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ゲームだからといって楽しめるとは限らない~Star of Rest and the Adventure事件まとめ 作者:電気スナーク

わんちゃん編

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1 わんちゃん

 足元の土は踏みしめるたびに柔らかく沈み、視界には樹木の葉が無数に影を落とす。
 ブナ科の植物に似た特徴の葉を持つその木々は、しかし通常ではありえないほどねじれる形で群生しており、中には大きな岩を捕らえ込んでしまっているものまである。

 今の時刻は恐らくまだ昼を回った頃だろうか。木々の陰によって日の光が遮られ、辺りは森特有の薄暗さに満たされている。――見通しの悪い森だ。垂れ下がった蔦が顔に当たろうとするのを手で払い退け、俺は胸に溜まる湿った空気を吐き出した。

 そういえばまだ十歳になるかならないかの頃、父親にテーマパークの雑木林コーナーへ連れていかれて、セミやらカブトムシやらを捕まえさせられた事があったとなと、ふと頭の片隅で思い出す。

 『近頃の子供は遊ぶにしてもゲームばかりで、本当に外で遊ぶということを知らん』と、そんな内容の講釈を得意げに語っていたような気もするが、わざわざ金を払ってテーマパークに入場しようがダイブで済ませようが所詮どちらも作り物である事に変わりはない。
 それに”ゲーム”と言うならば虫取りだって”ゲーム(遊び)”である事に変わりはないのだが、あれはきっと近年の子供にしては珍しくVR空間ヴァーチャルリアリティフィールドに中々馴染む事のできなかった俺に対する、気遣いから出た言葉なのだろうと今は思う。

 とはいえ俺はもうとっくに虫取りなんかに興じる歳でもないし、昔懐かしんでこんな場所に足を踏み入れたのでもない。なぜ俺がこんなところを歩いているかといえば、ひとえに仕事のためである。

 仕事と言っても、何も森に入る事そのものが仕事なわけではない。今俺達がやっているのはその前準備に当たる作業であるからして、さっさと済ませてしまうに越したことはないだろう。

 ――しかしながら、相棒の方は俺と違い童心を忘れていないらしい。

 視線を軽く右側に振ると――足元が沈むせいか、ちょうど俺の肩の辺りで派手なショッキングピンクの頭頂部がピコピコと上下に揺れている。
 そいつは不安定な足元の支えにしているのか、時折俺の服の裾を掴んだりしながら「わー、すごいねー!」なんて喜色を滲ませた声をあげるのだ。

 多分ピクニックにでも来たつもりなのだろう。距離が近い上に低い位置にあるため表情までは見えないが、その猫のような金色の瞳が子供のように輝いているだろうことは想像に難くない。

 微笑ましくはあるのだが、まだこの世界に来たばかりである俺には能力ステータス面での不安があるので、あまり目立つ事は好ましくない。

 俺は何が楽しくてそんなアホ丸出しの髪色を選んだのか全く解らない相棒を半眼で睨みつけ、片手でそのピンク色の髪をぐしぐしと乱暴にかき混ぜてやった。

「ぎゃっ! 何するんだよ、ぐちゃぐちゃになっちゃうでしょ!!」
「……頼むから少し静かにしろ。また何かに見つかったらどうする」

 ピンクのアホは慌てた様子で俺から少し距離をとると、ぷくーっと頬を膨らませ抗議してくる。

「女の子の髪をいきなり触るなんて、わんちゃん酷い。このセクハラわんわんめ!!」
「おい、酷いのはお前だろう、俺はまだ根に持ってるぞ」
「ん? それって名前のこと? なんでー? 可愛いのに」

 その呑気な言葉に、俺はあるはずもない頭痛を感じて顔をしかめた。

 ――実はここに潜るに当たり、実名では通らなかったので仮の名前を設定してきたわけだが、それが一般的によくあるような名前では駄目だったのだ。
 10通りほど試した後、それ以上何も思いつかずうんうん唸っていた俺の名前を目の前のこのピンク女、”リミ”が決めたわけである。

「いいじゃん、わんちゃん。本名ともじってて呼びやすいしさ!」

 リミは楽し気に笑うと、髪をかき回された事への警戒心はもう忘れたのか、また俺の隣にちょこちょこと戻ってきながら言う。
 確かに俺の名前は”犬走いぬばしり 耕一こういち”で、犬で”わん”なら本名とも捩っているだろう。だが不満があるのはそこではない。
 ちなみにリミの本名はそのまま”梨美りみ”である。まあフルネームでなければ良いのであろうが、ちょっとずるいと思わなくもない。


「わ、見て見て! でっかい穴ー! ……あれ? わんちゃん、何かいるみたいだよ?」

 捻じれた樹木と垂れ下がる蔦を躱しながら、歩きづらい腐葉土に若干の苛立ちを覚え始めた頃。ふいにリミからそう問われて、俺は足を止め身を屈めた。

 ――30メートルほど先、リミが指差した方を見やれば、朽ち倒れた巨木と岩の隙間に大きな空洞ができている。
 俺がその穴を覗き込むために【観察】スキルを発動させると、視界にサークルが表示され、その輪の中が望遠鏡で拡大されたようにクリアなものに切り変わった。
 強化ブーストされた視界の中、僅かに明度を増したその穴の中にはきちきちと歯ぎしりのような音を立てる黒い生物が確認できる。

「……おいおいなんだよあれは。もしかしてあれが目的のやつなのか? 勘弁してくれ……」

 その生物には大きな2本の顎とおまけに立派な角まで生えていて、黒光りするその姿はクワガタとカブトムシを混ぜたかのようだ。きっと小さな男の子なんかに見せれば大喜びするだろう。……もっともそれが、ちょっとしたワゴン車並みの大きさでなければだが。

 まだこちらに気付いた様子はないが、どうやら巣穴からのっそりと這い出してくるところのようだ。
 俺は慌てて立ったままの姿勢のリミを、着ている灰色のチュニックの裾を引っ張ってしゃがませた。相棒は俺よりレベルが高いため危機感が薄いのだろうが、巻き込まれるのはごめんである。

 穴から出てきた巨大な昆虫は、おそらく餌でも探しに行くつもりなのだろう。顎の付け根から黄色いブラシのようなものが、舌なめずりでもするように出たり入ったりしているのが見える。

 ――まさか樹液の代わりに人間の体液を吸うだとか、そんな設定ではあるまいな。

 こんな場所でなければ冷や汗の一つでもかいてしまいそうになりながら、このまま隠れてやり過ごそうと思案していると、何やら隣でぶつぶつと呟く声が聞こえてくる。

「”朝霧の檻”、”黒鉄のしゃく”、”蜥蜴の肺”……」

 そんな意味不明の単語を紡いでいるのは聞こえてくる位置からして当然、リミである。俺は『おい、バカ、やめろ!』と視線で訴えかけるが、このバカは呟くのをやめようとしない。

 クワガタだかカブトムシだか分からん巨大昆虫の方に目を戻すと、巣穴から這い出してきたそいつが一直線にこちらに向かってきているのが見える。……ターゲティングされたわけだ。何もしなければノンアクティブだったかもしれないのに、なんてことしやがる。

 一度見つかった(タゲられた)以上、隠れてやり過ごす事はもうできない。クワガタもどきの歩みは大きさの割に遅いようだが、既に15メートルほどまで距離を詰められており、その頭上には『ホーンテッドスタッグ』という”赤い”文字が表示されているのが見える。

 ――ホーンテッドってなんだよ、叫ぶのかよ、角でホーンって言いたいんだろうがもう少し英語の勉強しろよ。

 俺は自分の名前のことを棚にあげて、こいつの名付け親に心の中で悪態をついた。……いや、無駄な事を考えている場合ではない、このままでは奴に捕らえられてしまうだろう。その後あの『ホーンテッドスタッグ(叫びクワガタ)』が俺達をどうするつもりであるのか、進んで知りたいとは思わない。

 俺が今だ呟き続けるピンク色を小脇に抱えながら立ち上がると、こちらが逃げようとしているのに感づいたのだろう。ホーンテッドスタッグはミシミシと音を立てて、その馬鹿でかい翅を広げ始めた。
 こんな事を考えている場合でないのは分かっているが、なんだかどこぞのスポーツカーみたいだ。と間抜けな感想が頭をよぎる。

 ―グギァアアアアア!!!!―

……あ、叫んだ。叫ぶのかよ!? というかやばいやばいやばい!!

 俺はリミを抱えたままホーンテッドスタッグに背を向け走りだした。背後から壊れたコンピュータの冷却ファンのような音が迫ってくる。

「――”硝子の粒子”、”燃える水”、”雷のわらべ”」

 必死に足を動かすが、柔らかい土に足を捕られる上に片側に荷物リミを抱えているため重心が片寄って走り辛い。――いい加減自分で走れ、この馬鹿ピンクめ。……というか今、”呪文”の中に不穏な単語が混じっていたのは気のせいだろうか。

「おい待て、お前何を唱えようとして――」

 俺がそれを問いただそうと口を開くのと、

 ―グギギァアアアアア!!!!―

叫ぶ巨大な虫がこちらに向かって物凄い勢いで飛んでくるのと、

「――”火の精霊”、”赤銅の鏡”……”這はいまわるひる”!!」

リミの【呪文詠唱】が完成するのは、ほぼ同時だった。


 「”塵ちりと化すがいい” 『いんふぇるの』!!」


 鈴を転がすように透き通った、そしてとても楽し気な声と同時に空気の爆ぜる音が辺りに響き、

 ―グギヤァアアアアッ!!!!―

 その結果俺達の背後からは、炎に包まれて真っ赤になった巨大な塊が、叫び声を上げて突っ込んできた。
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