第三章『異邦の地にて』
幕間3-4(上)「落日の城―異邦人と姫君―」
時間は朝まで遡る。
夜勤だったマサミとキャスは、屯所の仮眠室で目を覚まし、軽めの朝食の後、再び巡回に出た。そして、ちょうど門を越えて侵入した民衆達を見たのだ。
その群衆を見て、キャスはプラチナのまつげに彩られた灰色の瞳を軽くひそめた。その姿は何処か高貴で、強く、それでいて何故か儚げだった。
「……見ててあまり良い気分はしないわね」
「それは、どういう意味で?」
「……権力者の都合で、民が振り回されるのが…」
悲しそうにキャスが答えた。だが、その瞳に映っているのは、行進する現在の人々なのか、それともそんな権力者の都合で起こされた戦争で滅びた祖国の民を見ているのか。
「………まぁ、な」
マサミは相棒のそんな悲痛な姿に、ただ曖昧に同意した。
そう、相棒のキャスの国は既に亡い。異邦出身のマサミだが、それをよく知っている。ずっと側でそれを見ていたからだ。キャスが、王が、兵達が、何よりマサミ自身が、どんなに足掻こうと滅ぼされつつあった国の姿を、滅びたその瞬間を。その時間、その場所で。
だから、痛いほどキャスの気持ちが分かったのだ。
「だからと言って、今の私たちに出来ることはないのよね。歯がゆいけど」
「……」
マサミは普段とは違いキャスの弱々しい横顔を見つめながら、あの日のことをふと思い出していた。国が、エーデレユス王国が滅びたその日のことを。
その日は、憎いほどの快晴だった。
シェチェーレン山城を囲むジャヴァール軍の威容がよく眺められた。対するエーデレユス軍はこれより先、王とともに都落ちして守りやすいこの城に立てこもったが、幾度かのジャヴァール軍の攻撃で壊滅に等しく、もうこの城には死を覚悟したような一部の兵しか残っていない。
その城の中の石壁はまるで曇天の空のように濁っている。
そんな中、マサミは密かに王に呼び出された。ジャヴァール軍による最後の攻城が始まる、その直前だった。
その時の王はとても落ち着いた様子だった。いや、この人が慌てた所など見たことがなかった。いつも冷静で、そして冷徹とも言える眼差しで成り行きを見て、着実に行動してきた人だった。悠然と慌てず、物事の奥の奥まで見通す鋭い視点と実行力、民や臣下への愛。不世出の賢王だとマサミは思っていたし、そのことは他国にも「東の賢王」、「文国の哲人王」として知れ渡っていた。そして、亡き王妃の忘れ形見である一人娘にとっては良き父親でもあった。
その人こそエーデレス朝第四代国王パティオ・ラル・エーデレユス。この賢明な王に支えられて盛期を迎えた国がこんなにも呆気なく滅びるとは誰が想像しただろうか。
その国王パティオは、一つのことをマサミに頼んだ。いや、たった一つのことしか頼まなかった。王の、いや、娘の親としての最期の頼みだった。
そして、マサミは謁見室を出るとそのままの足で、キャスのもとへ向かった。王の願いは、マサミの望みであったのだ。
(キャス、早まるなよ…)
キャスと会ったときのことを、握った右の掌を見ながら思い出す。いきなり、見知らぬ世界へ放り出された絶望。そして、彼女に救われた光明。
(キャスが居なければ、俺はきっと野垂れ死んでいた)
キャスに拾われ、そして惹かれた。
(だから、俺は…)
キャスの部屋に入る。ノックはしなかったが、それを咎める声は聞こえない。
「キャス」
「……マサミ」
キャスはおろし立ての白い騎士服に、新しい軽装の鎧を着込んでいた。姫将軍と言われた彼女に相応しい衣装だが、それだけに悲愴でもあった。
まるで、切腹する侍みたいだ、とその時、この姿を見たマサミは思った。
「ちょうど良かった、マサミ、あなたに話があったのよ」
「奇遇だな、俺もだよ」
「そう――悪いけど、私から…マサミ、あなただけでもここを去りなさい。あなたは――」
予想通りの言葉にマサミは内心苦笑し、それを途中で遮った。
「――キャス、悪いけどな、俺はもうこの国の人間だ。俺だけ逃げるつもりはないよ」
「だけど――」
(だから――)
「だから、お前を連れて逃げる」
「あなたは……ハ?」
キャスは一瞬、マサミが言ったことが理解できなかったのか、一瞬、目を丸くした。その後、一気に顔を紅潮させた。
「わ、私に、おめおめと逃げろ、と?!!私は――」
「お前を犬死にさせたくはない!」
「犬死に…だと…?!犬死になど、するつもりはない!私は、私は、せめてあの死神に一矢報いて!!!」
「それになんの意味がある。それがどうして犬死にじゃない!?」
「犬死にじゃない!!」
キャスは怒鳴ってマサミを睨み付けた。その険が強くなったキャスの目をマサミは冷静に見つめ返した。
「……」
「……」
そして、そのまま視線を交わしたまま二人とも黙る。暫くそのままだった。
その沈黙を破ったのはどちらでもなかった。
破壊音と怒号。
(始まった…、国の終わりが)
「始まった…」
マサミの心の声から一瞬遅れて、キャスがマサミのそれと同じ言葉をつぶやいた。そして、相対している暇はないとばかりにマサミから目線を外す。
そんな様子のキャスを半ば無視してマサミは言った。
「キャスが生き残るのが、王様の願いでもか?」
それを聞いてキャスがハッと顔を上げた。そして、みるみるうちに顔を真っ赤にさせていった。
「お父様…の?お父様が、そんなこと言うはずがないわ!マサミ、いくらあなたでも虚言を、お父様の言葉を騙るなんて、言うはずがない王女である私に国を裏切って逃げろなんてっ!!!」
激怒だった。だが、マサミは怯まなかった。まるで、駄々をこねる子供に見えたからだった。
だから冷静にキャスに言う。
「あの王様だったら言うだろう?国のために、なによりキャスのために」
「っ…!」
キャスが言葉を詰まらせる。それは肯定したと一緒であった。
だが、とキャスの性格をよく知るマサミは思う。
(キャスはきっと止まらない、止まれない)
そして、その予想を良くも悪くも裏切らないことも分かっていた。だから、右手の中の物を確認するように、軽く掌を握る。
「――だけど、私は行く。マサミが、お父様が止めようとも」
まっすぐ、揺らぎなくマサミの瞳を見つめてくる。思わず吸い込まれそうになる強くて綺麗な瞳だ。マサミは思わずその瞳につられそうになったが、その気持ちを、腹を据えて押しとどめた。
「わかった」
「そう…なら―――」
「力尽く、だ」
「え?」
一瞬、だった。マサミは一歩しかなかった間合いを一気に詰め、右の拳をキャスのみぞおちに突き入れた。
「っ?!く、は、っ?!」
キャスがマサミに対してあまり警戒していなかったこともあるが、それ以上に素手では魔力が扱えないマサミに、軽装とはいえ守護の魔法がかかる鎧を打ち抜けるとは思わなかったこともあろう。気を失い崩れ落ちる瞬間、マサミの右手を驚愕の眼差しを向けていた。
「…ド、リア…イ、ソ…?」
キャスはそう驚いた様子で呟き、倒れた。
「悪い」
倒れたキャスを右腕で支えその向こうで、右の掌を開く。そこにあったのは、木の枝のような物。それは本当に粗末に見えるもので、まったく大層な物には見えない
だが、これが「樹霊剣」ドリアイソ――剣聖十五剣の一つで、エーデレユスの至宝。マサミが所有者として認められた剣だ。
剣聖十五剣は天下に名高い精霊器の総称である。
「剣聖」は全てが武器であるが、「剣」足とあるが剣であるとは限らず、槍や杖なども含む。そもそも「聖剣」ではなく「剣聖」と人家として呼称されるのは、イステ教の思想が根底に存在する。イステ教会では、「剣聖」を「全なる者」から魔を払う“者”として、順次、人間に遣わされた剣の形をした「使徒」と考え、一人格とみなすのだ。だから「剣聖」であり、それが現在ではイステ教会や信徒以外においても通称として定着しているのである。また教会では、それらが最終的には聖者イステのもとへ集結するのが「全なる者」の意志であるとし、全ての剣聖の所属(所有)権を主張している。
しかし、古くは単に「聖剣」ないし「神剣」ことが多く、そもそも「十五剣」ではなかった。
前期モルゲンテ帝国の博物学者バフランは「八神剣」として「古代に神の一部が封じられたと伝わる八本の剣」と分類し、大賢者と讃えられたアステラルテはその著書『新歴史』の中で、太陽帝国の始祖エリオとカグヤが用いた四本の精霊器(古四剣)とそれを模して新旧両太陽帝国の皇帝の命で作られた八本(新四剣、新朝四剣)、計十二本の剣を「正朝十二剣」と分類した。
その後、今から百年前の歴史学者で、アステラルテ大学総学長・市長も務めたバスアンテによって、古朝八剣(原四剣〔『新歴史』説の古四剣〕、古四剣〔『新歴史』説の新四剣〕)、新朝六剣(新四剣、賢者二剣〔大賢者アステラルテが作成したもの〕)、聖者新剣(聖者イステが作成したもの)の十五剣に分類され、学術上は定説化している。
その剣聖の一つ、バスアンテ説による「新四剣」の一つで、アステラルテによって最も出来が良いと評された、「樹霊剣」ドリアイソがマサミの掌にある木の枝であった。
ドリアイソは剣聖の中でも特殊な剣聖である。その名が示す通り、ドリアイソは木の剣であり、術者との相性や実力もあるが、使いこなせれば剣そのものが無限に育つ大樹に変化する不定形の剣だ。
エーデレユスの初代国王アルバーの時代から宝物庫に保管されていたもので、その時は短剣の形をしており、誰も扱えたものがいなかったため、形の決まらないものであることが分からかった。マサミが使い手に選ばれ、形がマサミの戦闘スタイルに合わせて手甲型に変わったことでそのことが判明した。その後は基本形を手甲型に固定していたため、キャスはマサミが一見してドリアイソを身につけているとは、まして掌にそんなものを隠し持っているとは思わなかったらしい。
そして異邦人で、魔力を保有していても運用できないマサミもドリアイソを通せば魔力を使える。その力でキャスをうち倒したのだ。
マサミは脱力したキャスの様子をみて、やや安堵する。やややり過ぎたとも思ったが、思ったより穏やかな顔で眠っていたからだ。
「……急がないと、な」
マサミはキャスを担ぎ、疾風の如く、部屋を飛び出した。
遅れてしまい申し訳ありませんでした。
なんとか旅行前に掲載出来ました。
そして、何故か上下編にしてみました。が、分ける必要なかったかもしれません。量的に。
あと、少し剣聖のこととか設定を垂れ流し過ぎた気もします。
なお作中で判明している剣聖は(以下、順番・分類はバスアンテ説による)、
1、「太陽剣」ヘリオエブス(原四剣。所有者はガンジャス・エステヴァン〔ジャヴァール〕)
10、「樹霊剣」ドリアイソ(新四剣。所有者はマサミ・ハルスミ〔エーデレユス〕)
11、「力王剣」ジンディーン(新四剣。所有者はアザール・ヘイシス〔イステ教会〕
の三本(1と11は本編ではなく『前日譚』の方で触れています)。
厨二設定ですがまだ出てくる予定です。
また今回の話は第13話「良い悪夢の中で」と関連性が高くなっています。
それではよろしければ、連続投稿の下編のほうでお会いしましょう。
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