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第三章『異邦の地にて』
第22話「静かな日」
 朝。
「ん…ぅん…」
 ハルシェイアはふと目を覚ました。
 光の窓に除く薄暗い光の加減がいつも起きる時間とだいたい同じ時間だと告げている。
ハルシェイアは半身を起こし、目を軽くこすりつつ小さくあくびをする。
「ふわぁ~…――んー」
 そして、軽く筋を伸ばした。
(ん~…今日、ぐらい…もうちょっと寝ていても、よかった…かな?)
 寝ぼけた頭で、今日は寮監との「軽い朝の運動」がないことを思い出していた。であるのに、いつもの時間に起きてしまった。
(習慣って…)
怖い、そんなことをハルシェイアは思った。
(あ、アレ…?)
 そこでハルシェイアはふと気づく。その話を、いつ寮監のデボネさんから聞いたんだろう、と。
「…ん?えっと…?」
起きたばかりの思考の所為なのか、それとも別の理由なのか昨日のことがよく思い出せない。
「?」
 何か横の方に違和感を覚えた。
「ん…うぅん…」
(……?――え?)
「え?」
 ハルシェイアの左横で何か動き、柔らかい何かが腿に当たって、こそばゆくなる。
 身じろいだのは、ふわふわとした金色。それは白い肌と相まって、まるで人形のようだ。が、ちゃんと血の通っている人間だ。
(え、っと…メイ、ア?)
 横で寝ていたのはハルシェイアのルームメイトのメイアだった。ベッドは二段ベッドの下段のハルシェイアのもので、上段がメイアのものだ。今、ハルシェイアがいるのは下段、つまり自分のベッドだった。
そのこと事態は不思議ではない。これまでも一緒に寝ることもしばしばあった。
(えっと、……)
 それよりも記憶が曖昧だった。何で一緒に寝ているのかいまいち思い出せない。
(そもそも…私、いつ、寝たっけ……?昨日…は)
「ん…ぅ、ん…」
 メイアが身じろぐ。そのメイアの美しい寝顔を見てようやくだんだんと思い出してきた。まず思い出すのは、寝る前に彼女がギュッと手を握ってくれた、その感触。
(そっか、私……)
 そこから記憶が段々と遡るように思い起こしていった。昨日、何があったのか。
(エーデレユスの二人と会って――その後…)
 キャスとマサミと分かれた後、ずっと半ば放心状態で屯所にいたハルシェイアだったが、午後になって戻ってきたアラスからベイズス邸張り込みの密命が正式に下ったことを聞いた。その対応に関する小隊内会議の後、帰路についたが、どうにもやるせなく寮に戻らず、張り込みの準備に向かった他の小隊の人たちとは別に一人でベイズス邸に向かった。そして、様子だけ窺うとアラス隊長に見つからないうちに寮に帰ったのだ。帰寮したときには、もう夕飯を終えたような時間、その時、遅くなったことを窘められたついでに「軽い朝の運動」がないことを寮監のデボネさんから聞いたのだ。
 そして、自分の部屋に戻って、メイアの顔を見て、
(……私――泣いたんだ……)
 何故かすごく安心して、すごく悲しくなって、すごく情けなくなって、よく分からなくなって泣いたのだ。それを、言葉になりきれない言葉を、メイアはずっと聞いてくれていたのだ。
(……メイアには、迷惑…かけ放し…)
 精神的にも、日常生活的にも。
(私…ダメ、だな…)
 落ち込む思考の中、メイアの寝顔を見つめていると少しだけ安心できる。一種の逃避かもしれない。それでも見ていたかった。
(……いつも――)
「…ありがとう」
 ハルシェイアがそう微笑みつぶやくと、声に反応したのか、メイアが身じろいで、そしてゆっくり目を開けた。
「お、起こしちゃった?」
 聞かれたかな、とハルシェイアは少し恥ずかしくなったが、寝起きでどこか虚ろなメイアの様子では聞こえていなかったようだ。聞かれなかったことに良かったと思いつつも、少し残念な気もした。
 そのメイアは半身を軽く起こし眠そうな目で、起き上がっているルームメイトを不思議そうに見上げる。
「………は、る…?―――時間?」
「あ、その、ちょっと起きちゃった…まだ、時間じゃないよ」
「…そう、なの?」
「うん、ごめん、ね」
「起きる?」
 メイアに訊ねられたが、まだ頭のどこかに眠気が残っていたし、もう冬に向かう季節、温帯な場所にあるこの街であるが、朝はそれなりに冷えている。もう少し温もりを感じていたい。
「うん…と、折角だしもうちょっと寝たい…かな?」
 メイアはそれに答えるように頷き微笑んだ。ハルシェイアは少しそれが嬉しくなって、微笑み返し、布団にまた潜り込む。そして、寝たままメイアと向き合って、少しもぞもぞとじゃれ合っているうちに再び眠気襲ってくる。そのころにはメイアも再び寝息となっていた。
 なんだかすごく気持ちよかった。そして、心地よい眠りの中に落ちていく中でふと思い出す。忘れてはいけないことなのに。
(そう、いえ、ば…リスティ…は?)
 昨日の騒ぎで自宅から非難してきてこの部屋に泊まっているはずの親友がいないことに今更気がついたのだ。だが、眠りには勝てず、何よりメイアが普通に寝ているということは何も問題ないのだろう。そう寝ぼけた頭で考え、ハルシェイアはそのまま安き世界に落ちていった。

 それから約一時間半後、その忘れていたリスティ(ジンス達の部屋に遊びに行ったまま、疲れてそこで寝た)に突撃されて、起こされることとなるのは、別の話である。


 そのような朝の騒動も終わり、朝食後、この日も寮を出て屯所に出かけた。
(表面上、少しだけ、落ち着きを取り戻している、かな?)
 騒動の中心に位置する市警本部や議事堂からやや離れたこの辺りは、まだ教会兵が目立つものの昨日の午後よりは人通りがあるように思えた。だが、心なしか街の中心の方向へ向かう人は少ない気がする。
 そんな街の風景を見つめるハルシェイアの顔は心なしか強ばっている。
(………)
 街の様子の所為ではない。ハルシェイアは少しだけ緊張しているのだ。
 あのような再会があって、昨日の今日である。もっとも、幸いというべきなのか、あの二人――キャスとマサミは、昨日下ったベイズス邸の張り込みの任につきっきりになってしまっているので、緊急時を除き基本的にそちらの任務が終わるまで屯所には来ない。だからと言って気持ちの整理がついたわけではなく、二人が居なくともあの場所は昨日、予期せぬ再会をした場なのだ。だから、少しだけ緊張していた。
 だが、それが詮無きものだということも知っている。
(私、本当にダメ、…だよ、ね)
 ハルシェイアは力なく苦笑いした。
 そして、いつも通りの道順、城壁通りを右に折れ、屯所の前に着く。普通であるなら、そのまま中に入るのだが、ハルシェイアは一端、扉の前で立ち止まった。そして、
「ふぅぅ…」
とハルシェイアは目を閉じ、息を吐く。少しだけ気も身体も楽になる。
(…うん)
 そう心の中で頷く、それから所内に入った。

 ハルシェイアが屯所に入った時、所内に居たのは副隊長代理フレングス兵長のみだった。現在、小隊は特務のため、傭兵の二人を張り込み専任にし、隊長を含めた正員の四人が持ち回りで一人が張り込みに、後の三人が通常の見回りを行うこととなっている。
 なおハルシェイアは、継続して事務整理と留守番である。昨日の話し合いの際、フレングス兵長やバガル一等兵はハルシェイアの身の安全が図れないことから、有休をとらせることを提案した。しかしながら、ハルシェイア自身、厄介ごとを隊に持ち込んだ責任があるので働くことを望んだし、目の前の女の子がただ可愛いだけではないことを知っているアルテがその意を汲んでくれて、何か有ったときは少し見えにくい所にある屯所の地下壕に逃げ込むという条件を出し、それで妥協することとなった。
 そこで今日はその非難ルートやもしもの時の備えに関してレクチャーをするため、現在の時間見回りの当番であるフレングスが居残ってくれていたのだ。
「あの…ありがとう、ございます、フレングスさん」
 地下壕の確認をした後、ハルシェイアははにかむように微笑む。なおハルシェイアの隊員に対する敬称は、隊長のアラス以外は基本「さん」付けで良いことを初日に確認している、だからここでも「フレングスさん」であった。
 その「フレングスさん」はそのハルシェイアの微笑みを目の当たりにして、思わず呆けたような顔をする。
「あ…」
「あ、あの…?」
「あ、いや…すまん、見とれ――ではなくて、いやこれぐらいはお安いご用だけど…本当に良いのかい?今は非常時で、休んでも良いんだよ?」
 ハルシェイアはそれに対して首を振る。
「いえ、働かせて…ください。お願いします」
「そうか…だが、くれぐれも注意してくれ」
「はい」
「けど…なぁ」
 フレングスは納得いかないという様子だったが、一応、一通りのレクチャーを終わらせ、通常業務に戻った。しばらくフレングスは心配そうにしていたものの、やがて見回りに出てかけていった。
 そしてその日はそのまま何事もなく過ぎ、何ら成果を得られず、また何か街の情勢が動いたとはハルシェイアは聞かなかった。

 事態が動いたのはこの翌日、のことだった。

 その日も普通にハルシェイアは屯所で書類整理をしていた。それは、正午過ぎ、一休みしてメイアの包んでくれたお弁当を食べていると、遠くから足音が、それも駈けている音だ。どんどん近づいてきて、そして扉が大きな音を立てて開け放たれた。
「え……な、なに?」
 ハルシェイアが目を丸くして、そちらを見ると、そこには息を切らせたアルテがいた。
「え…え、っと…?アルテ…さん?
「ん、ん――」
 アルテは急いで駈けてきたのか、何か喋ろうとしても声が詰まってうまく喋れないようだ。
「えっと……その…」
 ハルシェイアはどう対処していいか分からず、お箸を持ったまま、おろおろしてしまう。そんなハルシェイアにアルテは左手で胸を押さえつつも右手を振るように腕を前に出して、大丈夫ということをハルシェイアに伝える。一分ほど待って、息も落ち着いたアルテは、頬は赤かったもの、真面目な顔をして伝えた。
「オートン交差点で…、民衆を解散させようとした第一騎士団と市長の私兵団と…、聖堂派の円卓騎士と教会兵が衝突して、教会側が、勝利した…!」
「え…それ、って…?!」
 今まで無かった大学派と聖堂派が直接に武力衝突で、聖堂派が勝利したのが。これは大学派のみならず、中立派にとっても非常に不味い事態だ。街の政治的均衡が崩れかねない
「うん、そう…このままだと……」
「聖堂派が一気に大学派をたたみかける…かも?」
「そう、なるわね」
 ある意味ではそうすれば教会の影響力の下、街は平穏を取り戻すかも知れない。だが、それは事実上、この街が独立を失うのも同じだ。それに、ハルシェイアにとっては何より、
(リスティは…どう、なるの?)
と、大学派の実力者の娘である親友のことを想う。失脚した権力者達がどうなるか、ハルシェイアはよく知っている。たとえ生き残ったても、この街にはいられまい。
「……どう、しよう?」
「どうするにも…ねぇ…あの「クソ」が出てこないことには」
「……」
 本当に手が無かった。アルテ曰く「クソ」ことネラスをベイズス邸で確認出来ない限りには。
(ジャヴァールだったら…密偵を入れた上で、強制突入する、んだけど…)
 ここはアステラルテ、そんなことはできない。かと言って、他に良い案はない。
「待つ、だけ…?」
「癪だけどね…」
「……今日中、ですね」
「多分、ね」
 ネラスを中立派に渡して効力を得るためには、今日中にネラスの姿を確認しなくてはならない。おそらく、明日には大学派の主要議員に対して、民衆と聖堂派が議会に問責決議と市長・市警総長等に辞職を勧告するだろうし、街の平穏のために一部の中立派の人々もそれに同調することは明白である。もし、明日の早朝までにネラスを中立派の第一騎士団に引き渡せなければ、時間切れである。もちろん、ハルシェイアには時間切れなどという選択肢はない。
(最終手段……、屋内の全員を強制的に外にあぶり出す)
 手は色々とある。魔法で影に襲わせるなど、だ。
 だがそれ以前に、ハルシェイアは自然にそう考えることが、不自然なことであるということに気がついていなかった。

 だが結局、最終手段を使う必要はなかった。
 さらに事態は動く。それから約三時間後、張り込み組がベイズス邸の窓から一瞬だけ外を覗いたネラスの姿を確認したのだ。
 一気に第六小隊は盛り上がる。総騎士団長から家宅捜索の令状は既に得ている。抵抗も考えられることから、夕方には一度、対策と装備を調えるため、マサミたちを残し正員たちだけが屯所に戻った。当然であるが、ハルシェイアは家宅捜索のメンバーには入れられず、隊長以下バガルまでの正員とマサミ・キャスがそれに当たることとなる。とはいうものの、ハルシェイアとしては話を持ってきた責任があるので、見つからない場所で一部始終を見守るつもりでいた。アラスを筆頭にああ見えてアルテたちも手練れだし、マサミとキャスもいる。
(多分、問題、ない…よね?)
 このまま、上手くいくだろうとハルシェイアは踏んでいた。
 余程のことがない限り。
だが、余程のことは既に起きていたのだ。ハルシェイアや小隊の人間は気がついていなかったのだ。ネラスの姿を確認したのは、第六小隊だけではなかったことに。

 ほぼ同時時刻。
 この第六警衛小隊の屯所の目の前の道、市庁通りをまっすぐ西に大聖堂と交差する場所にある聖ヒルエン教会、神父の部屋。
「ほぉ…ネラスを確認した、と?」
「はい」
「それは僥倖…。騎士ジグルットから連絡を受けた時は予感でしか無かったが――ふむ」
「如何致しましょう」
「ネラスを大司教様の御前へ。叶わなければ、全なる者の御前へ」
 「全なる者の御前」、それは暗に殺せと命じるものだ。
「見張っている警衛小隊は」
「邪魔立てするなら殺せ」
「はっ」
 そして、男は勾当に深くかしずき、ふっと消えるように姿を消した。
「――万事、聖なる意志の通り…か?それとも、果たして、魔の道化が笑うか――」
 「魔の道化」は経典の一節に出てくる「全なる者」の聖意を阻み歪める悪魔のこと。転じて教会の障害になるもののことであった。
「さて、…はて…」
 そう言うと兵事勾当は自分の執務机の椅子に深く座った。その鋭い眼光はただ虚空を見つめていた。
起承転結でいえば、ここから第三章の「転」となります。
長かった第三章もあと少し、年度内に終わりたいけど…ちょっと間に合わなそうです。
そして、申し訳無いのですが一月の更新はお休みさせていただきます。
おそらく、小説書く暇が余り取れなさそうです。
ただ、上手く時間をやりくり出来れば、一月末にはもしかすると…。
ちょっとわかりませんが、二月下旬までは必ず戻ります。
よろしくお願いします。
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