(ここが…リスティの家)
ペティル家の第二邸は第三学校の南東、ロス・ロイテ公園のすぐ南、クリール門通り沿いに立地していた。このアステラルテ市内に存在する個人邸宅としては比較的大きな屋敷であり、優美な門を備えた金属製の柵に囲まれ、門が北側のためか狭いものの立派な前庭を備えている。その向こうに二階建て石造りの毅然とした建物が立っている。
(なんだか…リスティ、みたい)
その建物の佇まいが、そこに住んでいる友人をなんとなく思わせたのだ。
第六小隊の警邏地域から若干はずれるため、斜め前に立っているアルテもあまりこの屋敷を見たことないのか物珍しげに眺めている。
「んー、こういうの見ちゃうと、自分が小市民って自覚しちゃうわね」
ただ、そう言うアルテの口調に卑屈さはない。むしろ、ちょっとした名所に来たという感じで、楽しげでさえある。
「ま、眺めていても仕方ないし、行きましょうか」
「あ、はい」
家の前には門番が二人、高官には護衛に兵士が貸し出されるが、兵士の制服を着ていないのでこれはペティル家が個人的に雇っている者たちだろう。いわゆる私兵だが、非常に身なりがよく、訓練された兵だということは立ち姿でうかがい知れた。もしかすると元々はどこかの正規の軍人だったのかも知れない。
その門番達にアルテは敬礼して声をかける。
「ご苦労様です。ルーベイ区警第六警衛小隊の者です。卿に依頼されていた書類をお届けに参りました」
それを聞いた二人の門番は目で合図しあった後に、
「確認して参りますから、少々お待ちを」
と言い置いて、門の右にいた男が通用門から入って、屋敷の正面の扉ではなくその少し左横にある小さな扉を開けて、中にいた誰かに何かを言っていた。その間に度々、ハルシェイア達の方を見るのは、中の人間に二人の風体を伝えるもあるだろうが、護衛の任を彼がまったく忘れていないということだろう。
一分ほどそうしてから彼は戻ってくる。
「申し訳無いですが、今、卿に確認している所ですので、もう少しお待ち下さい」
アルテは嫌な顔をせず頷いた。まぁ、こんなもんだ、と。
ハルシェイアも特にやることなく、それから一分ほどしてからのこと。バタン、という大きな音を立てて正面の扉が勢いよく開いて、アルテやハルシェイアだけではなく、二人の門番すら目を剥いてそっちを見た。
「ハルっ!」
(この、…声って)
ふわりとした金髪を翻し現れたのは、いつも教室で一緒のリスティ。彼女の家なのでもしかしたら会えるかも知れないとは思っていたが、こんな勢いで登場するとは流石に思っていなかったので、名を呼ばれたハルシェイアは何だかものすごく恥ずかしくなってしまった。
(り、リスティ…ぅ)
「お、お嬢さま…?」
「ハル、よく来てくれましたわ――ランダ、ガリアス、その子は私の友人です。第六小隊所属というのも知っていますし、お父様が小隊に情報提供を依頼していたのも事実です。お父様への使者というのであれば、中に入ってもらいましょう。よろしいですわね?」
「お嬢さまが良いとおっしゃるのであれば、我々は…」
主人筋のリスティが身柄を照明したので門番たちはそれに従い、リスティは満足そうに頷くと、ハルシェイアに向き直り、
「ルーベイ第六警衛小隊の皆様、ご足労をおかけしました。お父様はただいま身支度を調えているところですので、よろしければ屋内でそれまでお待ちいただけますか?」
と優雅に頭を下げた。
ただ、一瞬見えたリスティの顔はなんだかとても嬉しそうだった。
誘われるがままに邸内に入ったハルシェイア達が通されたのは一階にある応接間だった。落ち着いた色で統一された室内は一見質素でありながら、家具の配置やさりげない装飾などから優美な印象を与える。これだけで素人でも家の主人の趣味の良さが知れた。
アルテと並んでハルシェイアが座った中央のソファーもクッションが絶妙で座り心地がものすごく良く、隣で同様の感想を抱いたのか、アルテが「屯所のソファーはソファーじゃないわね」と皮肉げにつぶやきながら感激していた。
リスティがハルシェイアの前に座り、メイドによってソファーの間のテーブルに用意されたのは渋めの青茶とお茶菓子。
(あ…美味しい~)
お茶菓子は間にクリームが挟まった焼き菓子で少々甘めだが、それが渋めのお茶とものすごく合ってとても美味しかった。おそらく茶葉に合わせてお菓子作ったのだろう。
あまりの美味しさにハルシェイアの顔は自然と綻んで、それを見てリスティも微笑む。
「うちの料理人――ベノーは腕が良いんですの。私も色々なお屋敷やお店に招待されますけど、未だにベノーの作るものを越える料理に出会ったことないですわ」
ハルシェイアはこれ以前にリスティの家の料理を食べたことがある。何回か学校でお弁当のおかずを交換したことがあるのだが、確かにすごく美味しいのである。
「あ…うん、ホントに美味しい、よ。そういえば、リスティのお弁当も美味しいもんね」
「ええ、あれもベノー作ですのよ」
リスティは誇らしげだ。でも、自慢をしているというより、料理人を賞賛しているという意味合いが強いせいか嫌みは感じられなかった。
「んー、たしかにこんな美味しいお菓子が作れる人の料理、普段食べられるのは羨ましいわねー」
アルテもしきりとうんうん唸っている。そんな様子を見て気をよくしたのか、それともその予定だったのか、リスティはこんな提案をする。
「でしたら、この後、一緒に夕食も如何ですか?」
「え?あー……。嬉しい申し出なのですが、申し訳ありません。私はこの後仕事に戻らなくてはならないので…非常に残念です。とても残念です」
リスティのお誘いを断ったアルテだが本当に残念なのだろう。それが表情と言葉尻にありありと見えている。ハルシェイアも同じ気持ちだったし、誘ったリスティも残念そうな顔をしていた。
(リスティのうちの料理、食べてみたかったな…)
自分のことながら女々しいなぁ、と思いつつもそんなことを考えていると、アルテがこんな一言を続けて放つ。
「あ、でも、ハルはもう今日の仕事はこれで終わりです」
(え…??!)
一瞬、アルテが何でそんなことを言ったのか分からなかった。
だが、それを聞いたリスティは目を輝かせる。それはもちろん、リスティにとって本命はこちら、なのであるから。
「あら、では、ハルは夕食を共に出来るのですね」
「出来る…の?」
自分のことながら首を傾げてアルテを見るが、彼女は笑って言う。
「だって、帰っても残業させられないし、もうやること無いでしょ?だったら、折角なんだし、ね」
お友達なんでしょ?とアルテはささやいた。
「あ、そうですわ。折角ついでに、ハル、泊まっていきませんこと?」
「泊まる…でも、それは…流石に」
「無理ですの?」
「えっと…その、ダメじゃないけど、寮監さんにちゃんと言えば、でも」
「ああ、それなら、私が帰りにちょっと遠回りして伝えるわよ。――何かと物騒だし、泊まらせてもらったら?」
もうそこまで言われると泊まらない理由は無いし、むしろお泊まりはしてみたい。同じ寮内のジンスたちの部屋に泊まったことはあっても、こうやって友達の家に泊まるのは初めてだった。
「あの…泊まっても、良い?」
「大歓迎ですわ。それはもう何泊でも、むしろ住んでしまってもいいくらいに」
「え、え、え?」
「冗談ですわよ――アルテさんでしたよね?もうハルを連れ出してもよろしいかしら?」
「ええ、書類渡すだけですから」
「それでは申し訳ありませんが、私、ハルを案内するのでお先に失礼させていただきますわ。まもなく父も参りますと思うので」
「はい、私に構わずに」
(な、なんか…私のこと、私抜きで決まっているような…?)
そんな双方のやり取りをハルシェイアはただ呆然と、そして少し釈然としないものを覚えながら見ているしかない。
「じゃあ、ハル行きましょう」
「え?え?え?」
ハルシェイアはリスティに手を引っ張られ、
「では失礼させていただきます」
「こちらこそありがとうございました。ハルもまた明日ね」
「あ、えっと…?」
「ハル、こっちよ、こっち」
とそのまま、扉の向こうへ引きずられるように退出することになった。そして、扉が閉まる瞬間、アルテがとても良い笑顔で手を振っていたので、ハルシェイアは反射的に手を振りかえしたが、本当に一瞬なのでアルテにそれが見えたかは分からなかった。
それより半時後のこと。
「……」
応接間を出てすぐ後、三階にあるリスティの部屋に案内された。メイアと二人で使っている寮の部屋より一回り大きな部屋は、天蓋付きの大きなベッドやクローゼットがあってとても良い匂いがした。部屋には廊下から入る扉から向かって左右に扉があって、右は洗面やトイレ、部屋付きの浴槽があり、左はリスティの書斎兼書棚であると説明された。
しかし、それも束の間、今、ハルシェイアはその部屋には居ない。現在位置はそのリスティの部屋から階段を下り一階、それも本館と廊下で繋がった平屋の離れである。その建物自体はそんなに広くはないが、大きくスペースを使っているため、建物の広さよりも広く感じる。
そしてそんな空間のせいか声がとても響く。
「……」
ハルシェイアはそんな空間で呆然と立ち尽くしていた。しかも一糸まとわぬ姿で。
「ハル、何しているの?こっちにいらっしゃいな」
そうやって呼んだリスティも何も身につけていない。
白い湯気が立ちこめてやや視界が悪い。
「なんで…お風呂?」
お風呂は部屋にもあったようなというのはハルシェイアの当然の疑問。
「いまさら、何ですの?」
そうここはペティル家第二邸の大浴場。リスティから後に聞かされた話によると本邸には無い設備で、時間によっては住み込み・通いを問わず使用人でも使用できるらしい。ちょっとした自慢らしい。
「あの…すごい、なって」
「……まぁ、いいですわ」
何故、今、彼女たちが風呂に居るかというと、単純な話、朝から仕事をして外を歩いてきたハルシェイアの汗を夕食までに流してしまおうということだ。もっとも、以前、教室で、ハルシェイアがメイア達と寮近くの公衆浴場へ行ったという話をしたときにリスティが食いついていたということがあったので、そんな彼女の野望もあったのかもしれないが。
シャボンで体を洗った後、広い浴槽に浸かる。屯所を出て少し歩いたものの、結局一日中、デスクワークして固まった身体がほぐれていく感覚が気持ちいい。
「ん~~~」
少しはしたないかな、と思いつつ、浴槽中で思いっきり伸びをした。そうしていると少し遅れてリスティもゆっくり湯船に入ってくる。
そのリスティの肢体を見て、ハルシェイアは思わず溜息をつく。
「…?なんですの?」
「ぁ…その…リスティって綺麗だな、って」
肌は白くてつやつやで、軽やかな金髪は水に吸ってキラキラしている。そして出るものは出ず、筋肉質なハルシェイア自身と違い、彼女はやや女性的な丸みを帯びた身体に成長しつつある。
「なっ…い、いきなり、何を言うんですの?たしかに、それはよく言われることですけれど、それをあなたが言います?」
リスティは顔を赤くしてそんなことを言う。よく言われることとリスティは言うが、それはおべっかもあることを自覚した皮肉も含めた発言だろう。もっともそれ以上に身なりに努力しているという自負もあるだろうが。
「え…私?でも、筋肉ばかりでがりがりで、その結構、傷も、あるし…ぺったんこ、だし」
傷は訓練や戦場でついたものだ。そこまで重傷を負ったことはほとんど無く、細かい傷がほとんどだが、脇腹と右肩に大きく裂けた痕がある。前者は生まれた村が襲われた時、後者はエーデレユス戦の時、敵将につけられた者だ。どちらもエディスティンの命令で傷を小さくする治療を受けていたが、肩の傷はともかく、腹部の傷は古く、治すのに時間がかかり、今も終わっていない。それでも前より大分見られるようにはなっていた。
少なくとも小さな手術痕程度には。
「ぺったんこなのは、仕方有りません。これから育ちますわ。傷も有りますけど、ちゃんと魔法治療すれば目立たなくすることは出来るはず。元々、肌は綺麗で顔も可愛い…卑下する必要は無いですわ」
「そう…かなぁ…?」
「そうですわよ」
「うーん…?」
ハルシェイアは首を傾げるが、未来のことなど分かるはずもない。なんとなくそのまんまではないかという気がするが、根拠はない。変わらないと思いつつも結局、変化しているもので、ハルシェイアも気がつかないうちに身長が伸びていたことに最近気がついたのだ。だから、全然、ハルシェイアには分からないのだ。
答えのでないその話はそこで途切れた。その後は学校の話や流行の話、世間話をして、身体がすっかり温まってほぐれた所で二人揃って風呂を上がった。
「あ、あれ…?わ、私の服…?」
風呂を上がって脱衣所に戻ると脱いだはずのハルシェイアの服一式がない。
「リーテルに…と、うちのメイドなのだけれど、運ばせましたわ。今は洗濯中かしら?」
「ぇ、じゃ、じゃあ…私、何を着るの」
「私の服を用意させましたから、それを――きっと似合いますわ」
と言うと、リスティは棚の一箇所に指をさした。そこにはたたまれた衣服が一式が於かれている。
「あ、あの、私?」
「遠慮しなくていいのよ」
「……」
リスティがハルシェイアのために用意したのは、ハルシェイアが普段着ないような黒のロングスカートに淡い翡翠色の上品なシャツ。着慣れない所為か気恥ずかしく、脱衣場を出た後俯いて歩いているとリスティに窘められてしまった。
「もう折角、私の服を貸したのですから、もうすこししゃきっとなさい」
「うぅ…でも、なんか、ね…恥ずかしくて」
「私の普段着は恥ずかしい、と?」
「え、あの…そうじゃなくて。単に着慣れないだけで……」
普段、パンツルックのハルシェイアも、スカートをはくのは初めてではないし、制服はスカートだ。それでも普段着としてこういう服を着る機会はなく、とにかく慣れないのだ。しかも、顔を上げるとリスティが満足そうに眺めてくるのだ。気恥ずかしくて仕方がない。
「似合ってますわよ」
「うぅ…そ、そう、かなぁ?」
リスティはあまり安易なお世辞は言わない。自分では自信がないが、リスティが言うならそれなりに似合っているのかもしれないとハルシェイアは思った。
そう思うとちょっと嬉しくなってくる。
「う、うん…あ、ありがとう、リスティ」
「あ、もう…やっぱりなんか卑怯ですわ、その笑顔」
「え?」
「こちらの話ですわ――それよりここがダイニングですわ」
「え…?わぁ…」
そうやってリスティに通されたダイニングにハルシェイアは少し驚いた。何というか、ちょっとした山小屋風なのだ。壁や柱は木材で装飾され、六人掛けのテーブルや椅子も丸木を上手く利用して作られている。天井から下げられた魔力灯も油を用いるランプを意識してか光が軽く揺らめき、部屋を照らしている。
金持ちの道楽と言ってしまえばそれまでだが、雰囲気が落ち着いてそれでいて暖かみのある空間になっていた。後に聞いた話だと、リスティの曾祖父の趣味だったらしい。
その六人掛けのテーブルには既に一人の男性が着席していた。細身だが威厳のある男性で、ややゆったりした服を着ている。
「ああ、お父様、もういらしていたのね。お父様、こちら私の友人のハルシェイア。ハル、私の父ですわ」
「あ、あの…初めまして、お邪魔しています。えっと…その、ハルシェイア・ジヌール…です。よろしくおねがいます」
ハルシェイアはぺこりと頭を下げると、ランディオは朗らかな声で、
「あぁ、ランディオ・ペティルだ、よろしく。娘からよく話は聞いている。今日はゆっくりしていくといい。私も歓迎する――立ち話も良くない。すぐ料理も用意されるから座って待つといい」
と言って自分の向かいの席を指し示す。
「あ、はい。ありがとう、ございます」
ハルシェイアはお礼を言ってからその席に座り、リスティはハルシェイアの左隣を陣取った。そして、ランディオに言った通り、料理がすぐに運ばれてきた。
ライスに、メインは挽肉を丸めて焼いたキャゼルという料理に果実とスパイスで作ったソースをかけたもので、同じお皿には蒸し野菜が添えられている。副菜はラデラという食用の水草とキノコを茹で、それに塩と胡椒でシンプルに味をつけたもので、スープは青豆のポタージュだった。
どれもすごく美味しかった。
しかし食事中はあまり会話がない。ハルシェイアは元々食事中は食べることに集中する質であるが、ランディオもリスティもそれほど会話は無くたまに料理の感想を言い合うぐらいだった。ただ、それは雰囲気が冷たいわけではなく終始和やかだった。
本格的な会話は食事が終わって一息ついたころからだった。給仕の人が綺麗になったお皿を片付けてすぐ家の主人であるランディオがハルシェイアに問いかけてきた。
「ふむハルシェイアさん、うちの食事はどうだったかね?」
「あ、はい、とっても美味しかった…です」
いきなり話しかけられて、心の準備をが出来ていなかったハルシェイアはどぎまぎしながらも、率直な意見を言うとランディオは満足そうに微笑した。本当にかすかなものだったが、その一瞬の表情がリスティに似ていて、すごく親しみが持てた。
「それは良かった…時に君はたしかジャヴァールの出身だったね?」
「え…あ、はい」
「遠いところからどうして、わざわざこのアステラルテに来たのかね?」
軽く聞かれたことだが、ハルシェイアは何故かすこしドキリとした。おそらくランディオの性格なのだろうが、優しい口調の中に鋭さが垣間見えたのだ。
「えっと…その…将来、自分がどうしたいのか、どうなりたいのか、見つけ、たくて…」
「それはジャヴァールでは出来ないことなのかね?」
「先生が薦めてくれて」
「それで、わざわざ遠くまで?」
ハルシェイアはその言葉に何か不安なものを感じるが、よく分からない。
「…はい」
戸惑いずつ答える。それにランディオはすかさず質問を重ねる。
「それでアステラルテに?」
「お父様?」
ただの確認でしかないが、その執拗な質問に娘のリスティも流石に不審なもの感じたのか疑問符を浮かべる。が、リスティもハルシェイアも意図があるのか、意味がないのか分からない以上、特段アクションを起こせない。
「……はい――?あれ?」
「どうしましたの?」
突然疑問符を浮かべたハルシェイアにリスティが怪訝そうな顔をした。ランディオは不思議そうにしながらも興味深げにそれを眺める。
「え?…あっ、その……アステラルテじゃなくちゃいけない理由、って、何なんだろう…って」
今更、と言えば今更の疑問だ。ただ、突き詰められて今気がついた。環境を変える、それが詰まるところ先生に説明されたことだ。
だがそれは別にこの街ではなくとも良い。
「先生の出身だから?」
「聞かれてもわかりませんわ――でも、その先生はこの街の出身ですの?」
「うん。カテル先生、カテル・ベタレット先生」
「あぁ…、彼か」
「知っているんですか?」
ハルシェイアは驚く。もちろん先生の出身地なので知っている人間が居てもおかしくはないとは思うのだが、それでもランディオのような高官が知っているとは思わなかったのだ。
「カテル・ベタレット…って、たしか」
そう思っていたらリスティもそんな風につぶやく。
「あれ、リスティも…?」
「ええ、それは、まぁ…でも、私が生まれた頃の話ですし…」
「えっと…――」
(――先生…何したんだろう…?)
ハルシェイアが聞いたカテルの身の上は、アステラルテの学者の息子で大学を卒業した後、修学の旅に出たと実は要約するとそれしか聞いていない。
ふと何かやらかして街を出たのではないかと疑うというよりも心配してしまったのだ。だが、それは次のランディオの説明で杞憂に終わる。たださらに驚愕することになるが。
「神童カテル、アステラルテでも名門のベタレット家出身で、幼い頃から天才として知られ未来を嘱望されていたのだが、十数年前に突然出奔してしまった。当時は大分話題になったので覚えている人間も結構いるのだよ」
「え…、初めて…知りました」
「こちらこそ、まさかジャヴァールに彼がいるとは私も思っていなかった…彼のことだ何か考えがあるのかもしれないな」
そう言ったランディオだったが、その鋭い瞳は思考の光があり、何かを確信しているようだった。その知恵の光に何かを見透かされたようでハルシェイアはヒヤリとした。
「この街は様々な人、物が集まり生まれる――『何者かになる』にはちょうど良いのかも知れない」
――君は何者か――
ランディオが何ともなしに言った言葉、それが胸がズキリと痛む。これはランディオの意図云々ではない。完全にハルシェイアの記憶の問題。
ハルシェイアの脳裏を過ぎったのはかの人の言葉。ハルシェイアにハルシェイアであることを知らしめた男の言葉。そして、その男は――
「ハルシェイア…?どうしましたの、急にボーとして?」
記憶の淵に沈もうとしていたハルシェイアを引き戻したのは隣のリスティの声。見るとランディオすら心配そうにしている。
「あ、ううん、すこし考え事…だよ」
リスティは訝しげにしながらも一応は納得したらしい。その後は学業のことや、最近の街の騒ぎのことなどを話した後、リスティの部屋に下がって、書棚の本を見せてもらったり、二人で話したりしてから、良い時間になったので同じベッドで就寝した。
だが、その間も思い出した痛みがずっと身体の奥底で疼いていた。
だから夢を見たのだ。まだ一年ほどしか経っていないあの時、あの場所の、実際にあった…話の――
一ヶ月…ぶりです。
んーと、初めてのサービスシーンw
全然、サービスになっていない?
今回は、というか今回もインターバル的な話。
次回は丸々一話、回想で、その次で事態が動く…かも。
ただ次回更新、何時になるか…。なるべく早く帰ってきたいです。
では、良ければ次回(見捨てないで)。
2010/10/12修正(メッセージによるご指摘による)
・(なんだが…リスティ、みたい)→(なんだか…リスティ、みたい)
『Wandering Network』
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