灰色の狼
「メインタンクブロー、微速前進」
艦内に声が響き渡った。
声の主は艦長のゲオルグ・フォン・シュバイツ大佐である。
30代前半で、ベテランの部類に属す。
長身・細身で整った顔立ちをしているが、無表情で眼光が鋭い為に、下仕官からは畏怖されており、まるで機械の様でもあった
何時だったか…あの人は本当に人間か?等と言った噂が流れた。
任務と命令には絶対忠誠を誓い、まるで艦と同化していると言っても過言では無い程に無機質な人物だ。
彼の搭乗する艦は戦艦では無く潜水艦であった。
俗にUボード呼ばれる代物
第一次大戦から今日まで【狼】の通り名で勇名を馳せて来た。
しかし、二次大戦中期から末期の昨今では、ナチスは崩壊し…
総統が自殺により敗色が濃厚になった今では旧世代の産物になり果てていた。
彼は、ナチスも総統と呼ばれたヒトラーも崇めてはいなかったし、何より彼自身がSSの隊員でも無かった。
彼は、一海軍仕官にしか過ぎず…
過酷な戦場においても死ねば終わりだ程度の価値観しか持ち合わせていなかった。
現在は、残存兵力である艦隊と集合し敵艦隊の壊滅或いは敵艦隊の交通路の遮断である。
まぁ、艦隊と言っても死に損ないの寄せ集めの部隊でしかないのだが…
柄にも無く彼は苦い笑みを溢した。
「敵艦、更に近づく。」
下仕官の発言を聞き取り正確に判断を下した。
「敵艦との距離は?」
「方位300、距離200」
先任将校が答える。
「一番と二番を注水、距離100で魚雷を発射し50で全速前進して現海域を離脱する。」
先任を含め搭乗員は艦長の発言を聞いて驚愕した
何せ、確実に命中すれば良いが、外れれば敵艦は反転し恰好の的になるだけだ。
「まぁ、外れた時点で我々は死ぬだけだ」と艦隊は言い放った。
さて…自分は何の為に戦っているのだろうか?
祖国の為?家族や隣人の為?それとも…自分自身の為だろうか?
彼は自身の考えを表に出さずに心の中で呟いた。
「合戦用意…【狼】の意地を見せるとしようか…」
今、灰色の狼と呼ばれた潜水艦の最後の戦いが火蓋を切って落とされた。 |