを、まさか自分が体験させられる日がこようとは、今日まで夢にも思わなかった。
 何せVRワールドが苦手な俺は、生活用品の買い出しといえばパソコンでのネットショッピングが主だったし、ゲーム内でのそれにしたって、いつもリミとは別行動をとっていたのである。

 しかし今現在こうしてリミとコトリに連れまわされ、女の子の買い物に付き合わされるにあたり、俺はそんな自虐に見せかけた自慢にしか聞こえない台詞を吐ける身分になったわけだが、なんだろう、これは喜ぶべき事なのだろうか判断の難しいものである。

「あ、これいいかもー。 コトリちゃんコトリちゃん、この服どうー?」

「……ん。 かわ、いい……かな」

 先ほどから俺はリミとコトリに捕獲され、店頭ディスプレイのマネキン人形よろしく不本意なファッションショーを披露させられ続けている。

 二人のお眼鏡にかなう装備があればコトリの奢りで買ってくれるとの事なので、大人しく着せ替え人形に甘んじてはいるのだが、現在リミが選んでコトリに見せている最中の、肩から鋭いトゲを生やした世紀末な皮ジャケットを選ぶのはできれば勘弁してほしい。

 分厚くて黒い皮の生地に金の棘スタッズをあしらったそのジャケットは、確かに値段の割にステータス値が高く、STRストレングスアップの効果まで付与されているようだが、俺にはちょっとパンクに過ぎる。

 コトリの「かわいい」発言は、「皮の品質が良い」という事だと信じたい。 もしもそれが選ばれた場合、実際に着て街を練り歩かなければならない俺に、この場での発言権が無いのが悔やまれる。

 どうして二人が俺の服なんぞを選んでいるのかといえば、話は三時間ほど前に遡さかのぼる。


 当初、コトリ達と合流する前に悪目立ちする初心者装備わかばマークをいい加減着替えておこうかと考えた俺は、その為に早めにログインしたのはいいが、なにぶん手持ちが少ない故に安い装備を探そうと試みていた。

 さすがに首都メインタウンなだけあって、街にはNPCノンプレイヤーキャラクターの店の他にもプレイヤー達による雑多な露店がいくつも並んでいるので、その中から適当に買えばいいだろうと考えたのだ。

 しかし何しろプレイヤーショップというものは、基本的には店の主の持ち物の中で不要な物を売っているのであるからして、青いガラスの小瓶に入ったポーションの隣に若木色のジャケットが一着だけとか、無骨な鉄の大剣の横に、うずらの卵のようなものがずらりと並んでいたりだとか、なんとも統一感のない品揃えである。

 おまけにそれらはどれもこれも値段が高いかネタ装備かで、たまに手が届いてまともそうな見た目のものがあったとしても、上着に対して合わせるシャツを探すのに別の店を探さなければならなかったり、また今度はそれに合わせるズボンも探さなければならなかったりと、正直めんどうくさかった。

 ここが前にダイブしていたタイトルのVRゲームであったならば、”ディスカウント”スキルを持った商人プレイヤー達がNPCのショップに常駐していて、店売りの汎用装備品を安く代理購入してくれたので、そこで一式揃える事ができたのだが、SRAにおいての”値切り”スキルの対象はどうやら回復薬などの消耗品に限られるらしい。

 自分もお客様のはずなのに、他の客が店に入ってくるたびに「いらっしゃいませ!」と元気よく挨拶をしてくれる彼ら彼女らに慣れてしまっていた俺としては、どうせレベルが上がればすぐ不要になる汎用装備品を、定価で買うのは忍びなかった。

 かくしてやる気を失くした俺は街の中央のベンチに足を開いてだらしなく座り、目の前に設置された大きな噴水オブジェクトを眺めて時間を潰す事にしたのだが、やがて昨日と同じ白のブラウスに軍服ジャケット姿の相棒が、何故か今日は黒いゴシックドレス姿のコトリを連れてやってきて、二人が最初に俺に交わした挨拶は、異口同音に「……ない(わ)」だった。

 どうやら寡聞にして知らなかったがリミが語るに、俺が座っていた”噴水前のベンチ”は、よくカップルの待ち合わせに利用される場所なのだそうで、道理で二人が来た時に、周りの男性プレイヤーの視線が痛かったわけだ。

 まあ別にさっさと移動すれば済む話だし、周りの人間だって俺達三人の恰好を見て思うであろうことは、『先輩プレイヤーが初心者を迎えに来たんだな』ぐらいだろう。 ――俺がそう教えてやると、一応リミは納得してくれたし、コトリの方も眠たげな表情からその心中を読み取り辛いが、どうやら気にしていない様子だった。

 しかしそこに通りかかった一人の女性プレイヤーが、俺を見てコトリを見てリミを見て、もう一度俺を見て、

「フッ」

 と、鼻で笑って歩き去って行くに至り、それが二人の中の何かに火を点けたらしい。 リミはぷりぷり怒り出し、コトリは眠たげな表情ながら、その視線を僅かに鋭くして「……くつ、じょく」と呟いた。

 こうして俺は、街の中でも沢山のプレイヤーショップの立ち並ぶ通りの方へと、二人に長い冒険の旅へ誘われる事になったわけである。


 途中で一度遅めの昼休憩を挟み、酔い止めの薬を飲んで戻ってきた俺にリミから手渡されたのは、首元に黒いファーをあしらい、腰回りに飾りベルトの付いた真っ白なロングコートだった。
 さらにコトリからも黒いインナーと共に、ボンテージパンツというのだろうか? 何故か両足をベルトで繋いだ、歩きづらそうな黒いズボンを渡される。

 白黒モノトーンなのはともかくとして、できればもう少し地味なアイテムが良かったのだが。 まあ貰ったものに文句をつけるのも失礼だし、ここはゲームの中なのだ、許容範囲内ではあるだろう。
 しかし、贈られた装備に着替えた俺を見た二人はまだどこか納得いかないような顔で、それぞれ「うーん……」と考え込んだ。

 やがてコトリがインベントリから徐おもむろに何かの小瓶を取り出して、「……これ」とリミに手渡す。 ……ポーションか何かだろうか? なんだか嫌な予感がするのだが。

 リミは一瞬きょとんとした後、手渡された小瓶を一度タップして表示された説明文を流し読むと、にたりとした笑みを浮かべてこちらへとにじり寄ってくる。

「……待て、何をするつもりだ?」

「んー? 大丈夫、こわくないよー? ……ひょうはくしましょーねー」

「ちょっ、ばか、やめろ!」

 後退りして逃げようとするが胸倉を掴んで止められ、小瓶の中身を頭に振りかけられる。 瓶の中身は俺の予想した通りの代物だったようで、かけられた場所だけでなく頭全体から光の粒のエフェクトが立ち昇った。しかし……。

「……あれれ?」

「……ん。……むぅ?」

 その後何の変化も起こらないので、リミとコトリは揃って首を傾げたがまあ当然だ。
 確かに俺の視界には『染色ポーション:モイストシルバーを使用しました。 髪色の変更をしますか? Yes/No 』とウィンドウが表示されている。だがいくら振りかけたからといって、かけられた本人が『Yes』を押してやらない限りポーションの効果はでないのだ。 ……少し焦ってしまったが、俺はリミから距離をとると『No』の方へと指を伸ばす。

「……こっち」

 するといつの間にか背後に回り込んでいたコトリが、いきなり後ろから抱き着いてきて俺の腕を捕り、その手を『Yes』の方へぐぐっと寄せてきた。 ウィンドウは見えていないはずなのだが、体を密着させることでその位置を探り当てているのだろう。そこまでやるか普通。

「おいバカやめろ! 俺はアホ色ヘアーズに加わる気はないっ」

「……あほ……ばか……」

 思わずリミに対するような態度で言ってしまうと、コトリの小さな手から加えられる力がその圧を増した。 体格差はあるのだが、VR内でモノをいうのはステータスの差である。
 俺は視点を移動させてウィンドウの表示位置を変える事で抵抗するが、その度にコトリに腕を持っていかれる。

 しばらくそんなやりとりを続けていると、やがてコトリの手から力が抜けた。 ようやく諦めてくれたかと俺が息をほっと吐くのも束の間、紫髪コトリさんは俺に抱き着いたまま、悪魔の呪文を囁いた。

「…………リミちゃんのか、わたしのと、おそろいの色も……あるよ?」

「……これでいいです」




 ――その後は女性陣の買い物に付き合いながら移動し、街路樹の並んだ通りまで出ると、そこにあったカフェテラスで休憩しようという事になった。

 俺が味のしないコーヒーを飲みながら、美味しそうにアイスクリームを食べている二人を眺めていると、遠くの方からカナデが軽く手を振りながらやってくる。 カナデは自分も席に着くと、俺とコトリを見比べてニヤニヤと笑みを浮かべた。

「おーおー、二人ともおめかししちゃってー。 わんぱらっちなんて一瞬誰かと思ったわよ。その服と頭どうしたの?」

「…………わたしが、買った」

「げ。 女の子にデートの服貢がせるとかサイテー。 ……まあ甲斐性ないのは仕方ないか、初心者ニュービーだし」

「確かに奢ってもらったのは悪いと思ってるが、そもそも三人だしデートとは言わないだろ」

「はいはい照れない照れない。 聞いてるわよ、コトリにまた会いたいけど二人っきりじゃ断られそうだからリミちゃんに誘わせたんでしょ? 昨日あれだけ世話してあげたのに、あたしじゃなくてコトリの方に行くとはね」

 このはくじょうものー。と白くなってしまった俺の頭を弄ってこようとするカナデの手を適当に躱かわして、リミに「どういうことだ?」と視線を送るが、相棒はストロベリーアイスに夢中で気づいていない。 確かに後日の約束を取り付けるよう言ったのは俺だが、どういう誘い方をしたのか非常に気になってきた……。

「おいリミ、お前なんて言って誘ったんだ?」

「え? ふつーに、わんちゃんがまた会いたいってゆってたよーって、ゆっただけだよ?」

「いやまあ、間違ってはいないんだが……」

 確かに間違ってはいない、いないんだが俺はデートに誘ったつもりはない。 そういや確かに待ち合わせ場所は件の”噴水前ベンチ”だったな……。
 しかし、その誤解を解くわけにもいかない状況なのがなんとも歯がゆい。 そういえばコトリの服装が昨日と変わっているのもその所為だったりするのだろうか。いやそれはさすがに自意識過剰かもしれない。
 コトリは特に気にした様子もなく、静々とミントアイスを食べている。 

「……?」

 そして俺が見ている事に気がつくと、コトリはその眠たげな碧の瞳で、こちらをじっと見返してきた。

 こういう場合どうするべきなのだろう。 コトリが今日の集まりをデートのつもりだったのだとして、やはり調査の重要参考人なわけだし、少し後ろめたく思わないでもないが、その勘違いを利用して距離を詰めておくのはやぶさかではない。
 その場合、やはり服とか褒めた方がいいのだろうか? いやまあ会ったときにはスルーしてしまったわけだし、今このタイミングはおかしいかもしれない。 大体、言うのか? 俺が? 「今日の服装かわいいよ」とかむず痒い台詞を? ありえないだろう。
 大体コトリのキャラはリメイクしたものであるからして、昨日の今日でメイン装備が変わっていても何ら疑問はない。 その場合、俺はこの新しい見た目だけでなく、中身までキザ野郎にクラスチェンジしてしまう事になる。 それにゲームの中とはいえ、デートにゴシックドレスはないだろう……うん、ない。ないはずだ。
 あれは多分、今日この後狩りに出かけるのであるからして、レアな装備を出してきただけに違いない。 というか四人で集まるのに、どうして俺がコトリをデートに誘った事になるのだ。そもそもそこからおかしいわけで、カナデが俺をからかってくるのも、ただの冗談でしかないはずである。 

 俺が危なく自意識過剰な勘違い男になるのを免れていると、俺の視線をどう受け取ったのか、コトリは少し悩むような表情をしたあと、手に持ったミントアイスのカップをこちらへ差し出してきた。

「…………たべる?」

「あらー、イチャイチャしちゃってまあ」

「さっきもねー、なんか抱き合ってたんだよー」

「ふーん。 ……へぇー、お姉さん妬けちゃうなー」

 チェシャ猫二匹にからかわれ、ますます混乱しそうになる。 とにかく、さっさと誤解を解かなければ……ああ解いちゃいけないんだったか。もう訳が分からん。

「......食べない。それとカナデ、あれはコトリが無理やりだな――」

「ふーん、コトリからねぇ。 珍しいこともあるもんね」

「いやだから違くて」

「はいはい、ごちそうさまでした」

 自分は何も口にしていないのに、そう手を合わせて告げるカナデ。 非常に納得いかないが、この話を終了してくれるならと我慢して口を噤つぐむとする。
 というか、コトリの方も何か言ってもいいものである。 しかしその興味は手元のアイスに向けられている様子であるからして、やはり俺は二人にからかわれているだけなのだろう。
 ここはせっかく話に区切りがついたのだし、新しい話題へ移るとしよう。 うん、それがいい、そうしよう。

「とりあえず、揃ったんだったらそろそろ行くか?」

「揃ったって何よ? あたしはただ通りがかっただけよ?」

「……おい、リミ? どういう事だ?」

 相棒に問いかけると、ピンクの阿呆は不思議そうな顔をして、「うん? なーに?」と首を傾げた。 俺は茹ゆだった頭の中で、事の真相を突き止めた。 ……なるほど、やはりお前が元凶か。

 俺はこいつに指示を出すときは、もっと具体的に内容を指定しておくべきだったと今更になって後悔した。


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