第二章『何も知らないお姫様達』
第2話「早速波乱、小さな反乱」
中等教養科のクラスは、魔法学における「属性」に準えてつけられている。
属性とは即ち、陽、陰、地、水、風、雷、雪、火、金、木、力、生、夢の十三属性。但し、あくまで魔法という実際に起きた効果を人為的に分類するものであるため、説により魔(魔力)属性や聖属性を加えたり、生を力や陽に、夢を陰属性に加えたり、陰を陰と影の二属性に分けるという属性自体の異同や、また例えば一般的に風属性とされる“跳”という魔法を力属性に加えるなど各魔法における分類上の異同も存在する。
それはともかくとして、アステラルテで一般的な学説は上記の十三属性であり、クラスもこれに基づき、陰陽を除き、地から順に付けられていく。ここ数年は一学年七クラス(一クラス約20人)なので、順に地、水、風、雷、雪、火、金のクラスとなっていた。
「あ…、雪組、かな?」
「あら、私も」
中等科校舎前に特設された掲示板の前、新入生の全員の名前が七つのクラスに分けられている。ハルシェイアの名前は右から三番目の雪組、その右の女子覧、下から三番目、出席番号七番にあった。そのすぐ上、女子の六番はメイアであった。ちなみに担任はリーバイ・ヴィストリとある。
「え、あたしは水組…」
ハルシェイア達とクラスが違うことに対して、残念そうな声を上げたのはジンスであった。彼女の名前、左から二番目のクラス、水組に名前が有る。
「えっと、私も水組…って、これってルームメイトは同じクラスってこと?」
『さぁ…?』
ジンスと同じく水組だったベティの疑問に三人とも首を傾げた。ちなみに、ハルシェイア達が後で聞いた話によると、絶対ではないもの慣習的に寮の同室者同士は同じクラスに配置されることが多いらしい。なので、ベティの推測は正解だったと言える。
ただ、現時点で正答を知らない彼女たちは顔をつきあわせて首を傾げていた。そんな中、メイアがハッとして一人、その状態から抜け出して言う。
「あの…、多分、そろそろ教室へ向かった方が良いかもしれないわね…。色々、と時間、使ってしまったし」
見れば、掲示板の周りは既に人がまばらとなっている。
「たしかにね〜」
「…」
「…あははは」
主な原因を作ったジンスが乾いた笑いを上げた。ちなみにもう一人の原因は今ごろ慌てた様子でここより遠い傭兵科校舎へ向かっているはずである。
「ま、まぁ、なに?みんな、ほら、きびきび、きびきびいきましょう…な?」
誤魔化すように歩き出したジンスを見た、三人は顔を合わせて苦笑いした後、ジンスを小走りで追っかけた。
中等科の教室は、階段状の構造になっており、席順は特に決まっておらず自由であった。席は大きく黒板から見て縦三列、横四列、それぞれが床に設置された長机で、左右の列が二名、中央の列に三名が座れるようになっていた。クラスの人数はちょうど二十名、男子が十一人、女子が九人で男子の方が若干多い。
ハルシェイアはそんな中、右列の二列目通路側にメイアと並んで座った。二列目、とはいうものの、一番前に座る人間が誰も居らず実質上の先頭で、ハルシェイアにとっては少し誤算だった。それより何より気になるのが…
(…〜っ…)
ハルシェイアの通路を挟んだ、中央の列に座った見覚えのある三人の女子――セラフィナ、アステラ、それにもう一人の少女、ちなみにその後ろにはあの嘲笑した少年もいる――から漂う香水かお化粧の匂い(残念ながら、ハルシェイアはこういうことには疎いので、ハッキリとはなんの匂いかは分からなかった)が、酷くきつかったのだ。
見るとメイアもクラスの何人かも顔をしかめているが、本人達は気にせず話の花を咲かせていた。しかも担任教師が挨拶しているというのに。
(注意、しなくて…いいのかな?)
担任――リーバイ・ヴィストリ教諭も当然、正面なので気がついているはずだし、実際、彼は挨拶の始めのほうで、正面を向いていて居なかった(迷惑そうに中央の列を見ていた)男子生徒を叱責していた。にもかかわらず、彼女たちに対しては、彼女たちの匂いはともかくとして、おしゃべりにすら無頓着だった。
リーバイ教諭は、三十代後半ほどの男性で、背は高く痩せ気味、細い目に眼鏡をかけていて嫌な威圧感がある先生であった。担当教科は歴史。先ほどから長々しく挨拶を述べているが、結局、「よく勉学に励むこと」、「教師に従うこと」、「(イステ教の聖職者のように)品行方正に生活すること」の三つを繰り返し、別の例えを用いて淡々と語っていた。
(……学校生活って、軍よりも規律が厳しいの?…そんな――)
左の方からの臭気を気にしつつ、真面目にもそんな割とどうでもよさそうな演説を聞いていたハルシェイアはその話を真に受けて、無駄に不安を膨らませてしまっていた。
ただ、この教師の言葉に不安を覚えたのは何もハルシェイアだけではないだろう。既にこの教室の半分ぐらいの生徒がそう思ったことだろう。ただ、ハルシェイアとは若干理由が違う。つまりは、「嫌な先生に当たったかも知れない」、と。
しかし、そんな空気をまったく読まない、というか、むしろ読むことが出来ない、必要ともしていないリーバイ教諭は何度目がわからない例え話を結ぼうとしていた。
「なので諸君は、聖人ハールーンのように浄く正しく勤勉に―――」
と、その時、その話の末尾をかき消すように教室のドアが開いた。リーバイ教師、今まで喋り通していた三人娘を含めて、教室の全員の視線がそちらへと向かう。
「しゅ、しゅみません、遅れましたー!」
現れたのは見た目十代後半から二十代前半に見える女性。制服ではなく、しっかりとした生地の地味目のワンピースを着ていた。しかし、急いできたのがわかるように、服はよれよれ、柔らかそうな淡い栗毛はくしゃくしゃで軽く寝癖のようなものも混じっている。
(誰、だろう…?――あれ…?あの服、確か…)
ハルシェイアは彼女というか、彼女の服に見覚えがあった、それも、今日の朝。入学式に行く前に寮監室に挨拶しに行った時、奥の方のソファーにこんな服を着ていた人がいたのだ。それについてデボネに訊ねたところ、「呑み仲間よ…まぁ、ゆ〜くり、寝かせて上げましょう」とニヤリと笑った。
その女性をみたリーバイは若干怒気をはらんだ声で苦々しく言う。
「プリメラ君…君は…」
「あ、あの…、本当にすみません!ちょ〜と、ですね、昨日、友人と飲んでいたら潰されちゃって…その、起こしてくれなくて――酷いですよね?――で、寝坊しちゃった…わけ、です、はい」
(……デボネ、さん…)
「寝坊しちゃった…だと?それが一教師の言う台詞かね?」
「あ…」
それを、リーバイに指摘されたプリメラはそこで初めて我に返ったように、教室の呆気にとられたような生徒たちの顔を見渡してから、背筋をピンと伸ばし、顔をやや引き締めた。
「遅刻してすみませんでした、リーバイ先生。――みなさんにも迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」
プリメラはリーバイに謝ったあと、今度は生徒達にも軽く頭を下げた。リーバイは生徒達にも謝罪したプリメラに軽く顔をしかめたが声には出さなかった。
「あの、私の紹介はどうすれば…?」
「………私の挨拶の途中だったのだが…ふん、かまわんよ。やりたまえ」
少々不満そうリーバイは教卓を譲り、斜め一歩後ろに下がる。プリメラはそんな先輩教師に申し訳なそうに目で謝ると、教卓に昇り、口を開いた。
「えーと、色々、初っぱなから迷惑をかけてしまいましたが――と、そこの真ん中の人、つまらないかもしれないけど、ちょっとの間だけ、喋るの我慢。お願いね――」
そこで初めて、プリメラが三人娘を柔らかく注意した。対する三人娘は明らかにムッとした様子だったが、とりあえず話すことだけは止めたようだ。何故か、プリメラの後方でリーバイの顔がやや強ばったように見えたが、ささやかな変化過ぎて気がついたのはハルシェイアを含めて二人いるかいないかだっただろう。
(あの三人と…先生、何か…あるの、かな?)
さっきからリーバイの態度といい、そう勘ぐりたくなるけど、ハルシェイアに答えなど分かるはずもない。おいおい分かるかもしれないと、再開したプリメラの自己紹介に耳を傾けることにした。
「――うん、ありがとう。えっと、それでは、私はプリメラ・フリューグ、二十六才。このクラスの副担任で、担当教科は語学です。みなさんの中には、これからの学園生活、または学外の生活に不安を抱く人がいるかもしれません。――実は私も、副担任とか初めてで、不安です」
プリメラは冗談っぽく微笑むと、聴いていたハルシェイアもつられて微笑んだ。
「だから、一緒に――と言っても、さっき見せちゃったようにものすごく頼りないないんですが――一緒に、えーと、なんて言葉が一番いいかな、学ぶじゃあれかなぁ…うーんと――そうだ、楽しみましょう。不安なんて、忘れるぐらいに、ね」
片目をつぶってプリメラは笑うと、教室の空気が柔らかくなり、同時にハルシェイアの心も少し軽くなった気がした。
「わたくしの名前は、セラフィナ・ムアラベー・ティムリス・カースティルヌですわ。私の祖父は誇り高き太陽帝国正統ゴリウス国王アルテイト陛下の、偉大にして聡明な摂政デルバリトリウス大侯爵アグリッパ・デスタリオン・エカティン・デルバリトリウス・カースティルヌ、父は内務大臣の――」
現在、教室では例の三人娘の中央が、仁王立ちをして自己紹介をしていた。もっとも、彼女が自慢げに述べる要職についた、無駄に修飾語多く、そしてやたら長々しい親族の名前を真面目に聞いているのは、両脇ではやし立てる三人娘の残り二人を含めても誰も居ないであろう。そして、そのことが分かっていないもおそらく当の本人――セラフィナだけである。誇らしげな彼女の口上はもう少し続くようである。
この自己紹介はプリメラの提案で行われているもので、担任のリーバイは必要ないとばかりに渋い顔をしたものの、顔を覚えるのにも有効とプリメラに進言されて、渋々許可を出した。現在、男子全員の分が終わり、女子の二人目である。
(えっと、ほんと、どうしよう…わ、わたしは、はるせぃ…じゃなくて、ハルシェイア…)
普段、人の話にはちゃんと耳を傾けるハルシェイアも彼女の紹介を聞いていなかった。むしろ、聴いている余裕がなかった。何せ、この後数人を挟んで自分の番が回ってくるのだ。何を話そうか、ちゃんと話せるか…そんなことで頭がいっぱいで今やっている彼女に限らず、既に全員回った男子の分も含めて他の人の自己紹介を聞く心のゆとりは消え去っていた。もっとも、ハルシェイアの思考は、自己紹介の最初の方で躓いて、初めから繰り返すという堂々巡りをしているだけで、実際の所、脳内予行にもなっていないのであるが。
しかしながら、ハルシェイアにとっては幸か不幸かセラフィナの自己紹介は依然と続いていた。周りは既にどうでも良いと言えばどうでもいい、(いくら彼女の出身地ゴリウスが西の大国とは言え)ローカルな自慢話に辟易した様子だったが、本人はやはり気がついていないようで、相も変わらず、むしろ先ほどよりも滑らかに舌が回っている。
「――は軍事総長で、その嫡男、つまりわたくしの従兄の…」
「いい加減に……して下さいますか!!」
流石に我慢が出来ず怒鳴り声を上げたのは、左列一番前に座っていた、ふわりとしたこれも金髪の女子だった。ハルシェイアは聴いていなかったが、セラフィナの一つ前、女子の一番に自己紹介したアステラルテ市出身のリスティ・ペティルである。彼女は立ち上がり、セラフィナを見据えた。
その怒鳴り声で初めて言葉を止めたセラフィナは、明らかに気分を害したようにリスティを睨み付ける。その両脇の残り二人さらに、セラフィナの左後ろに座っていた小太りの男子――これもゴリウス出身と自己紹介したダッテン・オードダルト――もそれに習うようにリスティを見た。あとの人間は特に関わらないようにしているが、だいたいは内心リスティに同調していることだろう。
「無礼ですわ。わたくしの言葉に口を挟むなど」
「そうですよ、セラフィナ様に謝罪なさい」
そうやって、リスティを非難したのはセラフィナの左隣りの女生徒――黒い髪のアステラである。どうやらこの三人娘の関係は、友人同士ではなく、権力者の娘とその取り巻きらしい。
それに対して、リスティは憮然とした様子であったが、
「…たしかに、言葉を遮ったのは礼が無かったですわ。それについては謝罪しますわ」
と、意外にも素直に軽く頭を下げる。ただ、彼女はそれでは終わらなかった。
「しかし、そのやたら長い、非常識な自己紹介を非難したことまで、謝るつもりはあまりません」
「な、ひ、非常識ですって…!?」
セラフィナはヒステリックに呻く。
「ええ、非常識ですわ。今のは、“自己”紹介ではなく、“親類”紹介…いえ、親類自慢ではなくて?それに、学校にそのきつい匂いの香水も、常識外にもほどがあるわ。そう思いません、みなさん――特にそこの通路を挟んだ白髪のあなた、臭いでしょう?このお姫様」
白髪という言い方はある意味侮蔑的だったが、一々傲慢な物言いのセラフィナとは違い快活なリスティの口調は嘲る意図はまったく感じられず、単なる特徴を言ったに過ぎないことは明白だった。
ただ、残念なのは、そんなことを含めて、今までの舌戦を自身の自己紹介に気が向きすぎてハルシェイアがまったく聴いていなかったことである。
ハルシェイアの感覚としてはなんか呼ばれた気がする、だった。
「…え?」
辺りは見回す、なんか空気がおかしい…、そして、自分が呼ばれた、気がする。その答えは…?
「あ、あ、あ、えっと、その――は、ハルシェイア・エス…じゃなくて、じ、ジヌールです、えっと…?ジャヴァール出身で……?……?……アレ?」
(あれ…なにか、間違え…ちゃった、の、私…?)
そこで初めてハルシェイアは、何故か二人が立っていることに気がつき、同時に教室中の唖然とした空気と視線が自身に集中していることに、サッと血の気が引いた。
藁をもすがる気持ちでメイアを見たが、メイアだってどうして良いか、どう声をかけていいか分からず、困ったように首を傾げた。
「そこまでだ」
その微妙すぎる空気を破ったのは、担任のリーバイだった。教室中の全員が教卓の彼に注目する。そのリーバイは教室を一瞥した後、隣にいたプリシラに無表情で訊ねる。
「…たしか、自己紹介は何を言っても良い…と言うこと、だったかな?」
「え?…ええ」
自分の言い出したことで、言い争いになり止めるタイミングをはかっていたプリメラは、先輩教師に先を越されてしまったことに加え、突然、そんなことを聞かれて、素直に頷いてしまった。それから、ハッとして彼女は、満足そうに薄い笑みを浮かべたリーバイを見た。
「ふむ。なるほど…なれば、非があるのはリスティ君だな。セラフィナ君に謝罪したまえ」
「そ、それは…」
「な、納得いきかねます!」
ざわつく教室の中、当然、当の本人であるリスティが抗議の声を上げる。それをその怒りを逆撫でるように、セラフィナは勝ち誇ったように笑う。
「ほほほ、ご自身が非常識なのだと、証明されたようですね。今ならその無礼、田舎者の戯言として許して差し上げますわ。おほほほほ」
両脇の取り巻きも顔を見合わせて笑った。それを聞いたリスティの顔が真っ赤になる。
「だ、誰が、あなたなどに謝りますか!」
「リスティ・ペティル!!…いい加減にしなさい。散々、他人に非常識を説いておきながら見苦しい。謝罪もできないとはなんと非礼か」
初めて、リーバイが声をあらげたが、その内容はリスティにとっては不条理きわまりなかった。流石にそれに対して教室中から非難めいたざわめきが聞こえる。リスティはこの理不尽と言える発言をした担任教師を睨み付けたが、それに気づいてもリーバイは眉一つ動かさない。
もう一方の当事者であるセラフィナはただ蔑んだように笑っている。リスティもそれに当然のように気がついていて、これが火に油を注ぐことになっているようである。
(え、え、えっと…何が?)
そして、ハルシェイアは何が何やらさっぱり分からないのにもかかわらず、まるで当事者のように佇んでいた。それに気がついたメイアが、小声で「はる、座った方が…」とハルシェイアの服の裾を優しく、くいくいと引っ張って注意し、ハッとしたハルシェイアも従って静かに座った。
その時、リーバイが皆に聞こえるようにわざとらしく溜め息をついた。
「ハァ〜……謝罪のつもりがないとは、仕方あるまい私の教科から点を引いておこう」
「なっ」
「あと、ハルシェイア・ジヌール君もだ。他人の話を聞かないとは学ぶ必要などない。即刻、ジャヴァールに帰りたまえ」
「…え?」
ハルシェイアはとばっちりとも言えるその処遇に抗議の声を上げる前に、きょとんとして、首を傾げてしまった。
(えっと、…これって、私が、悪いの?でも、人の紹介聞いていなかったのは本当だから…??)
首肯し難いが、確かに自分にも非がある。そんなことを悩んでいると、リーバイがぽそりと、聞こえるか聞こえないか程度の声で呟く。
「まったく、これだから…“ヴェン”は」
と。
(ヴェン?)
ハルシェイアはその言葉にさらに首を傾げる。「ヴェン」という語を知らないわけではない。知っているが何で今そんな言葉が出てきたのかが分からなかったのだ。
ヴェンは三国時代、中央高地や北方草原にいた遊牧民族だ。だから、どうしてそんな言葉が突然、先生の口から出たのかわからなかった。
ただ、これは通じる人には通じる用語だったのだ。この一言が思わぬ人に火を点けた。ガタン、と大きな音が教室に響いた。それもハルシェイアのごく近く、すぐ隣だ。
「え…?め、メイア?」
乱暴に椅子を後ろに飛ばして立ち上がったのは、なんと普段大人しい、ハルシェイアの隣に座っていたメイアだった。いつも微笑を湛えているような顔には表情が乏しく、眼も笑っていない。初めて合ってから半月余り、ハルシェイアが初めて見るようなメイアの表情だった。
(メイア…?何か怒っている…?)
「先生、今の発言、撤回して下さいませんか?」
メイアの言葉はいつも通り、丁寧で静かなものであるが、同時にその中に怒気を含んだものだった。まっすぐリーバイを見据える。
「今の発言とは何かね?その前にまず名を名乗りたまえ」
「…失礼しました、先生。私はアルメイア・フリューケルです。発言とは、先生が今、おっしゃられた『“ヴェン”は』という発言です」
「ふむ?そんなこと、言った記憶はないがね?言い掛かりはよしたまえ。減点されたいのかね?」
「減点すらならどうぞして下さい。但し、この発言だけはハル…ハルシェイアの友人として許せません、撤回してください」
静かだが断固とした響きにメイアの意志の強さが現れている。
ここに来て、ハルシェイアも“ヴェン”という言葉の持つ意味が薄々分かってきた。
(侮蔑、…かな)
ジャヴァールは先祖を辿れば、中央高地から東遷した遊牧民の一派がモルゲンテのデーラン州に土着、当地の王朝に仕えたのが始まりであり、ヴェン族では無いものの穿ってみれば後裔と言えなくはない。もっともハルシェイア自身は大陸南部の出身で、生まれだけなら北方諸民族とはほとんど関係ない。ただ、それをここで言っても詮無きことだし、ジャヴァールには知り合いも多い。だから、ハルシェイアは関係ないと言いたくはなかった。
見れば、悔しそうに立っていたリスティは何の話をしているのか分からないのか怪訝そうにしているが、例の三人娘、その後ろの男子生徒は、メイアやハルシェイアをみてクスクスと嘲笑するように眺めていた。この時点では、自己紹介を聞いていないハルシェイアには分からないが、どうやらメイアの出身地であるルメゲンや、三人娘の出身地であるゴリウス等の西北地域でしか通じない言葉らしい。
だが、おそらくその地域でしか通じない侮蔑の言葉を放ったリーバイは悪びれた様子はまったくなく、むしろより威圧的態度で臨んでいた。
「しかし、言っていない言葉は撤回できんよ。しつこいようなら減点では済まないが?」
「リーバイ先生っ!」
流石に黙ってられなくなったのか、プリメラが声をあげる。
「なにかね、プリメラ君?」
「言い過ぎです、リーバイ先生。私も彼女が何を指摘しているのかは分かりません。ですが、先生がヴェンという言葉を呟いたのは聞きました」
「君の聞き間違えだよ。私はそんなことは言っていない」
「でも…!」
プリメラが反論しようとしたところ、
「そんなこと、先生は言っていませんよー、プリメラ先生の聞き間違えですよー」
と、三人娘のうち教卓に一番近い、黒板から向かって右に座る少女がからかうような声をあげて言った。他の二人も同調したように頷く。
プリメラが驚いたように彼女たちを見た。プリメラを除けば一番近い三人が否定した。それは…。
「フム、決まりだな。文句を言うなら君の耳に言うほうが良いだろう。アルメイア君も、聞き間違えたというなら不問とするが、どうかね?」
勝ち誇った笑みを浮かべたリーバイは、まだ怒りが収まらない所か、増しているメイアに言葉を投げかける。
メイアの顔から、スッと、全て表情が消え去る。それを見て、横のハルシェイアは凍り付いた。直感が何が起こると告げていた。そして、メイアが口を開く。
「そうですか…、あくまでご自身の非をお認めにならないと?」
「非も何も…元からそんなものはないがね?」
それを聞いたメイアは、嘆息した。そして、ハルシェイアに向き直り、表情を緩めた。
「……ハル、行きましょう」
「…?――え?」
「?」
言われたハルシェイアも、リーバイも、教室の誰もメイアが何を言ったのかわからなかった。本人もそれが分かっていたのか、微笑みつつ言葉を補足した。
「このような教師に習うことは何もないので、教室を出ましょう」
「あ…、え?」
と言うが早いか、メイアはハルシェイアの手を取り、ハルシェイアを引きずるように毅然として歩き出した。
「え?え?え?め、メイア??」
「それでは、失礼させていただきます」
メイアは唖然とするリーバイに会釈し、まっすぐ扉に向かう。止まるよう命令する声が聞こえたが気にしない。
通り過ぎる時、メイアとハルシェイアにリスティが微笑みかけてきた。そして、彼女はリーバイに向き直るとこう言った。
「私も同じく退席させてもらいますわ」
「な、なに…?」
リーバイの驚く声を無視してリスティもメイア・ハルシェイアとともに教室から一礼して出ていってしまった。
そして、もう一人、無言で左列一番後ろに座っていた男子生徒も何を思ったか教室を出ていき、近く座っていた別の男子がそれを見て思わず「何故に」と呟いていた。
「あ、ちょっと、あなたたち、待って…。あ、すみません、リーバイ先生、彼女たちを追います」
と、プリメラも慌ててメイアたちを追うため、お辞儀して退室した。
後には呆然と見送ったリーバイと、唖然としたクラスメイトの姿だけが残った。
ただ、セラフィナと呼ばれた少女がハルシェイアたちを一瞬、蔑むような、それでいてどこか感心しているような微妙な表情で見たような気がした。ハルシェイアはそれを教室から出る一瞬に偶然目に留め、そして、それがちょっとだけ気になった。
今回のメイアの行動に作者が一番驚いた。
どうしてこうなった…?普通の学園生活を描くつもりじゃなかったのか自分?w
二章が予定より長くなった原因その一。
どうでもいいことですが、本日、鳥に糞撃をくらって軽くブルーです…。
2011/10/12 ご指摘により文章訂正
(訂正前)属性とは即ち、陽、陰、地、水、風、雷、雪、火、金、木、力、生、夢の十一属性→(後)属性とは即ち、陽、陰、地、水、風、雷、雪、火、金、木、力、生、夢の十三属性
(訂正前)アステラルテで一般的な学説は上記の十一属性→(後)アステラルテで一般的な学説は上記の十三属性
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