ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
まだ日常ではないが最も慣れた生活
 アディの家に居候して、今日で20日目。家に帰る方法は未だ見つかっていない。そりゃあそうだろう。私が今まで読んだ物語に、異世界に行っちゃってまたすぐ帰れるなんてパターンは見たことがない。何か、ある一定の役目を果たさなければ変える道は見つからないのが普通だろう。
 だから、私も何かしなきゃいけないんだよね。で、何を?
 心の中だけでため息をついて、玉ねぎの値下げ交渉を始める。この日本では滅多にしない値下げ交渉も、この20日間ですっかり慣れてしまった。
 正直、すぐに帰れると思っていた。だって、高校から帰る途中だったから。だって、家から最寄りの駅までは確実に行き着いてたから。駅から家の道をぼんやり歩いていたからだ。道に迷って偶然異世界に来てしまったんだ。世界の行き来を操る神様的なポジションの人がすぐに人違いだと気づいて、元の世界に返してくれる。って。そう思っていたのに。
 値下げ交渉に勝ったので、買い忘れをチェックしながら帰路につく。
 そう。アディの家にはちゃんと行ける。でもそこにあったはずの私の家には帰れる気配もなく、アディの家に「帰る」という感覚になった。それほどまでに、私はこの世界に慣れてしまった。
 市場の雑踏から離れ、裏道に入る。今日は近道をしようか。
 さっき「慣れてしまった」とは言ったものの、私はこの世界が嫌いではない。日本ではありえないことがあったりもするが、それを正そうとする正義感も行動力も私は持っていない。私は何もせず、ただ慣れていくだけ。
 この世界で最初に出会ったアディがかなり特殊だったことも大きいのかもしれない。この世界はそんなものだ。こんなことがまだまだ転がっているんだ、と。基準ができたとでも言えばいいのかな。
 アディの家についた。扉を開けると、まだ慣れてないけど驚きはしない、濃い血の臭い。
 アディは一般的に言うと、殺人鬼だ。
 正確には、アディ自身は殺人鬼ではない。別人格のようなものだと思っている。詳しくは知らない。アディが聞いて欲しいと言い出すまで、こちらからは訊かないことにしている。
 私が知っているのは、アディ自身は殺しが嫌いなこと。別人格の与える衝動を常に必死で抑えていること。週一で抑えきれずに殺しをすること。その仕方はすごく無残なこと。終わったあとは衝動は落ち着くが気分は落ち込むこと。そして、今日がその日だということ。
 台所で夕食の支度をしていると、アディが風呂から上がってきた。血を洗い流していたのだろう。私がいることを知らなかったのか、家の中だというのに長い前髪とサングラスとで、右頬の古傷も特殊な赤い目も見えなくなしている。それでも、案の定暗い顔をしているのと、私の前でそれを隠そうとしていることがわかる。嘘をつくのが苦手なんだから、つかなきゃいいのに。
 私ので元を肩越しに眺め始めた。私と彼とは30cm以上の身長差があるから、私の後ろから手元を余裕で見ることができる。
「おかえり、リト」
「ただいま。傷の薬、ちゃんと塗った?」
 後ろで頷く気配がする。
 彼は、挨拶の類をすごく大切にしている。それにちゃんと応じれば、彼はとても喜ぶ。
「今日、なに?」
「カレー」
 顔を見なくても、喜んでいるのがわかる。私の髪に顔をうずめた。作業がしにくくなったが、ほっておく。
 今、彼は泣きそうになっているのだろう。自分は人殺しだというのに人との会話で嬉しくなっている自分を責めているのだろう。それを私に見せないように我慢しているんだろう。彼は我慢をしすぎていると思うのだけれど、数日間しか一緒にいない私が言うことじゃないと思うから、まだ言わない。
 まだって。
 私は心の中で少し笑ってしまった。
 私はこの家に住むつもりなの?


挿絵(By みてみん)
リトの手記より
 20日目
 今日アディ殺しの日→料理当番:肉じゃが?カレー?シチュー?
 
 帰り道見つからず
 やっぱりアディは我慢しすぎ
 明日はセルジアとターリスが来る


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。